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第100話 全部のせ5人前

 暗がりから飛び出した巨体が、地下五階のボス部屋を一気に横切った。広い石床を蹴ったシャドウウルフは、正面にいる絵美里を避け、少し後ろで杖を構えたみつみへ向かってくる。


「《プロボーク》!」


 絵美里の声に黒い狼の頭が向いた。突進の勢いはそのまま、開いた口の奥に並ぶ牙がタワーシールドへ噛みつくようにぶつかる。


「《ガード》!」


 腕を貫くような衝撃で靴底が石床を滑った。それでも新しく調整した固定具はずれず、絵美里は肩を入れて踏ん張る。


「千尋先輩、横が空いてます!」


「見えてる!」


 千尋はすでに右側へ走っていた。シャドウウルフが絵美里の盾を押し込む一方で、こちらへ向ける意識は薄い。《ブラインドサイド》でその向きを捉えると、今なら背後へ回れる感覚がはっきりした。


 《サイレントステップ》で距離を詰め、死角へ踏み込む。ただし、斬りかかるまで気づかれないわけではない。狼の耳が動いた瞬間、千尋は《ウィークポイント》で捉えた後ろ脚の付け根へ《黒月》を振った。


 刃が毛皮を裂き、シャドウウルフが低く唸った。振り向きざまに前脚が薙がれ、千尋はバックラーで受けながら横へ逃れる。


「入った! でも相変わらず速い!」


「下がって、魔法撃つ!」


 みつみは千尋が離れるのを確かめ、《マジックブースト》を発動した。身体の奥で魔力が強まる感覚に合わせて杖を向ける。


「《マジックボール》!」


 いつもより威力を高めた魔力弾が狼の脇腹へ当たった。巨体がよろめいたのを見て、佳奈子が弓を構える。


「《ダブルショット》!」


 素早く連続して放たれた二本のうち、最初の矢が肩に刺さり、次の一本は身をひねった狼の背をかすめて奥へ飛んだ。佳奈子は舌打ちしかけたが、新しいコンパウンドボウを構え直し、すぐ次の動きを見た。


「二本とも当てるの、まだ難しいな。でも一発は入った」


「十分! 今は無理して追わないで!」


 絵美里が盾を戻す。狼は再び正面を向いたものの、さっき千尋に斬られた脚をかばうように体重を移していた。


 千尋は間合いの外で《マーキング》を使う。


「印つけた。影に入ったら私が方向を言うから、飛び出す場所だけは自分でも見てて!」


「了解。私も後ろへ抜けさせません」


 志帆が絵美里へ《プロテクション》を掛ける。盾の前でシャドウウルフが前脚を引いたかと思うと、その輪郭が床の影へ沈んでいった。


「右、少し後ろ!」


 千尋が振り返る。印で分かるのは大まかな方向と距離まで。どこから姿を現すかまでは、やはり読めない。


 床際の闇が膨らんだのは、絵美里のさらに右側だった。


「《インターセプト》!」


 みつみへ向かう牙の前に絵美里が盾を差し入れる。勢いを殺しきれず、二人の身体が横へ押された。みつみは身をかわして距離を取り、その隙に千尋が狼の後ろ脚へもう一度斬り込む。


 今度は浅かった。シャドウウルフはすぐに跳び退き、間合いを広げる。


「エミリン、大丈夫?」


「大丈夫です。盾もちゃんと動かせます。それより、次が来ます!」


 狼が喉を鳴らし、大きく吠えた。周囲の明るさが一段落ち、壁際の輪郭まで曖昧になる。


「また暗くなった!」


「印は正面寄り……あ、動いた!」


 千尋が声を上げた瞬間、黒い身体が左の影から飛び出してきた。向かった先は、ちょうど弓を引き切っていた佳奈子だった。


 絵美里は反対側にいる。割って入るにはわずかに遠い。


 佳奈子のすぐ横にいたみつみが、一歩踏み込んで杖を突き出した。


「《マジックシールド》!」


 みつみの正面に短時間だけ魔力の障壁が広がり、狼の爪を受け止めた。鈍い音とともに障壁が砕け散る。威力を完全には受け止めきれなかったが、佳奈子が横へ跳ぶだけの時間はできた。


「うわ、助かった! 今の近すぎ!」


「私もびっくりした。盾、一瞬だった!」


「その一瞬で十分よ!」


 志帆の声とともに《ヒールショット》が佳奈子へ飛ぶ。避け際に腕をかすめた傷が和らぎ、佳奈子は弓を持ち直した。


 その間に絵美里が狼の正面へ戻り、千尋も横から距離を詰める。牙、爪、影への移動。前回と変わらず厄介な相手だったが、五人は少しずつ攻撃を積み重ねていた。


「このままなら、まだいける!」


 みつみが杖を握り直したところで、シャドウウルフが大きく後方へ跳んだ。


 千尋の足が止まる。


「待って。これ、前も――」


 長い遠吠えがボス部屋に響き渡った。さっき周囲を暗くした咆哮とは違う、石壁の奥まで震わせるような声だった。


 声が途切れると、右の奥、左の暗がり、そして狼の後方から、別々の唸り声が返ってきた。


「来た。ブラックドッグ、三匹!」


 佳奈子が弓を構え直す。前回はここから撤退するしかなかった。今回は、ここで戦うために準備してきた。


「みつみ、左の二匹を分けられる?」


 千尋が示したのは、左から近づく二匹と右側の一匹との間にある石床だった。五人が立つ場所からも、狼の正面に残る絵美里からも離れている。


「できる。みんな、こっちには来ないでね!」


「《アイスウォール》!」


 氷壁が斜めに立ち上がり、左の二匹を遮った。一匹が勢いのまま激突して白い亀裂が走り、もう一匹はすぐに壁の端を探し始める。


「長くは持たないよ!」


「分かってる。右を先に!」


 絵美里はシャドウウルフの前に残った。今ここで犬まで引き受ければ、また四匹に囲まれてしまう。盾を狼の正面へ向けたまま、千尋へ短く告げる。


「本体はこちらで受けます。犬をお願いします!」


「任せた!」


 右のブラックドッグが佳奈子へ向かって駆けた。佳奈子は弓を引き切り、前脚が地面を踏む瞬間を狙う。


「《ピニングショット》!」


 矢は足元の石床へ刺さったが、前脚を捉えられなかった。犬は速度を落とさず、そのまま突っ込んでくる。


「あ、外した!」


 千尋が横から《黒月》を振り、犬の進路を変えた。牙を避けるために半歩下がり、向かってくる頭をバックラーで受け流す。


「佳奈子、もう一回いける?」


「うん。ちょっと待って!」


 佳奈子はすぐには次の矢を放たなかった。千尋を追った犬が床を蹴り直し、身体の向きを変える。前脚が石床を踏んだ一瞬、弓を引き切ったまま待っていた佳奈子の手が動いた。


「《ピニングショット》!」


 矢が前脚を貫き、石床へ突き立つ。ブラックドッグが前のめりになり、自由な脚で床をかいた。巨体の力で矢が軋んでいる。


「止まった! でもすぐ抜ける!」


「十分!」


 千尋が踏み込む。みつみも《マジックブースト》を掛け直してから《マジックボール》を放ち、狼ではなく犬の胴へ魔力弾を当てた。《黒月》の刃が続けて肩を捉え、ブラックドッグは矢を折りかけた姿勢のまま消えた。


「一匹!」


 喜ぶ間もなく、氷壁の向こうで激しい衝撃音がした。二匹が体当たりを続けているうえ、一匹はすでに端へ回り込み始めている。


「次、こっちに来る!」


「壁の端から一匹。私はそっちを見る!」


 千尋が走りながら、シャドウウルフの印の感覚も確かめる。絵美里はまだ正面で受けている。千尋の《マーキング》が役立つのは狼が影に潜ったときだが、今は犬を見失わないことも大切だった。


 壁を回ったブラックドッグが千尋へ飛びかかった。左腕のバックラーで牙を受け流し、逆手側へ身体を逃がす。調整した当て革が腕に沿い、盾がずれて剣の動きを邪魔することはない。


「やっぱ、このバックラーいい!」


 犬を追ってみつみが杖を上げた。しかし相手は千尋へ密着していて、魔力弾を撃てる隙間がない。


「千尋、ちょっと離れて!」


「一回引く!」


 千尋が横へ飛ぶ。犬はすぐ追おうとしたが、その視界に佳奈子の姿は入っていなかった。


「《ファントムショット》!」


 実体のない矢が犬に命中する。傷は付かない。それでもブラックドッグは突然脇腹を気にするように身体をひねり、ほんの一瞬、千尋を追う足を鈍らせた。


「今のうち!」


 佳奈子はすぐ実体のある矢へ持ち替え、《ダブルショット》で二本を続けて放った。一射目が肩へ入り、身をよじった犬の横腹へ二射目が突き刺さる。


 さらにみつみの《マジックボール》が当たり、千尋が踏み込む。三人の攻撃を重ねられたブラックドッグは床へ倒れかけたが、まだ消えない。


「しぶとっ!」


 千尋が追撃しようとした瞬間、狼の印が大きく動いた。


「まずい、ボスがこっちに来る!」


 シャドウウルフが影に沈んでいる。印は分かるが、どこから飛び出すかは見えない。千尋が振り返るより早く、氷壁の残った部分が砕けた。


 最後のブラックドッグまで姿を現した。


「二匹、同時に来る!」


 みつみが叫ぶ。手負いの一匹と、新しく出てきた一匹。そこへシャドウウルフまで向かってくれば、前回と同じ状況になる。


「千尋、狼の方を見る! 犬は私もやるわ!」


 志帆は絵美里へ《ヒールショット》を飛ばし、それから新しいブラックドッグへ向き直った。《フィジカルブースト》を発動し、身体がわずかに軽くなるのを確かめてフレイルを抜く。


 十秒しかない。無理に追い回すより、来る相手を迎えた方がいい。


 跳びかかろうとした犬へ、志帆は短くフレイルを振った。鋼の打撃部が肩に当たり、スパインスターのトゲを組み込んだ突起が毛皮を裂く。犬は怯んだが、すぐに牙を剥いて志帆へ向き直った。


 鎖の先が戻るより相手の方が速い。


「《フォースブロウ》!」


 志帆が間合いを詰め、至近距離から魔力を叩きつける。大きなダメージを与える技ではないが、犬の体勢が崩れ、勢いを失って石床へ転がった。


「佳奈子、お願い!」


「了解!」


 佳奈子が矢を放つ。倒れた犬の胴へ一本、起き上がるところへさらに一本。今度は二本目を急ぎすぎず、狙った位置に届くまで待ってから撃った。


 みつみの魔力弾も加わり、ブラックドッグが消える。


「二匹目!」


 その声と重なるように、床の別の場所から黒い巨体が飛び出した。


 シャドウウルフだ。


「右! エミリン、もう近い!」


「《インターセプト》!」


 絵美里は狼と千尋の間へ割り込み、牙を盾で受けた。大きく押し戻されながらも進路を塞ぎ、後ろへ退いた千尋の横を狼が抜けないようにする。


 だが、手負いのブラックドッグはまだ残っていた。絵美里が狼を受けている間に、犬が佳奈子へ向かって走り込む。


「そっちまで行かせない!」


 千尋が追う。視界の端で狼が絵美里の盾を叩いているが、今は二つを同時に相手にはできない。


「佳奈子、一回下がって!」


「分かってる!」


 佳奈子は後退し、犬が千尋に気を取られたところで弓を構え直した。今度は《ピニングショット》を狙わない。動き回る脚を無理に留めるより、すでに傷のある胴を撃った方が確実だ。


「《パワーショット》!」


 力の乗った矢が犬の横腹を打つ。踏ん張りきれずに身体が傾き、そこへ千尋の《黒月》が届いた。


 最後のブラックドッグが消えた。


「三匹!」


 みつみが数えた直後、今度は絵美里の盾が激しく鳴った。


「まだボスがいます!」


「分かってる!」


 千尋は振り向き、狼の印を確かめる。絵美里は少しずつ後ろへ押されているが、倒れてはいなかった。


「エミリン、戻るよ!」


「ありがとうございます。ここからは五人で!」


 犬を倒したからといって、シャドウウルフが弱くなったわけではない。黒い巨体はなお牙を剥き、絵美里の盾へ体重を掛けている。あちこちに傷があるとはいえ、これまでに受けた攻撃で動きが少し鈍った程度だった。


 千尋は肩で息をしながら、剣を握り直した。


「もう一回、私が横から行く。エミリン、ちょっとだけ正面をお願い!」


「もちろんです。ただ、私もずっとは受けられません。次に大きく来たら、いったん離れてください!」


「了解!」


 千尋は狼を見据え、《ブラインドサイド》で注意の向きを確かめた。狙いは絵美里。身体は正面を向いていても、目と耳は千尋の動きまで追おうとしている。


 焦って背後へ走れば気づかれる。千尋は距離を取り、狼が絵美里の盾へ噛みつき直すのを待った。


「《ガード》!」


 衝撃で絵美里の身体が後ろへ下がる。その一瞬、狼の意識が盾へ集中した。


 千尋は《サイレントステップ》で横へ抜け、《ウィークポイント》を使う。何度も斬った後ろ脚の付け根が、相手の動きの中で狙いやすい場所として捉えられた。


 《黒月》が入る。


「よしっ!」


 だが狼は怯まず、身体をひねって千尋へ爪を振り上げた。千尋はバックラーを差し出すものの、爪の勢いが強い。そのまま、少し後ろにいたみつみの方へ退いた。


「《マジックシールド》!」


 みつみが自分の正面に展開した障壁へ爪がぶつかった。魔力の壁が勢いをわずかに鈍らせ、千尋はその間に身を引く。障壁は一撃で砕けた。


「みつみ、ありがと!」


「さっきから一瞬で壊れる! でも間に合った!」


「十分だよ!」


 佳奈子は弓を構えていたが、千尋と絵美里が近すぎる。ここで《ダブルショット》を使っても、二本目まで安全に撃てるとは限らない。


「一回、距離作って! 私、そっちに撃ちたい!」


「じゃあ、もう一回こっちへ寄せます!」


 絵美里が盾を前へ押し出した。狼は噛みつこうとするが、絵美里が少しずつ位置を変え、千尋と佳奈子の射線を空ける。


 みつみはその動きを見ながら、杖を握り直す。《アイスウォール》なら進路を絞れる。ただし狼がすぐ壊すのは、もう分かっている。


「千尋、壁、こっちに出していい?」


「うん。私、反対側に回る!」


「じゃあ行くよ。《アイスウォール》!」


 視認できる石床から氷壁が立ち上がった。狼はぶつかる前に身を翻したが、そのぶん絵美里が盾を向けている正面へ戻る形になる。


 千尋は狼の向きが変わるのを見て、さらに外側へ回った。絵美里の位置を気にして足を止めかけたが、すぐに「行ってください!」という声が飛んでくる。


 その声に任せて、千尋は走った。


 佳奈子も狼の肩を狙って弓を引き切る。


「《ダブルショット》!」


 一射目が肩を捉え、狼の首が動いた。続けて放たれた二射目はその脇を抜けた。それでも相手の注意が佳奈子へ向いたおかげで、千尋の前から牙が逸れる。


「千尋、今なら!」


「分かってる!」


 千尋は《ブラインドサイド》で相手の注意の向きを確かめ、再び《ウィークポイント》を使った。狙うのは同じ後ろ脚。何度も当てている場所だからといって必ず斬れるわけではないが、今は自分へ意識が向いていない。


 《黒月》が深く入り、シャドウウルフの脚が大きく揺れた。


 狼が怒ったように吠え、身体を影へ沈ませる。


「また消える!」


 千尋は《マーキング》の感覚を追った。左、少し遠い。そこから急に距離が縮まってくる。


「左から来る! みつみと志帆、離れて!」


 みつみが後ろへ跳び、志帆も身を引く。絵美里は《インターセプト》で割って入ろうとしたが、少し距離がある。


「届かない!」


 黒い頭が床の影から飛び出し、牙が志帆のいた場所をかすめた。避けたはずの志帆の足元へ、狼の前脚が続けて伸びる。


「志帆!」


 千尋が走り、横から《黒月》を差し入れる。爪の勢いを受け切れず、膝をついたところへ腕をかすめられた。


「痛っ……!」


 志帆は反射的に戻りかけたが、狼がまだ近い。今ここで物理攻撃を仕掛けるなら《フィジカルブースト》が必要だし、仲間の傷を放っておくわけにもいかない。


 すぐに距離を取り、千尋へ《ヒールショット》を飛ばした。


「千尋、離れて!」


「ありがと。まだ行ける!」


 絵美里が盾を構えて狼の正面を取り戻す。何度も受け止めた腕は重く、足元も少しずつ押し戻されていた。


「これ以上、こっちへ抜けさせません!」


 シャドウウルフが再び突っ込んでくる。絵美里は一歩下がるのをやめ、盾を正面へ立てた。


「《フォートレス》!」


 その場から大きく動けなくなる代わりに、防御を固める。牙が盾へぶつかり、耳に響くほどの衝撃が走った。身体は揺れたが、今度は後ろへ押し流されない。


「今なら止められます! でも、ここから動けません!」


 千尋が顔を上げた。絵美里が作ったのは、ほんの短い隙だ。狼は盾の正面へ押し付けられたまま、牙を離して横へ回ろうとしている。


「みつみ、左から当てられる?」


「当てられる。でもみんな、近づかないで!」


 みつみは《マジックブースト》を発動し、魔法の威力を高めた。今度は範囲の広い《ファイアボール》を使おうとはしない。絵美里が近すぎるからだ。


 杖の先から《マジックボール》が飛び、狼の横腹を打った。巨体がよろめいたところへ佳奈子も弓を構える。


「まだ撃たない。千尋が近いから」


「私、右へ抜ける!」


 千尋が一歩下がる。佳奈子はその動きを確かめ、弓を引き切ったまま狼の胴が見える瞬間を待った。


「《ダブルショット》!」


 連続して放たれた二本の矢が、今度はどちらも狼の身体を捉えた。新しい弓の重さで腕は疲れていたが、二射目を放つ位置はさっきより安定していた。


「二本、入った!」


 絵美里の盾へ掛かっていた重みが一瞬だけ緩む。シャドウウルフは千尋へ向き直ろうとし、傷のある後ろ脚を引いた。


 千尋はその動きを待っていた。


 《ブラインドサイド》で意識の向きを感じ取り、死角へ一歩踏み込む。《ウィークポイント》で捉えたのは、何度も狙ってきた脚の付け根だった。


「今度こそ!」


 《黒月》の黒い刃が深く入る。


 シャドウウルフの巨体が傾き、脚が支えきれずに石床へ崩れた。なおも前脚を動かそうとしたが、絵美里の盾が進路を塞ぎ、千尋はすぐ距離を取る。


 みつみの《マジックボール》が横腹を打った。


 狼が最後に大きく身をよじる。だがもう立ち上がることはなく、黒い身体が石床の上で輪郭を崩し、ほどけるように消えていった。


 その場に残ったのは、五人の荒い息遣いだけだった。


 さっきまで何度も響いていた盾への衝撃も、床を蹴る足音も消えている。千尋は《黒月》を下ろし、狼がいた場所をしばらく見つめてから、大きく息を吐いた。


「……終わった。やっと倒した」


「やったー!」


 みつみが杖を持ったまま両手を上げた。佳奈子も弓を下ろして笑ったが、すぐに腕をさすり始める。


「いやー、キツかった。もう腕がパンパンなんだけど。弓ってこんなに疲れるんだね」


「私も、もうしばらく走りたくない。足が限界」


 千尋がその場にしゃがみ込むと、志帆も大きく息をついた。


「本当に大変だったわね。途中、どうなることかと思ったもの」


「私もです。最後はもう、盾を持っているだけで精一杯でした」


 絵美里がタワーシールドを床へ立て、ようやく肩の力を抜いた。


 五人とも疲れ切っていたが、誰の顔にも笑みが浮かんでいる。


「そうだ、クリア!」


 みつみが思い出したように声を上げた。


「ちゃんとクリアになってるかな?」


「ボス倒したんだから、なってるでしょ。ちょっと待ってね」


 佳奈子がスマートフォンを取り出し、ステータス画面を開く。


「あ、出てる。美部谷ダンジョン、初回クリア。経験値ボーナスも獲得してる」


「やった! じゃあレベルは?」


 みつみに言われ、五人はそれぞれ自分の画面を確認した。


「私、十四になってる!」


「私は十五。おお、上がった!」


 千尋が嬉しそうに画面を見せる。


「私も十四ね」


 志帆が答え、絵美里も自分のスマートフォンを確かめた。


「私は十二になりました」


「おめでと! 私は十三のままだね。さっき上がったばっかだし、まあそんなもんか」


 佳奈子はあっさり言って画面を閉じると、再び弓を持ち直した。


 シャドウウルフのいた場所には、特別な戦利品は残っていなかった。期待していたわけではないが、一応確かめたみつみも、何もないことが分かるとすぐに戻ってきた。


 ボス部屋の奥に淡い光が集まり、帰還ゲートが姿を現した。


「あ、帰還ゲート出た」


 みつみが杖を向ける。


「これで一階まで戻れるね」


 千尋が立ち上がり、ゲートの方へ歩きかけたところで、佳奈子が声を掛けた。


「ねえ、帰りにさ、三階にあったフードコートっぽいところで休憩してかない? 今すぐ帰るのも、なんかもったいなくない?」


「あ、いいね! 私、お菓子まだ残ってるよ」


 みつみがすぐに乗ってきた。


「でも、そこに寄るなら歩いて戻ることになりますよ?」


 絵美里が帰還ゲートへ目を向ける。


「いいじゃん。急いで帰る必要もないし」


 千尋が笑うと、志帆も頷いた。


「私も賛成。せっかくですもの、もう少しゆっくりしていきましょう」


「じゃあ決まり。フードコート寄って帰ろっか」


 五人は荷物をまとめ、帰還ゲートに背を向けた。


 前回は逃げ帰った地下五階から、今日は五人そろって、寄り道して帰る。


 美部谷ダンジョン、クリア。

春休みの4人を描いた短編を公開しています。


ダンジョンへ行く目的は、攻略でもレベル上げでもなく――お花見。

▼短編はこちら

女子高生4人、春休みにダンジョンへ花見に行く。

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