第99話 再戦!影狼
美部谷ダンジョンの施設で装備を確認していると、佳奈子が腕を持ち上げた。
「ねえ、これ。やっぱりちょっと重い」
数日前に加工屋から受け取ったコンパウンドボウだ。施設で構え方や矢の具合を確かめてきたが、今日が初めての本格的な探索になる。肩へ掛け直すと、レンタル弓との重量の違いがよく分かった。
「その代わり短いじゃん。構えるときも、前のより周りが気にならなかったでしょ」
千尋が言うと、佳奈子は弓を横へ向けずに持ち直した。
「それはそう。人にぶつけそうになる感じがないのはいい。でもずっと持ってると腕に来そう」
「それは慣れるまで様子見だね。無理して引き続けなくても、矢を射る場面は選べるし」
絵美里は自分のタワーシールドの留め具を確かめている。見た目は以前と変わらないが、当て革と固定位置を調整してもらったおかげで、腕へしっかり収まるようになったらしい。
「そっちは?」
「いい感じです。少なくとも、構えるたびに位置を直す必要はなくなりそうです」
「私はこっちも楽しみ」
みつみがとんがり帽子を指で押さえた。正面から見れば前と同じだが、内側には黒紫晶が一つ収まっている。
「今日いっぱい魔法使ったら、ちょっとだけお得なんだよ」
「ちょっとだけだからね。使いすぎたら普通にMPなくなるわよ」
志帆はそう言いながら、腰のホルダーを確認した。黒銀色の短いフレイルは柄を固定し、打撃部が勝手に揺れないよう収めてある。黒い革の胸当ても、上着の下で身体に馴染んでいた。
「志帆は今日、それ使うの?」
「使える場所があればね。狭い通路で無理に振ったりはしないわ。せっかく作ったんだから、長く使いたいもの」
「それで最初の戦闘で自分に当てたりして」
「佳奈子。そういうことは言わないの」
準備を終えた五人はダンジョンへ入った。駅の地下にある入口を抜けると、現れたのは石造りの住宅街。人の暮らしていた跡だけがある、見慣れたようでどこかおかしい街だった。
千尋が先頭で足を止め、左右に延びる道を見比べる。
「前はあっちから行ったよね。今日はこっち、見てみない?」
指したのは、通りの向こうに見える細い坂道だった。
「五階に行けるの?」
「まだ分かんない。でも途中で下へ行く道につながるかもしれないし、だめなら戻ればいいよ。美部谷って、前も分かれ道いっぱいあったじゃん」
「私は賛成。前回の道、覚えてるけど、別のところも見たい」
みつみはすぐに坂道の方へ顔を向けた。
「でも今日は、また途中で引き返すのは嫌かな。ボスのところまでは行きたいし」
佳奈子の言葉に、千尋が頷く。
「そこは大丈夫。道が怪しくなったら戻る。寄り道のために疲れ切ったら意味ないから」
「千尋先輩がそう言うなら、私も異存ありません。別の経路を見ておけば、帰りにも使えるかもしれませんね」
「じゃあ決まり」
五人はいつもの大通りを外れ、まだ歩いたことのない道へ進んだ。
◇
坂道を上がると、建物の並び方が変わった。
道幅が少し広くなり、住宅に混じって小さな商店が増える。車の通れそうな道なのに車の姿はなく、窓の向こうに灯りもない。歩道の端には古い標識のようなものが立っていたが、書かれた文字の一部は摩耗して読めなくなっていた。
「こっちの方が普通の街っぽいね」
佳奈子が店先を眺める。
「本屋っぽいのある。あと、あっちは花屋?」
「花屋、入ってみたい」
「みつみ、今日は五階」
「入らないよ。何が置いてあるのかなって思っただけ」
そう言いながら、みつみは入口のガラス越しに中を覗く。棚の上には花瓶のようなものが並んでいたが、花は見当たらなかった。
「何もない。お店だけあるの、やっぱり変」
「前の地下街と同じね。こういう店を見るのは好きだけれど、営業していないのが残念だわ」
志帆も隣から中を覗いたあと、ふと視線を上げた。
「看板はちゃんとあるのに、値札だけ見当たらないのよね」
「買えないんだから値札あっても困るでしょ」
「それもそうなんだけど、そこまで再現するなら値札も欲しくない?」
佳奈子は少し考えた。
「……私は別に。欲しいのは本物のお店の方かな」
その会話を聞いていた絵美里が、少し先の曲がり角を見た。
「左側から気配がします」
ほぼ同時に千尋が《黒月》へ手を掛ける。路地から姿を見せたのはストリートゴブリンだった。一匹が手に何か光るものを握り、後ろからもう一匹がついてくる。
「あれ、何持ってるの?」
「さあ。でも今はそっちより、来るよ!」
千尋が前へ踏み出す。最初のゴブリンは持っていたものを放り出し、身を低くして飛びかかってきた。
絵美里が盾を構えて正面を塞ぐ。金属の擦れる音がして、ゴブリンの攻撃が盾へ当たった。
「《ガード》!」
受け止めた絵美里の腕がぶれず、盾が元の位置に残った。千尋が横から斬り込み、一匹を倒す。もう一匹が逃げるように脇の路地へ入ろうとしたところへ、みつみの《マジックボール》が飛んだ。
魔力弾を受けたゴブリンがよろめき、続いて佳奈子の矢が肩口に刺さる。体勢を立て直す間もなく千尋に追いつかれ、二匹目も消えた。
「新しい弓、どう?」
みつみが振り返ると、佳奈子は弓を持ち上げて少しだけ笑った。
「いいかも。引き始めは重いけど、最後まで引くと急に楽になる。狙ってる間に腕がぷるぷるしにくいのはありがたい」
「さっきの射撃、早かったですよ。つがえ直すときも無理がありませんでした」
絵美里がそう言い、千尋も頷いた。
「でも撃ってみてから分かるところもありそうだね。まだ一本目だし」
「うん。使い慣れてないのに、もう完璧って言うつもりはないかな」
佳奈子は肩を一度回してから、落ちていた矢が使えるか確かめた。
絵美里も盾を少し傾け、腕の位置を見直す。最初の一撃を受けたとき、前より握りが安定していた。そのことが嬉しかったのか、もう一度構えてみせた。
「この感じなら、前よりしっかり受けられそうです。少なくとも、ずれを直す隙は減りますね」
「じゃあ、次はもっと重いのにぶつかってもらう?」
千尋が笑うと、絵美里はすぐ首を振った。
「何でもかんでも受けたいわけじゃありませんから」
「それもそうか」
千尋は路地の先を覗いてから、五人の方へ戻ってきた。
「こっちは行き止まり。さっきの坂道の先、もう少し歩こう」
そのまま通りを進むと、やがて建物の間に下へ続く階段が見つかった。前回使った階段とは外観が違う。それでも、下へ降りた先に広い通路が延びているのを確かめると、千尋が振り返った。
「よし。こっちからも下へ行ける」
「やった。新しい道だ」
みつみが先に覗き込もうとして、足を止める。
「……でも、どこにつながるんだろ」
「それを見に行くんでしょ」
千尋が笑い、五人は階段を下りていった。
◇
地下二階は、前回と同じように店舗が並ぶ地下街だった。
ただし降りた場所が違うため、目に入る風景は新鮮だった。並んでいるのは文房具店や雑貨店のような小さな店舗で、ところどころに休憩用の椅子が置かれている。広い通路は緩く曲がり、奥へ行くほど店のガラスが鈍く光を返していた。
「こっちは落ち着いてるね。前に来たところ、食べ物屋がいっぱいだったじゃん」
佳奈子は雑貨店の前で少し立ち止まった。棚には小さな箱が何段も並んでいる。
「こういうとこ、普通に買い物してたら絶対寄っちゃう」
「寄るの?」
「寄る。小さいもの見てるの結構好きなんだよね。買わないことの方が多いけど」
「私も見る!」
「みつみは何でも見るじゃん」
「何でもじゃないよ。見たいものだけ」
志帆は別の店先に置かれた細い飾りを眺めていた。金属の色が、手首のバングルとどこか似ている。
「これ、フレイルの金具みたい。こういう色、やっぱり好きだわ」
「お披露目まだ?」
千尋が言うと、志帆は持っていたフレイルの柄を軽く押さえた。
「使える場所があれば。ここは通路が狭いし、店のガラスも多いから、無理に振らないわよ」
「確かに。店壊しても弁償する相手いないけど、割れると危ないしね」
「そもそも当てたいのは店ではなくモンスターよ」
そのやり取りを聞きながら、みつみは帽子をかぶり直した。魔法を使ったときの感触はいつもとほとんど変わらない。黒紫晶の効果は、目に見えて魔法が強くなるようなものではなかった。
「帽子、どう?」
「ちゃんと使えてる。……でも、お得になったかは分かんない」
みつみが答えると、志帆は微笑んだ。
「消費がわずかに減るだけだから、その場で劇的な違いはないでしょうね。でも、長く探索するなら、そういう小さな差も悪くないと思う」
「そっか。じゃあ、今日はまだいっぱい使えるかも」
「だからといって、無駄撃ちはしないのよ」
「しないって」
話をしながら進んでいると、通路の先のガラスに青紫の光が揺れた。天井近くを飛ぶネオンバットだ。
「上、いる」
千尋が声を掛ける。
佳奈子が弓を構えると、カムが小さく動いた。弦を引き切っても腕に掛かる力が抑えられるため、動き回る相手を少しだけ長く待てる。
「こっち来たら撃つね」
ネオンバットが店先の明かりを横切った瞬間、佳奈子の矢が飛ぶ。矢は翼の端をかすめ、相手の軌道が乱れた。みつみの魔力弾が後を追ったが、蝙蝠は羽ばたいて持ち直す。
「惜しい!」
「今度は少し右!」
千尋が動きを追っていた。佳奈子は急いで二本目をつがえたものの、慣れない重さに弓の向きが少し下がる。無理に放たず、一度構えを整え直した。
「焦らない。もう一回寄ってくる」
絵美里が盾を上げて後衛の前へ出る。頭上から突っ込んできたネオンバットが、盾の上端をかすめるように通り抜けた。
その直後、佳奈子の矢が胴へ刺さった。ネオンバットは空中で動きを止め、青紫の光を散らして消える。
「よし」
佳奈子は息を吐いて弓を下ろした。
「速く撃つつもりだったのに、結局待っちゃった」
「待ったから当たったんじゃない?」
千尋はそう言って剣を収める。
「二本目を急いで外すより、よっぽどいいと思うよ」
「……それはそう。新しい弓だからって、毎回連射しなくてもいいか」
佳奈子はもう一度、握りの木目を指でなぞった。ずっと欲しかった自分の弓なのに、使ってみると思った通りにならないこともある。それも含めて、今は新鮮だった。
五人は地下三階へ下り、前回とは別の通路を選んだ。
この階には靴屋やバッグの店が多く、広い通路の途中には、丸い柱を囲むようにベンチが置かれていた。店のガラスに五人の姿が映り、その向こうにも同じような通路が延びているように見える。
「ここ、鏡ばっかり」
みつみがガラスへ顔を向ける。
「景色は好きだけど、戦うときはちょっと嫌かも。どっちが本物か分かんなくなりそう」
志帆の言葉が終わる前に、通路の奥を細い影が横切った。
「ミラージュキャット」
千尋が剣を抜いた。猫型のモンスターが身体をひねると、すぐ隣に同じ姿がもう一つ現れる。
「うわ、今日はガラスにも映るから余計ややこしい」
「本物はあっち……かな」
佳奈子は構えていた弓をいったん下ろした。二つの影が分かれて店先を駆けるのを見ても、どちらへ矢を向ければいいか決められない。
千尋が通路の中央から前へ出た。
「右側から来る。私が近づくから、無理に撃たなくていいよ!」
絵美里は盾を構え、千尋の戻れる場所を空けた。ミラージュキャットが残像を散らしながら跳びかかる。千尋は大きく剣を振らず、一歩引いてその動きをやり過ごした。
「みつみ、通路の真ん中!」
「分かった!」
魔力弾が床に近い位置を通ると、猫の残像の一つが揺れた。本体が横へ逃げたところへ千尋が踏み込み、《黒月》を振る。
相手は身をよじって逃れたが、逃げ先には絵美里の盾があった。
志帆はその動きを見て《フィジカルブースト》を発動し、盾の横へ踏み込んだ。わずかに身体が軽くなる感覚とともに間合いを詰め、方向を変えようとしたミラージュキャットへ《フォースブロウ》を叩き込む。
小さな身体が弾かれ、そこへ千尋の剣が届いた。
「よし、当たった」
「今の、志帆の新しい武器は使わなかったね」
みつみが聞くと、志帆は小さく首を振る。
「この距離でフレイルを振る余裕はなかったもの。持っているから使う、というものでもないでしょう」
「それもそうか」
「でも、次はもう少し広い場所で試したいわね」
その希望が叶ったのは、地下四階へ下りて少し歩いたところだった。
通路が広くなり、高そうな店のショーウインドーが並ぶ。前回通った場所からは少し離れていたが、店構えは似ていた。窓ガラスの向こうで、色の違う照明が商品棚を淡く照らしている。
そこへストリートゴブリンが二匹、通路の奥から現れた。
「ここなら、私も前へ出てみたい」
志帆がフレイルへ手を伸ばすと、絵美里は少し位置をずらして通路を空けた。
「間合いだけ気をつけてください。右側はこちらで受けます」
「ありがとう。無理はしないわ」
千尋は一匹へ走り、絵美里はもう一匹を盾で止めた。みつみと佳奈子は少し距離を取り、二人の後ろから動きを追う。
志帆は絵美里に向かっている個体を見た。盾を叩いては一歩下がる相手なら、動く先が読める。
今度はフレイルを使うつもりで、先に《フィジカルブースト》を発動した。身体能力がわずかに向上する感覚を確かめ、絵美里の横へ踏み出す。
効果が続くのは十秒。その短い時間で試せるよう、志帆は相手との距離を測りながらフレイルの柄を握り、打撃部が揺れる向きを確かめてから振るった。
鎖の先にある金属が、想像より遅れて追いかけてきた。
「……あっ」
狙った肩ではなく、ゴブリンの脇へ打撃部がぶつかった。相手は身体を傾けたものの、志帆も手首に予想外の重みを感じ、すぐには次の動作へ移れない。
「志帆、下がって!」
絵美里の声に従い、志帆は一歩引いた。ゴブリンの反撃は盾で受け止められ、千尋が横から近づく。
「今度は私が行く!」
もう一匹を片づけた千尋が剣を振る。佳奈子の矢が続き、残ったゴブリンも消えた。
「……難しい」
志帆は打撃部を手で受け止め、鎖が動かなくなってから柄を持ち直した。
「でも、当たったよね」
みつみが嬉しそうに言う。
「当たったのは当たったけれど、狙ったところじゃなかったわ。もう少し練習しないと」
「それでも私だったら、最初から振るの怖いかも」
佳奈子がフレイルを覗き込む。
「打撃部が遅れて動くの、見てても分かるもん。腕に当たりそう」
「でしょう? だから面白いのよね。メイスと同じように使えると思わない方がよさそう」
志帆は困ったように笑ったあと、フレイルの柄を大切そうに元の位置へ収めた。
すぐ次の戦闘に使うかどうかは分からない。それでも、自分の選んだ武器の難しさを一つ知れたことが嬉しかった。
◇
地下四階をさらに進むころには、五人とも少し口数が減っていた。
歩いている間は気になる店があれば覗くし、面白そうなものを見つければ話す。ただ、ボス部屋へ続く道が近づいていることも分かっている。前回ここから先で、五人は地下五階まで降り、シャドウウルフを前に撤退した。
「この角、覚えてる」
絵美里が通路の先を指した。
「前に時計屋さんがあったところ、あの先じゃありませんでした?」
「エミリン、やっぱり覚えてるじゃん」
みつみが笑うと、絵美里はすぐに顔を背けた。
「道を覚えているだけです」
「時計屋で覚えてるんでしょ?」
「目印としてです」
千尋は二人のやり取りを聞きながら、通路の分岐を覗いた。
「前の道に戻ってきたみたい。ここから下へ行けるはず」
「じゃあ、ちょっと休む?」
佳奈子が聞く。
「そうしよう。今日は寄り道したし」
五人は店の並びが途切れた広い場所で休憩を取った。佳奈子は弓を身体から外し、肩を回してから水筒へ口をつける。みつみは帽子のつばを上げ、千尋は新しく調整したバックラーのベルトを確認した。
「みんな、装備どう?」
絵美里が聞くと、佳奈子は首を傾げた。
「私はまだ慣れない。けど、軽く引き切って狙えるのは嬉しい。今日はあんまり急いで撃たない方が当たってる気がする」
「私もフレイルは練習が必要ね。でも胸当ては動きやすいわ。前に出たときも邪魔にならなかった」
「私は帽子。……お得になったかは、まだ分かんない」
「みつみはそればっかだね」
千尋が笑う。
「だって楽しみにしてたんだもん。ちゃんと使ってるから、そのうち分かるよ」
絵美里は自分の盾を眺めた。
「私のは、はっきり違いました。受けたあとに構え直しやすくなっています。次の戦闘でも役立つといいんですけど」
「私もバックラー気に入った。前から好きだったけど、腕に当たるところが減ったし」
五人の話がそこで一息ついたとき、千尋が階段のある方を見た。
「……そろそろ行こうか」
五人が立ち上がり、装備を確かめる。そのときだった。
佳奈子がスマートフォンを取り出し、ステータス画面を開いた。
「あれ。ちょっと待って」
画面を見た佳奈子が、すぐには口を開かなかった。みつみが覗き込もうとしたところで、佳奈子が顔を上げる。
「レベル、上がってる。十三」
「おお! 新しいスキルある?」
「ある……《ピニングショット》だって」
佳奈子が画面を見せる。説明には、対象の身体の一部を矢で地面や壁へ縫い付け、動きを制限すると書かれていた。
「縫い付ける?」
みつみが画面へ顔を寄せる。
「すごくない? 動けなくできるってこと?」
「いや、相手によるみたい。大きいのは引き抜いたり、矢を折ったりできるって。狙う場所も決まってるし」
佳奈子は説明をもう一度読み、弓へ視線を移した。
「これ、犬の足にも使えるのかな」
千尋が顔を上げた。
「ブラックドッグ?」
「うん。前に三匹来たとき、速すぎて狙いが定まらなかったじゃん。ああいうの、一瞬でも止められたら違うと思う」
「足を地面に留めるなら、着地したところを狙う必要があるわね。どこでも好きに止められるわけじゃないけど……」
志帆が考えながら言う。
「それでも、使いどころはありそう」
絵美里も盾を持ち直した。
「三匹まとめて止められるわけではないですけど、一匹の動きを抑えられるだけでも助かります。無理に当てようとして、佳奈子先輩が危なくならない範囲で試してみたいですね」
「うん。いきなり確実に当てられるとは思わないけど、使えるなら使ってみたい」
佳奈子はもう一度、新しいスキルの名前を眺めた。
「新しい弓も来たし、なんかちょうどいいタイミングかもね」
「ほんとだ。装備を買い替えて、スキルも増えた」
みつみは嬉しそうだったが、佳奈子は画面を閉じて笑った。
「まだ何にも縫い付けてないからね。使ってみてからだよ」
その言い方に千尋が頷き、五人は休憩場所を離れた。
◇
地下五階へ続く階段を下り始めると、さっきまでの店の灯りが背後へ遠ざかった。
佳奈子は新しい弓を握り直した。肩に感じていた重さはまだあるが、今はそれより、増えたスキルをどう使うかが気になっている。足を止められるとしても、どの相手に、どの瞬間なら狙えるのか。頭の中で考えながら、階段を一段ずつ下りた。
「佳奈子、考えすぎないでね」
横から千尋が声を掛けた。
「分かってる。とりあえず普通に戦う。使えそうだったら、使う」
「うん。それがいいと思う」
地下五階は、前回と同じ薄暗い通路が続いていた。奥へ進むと、壁際の影が深くなり、五人の靴音だけが響く。
千尋が前へ出て、しばらく先を見た。
「……いる」
低い唸り声が、暗がりの奥から届いた。
絵美里が盾を上げる。千尋は《黒月》を抜き、みつみが杖を握り直した。佳奈子は弓へ矢をつがえ、志帆は全員の位置を確かめてから一歩下がる。
影の向こうから、大きな黒い狼が姿を現した。
「いたね」
みつみの声は小さい。それでも、口元には少しだけ笑みが残っていた。
「今度は逃げるために来たんじゃないし」
千尋が構えを低くする。
シャドウウルフは五人を見据え、前脚をゆっくり引いた。
次の瞬間、黒い巨体が床を蹴った。




