第96話 5名様、行き先未定
二学期初日の学校は、朝から少し騒がしかった。
久しぶりに会った友達同士で夏休みの話をしている声が、教室でも廊下でも途切れない。
始業式が終わり、教室へ戻ってからは、提出物を出したり、配られたプリントを鞄へしまったり、担任から二学期最初の連絡を聞いたりした。
それだけで今日の学校は終わりだった。
「終わったー」
帰りのホームルームが終わると、みつみは机に突っ伏した。
まだ昼にもなっていない。
「何が?」
隣から千尋が見る。
「学校」
「今日、授業一個もなかったじゃん」
「でも朝起きた」
「そこから?」
「夏休みなら、まだ寝てた日あるし」
「それはみつみの問題でしょ」
千尋が笑いながら鞄を持つ。
「部室行く?」
「行く」
みつみもすぐに起き上がった。
◇
部室には、二人より先に佳奈子がいた。
「早い」
「そっちも」
佳奈子は椅子に座ったままスマートフォンを見ている。
みつみが鞄を置き、千尋も隣の椅子を引いた。
「始業式どうだった?」
佳奈子が聞く。
「座ってた」
「私も」
「感想それだけ?」
「あと眠かった」
「朝から?」
「みつみは朝起きた時点で疲れてたから」
「それは盛ってる」
「さっき自分で言ってたじゃん」
話しているうちに、扉が開いた。
「もう来てたの?」
志帆が入ってくる。
「志帆遅い」
「別に遅くないでしょう。まだ午前中よ」
鞄を置きながら時計を見る。
「というか、今日ここに来るって決めてたっけ?」
「決めてない」
佳奈子が答える。
「じゃあ何で全員来る前提なの」
「志帆も来たじゃん」
みつみに言われ、志帆は少し黙った。
「……それはそうだけど」
そこへ、もう一度扉が開く。
「こんにちは」
絵美里だった。
「エミリン」
みつみが手を上げる。
「一年生ももう終わった?」
「終わりました。先輩たちも早いですね」
「授業ないからね」
「一年生もないです」
絵美里はいつもの場所へ鞄を置いた。
「始業式だけなのに、なんか疲れません?」
「あ、それ」
みつみがすぐ反応する。
「エミリンも言ってる」
「でもみつみ先輩は朝起きたところからですよね?」
「なんで知ってるの」
「今聞こえました」
「味方じゃなかった」
「味方になる話だったんですか?」
五人揃ったところで、学校の話はそれ以上続かなかった。
夏休み前と同じように、それぞれ椅子へ座る。
ただ、窓の外はまだ昼前だった。
◇
「で」
佳奈子がスマートフォンを机へ置いた。
「次、どうする?」
「何が?」
みつみが聞く。
「ダン活」
「あ」
「忘れてたでしょ」
「忘れてない。今ちょうど考えようと思ってた」
「絶対今思い出した」
佳奈子に言われながら、みつみもスマートフォンを取り出した。
「アラワン大迷宮の続き」
「それダン活じゃないから」
千尋の返事が早い。
「でも未攻略」
「まだ言うの?」
志帆が嫌そうな顔をする。
「志帆が始めたんじゃん」
「あれは昨日まで」
「そんな期限あった?」
「今作った」
「じゃあ無効」
「なんでみつみが決めるのよ」
絵美里が四人のやり取りを聞きながら、自分のスマートフォンを開いた。
「私は美部谷、もう一度行きたいです」
今度は全員がそちらを見る。
「シャドウウルフ?」
千尋が聞く。
「それもありますけど、すぐ倒しに行く必要はないと思います。前は五階まで行くことを優先したので、途中で見ていないところもありますし」
絵美里は美部谷のページを開いた。
「一回行ったから、今度は前と違う進み方もできますよね」
「街もまだあるよ」
みつみが横から画面を覗く。
「そっちですか?」
「だって前も結構見たけど、全部じゃないでしょ」
「前はそれでダンジョン入らず終わったんですけど」
「でも楽しかったじゃん」
「それは……まあ」
絵美里は否定しなかった。
「今度は両方見ればいいじゃん」
「時間なくなりません?」
「じゃあ先にダンジョン行く?」
「それならいいです」
「決まった」
「美部谷へ行くこと自体は、まだ決まってません」
「細かい」
「そこ大事ですよ」
志帆もスマートフォンを取り出した。
「美部谷もいいけど、別の候補も見ておきたいわね。二学期ずっと同じところに行くわけでもないでしょうし」
「なんかある?」
みつみがすぐそちらへ寄る。
「今探してるの」
「見せて」
「だからまだ何も出てないって」
「出たら見せて」
「はいはい」
千尋も自分のスマートフォンを開いた。
「じゃあ私も近場から見よっかな」
「遠いのはなしね」
佳奈子が言う。
「あと朝早いのもなし」
「条件出た」
みつみが笑う。
「学校始まったばっかで、休みの日まで早起きしたくない」
「佳奈子先輩、海のときも似たこと言ってませんでした?」
絵美里が顔を上げる。
「あれは海のために早起きするのが嫌だったの。今回は普通に早起きが嫌」
「同じでは?」
「違うよ」
「どこがですか?」
「気分」
絵美里は数秒考えたあと、追及するのをやめた。
「……分かりました」
「分かったの?」
「分かってませんけど、これ以上聞いても同じだと思ったので」
「それ正解」
千尋が笑った。
◇
しばらくすると、五人のスマートフォンには別々のページが開いていた。
美部谷を見ている絵美里。
別の候補を探している志帆。
近場の一覧を見ている千尋。
距離や交通を見ている佳奈子。
そしてみつみは、自分の画面より他の四人の画面を覗いている時間の方が長かった。
「千尋、それ何?」
「さっき見たやつ」
「どんな?」
「今開くから待って」
「志帆のは?」
「まだ読んでる」
「エミリン、美部谷なんか増えた?」
「情報は増えませんよ。さっきと同じページです」
「佳奈子は?」
「電車で一時間半」
「遠い」
「だから閉じようとしてる」
みつみはまた千尋の画面へ戻る。
「写真ある?」
「下」
「見たい」
「みつみ、自分のスマホは?」
「あ」
机を見る。
最初に置いた場所に、そのまま転がっている。
「使ってないじゃん」
佳奈子が笑った。
「みんな持ってるから」
「四台渡り歩いてるだけじゃない」
「効率いい」
「よくないと思います」
絵美里に言われ、みつみはようやく自分のスマートフォンを手に取った。
「じゃあ探す」
「最初からやればいいのに」
千尋が笑う。
五人とも画面を見る。
部室が少し静かになった。
外から聞こえるのは、校庭の方で何か準備をしている運動部の声と、遠くで閉まる扉の音くらいだった。
数分後。
「お腹すいた」
みつみが言った。
志帆が時計を見る。
「まだ十一時半前よ」
「でも朝ごはん早かった」
「さっきまでダンジョン探してたのに」
「お腹すいたらそっちの方が気になる」
「分かる」
佳奈子がスマートフォンを伏せた。
「私もそろそろ食べたい」
「駅前で何か食べて帰る?」
千尋が聞く。
「ファミレスでよくない?」
佳奈子がすぐ答えた。
「賛成」
志帆もスマートフォンをしまう。
絵美里は美部谷のページを閉じる前に、もう一度画面を見た。
「次のダンジョン、結局決めないんですか?」
「ファミレスで続きやればいいじゃん」
みつみが立ち上がる。
「絶対ご飯来たら忘れますよね」
「そのときはそのとき」
「決める気あります?」
「あるよ」
言いながら、みつみはもう鞄を持っていた。
◇
駅前のファミレスは、昼の混雑が始まる少し前だった。
五人で一つのテーブルへ座り、それぞれメニューを開く。
「何食べよ」
みつみが最初から最後まで一度めくり、また最初へ戻った。
「もう二周目じゃん」
千尋が言う。
「候補が三つある」
「何?」
「ハンバーグとパスタとオムライス」
「全然絞れてない」
「全部違うから迷うの」
「同じなら迷わないでしょう」
志帆はメニューを見ながら笑う。
向かいでは佳奈子が、もう注文を決めたらしくメニューを閉じていた。
「私はハンバーグ」
「早い」
「部室出るときから食べようと思ってた」
「じゃあ何でメニュー見てたの?」
「一応ほかにいいのないかなって」
「なかった?」
「ハンバーグが勝った」
絵美里は写真を見比べながら、少し悩んでいる。
「これ、量多いですかね」
「普通じゃない?」
千尋が横から見る。
「エミリンなら食べられるでしょ」
「そういう問題ではなくて、午後もう帰るだけなので」
「じゃあ食べてもいいんじゃない?」
「それもそうですね」
絵美里はあっさり決めた。
結局、みつみが最後まで迷った。
「決めた」
「やっと?」
「オムライス」
「最初から候補だったやつじゃん」
「一周して戻った」
「二周してたけどね」
注文を済ませると、五人はドリンクバーへ行ったり、スマートフォンを見たりしながら料理を待った。
さっきまで開いていたダンジョンのページも、まだそのまま残っている。
「美部谷、行くならいつ?」
絵美里が飲み物を置きながら聞いた。
「日から決める?」
千尋がカレンダーを開く。
「今週は嫌」
佳奈子が言う。
「始まったばっかだし、最初の休みくらい普通に休みたい」
「ダン活も休みじゃない?」
「体力使うじゃん」
「アラワンも使った」
みつみが言う。
「それは遊んだから」
「ダンジョンも遊びじゃん」
「種類が違う」
「また気分ですか?」
絵美里が聞く。
「今回はちゃんと違うよ」
「さっきもそう言ってました」
料理が届き始めると、その話はそこで途切れた。
みつみは目の前に置かれたオムライスを見て、ダンジョンのページを閉じる。
「いただきます」
「完全に終わった」
志帆が笑う。
「何が?」
「次のダン活の話」
「食べてからでいいじゃん」
「ほら、やっぱり忘れたでしょう」
絵美里に言われ、みつみはスプーンを持ったまま首を振った。
「忘れてない。保留」
「言い方変えただけでは?」
「ちゃんと覚えてるから違う」
千尋も食べ始める。
「まあ、急ぐ必要ないでしょ。行きたいところあったらグループに貼っとけばいいし」
「それでいいと思う」
志帆も頷いた。
「美部谷も候補に残しておけばいいし、新しいところが出てきたらそっちでもいいし」
「アラワンも」
「それは別枠」
佳奈子が即座に返す。
「でもまた行くでしょ?」
「行くのは行く」
「じゃあ候補」
「ダン活の候補ではないの」
「細かいなあ」
「そこは細かくない」
そのうち話は学校へ移った。
二学期の予定や、今日提出物を忘れていたクラスメイトの話。
夏休みにまだやり残した気がすること。
アラワンで佳奈子が撮った写真。
みつみのガターの写真がまだ残っていることも、そこで判明した。
「まだ持ってるの?」
「あるよ」
佳奈子がスマートフォンを見せる。
「消してないの?」
「戦闘記録だから」
「それ私が言ったやつ!」
「便利だったから採用した」
「じゃあ送って」
「欲しいんだ」
「私持ってないから」
佳奈子がグループチャットへ送る。
五人のスマートフォンが少しずつ鳴った。
「ほんとにガターしか写ってない」
千尋が笑う。
「私も写ってないじゃん」
「みつみが投げた直後だから」
「証拠写真」
「だから戦闘記録」
「負けた記録でしょ」
「負けてない。ボウリングに勝ち負けないし」
「さっきまで攻略って言ってたじゃん」
みつみが何か言い返そうとして、口を閉じた。
「……次は勝つ」
「やっぱあるんじゃん」
◇
昼を食べ終わっても、五人はすぐには席を立たなかった。
それぞれ飲み物を追加して、また少し話す。
次のダンジョンは、結局決まっていない。
みつみが途中で一度だけスマートフォンを開いた。
「これも気になる」
「また増やすの?」
志帆が画面を見る。
「近い?」
佳奈子も覗く。
「さあ」
「そこからなの?」
「今見つけたから」
千尋も身を寄せる。
「どれ?」
「これ」
「写真少ないね」
「だから気になる」
絵美里は四人の間から画面を見たあと、自分のスマートフォンを取り出した。
「名前だけ送ってください。帰ってから見ます」
「じゃあグループに貼る」
みつみが送信する。
それでまた一つ、候補が増えた。
「で」
佳奈子が空になったグラスを置く。
「結局、次どこ行くの?」
みつみはスマートフォンに並んだ候補を見る。
美部谷。
さっき見つけた場所。
志帆が調べていたところ。
千尋が見ていた近場。
ほかにも、まだ開いていないものがいくつかある。
「さあ?」
みつみが答えた。
千尋が笑う。
「まあ、そのうち決まるでしょ」
「決まらなかったら?」
絵美里が聞く。
「そのとき考える」
佳奈子はそう言って、伝票を取った。
「とりあえず帰ろ。私、午後寝る」
「まだ始業式の日なのに?」
「始業式の日だから」
「それも気分?」
「今日はちゃんと理由あるから」
五人で席を立つ。
店を出ても、次の行き先はまだ決まっていなかった。
二学期は始まったばかりだった。
第8部、最後まで読んでいただきありがとうございます!
次回から第9部がスタートします。
二学期に入った5人の青春ダンジョンライフ、引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。
また、ダン活の短編『高1春休み』も公開中です。
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