第82話 言わない
放課後の部室で、みつみはスマートフォンの写真を整理していた。
「これ、何撮ったんだっけ」
画面には、鏡の中に鏡があり、その奥にもまた鏡がある。端の方には千尋らしい黒い服が半分だけ映り、別の場所には絵美里のタワーシールドが三つ並んでいた。
向かいでプリントを片づけていた佳奈子が顔を上げる。
「消すの?」
「何撮ったか分かんないやつだけ。通尾、そういう写真多すぎる」
「でも通尾の写真って、だいたい分かんなくない? それやったら最後ほとんど残らなそう」
みつみは少し考え、今の一枚を残した。
「これはエミリン三人いるから残す」
「増えてません。鏡像です」
隣でスマートフォンを見ていた絵美里が、画面も覗かずに答えた。
「知ってるよ」
「このやり取り、通尾でもしたよね」
千尋が笑いながら椅子の背にもたれる。
机の上には、授業のプリントや筆箱、飲みかけのペットボトルが広がっていた。志帆は自分のスマートフォンを見ていたが、会話を聞きながら、ときどき口元だけ笑っている。
「でも、次に行ったら前より早く歩けそうね。鏡の見え方も分かったし、右側の壁を追う方法も使える。今度は迷う時間より、鏡そのものを見ていられそう」
「私は動画撮りたい。写真だと、どこからどこに映ってるのか分かんなかったし」
みつみがすぐに言うと、千尋もペットボトルを取った。
「私は気配察知なしでレイス当てたい」
「まだやることあるじゃん。クリアしたら、もっと『終わったー』ってなるのかと思ってた」
佳奈子がプリントを半分に折る。
「通尾がなくなるわけじゃないしね。また行けばいいでしょ」
「そういうものなんですね」
絵美里が顔を上げた。
「クリア後に、同じダンジョンへ遊びに行くのは普通なんですか?」
「普通かどうかは知らないけど、私たちは行くよね」
千尋がみつみを見る。
「行く。まだ動画撮ってないし」
「即答だね」
理由がそこなのがおかしかったのか、佳奈子が笑った。
志帆は少し考えてから、スマートフォンを机へ置く。
「同じ場所でも、目的が変わることはあるわよ。素材を取りに行くこともあるし、前にできなかったことを試すこともあるし。仕掛けで遊ぶなら、通尾より鳴田南の方が分かりやすかったけど」
「鳴田南?」
佳奈子が聞き返し、すぐ思い出したように続けた。
「あ、それ私行ってないやつ。みんなが行く日に、私だけ何もしないって決めた日でしょ」
「あー、何もしない日」
みつみも思い出す。
「そこだけ覚えてるんだ」
「だって強かったから。何もしないっていう予定」
「自分で決めたんだけどね」
佳奈子は笑いながら折ったプリントを鞄へ入れた。
絵美里が三人を見る。
「私も行ったことありません。どんなダンジョンですか?」
「遺跡。あと、仕掛けがいっぱいある」
みつみが答えると、志帆が自分のスマートフォンを手に取った。
「戦って奥へ進むだけじゃなくて、途中の仕掛けを動かしながら進むタイプね。私たちが行ったときは――」
「あれ楽しかった。浮いてるやつ」
みつみが途中から入る。
「足場?」
佳奈子が聞く。
「石の足場。すごい広いところにいっぱい浮いてて、石盤回すと動くの」
「ああ、あれ」
千尋が笑った。
「みつみに置いてかれたやつ」
「置いてってないよ。動くと思わなかっただけ」
「私だけ乗ってる足場を動かしたじゃん」
「戻したじゃん」
「戻すとき一回、逆に回しかけてたでしょう」
志帆まで加わると、みつみがそちらを向く。
「それは千尋もやってた」
「私は向こうから止めてた側」
「何それ。ちょっと楽しそう」
佳奈子が身を乗り出した。
三人の中ではもう終わった出来事だったはずなのに、話し始めると細かいところまで次々に出てくる。
最初に動く足場へ乗ったときのこと。みつみが縁から下を覗いて千尋にバッグをつかまれたこと。離れた足場へ分かれ、声をかけながら石盤やレバーを動かしたこと。
「途中から、三人で同じ足場にいる時間の方が少なかったのよね」
志帆が思い出すように言う。
「でも声がめっちゃ響くから、普通に話せた」
「私、あれもう一回やりたい。前よりうまく動かせる気がする」
「その自信どこから来るの。一回やって私を流したんだけど」
「一回やったから。今度は大丈夫」
「それ、前も聞いた気がする」
千尋の返しに、佳奈子が笑ったまま三人を見比べる。
「それなら私も行きたい。前に行かなかった分、普通に初めてだし」
「私も興味あります」
絵美里もスマートフォンを操作し、鳴田南ダンジョンのページを開いた。
「遺跡系、ギミック型。クリア条件は、仕掛けを解いてゴールへ到達……攻略情報もありますね」
「あ、見る?」
千尋が聞いた。
「見ちゃ駄目なんですか?」
「駄目じゃないよ。エミリンが見たいなら全然いいけど、仕掛けの答えまで先に知ったら、ちょっともったいない気はする」
「私もそう思う。あそこ、分かんないまま触るのが面白かったし」
みつみが頷く。
志帆も絵美里の画面をちらりと見た。
「概要くらいなら問題ないと思うけど、解法を調べてから行くのと、現地で見て考えるのとでは、だいぶ違うでしょうね。どっちがいいかは絵美里が決めればいいけど」
絵美里は画面を少しだけスクロールした。
検索結果には、攻略手順らしいページも並んでいる。
「……では、施設情報と出現モンスターくらいにしておきます」
そう言って、攻略ページは開かずに画面を戻した。
誰もそれについて何か言うことはなかった。
佳奈子が代わりに、さっきの話へ戻る。
「足場以外は? ずっとそういう仕掛けなの?」
「他にもあるよ」
みつみが答えかけ、途中で口を閉じた。
「……でも、先に言わない方がいいかも。佳奈子初めてだし」
「足場はもう結構言ったじゃん」
「足場は見ても楽しいからいいの」
「その基準は分かんないけど、まあいいや。当日見る」
佳奈子があっさり引くと、千尋が笑った。
「その方がいいと思う。足場以外にも、先に知らない方が面白そうなのあるし」
「その言い方されたら余計気になるんだけど」
絵美里も検索画面を閉じる。
「では、私も現地で確認します」
「エミリンまでそっちになった」
「私は何があるか知らない側ですから」
「私もだよ」
佳奈子が言ってから、少し間を置いた。
「じゃあ行こうよ、鳴田南。今度は私も」
「行こ。久しぶりだし」
みつみの返事は早かった。
「私もいいよ」
千尋が続き、志帆も頷く。
「私も。前と同じにはならないでしょうし」
「私も行きます。遺跡系のギミックなら、実際に見てみたいです」
絵美里もそう言って、それで話は決まった。
◇
「ところで、佳奈子の何もしない日って、結局何してたの?」
しばらくして、みつみが聞いた。
「覚えてない。何もしない日なんて、そんなもんじゃない?」
「じゃあ成功してるじゃん」
「何が?」
「何もしないの」
佳奈子は少し考えてから笑った。
「それ、成功とかある?」
「予定どおりではあります」
絵美里が真面目に言う。
「エミリンまで乗らなくていいから」
「乗ったつもりはありません」
千尋が机に伏せるようにして笑った。
鳴田南へ行く話はもう決まっているのに、その後も部室では別の話が続いた。
みつみが通尾の鏡写真を何枚残すかで迷い、佳奈子が「全部残せば」と言い出したせいで、最初の作業はほとんど意味がなくなった。
志帆は途中からグループに送られた写真を見返し始めた。
千尋は一枚の中に自分が何人映っているか数え始める。
絵美里は一度閉じた鳴田南のページをもう一度開いたが、見ているのはアクセスと施設情報だけだった。
「エミリン、何見てるの?」
みつみが横から覗く。
「行くなら、どれくらいかかるのか確認しておこうと思って。日が決まってからでもいいですが、遠いかどうかは分かるでしょう」
「まだ日も決めてないのに早いね。そういうとこエミリンだ」
「どういうところですか?」
「そういうところ」
「分かりません」
みつみが笑い、絵美里は少し納得していない顔のままスマートフォンを伏せた。
帰る時間が近づくころ、千尋が鞄を持ちながら言う。
「日にちはグループで決めよ。全員空いてる日で」
佳奈子が返事をし、志帆も机の上を片づけ始める。
みつみは最後まで残していた鏡の写真を一枚見てから、スマートフォンをしまった。
「次は鏡じゃなくて遺跡か」
「次って決めたの、今だけどね」
「うん。だから次」
五人で部室を出て、廊下へ出たところで絵美里がみつみに聞いた。
「さっきの浮いている足場、本当に下が見えないくらい高いんですか?」
「それは行って見た方がいい」
「そこまで言わないんですか?」
「うん」
佳奈子が二人の横へ並ぶ。
「私も知らないから、一緒に知らないまま行こ」
絵美里は少し考え、それ以上は聞かなかった。
「分かりました。では、当日確認します」
その後ろで、千尋と志帆が笑った。




