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リシの権能(3)

 なんとか更衣室まで戻ると、私がきていた服の横に制服が畳んで置かれていた。

 赤く腫れている部分が布に当たると激痛がした。ゆっくりと袖を通す。惨めだ。ぐずぐずと服を着て教会を出た。

 教会の前では、ウィリアムと聖職者っぽい服を着た壮年の男が私を待っていた。


「乙女の修行は体の負担が重い。初めての修行の後は原則、部屋で休ませることになっているはずだ」

「原則はそうです。しかし、アーカーシャの選定は半年後。それまでに開催される『目』は多くても五回でしょう。一度でも欠席すれば、離宮送りになっても文句は言えませんよ」

「今日の予定じゃなかっただろうが」

「開催日が変わることは時折ありますので」

「だったらせめて修行の前に言いに来い!」


 二人は何か言い争いをしているみたいだ。


「ウィリアム。どうしたの?」


 ウィリアムが仏頂面を浮かべている。


「困ったことになりました」


 聖職者の人がニヤリと笑った。


「これはこれはキラナ様。お待ちしておりました。至急、地下議事堂にお越しください。『ヴァルナの目』が催されます。他の乙女がすでにお待ちです」


 ウィリアムの袖を咄嗟に掴んだ。


「キラナ?」


 ウィリアムが驚いたような顔で私を振り返る。


「あ……ごめんなさい。つい」


 もう嫌だ、という気持ちが出てしまった。こんな、すがるようなことをするだなんて。恥ずかしい。

 聖職者の人が試すような目で私を見た。


「どうされますか? 欠席なさるとキラナ様が言うのでしたら、私どもは強制できませんが、今後のことを考えれば参加した方がいいですよ」


 そう言われても私には『ヴァルナの目』がなんなのか、ちっともわからない。

 ウィリアムの様子をうかがうと、彼は苦虫を噛み潰したような表情で言った。


「『ヴァルナの目』というのは、リシが行う会議のことです。剣の乙女はリシ候補生ですので、同じ議題を使って話し合う練習をしています。席に座り、黙ってやり過ごすこともできるかもしれませんが」


 それだけで済むわけがないことは、今までのことから想像がつく。

 それでも、聖職者の人の物言いからすれば、やらなかった場合の方がきっと後で大変なことになるのだろう。

 本当はもう何もしたくない。したくないけれど。


「行きます」


 絞り出すように私は言った。




 地下議事堂はすり鉢状に造られた大きな会議場だった。

 中央の一番低い場所に剣の乙女たちが座る円卓がある。それを囲むように円形の机が段になって広がる。上から乙女たちを見下ろしているのは、『後援者』と呼ばれるヴァルナに駐在する各国の要人たち、らしい。貴族制度のある国であれば公爵位以上の代表が、私のいた共和国の国からは、専用の役職に就いた役人が来ているという。

 通称『ヴァルナの目』、正式には『太陽と月の茶会』という名がついたこの会議こそリシの持つ権力の源泉だとウィリアムは言った。

 この会議では、ミスラ連合に所属する国、つまり、今人間界にある全ての国で制定されようとしている新規法案についてリシたちが話し合う。もし、法案がヴァルナの意思に叛くものと結論が出た場合、どの国であっても、その法案を成立させることはできない。それはこのヴァルナ王国であっても例外ではない……

 と、言われたところで、私にはそれがどれだけ大きなことなのかピンとこない。ヴァルナが定めし天則を守るために、それに合わない法律を弾く会議だということはわかるのだけれど、なぜこれが権力と結びつくのか。

 本来は『茶会』の名に相応しくリシたちが議題を持ち寄り、密室でお茶を片手に粛々と行われる会議だが、剣の乙女についてはその適性を見定めるために、『後援者』の鑑賞のもと行われるのだという。

 剣の乙女には序列があり、序列は『後援者』の数で決まっているという。つまり、より多くの人にアーカーシャに選ばれると信じられている乙女の序列が高い。私はもちろん第六候補だ。

 『茶会』は出席している乙女の中で最も位が高い乙女が進行を務めるらしい。

 第一候補の乙女は欠席していたため、第二候補だというブルネットの少女、リンファが文書を読み上げた。


「それでは最初の議題はシャンティ帝国から提出された新規法案、幽鬼の商業的利用に関する法律についてです。

 ご存知の通り、幽鬼は人に仇なす存在ですが、近年、科学の発展により、彼らを制御できる方法がシャンティ帝国で開発されています。そこでシャンティ帝国では平和的利用を目的として、当法案を可決するに至りました。

 当法案には、もし、制御が外れた場合の安全策として、国家による衛士の集権的教育について書かれています。これがリグ・ヴェータに抵触するのではないかというのが問題の中心です」


 集権的教育ってどういうことだろう。その国独自で衛士に戦闘法術を教育するってことかな。法術は人を攻撃することもできる。だから、術の中心となる論理は、ヴァルナ王国でしか知ることができない。法術の使い方は教えていいが、理論を広めることは犯罪だと聞いたことがある。だから問題なのだろうか……リグ・ヴェータって、何?

 アリアが軽く手を上げた。


「ここは、先日まで衛士をしていたというキラナさんにお話を聞いてみるのがよろしいのでは? 特に衛士の教育がヴァルナに一本化されていることについて」


 思わず肩が震えた。私に振るの? 今日初めてなのに?

 リンファが私の方へ顔を向けた。


「いかがですか。キラナさん。この件について衛士の立場から何か見解はありますか?」


 どうやら会議中はお互いのことをさん付けで呼ぶのが通例らしい。


「……ありません」


 少し考えてはみたけれど、特に何の意見もなかった。だって、優秀な衛士がヴァルナ王国に行って修行してくるのは普通のことすぎて、それ以外の方法が必要だとはとても思えないのだ。


 リンファが眉をひそめた。


「何もないのですか? 全く?」

「はい」


 私の返答に乙女たちがざわめいた。別におかしいことは言っていないと思うけれど。


「あの。私からも質問してよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「リグ・ヴェータって何ですか?」


 それが何かわからない限り、聞かれたことの何が問題なのか理解できそうになかった。

 私の質問に、今度は乙女たちからでけでなく、『後援者』の席からもざわめきが起きた。いや、これはただのざわめきじゃない。あざけり笑う声が混じっている。

 他の乙女たちの方を見ると、全員が私を小バカにしたように顔を歪めていた。

 アリアが笑っている口元を手で隠しながら言った。


「まさか、そんなことも知らずに参加してるの? 何のために来たのかわからないんだけど」


 リンファが笑いを堪えながらアリアを制した。


「アリアさん、議題と関係ない会話は慎んでください。そういうことは会議が終わった後にでも」

「だって、いる意味ないじゃないですか。リグ・ヴェータも知らないんじゃ。せめて、欠席すればよかったのに」

「アリアさん、慎みなさい」


 リンファが私の方に向き直った。


「ご意見ありがとうございました。もう結構です」


 色々な声が『後援者』席の方から聞こえてきた。

 どうして来たんだ。初回とはいえ、これは酷い。あれで本当にミスラに選ばれたのか。あの乙女は確実に離宮送りだろうな。いるだけで迷惑だ……

 まるで針の筵に座っているようだった。私はただ、参加する必要があると言われて来ただけなのに。別に、来たくて来たわけじゃない。

 リンファが他の乙女に話題を振った。

 私には、これ以上口を開く機会などあるはずもなかった。

 席に座っている間、ずっと、人々の嘲笑が耳から離れなかった。

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