第95話 アラワン大迷宮
夏休みも、残りが少なくなっていた。
前日の夜、ダン活部のグループチャットに佳奈子からメッセージが飛んできた。
『夏休みもう終わるし、みんな空いてる日ある?』
続けて貼られたのは、大型複合アミューズメント施設《AROUND WAM》のページだった。
『アラワン行きたい。ボウリングしたい』
みつみが『行く』と返すより早く、千尋の『空いてる』がつく。そのあと志帆、絵美里も予定を確認し、五人で行くことが決まった。
そして翌日。
駅から少し歩いた先に見えてきた大きな建物を前にして、みつみは足を止めた。
「でか」
「中も広いよ。ボウリングだけじゃないから」
佳奈子がスマートフォンの画面を見ながら答える。
建物の壁には、大きく《AROUND WAM》の文字。入口の向こうにはボウリング、ゲーム、スポーツ系の遊び場、飲食スペースなどの案内が並んでいる。
志帆が建物を見上げたまま、ふっと目を細めた。
「……ここが、数多の遊戯を封じし《アラワン大迷宮》なのね」
四人の足が止まる。
「志帆?」
千尋が横を見る。
「長かった旅も、もう終わるのね……」
「まだ敷地入っただけだけど」
佳奈子が即座に返した。
志帆は一拍遅れて我に返る。
「……今のは忘れて」
「無理」
みつみがもう笑っていた。
「夏休み最後にアラワン来たらダンジョンだった件」
「みつみまで乗らないで」
「タイトルっぽい」
「何の?」
「今日の」
絵美里が建物と志帆を見比べる。
「アラワン大迷宮なんですか?」
「違うわよ」
「でも今、志帆先輩が」
「違うの」
「じゃあ入ろ。大迷宮」
「佳奈子まで!」
結局、五人は笑いながら入口をくぐった。
◇
「まず第一関門ね」
「まだ言うの?」
貸靴を受け取った佳奈子が、志帆を見る。
「あなたが言い始めたんでしょう」
「私はもう終わったの」
「終わってないじゃん」
みつみがスコア入力の画面を覗き込みながら言う。
今日の目的は、佳奈子が言い出したボウリングだった。
五人分の名前を入れ、順番を決める。
「私からやる」
佳奈子がすぐに立った。
「言った本人が最初なんだ」
「だって私がやりたくて来たんだもん」
ボール置き場でいくつか持ち比べ、ちょうどよさそうな一つを選ぶ。
助走して投げた一球目は、右寄りへ進みながら七本を倒した。
「お、普通に上手い」
千尋が声を上げる。
「でしょ」
「まだ一投だけだよ」
「一投目から七本なら十分でしょ」
二投目は残った三本のうち二本。
「惜しい!」
佳奈子は戻ってくるなりモニターを見上げた。
「次は取る」
「攻略始まってる」
みつみが言う。
「第一関門だからね」
「佳奈子まで完全に乗ってるじゃない」
志帆が呆れたように言ったが、口元は少し笑っていた。
次は千尋。
フォームは五人の中で一番自然だった。
「経験者?」
「家族で何回か来たくらい」
軽く助走して投げる。
ボールは真っすぐ進んだあと、最後で少し左へそれて八本を倒した。
「あれ、曲がった」
「今の、剣なら当たってたのに」
みつみが言う。
「比較がおかしいでしょ」
千尋は笑いながら二球目を取った。
残った二本のうち一本だけ倒す。
「微妙」
「でも八本倒して微妙って言えるなら上手い方じゃない?」
佳奈子が言うと、千尋は「まあね」と座った。
志帆は投げる前が長かった。
レーンを見て、立ち位置を変え、もう一度見る。
「志帆、何してるの?」
「真っすぐ投げたいの」
「投げれば?」
「それができれば見てないわよ」
みつみに急かされ、ようやく一投。
速度は遅い。
「遅っ」
「うるさい」
ただし軌道はかなり真っすぐで、最後にまとまって八本が倒れた。
志帆の顔が少しだけ明るくなる。
「悪くないわね」
「めっちゃ嬉しそう」
「普通よ」
二球目で残りのうち一本を倒すと、今度は何も言わずに戻ってきた。
「今の不満?」
「あと一本だったから」
「欲が出てる」
絵美里は、ボールを持ったところで首を傾げた。
「私、ほとんどやったことないです」
「ドイツにボウリングなかったの?」
「あります。私がやってなかっただけです」
周りの投げ方を何度か見てから、少し重めのボールを選ぶ。
「それ重くない?」
千尋が聞く。
「持てます」
「持てるかどうかじゃなくて」
「まず投げてみます」
助走。
投げる。
勢いはあったが、ボールは右へ抜けてそのままガターへ落ちた。
「……」
絵美里がレーンを見たまま止まった。
みつみが吹き出す。
「エミリン、ゼロ」
「見れば分かります」
「なんか上手そうだったのに」
「私もそう思ってました」
真顔で返し、そのまま二投目。
今度は力を落としたのか、先ほどよりずっと真っすぐ進んで六本を倒した。
「次はもう少し左ですね」
「もう修正入った」
千尋が笑う。
最後はみつみ。
「私これ」
「軽くない?」
「投げやすそうだから」
ボールを抱えたまま前へ出て、助走。
勢いよく投げた一球は、途中まで中央を進んだあと、きれいに右のガターへ吸い込まれていった。
「あ」
みつみが振り返る。
「今のなし」
「もう記録されてる」
「見なかったことにして」
「無理」
佳奈子が笑う。
二球目は、今度こそ慎重に投げた。
しかし慎重にしすぎたせいか、ボールはゆっくり進み、端のピンを三本だけ倒した。
「三体撃破」
志帆がぼそっと言う。
みつみが振り返る。
「今言った?」
「何も言ってない」
「言ったよね?」
「聞こえませんでした」
絵美里がしれっと返した。
「エミリンまでそっちなの?」
◇
二ゲーム目に入るころには、五人とも少しずつ投げ方が変わっていた。
佳奈子は安定している。千尋はときどき変な方向へ曲げるものの、大きく崩れない。
志帆は相変わらず投げる前が長い。そのかわり、一度スペアを取ったあとは明らかに機嫌がよかった。
絵美里は足の位置や腕の振りを一投ごとに少しずつ変え、最初のガターが嘘のように点を伸ばしている。
みつみは投げるたびに結果が違った。
「今度はいける」
「さっきも聞いた」
「今回は違う」
「それも聞いた」
千尋に言われながら投げた球は、中央を抜けて九本倒した。
「ほら!」
「惜しい!」
佳奈子が立ち上がる。
「あと一体!」
「一体って言った?」
「言ってない」
「みんな言うようになってない?」
みつみが笑いながら二球目を取る。
残った一本を狙ったが、わずかに外れた。
「ああー!」
「最後の守護者が強かったですね」
絵美里が真顔で言う。
「エミリン完全に入ってるじゃん」
「もうそういう遊びなのかと思って」
「違うわよ」
志帆が否定する。
「始めた人が一番否定してる」
千尋が笑った。
その次の佳奈子の番。
一球目が中央へ入り、十本のピンが一気に弾けた。
「ストライク!」
佳奈子が両手を上げる。
「全滅した!」
みつみが言う。
「第一関門突破ね」
志帆が続ける。
「やっぱ続いてるじゃん」
千尋が笑う。
佳奈子は満足そうに戻ってくると、スマートフォンを手に取った。
「誰か今の撮ってない?」
「無理でしょ」
「じゃあ次も出すから撮って」
「要求が高い」
結局、次のフレームはガターだった。
「……今のは撮らなくていいから」
「撮った」
みつみがスマートフォンを下ろす。
「消して!」
「戦闘記録だから」
「それ使い方違う!」
点数は最後までばらついた。
誰が一位かは途中まで気にしていたのに、終盤にはそれより、誰かがストライクを出したり、明らかに変な投げ方をしたりする方が盛り上がっていた。
二ゲームを終え、佳奈子はスコア画面を写真に撮る。
「満足?」
千尋が聞く。
「うん。やっぱ来てよかった」
「佳奈子が一番楽しんでるね」
「私が来たかったんだから当たり前でしょ」
佳奈子はそう言って、先に貸靴を返しに歩き出した。
◇
ボウリング場を出ると、すぐ先にゲームコーナーの光が見えた。
音楽ゲームの曲、クレーンゲームの電子音、対戦ゲームの効果音。いくつもの音が重なっている。
みつみが一歩入ったところで、左右を見る。
「広っ」
「第二階層ね」
志帆が言った。
四人が一斉に振り返る。
「……何よ」
「いや、続けるんだと思って」
「ここまで来たら仕方ないでしょう」
「仕方ないんだ」
佳奈子が笑う。
「じゃあ自由探索でよくない? ずっと五人で回ると遅いし」
「賛成」
千尋が周囲を見る。
「合流したくなったらチャットで」
「迷宮内通信ですね」
絵美里が言う。
「エミリン、もう完全にそっち側」
「さっきからみなさん使ってますよね」
「まあね」
みつみはすでに奥のゲームへ目を向けていた。
そこから五人は、あっさり散った。
佳奈子はクレーンゲームへ向かい、絵美里がその横へつく。
志帆は少し離れた音楽ゲームの画面を見に行った。
みつみと千尋は並んだまま、空いているゲームを覗いていく。
五人で来たのに、五分もしないうちに五人ではなくなっていた。
◇
「これ、取れそうじゃない?」
佳奈子が透明なケースの中を覗き込む。
小さなぬいぐるみが、景品口の近くへ斜めに引っかかっている。
「端を押せば落ちそうです」
隣で絵美里が角度を見る。
「でしょ?」
「一回やってみます?」
「やる」
佳奈子が百円を入れる。
アームを動かし、下ろす。
ぬいぐるみは少し持ち上がって、元の位置よりわずかに景品口へ近づいた。
「動いた」
「次いけそうです」
「やる?」
「私ですか?」
「うん。今の見てたでしょ」
絵美里が少しだけ迷ってから、百円を入れる。
「じゃあやります」
今度はアームを少しずらし、端を押す。
ぬいぐるみが転がった。
「あっ」
二人で同時に景品口を見る。
落ちた。
「取れた!」
「やりました」
佳奈子がしゃがんでぬいぐるみを取り出す。
「エミリン持つ?」
「佳奈子先輩が欲しかったんですよね?」
「最後取ったの絵美里じゃん」
「じゃあ写真だけください」
「それでいいの?」
「はい」
その場で佳奈子がぬいぐるみを絵美里へ持たせ、スマートフォンを構える。
「撮るよ」
「ここでですか?」
「せっかく取ったし」
絵美里がぬいぐるみを持って少し笑ったところで、シャッター音が鳴る。
ちょうどそこへ志帆が戻ってきた。
「何してるの?」
「宝箱開けた」
「宝箱?」
「戦利品」
佳奈子がぬいぐるみを見せる。
志帆は一瞬だけ黙ったあと、
「……レアドロップね」
と言った。
「志帆先輩、もう諦めました?」
「何を?」
「普通の遊び方」
「普通に遊んでるでしょう」
言っている本人が一番怪しかった。
◇
そのころ、みつみと千尋はエアホッケーの台の前にいた。
「これやろ」
「いいよ」
千尋が反対側へ回る。
パックが中央へ出ると、みつみが先に打った。
乾いた音を立てて壁へ当たり、千尋が返す。
「速っ」
「そっちもね」
数往復しただけで、互いに打つ力が強くなる。
みつみが真正面から強く返せば、千尋はぎりぎりで止め、角度をつけて返す。
「うわ!」
パックがみつみのゴールへ入った。
「今のずるい」
「何が?」
「角度」
「エアホッケーってそういうゲームでしょ」
「次それやる」
「真似する気じゃん」
みつみは笑いながらパックを置き直す。
そこから何点か取り合い、最後は千尋の打った一枚がみつみのマレットの横を抜けた。
「負けた!」
「勝った」
「もうちょいだったのに」
「後半かなり危なかったよ」
二人で台から離れる。
そのとき、みつみの視線が少し先で止まった。
大きな画面の前で、二人組が身体を動かしながら遊んでいる。何をするゲームなのか、ここからではよく分からない。
「何あれ」
みつみが一歩そちらへ向く。
千尋も同じ方を見る。
「知らない」
「ちょっと見て――」
「みつみ」
呼ばれて振り返る。
千尋がまだエアホッケーの台の横に立っていた。
「もう一回やらない?」
「もう一回?」
「うん。今度は負けるかもしれないし」
「負ける前提なんだ」
「勝つつもりだけど」
みつみはもう一度、新しいゲームを見る。
知らないゲーム。
何をするのかも分からない。
でも、さっきのエアホッケーもまだ面白かった。
「やる」
すぐに台へ戻る。
「そっちは?」
「あとでいい。今度は勝つ」
「はいはい」
二戦目。
今度は最初から速かった。
みつみは一戦目で千尋が使っていた角度を真似し、壁へ当てて返す。
「それ私の」
「技に名前書いてないでしょ」
「もう使ってるし」
「使えるなら使う」
千尋も笑いながら返す。
一戦目よりラリーが続く。
途中で絵美里が通りかかり、足を止めた。
「再戦ですか?」
「そう」
みつみはパックから目を離さない。
「今度は勝つから」
「さっき負けたんですね」
「言わなくていい!」
絵美里はそのまま少し見ていたが、後ろから佳奈子に呼ばれた。
「エミリン、こっち来て。あれ二人でできる」
「はい」
すぐにそちらへ行く。
みつみも気にしない。
千尋も追わない。
パックがまた壁へ当たる。
今度はみつみが一点取った。
「よし!」
「まだ同点」
「今のは完全に読んだ」
「じゃあ次も読んでみて」
「いいよ」
最後まで勝敗はもつれた。
終了音が鳴ったとき、表示されたのは一戦目とは逆の点差だった。
「勝った!」
みつみが両手を上げる。
「負けた」
千尋は笑いながらマレットを置く。
「もう一回――」
「次あっち」
みつみが、さっき見つけたゲームを指す。
「もういいんだ」
「二回やったから。今度はあれ」
「切り替え早いなあ」
「行こ」
二人はそのまま並んで歩いていった。
◇
その後も、五人の位置は何度も変わった。
佳奈子と絵美里が二人で体感ゲームをしているところへ千尋が加わったり、志帆が一人で見ていた音楽ゲームへみつみが寄っていったりする。
少しすると、今度は志帆と絵美里が並んで画面を見ていて、佳奈子は一人でクレーンゲームの景品を眺めている。
誰かがどこにいるか分からなくなれば、少し歩けば見つかった。
「千尋どこ?」
「あっちでエミリンとやってた」
「志帆は?」
「さっき一人で第二階層の奥へ」
「その言い方やめて」
志帆本人が後ろから現れる。
「勝手に階層を増やさないで」
「でも第二階層って言ったの志帆じゃん」
「一回だけよ」
「一回言ったら設定だから」
「そんなルールないわよ」
言い合いながら、五人はまた同じ場所へ集まった。
しばらく一緒に歩き、次に気になるものが見つかれば、また二人や三人に分かれる。
それを何度か繰り返した。
◇
「休憩しよ」
最初に言ったのは佳奈子だった。
「さすがに疲れた」
「賛成」
千尋もすぐ乗る。
五人で飲食スペースへ入り、空いていたテーブルを確保した。
飲み物と、五人でつまめる軽食を買う。
席へ戻ってきた志帆がトレーを置く。
「……ここがセーフエリアね」
みつみが即座に顔を上げる。
「まだ続いてた」
「今のは違うの。自然に出ただけ」
「自然に出る方が重症じゃない?」
「うるさい」
佳奈子がポテトを取る。
「じゃあ回復アイテム」
「それは私も思った」
千尋が笑う。
「ポテトでHP回復する?」
「気分は回復する」
「それなら正解ですね」
絵美里も一本取った。
しばらくは、今日撮った写真を見たり、誰が何をやったかを話したりした。
佳奈子はクレーンゲームで取ったぬいぐるみをテーブルの端へ置き、みつみはエアホッケー二戦目の勝利を何度も主張する。
「一勝一敗じゃん」
千尋が言う。
「最後に勝った方が勝ち」
「そんなルールないよ」
「ダンジョンは最後に生き残った方が勝ちでしょ」
「エアホッケーで死なないから」
「例え」
絵美里が飲み物を置く。
「でもまだ行ってないところありますよね」
「ある」
みつみがすぐに反応した。
「奥の方、全然見てない」
「上の階もあるよ」
佳奈子が施設マップを開く。
「今日全部は無理じゃない?」
千尋が画面を覗き込む。
「時間も結構経ってるし」
志帆もマップを見る。
「……未攻略エリアが残ったわね」
一瞬、全員が黙った。
次に笑ったのは佳奈子だった。
「もう普通に言うようになってるじゃん」
「だって本当に残ってるでしょう」
「じゃあまた来ればいいじゃん」
みつみが言う。
「次回攻略?」
絵美里が聞く。
「普通に遊びに来るって言って」
千尋が笑う。
佳奈子はスマートフォンを閉じる。
「私はまた来たい。今日ボウリングしかちゃんとやってないし」
「二ゲームやったじゃん」
「でもまだやりたい」
「じゃあまた来よ」
みつみがあっさり言った。
それで話は終わった。
夏休みが終わるから、今日ですべて遊び切る必要はない。
また来ればいい。
◇
施設を出るころには、外の光が少し傾いていた。
「疲れた」
佳奈子が伸びをする。
「自分で誘った人が一番疲れてる」
「遊んだからね」
千尋も笑う。
みつみが振り返り、建物を見る。
「アラワン大迷宮、未クリア」
「クリア条件あるの?」
「全部やる」
「一生無理そう」
「じゃあ長期攻略だね」
「勝手に長編化しないで」
志帆が言う。
少し遅れて歩いていた絵美里が、スマートフォンを見ながら口を開く。
「佳奈子先輩、写真送ってください」
「どれ?」
「今日の全部」
「多いよ?」
「あとで選びます」
「じゃあグループに投げるね」
佳奈子が歩きながら写真を送っていく。
通知が立て続けに鳴る。
「ガターの写真ある?」
みつみが聞く。
「ある」
「消して」
「戦闘記録だから」
「それ私が言ったやつ!」
五人の笑い声が重なる。
そのまま駅へ向かいながら、次にアラワンへ来たら何をやるかという話が始まっていた。
春休みの4人を描いた短編を公開しています。
ダンジョンへ行く目的は、攻略でもレベル上げでもなく――お花見。
▼短編はこちら
女子高生4人、春休みにダンジョンへ花見に行く。
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