第91話 ダンジョンにも宿題はある
夏休みの午後、五人は前にも使った図書館の学習スペースで宿題を広げていた。
前にここへ来たときは四人だったが、今日は佳奈子もいる。机の上にはそれぞれのノートと問題集が並び、その間にスマートフォンが伏せて置かれていた。
しばらくは、ちゃんと静かだった。
みつみが問題集を一ページめくり、途中で手を止める。
「ねえ、佳奈子」
「宿題」
「まだ何も言ってないじゃん」
「美部谷の話でしょ。あとで聞くから、先にそれやって」
佳奈子は自分のノートから顔も上げなかった。
向かいで千尋が笑いをこらえ、絵美里はシャープペンシルを動かしたまま小さく頷く。
「佳奈子先輩が正しいです。始めて十分も経ってません」
「エミリンまで」
「みつみ、美部谷から帰ってからずっと話したそうだったものね」
志帆に言われ、みつみは不満そうに問題集へ戻った。
それから十五分ほど経ったところで、今度は佳奈子の方がペンを置いた。周りに合わせて声を落としたまま、向かいのみつみを見る。
「で、どうだったの?」
みつみがすぐ顔を上げる。
「街だった」
「それは前に聞いた」
「ほんとに街だったんだって。石の家とか店みたいなのがずっと並んでて、細い路地もあって、人だけいないの。建物の中にも入れたし、裏から別の道に抜けたりもできた」
さっきまで宿題を止められていた分までまとめて話すように、みつみの声が少し早くなる。
千尋もペンを置いた。
「道が結構あるよ。大きい通りだけじゃなくて、建物の間も抜けられるから、適当に歩いてるだけでも面白かった。まだ浅いところしか見てないけど、全部見ようとしたらかなり時間かかりそう」
「モンスターも美部谷っぽかったわよ。ネオンバットは翼が光るし、ミラージュキャットは残像を出すし。見た目だけじゃなくて、戦い方も少し面倒だった」
志帆まで話し始めると、佳奈子は完全に宿題から手を離した。
「それ、普通に面白そうじゃん」
「面白かったよ。最後以外」
みつみの言い方に、佳奈子が目を細める。
「最後?」
今度は絵美里がペンを置いた。
「商店みたいな建物へ入ったら、中がモンスターハウスでした。ストリートゴブリンが、一目じゃ数えきれないくらいいて」
「何匹?」
「だから分かんないくらい」
千尋が苦笑する。
「倒しても全然数が減らないんだよね。みつみも志帆もかなりスキル使って、絵美里もずっと受けてて。それでも全部倒すより、出口まで道作って逃げた方がいいってなった」
「私、あんなに続けて魔法使ったの初めてかも。まだ使えたけど、このまま同じのがもう一回来たら嫌だなって思った」
「回復もかなり使ったわ。戦った時間より、終わりが見えないのがきつかったかも」
佳奈子は四人の顔を順番に見てから、少し考えた。
「その建物、入らないと先行けないの?」
四人が黙る。
みつみが千尋を見る。千尋は志帆を見て、志帆は絵美里へ視線を移した。
「……いや」
千尋が最初に答えた。
「道沿いにあった店に、みつみが入りたいって言っただけ」
「千尋も入ったじゃん」
「止めてないけど、言い出したのはみつみ」
「私も見たかったわよ」
「私も、入ること自体には反対してませんでした」
佳奈子は机の上の消しゴムを指先で転がした。
「じゃあ、次は入らなきゃいいんじゃない?」
「それはそうなんだけど」
千尋が頬杖をつく。
「中にあれだけいるって分かった状態で、店の前を普通に通るのも怖くない? 出てきたら結局戦うことになるし」
「外から出てこないようにできないの?」
また少し、間が空いた。
今度は四人とも、前回の商店跡を思い浮かべている顔だった。
「扉、あったよね」
みつみが言う。
「あった。開きっぱなしだったけど」
千尋が続けると、志帆もノートの端へ簡単な四角を描いた。
「閉められるなら、まず閉める。問題は中から開けられたら意味がないことね」
「外側から押さえればいいんじゃないですか。ずっと閉じ込める必要はありませんし、私たちが前を通り過ぎる間だけ持てばいいです」
絵美里が志帆の描いた四角の横へ指を置く。
「何か重いもの?」
「持ってくの?」
みつみが聞くと、千尋が首を振った。
「わざわざ運ぶのはきついでしょ。現地に何かなかったっけ」
「あ」
みつみが声を上げかけ、慌てて小さくする。
「入口の横、ドラム缶あった」
「そういえばあったわね。壊れたものと一緒に置いてあったやつ」
「使えるかどうかは行ってみないと分かりませんけど、扉の前へ動かせるなら試す価値はありそうです」
絵美里が言うと、佳奈子は志帆のノートに描かれた四角を覗き込んだ。
「それで通れるなら、前回みたいに全部相手しなくて済むじゃん」
「うん。戦わなくていいなら、その方がいい」
千尋が答え、みつみも頷いた。
「その分、もっと奥行けるし」
話し始める前には何もなかったノートの端に、扉と丸いドラム缶らしきものが描き足されていた。佳奈子の疑問に答えて、前回見たものを五人で思い出しているうちに、次に試すことだけは決まったらしい。
佳奈子はしばらくその絵を見ていたが、やがて自分の問題集を閉じた。
「じゃあ次、美部谷行くなら私も行く」
「金欠じゃなかった?」
みつみが聞く。
「金欠だよ。だから次は、その分ほかの遊び一個減らす」
佳奈子はあっさり答えた。
「地下に街があるって聞いたら、自分でも見たくなったし。せっかく方法考えたなら、それで通れるかも見たい」
「戦いたいの?」
「そこは別に。閉じ込めて通れるなら、その方がいい」
千尋が吹き出しそうになって、声を抑える。
「そこはちゃんとしてる」
「遊びに行くのに、わざわざ疲れに行く必要なくない?」
「それは前回の私たちに言ってほしかった」
「前回いなかったからね」
佳奈子は悪びれずに答え、また問題集を開いた。
そのまま宿題へ戻るかと思ったところで、みつみが佳奈子の筆箱の横に置かれたスマートフォンを見た。
「そういえば、この前プール行ってたよね。どうだった?」
「普通の市民プール。隣町の」
「楽しい?」
「普通に。レジャープールみたいなのじゃないけど、安いし、暑い日に水入れるだけでも結構いいよ。友達と行けばそれなりに遊べるし」
みつみはすぐ千尋を見る。
「行きたい」
「切り替え早くない?」
「だって暑いし」
千尋も少し考えてから、自分の首元を手であおいだ。
「まあ、夏休み中に一回くらいはいいかも」
「私も行きたいわ。尾洗とは全然違うでしょうし」
志帆まで乗る。
絵美里は三人を見てから、佳奈子へ視線を向けた。
「佳奈子先輩は?」
「私はこの前行ったばっかだから、そのとき次第。みんなが行くなら絶対行く、ってほどではないかな」
「じゃあ、行ける人で行けばいいね」
みつみはそれで十分らしく、スマートフォンのメモへ「市民プール」と打ち込んだ。
「増えた」
「何が?」
「夏休みに行きたいとこ」
「減らす話してた人の前で増やすな」
佳奈子が笑いながら言う。
今度こそ宿題へ戻ろうとして、志帆がふと自分のスマートフォンを手に取った。
「そうだ。私も一個、考えてたことがあるの」
画面には、前回レベルが上がったときに増えた《フォースブロウ》の説明が出ている。
「これ、《フィジカルブースト》と一緒に使ったらどうなるのか試したいのよね。十秒だけ身体能力が上がるでしょう。その状態で近づいて、《フォースブロウ》を使ったら、どこまで動けるのか気になる」
「殴るヒーラーになるの?」
「殴るとは限らないでしょう。メイスは使うけど」
みつみに返しながら、志帆はもう一度説明を読む。
「ただ、やってみないと、自分ではどう動いてるか分からないのよね。近い距離で使うなら、足の運び方とか、相手との距離とかも見たいし」
「次の美部谷で試す?」
千尋が聞くと、志帆は少し迷ってから首を振った。
「あそこは別のこと考えるだけで忙しそう。試すなら、もう少し余裕のあるところがいいわ」
絵美里は志帆の画面を少し覗いたが、何も言わなかった。志帆もそれ以上は決めず、スマートフォンを伏せる。
「それも今度ね。今日は宿題」
「志帆が言う?」
佳奈子がノートを指差す。
「さっきからそこ、全然進んでないけど」
志帆が自分のページを見る。
みつみも自分の問題集へ視線を戻した。美部谷の話を始める前に途中だった問題が、まだそのまま残っている。
「……作戦は進んだのに」
「宿題しに来たんだけどね」
千尋が笑いながらペンを持ち直した。
今度は五人とも、しばらく黙って机へ向かった。
ノートの隅には、扉とドラム缶の簡単な絵だけが残っていた。
春休みの4人を描いた短編を公開しています。
ダンジョンへ行く目的は、攻略でもレベル上げでもなく――お花見。
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女子高生4人、春休みにダンジョンへ花見に行く。
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