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第83話 効率のいい遠回り

 次の休日、五人は鳴田南ダンジョンに来ていた。


 施設での手続きを済ませて遺跡へ入ると、乾いた石の匂いと、靴音が少し長く残る静けさが戻ってくる。


「懐かしい」


 みつみが杖を持ったまま、壁の彫り込みを見上げた。


「そんな前だっけ?」


 千尋は言いながらも、曲がり角の先へ視線を向ける動きに迷いがない。志帆も通路脇の石像を一度見てから、左手首の黒銀のバングルへ目を落とした。


「期間で言えば、そこまででもないわね。でも色々あったから、もっと前みたいな感じはする」


「三人だけ、完全に思い出の場所じゃん」


 佳奈子は壁際へ寄り、石の継ぎ目を指で軽くなぞった。


「写真で見るよりちゃんと遺跡だね。通尾も石だったけど、あっちは塔の中って感じだったし」


 その少し先では、絵美里が柱と通路の幅を見比べていた。


「見通しが悪いですね。曲がり角も多いですし、戦闘になったら――」


「エミリン」


 みつみが振り返る。


「今日は答え見てないんでしょ?」


「見てません。施設情報と出現モンスターだけです」


「じゃあ、そのまま行こ」


「何の話ですか?」


「そのまま」


 絵美里は少し納得していない顔をしたが、それ以上は聞かなかった。


 前を知っている三人も、道順や仕掛けを一つずつ説明することはしなかった。かといって、わざと迷わせようとするわけでもない。


 佳奈子が壁の窪みを覗けば、みつみも一緒に覗く。絵美里が足元の模様で立ち止まれば、千尋も少し戻る。知っている場所を案内するというより、同じところを今度は五人で歩き直している感じだった。


     ◇


 いくつか通路を曲がったところで、千尋が足を止めた。


「いる」


 佳奈子がすぐ弓へ手を伸ばす。


「敵?」


「いや。たぶん――」


 千尋の視線の先、少し離れた通路の端に白い人影が立っていた。


 半透明の身体。長い髪と、細い輪郭。石壁の前にいるのに、その向こう側が薄く透けて見える。


 佳奈子の手が止まった。


「うわ、本当にいる」


 絵美里もタワーシールドを少し前へ出したが、みつみはもう人影へ手を振っていた。


「ミリア、久しぶり」


 白い女――ミリアが、みつみの方へ顔を向ける。


 千尋も隣から手を上げた。


「久しぶり」


「元気、という言い方でいいのかしらね」


 志帆が少し迷ってから笑う。


 三人の様子を見て、絵美里は盾を下ろした。


「この人が、話していたNPCレイスですか」


「そう。ミリア」


 みつみが答える。


 佳奈子は少し離れたまま、ミリアを上から下まで見ていた。


「もっとこう、ゲームのNPCっぽく普通に立ってるの想像してた。ちゃんと幽霊なんだ」


「レイスだからね」


「分かってるけど、実物見ると違うじゃん」


 ミリアは何も言わない。


 ただ、五人を見たあと、わずかに笑ったように見えた。


「今、笑った?」


 佳奈子がみつみに聞く。


「たぶん。前もそういう感じだったよ」


「喋らないんですか?」


 絵美里の問いに、千尋が首を横へ振る。


「私たちが会ったときは喋ってない。でも、こっちの言ってることは分かってるっぽい」


「なるほど」


 絵美里はそれ以上質問せず、今度は盾を身体の横へ戻した。


 ミリアがゆっくり歩き出す。


「ついてく?」


 みつみはもう一歩前へ出ていた。


「それ、前もやったの?」


 佳奈子が聞く。


「やった」


「じゃあ行こ。今回は私もいるし」


 五人は白い背中を追った。


 途中でミリアが足を止めた場所も、三人には覚えがあった。けれど、みつみは何も言わずに佳奈子の方を見る。


「何?」


「別に」


「知ってる顔してる」


「知ってるから」


「じゃあ言ってよ」


「言わない」


 即答されて、佳奈子が笑った。


「昨日の続きじゃん」


「当日までって言ったけど、来た瞬間に全部言うとは言ってないもん」


「それはちょっとずるい」


 そう言いながら、佳奈子は自分で周囲を見始めた。


 絵美里もミリアが立ち止まった位置と壁の模様を交互に見ている。三人はその二人の様子を横から眺めたり、気になる場所を一緒に触ったりしながら進んだ。


 前に来たときとは、同じ通路なのに止まる場所が少しずつ違っていた。


     ◇


「これ?」


 大きな石扉が開いた瞬間、佳奈子の声が広間へ響いた。


 その先は、それまでの細い遺跡通路から急に広くなる。


 学校の体育館よりも大きな円形の空間。入口から数メートル先で床が途切れ、その向こうは深い穴になっている。底は暗く、覗き込んでもよく見えない。


 穴の上には、大小いくつもの石の足場が浮いていた。


「うわ……思ってたのよりすごい」


 佳奈子が扉の前から動かず、上と下を見比べる。


 絵美里もすぐには入らなかった。


「浮いてるんですね。本当に」


「言ったじゃん」


「聞くのと見るのは違います」


「でしょ?」


 みつみが嬉しそうに答える。


 千尋は広間を見回して、前に自分が置いていかれたあたりを探した。


「どこだっけ。私だけ流されたの」


「向こうじゃない?」


 みつみが指す。


「よく覚えてるね」


「私が動かしたから」


「それ自慢するところじゃないから」


 佳奈子が二人を見て笑い、それから一番近い足場へ目を向けた。


「これ、どうやって乗るの?」


「近づければ乗れるよ」


 志帆が答える。


「近づけ方は?」


「それは自分で見た方が面白いと思う」


「三人とも本当に言わないね」


 佳奈子はそう言ってから、入口近くにある石の操作盤へ向かった。


 絵美里も隣へ行き、刻まれた溝を覗き込む。


「回転するようになっています。あの足場と連動しているなら――」


「やってみる?」


「はい。佳奈子先輩、そちら持てますか」


「持てる。回す?」


 二人で石盤へ手をかける。


 ゆっくり力を入れると、石が擦れる低い音が広間へ響いた。


 目の前の足場が横へ滑り始める。


「動いた!」


 佳奈子がすぐ顔を上げる。


 足場は入口の床へ近づき、人ひとりが無理なく渡れるところで止まった。


「乗っていい?」


「そのために動かしたんでしょう」


「エミリン、急に冷静じゃん」


「乗れる距離まで寄せたので、乗るのが自然では?」


「乗るけど」


 佳奈子が先に渡り、絵美里も続いた。


 みつみたち三人は少し遅れて同じ足場へ乗る。


 中央の石盤を佳奈子が見つけた。


「こっちにもある」


「回してみれば?」


「みつみ、急に経験者っぽい」


「経験者だもん」


 佳奈子が石盤を回すと、五人を乗せた足場そのものが動き始めた。


「おおー!」


 さっきまで慎重に見ていた佳奈子が、すぐ縁へ寄る。


「思ったより動く。ちょっと待って、これ普通に楽しい」


「まだ一個目だよ」


「一個目で楽しいならいいじゃん」


 その横で、絵美里は移動先を見ていた。


「次に接続するのは、正面の小さい足場ですね。その奥にも操作盤があります」


「エミリン、もうルート探してる」


「進むなら必要でしょう」


 足場同士が近づき、低い音を立てて止まる。


 五人が次へ移ったところで、千尋が下を見た。


「いるよ」


「何が?」


 佳奈子も覗き込む。


 一段低い足場の上を、腰ほどの高さの石の塊が歩いていた。太い腕と短い脚。頭のような部分が胴体へ直接乗り、ごつ、ごつ、と一歩ごとに石の音が鳴る。


「プチゴーレム」


 志帆が言う。


「これも言ってたやつ?」


「名前は言ったかも」


 みつみが答えた直後、プチゴーレムがこちらへ顔を向けた。


 その足場がゆっくり動き始める。


「来るじゃん」


 佳奈子が一歩下がる。


 絵美里はすぐタワーシールドを前へ出した。


「接触するなら倒せばいいですよね?」


「倒してもいいけど」


 千尋が《黒月》へ手をかけながら、隣の操作盤を見る。


「前は、ちょっと逃げた」


「逃げた?」


「足場動かして。あれがどこまで追ってくるか見たくなって」


 志帆が補足する。


 佳奈子の顔が、すぐにプチゴーレムから操作盤へ戻った。


「それやろうよ」


「やると思った」


 千尋は《黒月》から手を離し、プチゴーレムへ向けて手をかざした。


「《マーキング》」


「倒さないんですか?」


 絵美里だけがもう一度確認する。


「危なくなったら倒すよ。でも、今ならまだ離れられる」


「追わせる意味は?」


「面白いから?」


 みつみの答えに、絵美里が一瞬黙る。


「……分かりました。危険になったら切り替えます」


 完全に納得した顔ではなかったが、盾は下ろした。


 佳奈子が石盤を回す。


 五人の足場が滑り出し、プチゴーレムのいる足場との距離が開いていく。


「来てる?」


「まだ来てる。右後ろ」


 千尋はマーキングの感覚を確かめながら、次の足場へ視線を移した。


「次、左行けそう」


「こっち?」


 みつみがレバーへ手を伸ばす。


 ごご、と石が動き、左奥の足場が近づいてくる。


「待って。それだと次がないです」


 絵美里が言った。


「え?」


「左へ渡ると、その先で動かせる足場が一つしかありません。プチゴーレムが同じ側へ来たら詰まります。右を先に動かした方が、長く距離を取れます」


 みつみが右を見る。


「どれ?」


「あの細い足場です。先にあれを寄せて、移ってから中央を動かせば二方向残せます」


「じゃあエミリンの方!」


 佳奈子がすぐ向きを変えた。


「私、こっち回す」


「では私は奥を見ます。千尋先輩、ゴーレムの距離だけ教えてください」


「まだ二つ向こう。けど近づいてる」


「十分です」


 右の足場が寄る。


 五人は移り、また操作盤を回した。


 後ろから、ごつ、ごつ、と石の足音が響いてくる。姿が見えなくなっても、千尋がマーキングで位置を追うたび、どこから来るかは分かる。


「これ、鬼ごっこじゃん」


 佳奈子が笑いながら次の足場へ移る。


「鬼が石だけど」


「捕まったら普通に痛いやつね」


 志帆も言いながら、後ろを確認した。


「エミリン、次どっち?」


「左です。いえ、先に下を上げてください。そこを空けた方が、ゴーレムが回ってくるのに時間がかかります」


「了解!」


 みつみがレバーを倒す。


 絵美里はすぐに次の足場、その次の操作盤へ視線を走らせた。


「右、寄せます。佳奈子先輩、先に乗ってください」


「うん。みつみ、そっちまだ触らないでよ」


「まだ何もしてない」


「前科あるから」


「一回だけじゃん」


「一回で千尋流したんでしょ?」


「戻したって」


 足場が動くたびに、五人の位置もばらけたり集まったりする。


 プチゴーレムは何度か近くまで来たが、そのたびに別の足場を動かして距離を取り直した。千尋が見えない位置を追い、みつみと佳奈子は操作盤を見つければ手を伸ばす。志帆は動いた足場の位置を見て、戻れる経路が消えていないかときどき確認し、絵美里はその先の逃げ道を組み立てていった。


 しばらくして、五人は少し広めの足場へ戻ってきた。


 プチゴーレムは二つ向こう。すぐには接続してこない。


「休憩」


 佳奈子がその場にしゃがみ込み、バッグから水筒を出した。


「思ったより疲れる。戦ってないのに」


「ずっと移動してたからね」


 千尋も腰を下ろす。


 みつみは立ったまま、遠くのプチゴーレムを見ていた。


「まだ来ようとしてる」


「元気ね」


 志帆は水を一口飲んでから、広間の先へ目を向けた。


「そろそろ先へ進んでもいいんじゃない? 今日はこの先もあるし」


「うん。私も一回やれたから満足」


 佳奈子が立ち上がり、蓋を閉める。


「エミリンもいい?」


 返事がすぐには来なかった。


 絵美里はタワーシールドの縁へ手を置いたまま、二つ向こうのプチゴーレムと、右側に浮いている足場を見ている。


「……あそこを先に下げれば、さっきより長く回れます」


「まだ考えてたの?」


 佳奈子が笑う。


 絵美里は一度口を閉じた。


 それから、四人を見る。


「……もう一回だけ、やりません?」


「やる」


 みつみの返事が一番早かった。


「私、今度あっち乗りたい」


 佳奈子はもう右側の足場を指している。


 千尋も立ち上がった。


「じゃあ今度は、さっきと逆から回ってみよ」


「それなら最初に中央を寄せた方がいいです」


「エミリン、そこお願い」


「はい」


 誰も、それ以上のことは言わなかった。


 五人は水筒をしまい、もう一度操作盤へ散った。


     ◇


 二回目は、一回目より少し長く逃げられた。


 絵美里が最初に考えていた通り、右側の足場を先に動かしたことで選べる道が一つ増えた。途中で佳奈子が違う石盤を回し、予定とは別の場所へ運ばれたが、それはそれで次の道を探すことになった。


「エミリン、予定崩れた」


「見れば分かります。でも、そこから左へ移れます。結果的にはまだ続けられます」


「じゃあセーフ」


「何の判定ですか?」


「鬼ごっこ」


 絵美里は返事をせず、次の足場へ移る。


 その先の操作盤へ着く前に、少しだけ口元が緩んだ。


 最後はプチゴーレムが近くまで追いつき、今度は五人も素直に武器を構えた。


 絵美里が《ガード》で太い腕を受け止め、千尋が側面へ回る。みつみの《マジックボール》と佳奈子の矢が石の身体へ当たり、志帆の《プロテクション》が絵美里を包む。


 足場の上で長く戦う必要はなかった。


 千尋の《黒月》が亀裂へ入り、石の身体が大きく崩れる。プチゴーレムが消えたあと、佳奈子が息を吐いた。


「最後は普通に倒すんだ」


「進みますから」


 絵美里が盾を下ろす。


「それに、二回やりました」


「ちゃんと二回数えてる」


「先輩が言ったんでしょう。もう一回って」


 みつみが笑いながら杖を肩へ戻した。


     ◇


 その先は、三人にとって知っている場所が多かった。


 だからこそ、前と同じようには歩かなかった。


 小さな仕掛けを見つければ、佳奈子と絵美里が先に覗き込み、三人は必要になるまで答えを言わない。二人が別のやり方を試せば、前に自分たちがどうしたかをいったん脇へ置いて、その結果を一緒に見る。


 知っている道だから早く進める場所もあれば、五人になったせいで前とは違うところに引っかかる場所もあった。


 そうして歩いているうちに、見覚えのあるゴールへ着く。


 みつみたち三人にとっては二度目。


 佳奈子と絵美里にとっては、初めてだった。


《鳴田南ダンジョンをクリアしました》


 表示に続いて、佳奈子と絵美里には初回クリアの経験値ボーナスが出る。


「クリア」


 佳奈子が表示を見てから、三人の方を振り返った。


「これで私も、鳴田南行ったことある側だ」


「じゃあ次に初めての人が来たら、佳奈子も言わない側できるね」


 みつみが言う。


「それはちょっとやりたい」


「そこなんだ」


 千尋が笑った。


 佳奈子はもう帰還ゲートへ視線を向けていた。


「帰ろ。お腹すいた」


     ◇


 施設へ戻り、受付でクリア記録を確認してもらう。


 佳奈子と絵美里は、鳴田南の名前と遺跡の模様が入った小さな記念メダルを受け取った。みつみたち三人の分は、もうそれぞれの家にある。


「これが前に言ってたやつか」


 佳奈子が手のひらでメダルを裏返す。


「三人と同じ?」


「同じ」


「じゃあ五人分あるんだ」


 みつみが言うと、佳奈子はメダルをケースへ戻した。


 その隣で、絵美里は公式アプリを開いていた。


「レベル、十になってます」


「上がった?」


「はい。それと、新しいスキルも増えています。《フォートレス》」


 千尋が横から画面を覗く。


「名前強そう」


「説明を見る限り、防御を大きく上げる代わりに、その場から動きにくくなるスキルですね。使う場面は選びそうです」


「じゃあ次、試せるとこ探そ」


 みつみが言う。


「今すぐ次を決めなくてもいいでしょう」


「決めるんじゃなくて、見つけたらってこと」


「それなら分かります」


 絵美里はそう言ってアプリを閉じた。


 駅へ向かう途中、佳奈子がふと思い出したように振り返る。


「ねえ、あの浮いてる足場さ。右の上に行ってないよね?」


「行ってない」


 千尋が答える。


「次あそこ行きたい」


「その場合は、中央を先に動かした方が行きやすいです」


 絵美里がすぐに言う。


「またルート考えてるじゃん」


「聞かれたので答えただけです」


「聞いてないけど」


「行きたいと言ったので」


 佳奈子が笑い、みつみも横から次の足場の話へ入る。


 鳴田南を出てまだそれほど経っていないのに、五人の話はもう、次に来たときどの石盤を回すかへ移っていた。


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