↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
89/123

第89話 あと少しだけ

 東骨橋駅で待ち合わせた四人が美部谷駅に着くと、改札を出たところから人の多さが違った。


 駅前には大きな建物がいくつも並び、通りの両側には服や雑貨の店、飲食店の看板が途切れず続いている。少し離れたところには、地下へ降りる入口を示すダンジョンの案内も見えた。


「地下都市、あっち?」


 みつみが案内へ顔を向ける。


「入口は駅の地下です。施設もそっちですね」


 絵美里が答え、そのまま歩き出しかけたところで、みつみの足が別方向へ止まった。


「あ、待って。あそこ見たい」


 指した先は、通りに面した服屋だった。店頭のラックに夏物が並び、その奥にはバッグや帽子も見える。


 絵美里がダンジョンの案内とみつみを見比べる。


「先にダンジョンでは?」


「まだ午前だし、ちょっとだけ」


「その『ちょっとだけ』、信用していいんですか?」


「たぶん」


 千尋が笑いながら、みつみの方へ向きを変えた。


「まあ、時間はあるし。見るくらいならいいんじゃない?」


「私は賛成。あの店、奥に小物もありそう」


 志帆まで乗ったので、絵美里は一度だけ地下への案内を振り返り、三人についてきた。


 店に入って十分もしないうちに、四人はばらけていた。


 みつみは入口近くにあった帽子を順番に被り、鏡を見るたびにすぐ別のものへ手を伸ばしている。千尋は少し離れた棚で薄手の上着を見ていて、志帆は黒と銀を基調にしたアクセサリーの前から動かない。


 絵美里は最初こそ三人の後ろをついていたが、やがて自分でも近くのラックを眺め始めた。


「これ、千尋に似合いそう」


 みつみが黒いキャップを持ってくると、千尋は受け取って鏡の前で被った。


「普通じゃない?」


「普通に似合いそうってこと」


「それ、褒めてる?」


「褒めてるよ」


 志帆もアクセサリーの棚から顔を上げる。


「形は合ってると思う。もう少しつばが短くてもよさそうだけど」


「買わないよ? ちょっと被っただけだから」


「まだ誰も買えとは言ってないでしょう」


 千尋は鏡を一度見ただけで帽子を戻した。


 みつみはすでに隣のバッグへ興味を移している。


 絵美里がその様子を見てから、スマートフォンで時間を確認した。


「……本当に見るだけなんですね?」


「まだ一軒目だよ」


「その返しだと増えるじゃないですか」


 結局、服屋を出たあとも一軒で終わらなかった。


 通りを歩けば、みつみがショーウィンドウを覗き、志帆が気になる雑貨を見つけ、千尋も面白そうなら普通についていく。絵美里も最初のうちは「入口はあちらですよ」と何度か言っていたが、三軒目を出る頃には言わなくなっていた。


 昼が近くなると、今度は食べ物の匂いに足が止まる。


「先に食べない?」


 千尋が聞くと、絵美里も今度は迷わず頷いた。


「それは賛成です。中へ入ってから昼食にするより、先に済ませた方がいいと思います」


「そこは効率なんだ」


「お腹が空いたまま入る理由がないので」


 四人は駅から少し離れた店へ入り、昼食を取った。


 食べ終わってもすぐには席を立たなかった。みつみがメニューのデザート欄を見つけたからだった。


「これ食べたい」


「さっき昼ごはん食べ終わったところだけど」


「デザートは別」


「みつみ先輩、それ夏祭りのときも似たようなこと言ってませんでした?」


「言ったっけ」


「かき氷、食べてましたよね」


「それは別」


 絵美里が呆れた顔をすると、千尋が笑いをこらえながらメニューを覗き込んだ。


 結局、みつみだけではなく志帆と絵美里も小さなデザートを頼み、千尋は飲み物を追加した。


 届いたものを食べながら話しているうちに、みつみが店の外へ視線を止めた。


「あれ」


「何?」


「前に会った人たちじゃない?」


 千尋も振り返り、通りを歩く四人組を見る。


 一人がこちらに気づき、少し驚いた顔で足を止めた。


「あれ? 前に虎ヶ崎で会った子たち?」


「やっぱりそうだ」


 店を出たところで合流すると、向こうの四人もすぐ思い出したらしい。


「あれ? 前も四人だったよね?」


 大学生の一人が、絵美里へ視線を向けた。


「この子は新しく入った一年生だよ」


 みつみが絵美里を示す。


「久央絵美里です」


 絵美里も軽く頭を下げた。


「虎ヶ崎のときにいたもう一人は、今日は別の予定で来てないんです」


 志帆が続ける。


 向こうの一人が、店と駅の方を見比べた。


「美部谷来たってことは、これから入るの?」


「その予定」


 千尋が答えると、大学生たちも同じ方向を指した。


「私たちもこれから。じゃあ中で会うかもね」


「会ったらよろしく」


 それだけ話すと、大学生たちは駅の地下へ向かって歩いていった。


 みつみはその背中を見送り、店の前からダンジョンの案内がある方を見る。


「そろそろ行く?」


「そうですね」


 絵美里が頷く。


 けれど、四人が歩き出して数分もしないうちに、今度は志帆が足を止めた。


「待って。あそこ、ちょっと見たい」


「志帆先輩まで」


「見るだけよ」


「今日それ何回目ですか?」


「私は一回目でしょう?」


 店は文具と雑貨を一緒に扱っていて、入口から色の違うノートやペン、小さなポーチやキーホルダーが見えていた。


 中へ入ると、みつみはすぐ奥へ行き、志帆も目的の棚を見つけてそちらへ向かう。千尋は入口近くのペンを何本か試し書きしていた。


 絵美里は少し遅れて店内を歩き、ノートが並ぶ棚の前で足を止めた。


 同じ大きさのノートでも、表紙の色や紙の質感が少しずつ違う。絵美里は一冊を手に取り、開いて中を確認してから戻した。隣の一冊も手に取る。


「エミリン、何見てるの? ノート?」


 いつの間にか戻ってきたみつみが、隣から棚を覗いた。


「はい。今使ってるのがまだあるので、買うつもりはなかったんですけど……これはちょっといいですね。紙も書きやすそうですし、表紙も好きです」


 絵美里は濃い青の表紙を指でなぞり、また中を開いた。


「じゃあ欲しいんじゃん」


「欲しいと、必要は別です。今のがなくなってからでもいいですし」


「でもずっと見てる」


「ずっとってほどでは――」


 言いながら、絵美里は棚へ戻したはずのノートをもう一度手に取った。


 みつみはそれを見て笑う。


「エミリン、まだ見たいんでしょ?」


 絵美里は答えずに表紙を見たあと、少しだけ口元を緩めた。


「……もう少しだけなら」


「じゃあ見よ。これもよくない?」


 みつみはノートを買う予定もないのに、隣の棚から別の一冊を持ってきた。


 絵美里は受け取って中を開く。


「それは罫線が太すぎます。表紙はいいですけど、使うならさっきの方ですね」


「そこちゃんと見るんだ」


「ノートなんだから見ますよ」


 二人で比べているところへ、千尋がスマートフォンを片手に戻ってきた。


「どうする? 今から入る?」


 みつみではなく、四人全員へ向けた聞き方だった。


 絵美里は時間を見て、それから棚へ視線を戻した。


「今からでも入れますけど……もう少しだけなら、こっち見てからでもいいです」


「じゃ、そうしよっか」


 千尋はそれ以上決めず、スマートフォンをしまった。


 その「もう少し」が、一回では終わらなかった。


 文具店を出たあと、みつみが気になっていた店へ寄り、次は通りの端に出ていた期間限定の売り場を覗いた。絵美里も途中からは入口の方向を気にしなくなり、誰かが足を止めれば一緒に見て、自分から別の棚へ寄ることもあった。


 気づけば、思っていたよりずっと時間が過ぎていた。


 千尋がスマートフォンで時刻を確認し、駅の地下へ続く入口と三人を交互に見る。


「今から入っても、ちょっと見て出るだけになりそうだけど」


「それなら今日はやめとく?」


 みつみが聞く。


 絵美里はすぐには答えず、さっきまで見ていた店の方へ一度だけ視線を戻した。


「……そうですね。中級者向けに入って、時間だけ気にしながら歩くのも違いますし」


「じゃあ次こそダンジョンね」


 志帆が言う。


「次は最初に入ります」


「ほんとに?」


「みつみ先輩が途中で止まらなければ」


「今日エミリンも止まってたじゃん」


 みつみに返され、絵美里は少しだけ黙った。


「……否定はしません」


 千尋が吹き出し、志帆も笑う。


 四人はそのまま駅へ向かった。


 地下へ降りる途中、美部谷ダンジョンの案内がまた目に入る。


 絵美里はそれを見上げた。


「……結局、入りませんでしたね」


「美部谷には来たよ」


 みつみが答える。


「街の方だけですけど」


「エミリンも結構見てたじゃん」


 絵美里は一度みつみを見て、それからさっき歩いてきた通りを振り返った。


「……次は先に入ります」


 そう言いながらも、口元には少し笑みが残っていた。


 四人はダンジョンの入口を横目に、そのまま改札へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。