↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/123

第80話 見えてはいる

 右側の壁は、そのまま奥へ続いていた。


 千尋が壁の位置を確かめながら先を歩き、その少し後ろを絵美里が続く。みつみ、志帆、佳奈子も並びを変えながらついていき、五人は前回より先の鏡面区画へ入っていった。


 細い通路の先は、すぐ二つに分かれているように見えた。


「右と、正面?」


 みつみが右を覗き込む。


 千尋は一歩だけ前へ出たあと、首を傾げた。


「……いや、正面だけじゃない?」


「え?」


「右、鏡だよ」


 言われて近づくと、右へ続いているように見えた通路は、正面の景色が斜めに映り込んでいるだけだった。


 佳奈子も少し離れたところから見直す。


「今の、普通に曲がるとこだと思った。右の壁追ってなかったら絶対そっち行ってる」


「私も行ってた」


 みつみが鏡へ手を伸ばすと、千尋が笑った。


「こういうときは触っていいかも」


「でしょ?」


「ずっと触って歩かなくていいからね」


 佳奈子に付け足され、みつみは伸ばした手で鏡を軽く叩いた。


「ちゃんと壁」


「それを確認してるんだから当然でしょ」


 右側の壁を追う方法そのものは、前回よりずっと楽だった。


 分岐へ来るたびに、その場の見た目だけで進む方向を選ばなくていい。右側の壁がどこへ続いているかだけ確認すれば、とりあえず次の一歩は決まる。


 ただし、それで現在地まで分かりやすくなるわけではなかった。


 いくつか角を曲がったところで、千尋が足を緩める。


「これ、さっきの通路に見えない?」


「さっきどころか、もう全部同じに見える」


 佳奈子が左右の鏡を見比べる。


 絵美里はスマートフォンを取り出し、途中で記録していた曲がった方向と回数を確認した。


「右側の壁は途中で変えていません。ですから、見た目が同じでも同じ場所へ戻ったとは限らないです。ただ、現在地を正確に聞かれると私も分かりません」


「エミリンでも?」


「地図があるわけではないので」


「じゃあ、今は右だけ信じればいいんじゃない?」


 佳奈子が言うと、絵美里は少し考えてからスマートフォンをしまった。


「今のところは、それでいいと思います」


「ほら」


「佳奈子先輩は、分からなくなるのが早すぎる気もしますけど」


「分からないものを分かったふりするよりいいじゃん」


 その横で、みつみは別のものを見ていた。


「エミリン、八人いる」


「はい?」


「鏡の中。あ、九人目もいる」


「全部私です」


「知ってる」


「なら数えなくていいじゃないですか」


「何人まで増えるかなって」


 志帆が笑いながら、みつみの見ている鏡へ目を向けた。


「こうして見ると、道より先に目の方が迷わされるわね。歩き方を決めても、見えているものまで整理されるわけじゃないみたい」


「前回より今日の方が、それ分かる」


 佳奈子が正面の通路と鏡の中の通路を交互に見る。


「行く方は決まってるのに、どこ見てるのか分かんなくなる」


 その言葉が終わる前に、千尋が片手を上げた。


「待って」


 四人の足も止まった。


 少し先の鏡の奥に、人の形をした黒い影が立っている。


「レイス?」


 みつみが杖を構えた。


「いるね。でも……」


 千尋はすぐには《黒月》を抜かなかった。


 正面の鏡に一体。


 その左奥にも、少し小さな黒い影が見える。右側の鏡にも、それらしいものが一瞬だけ映った。


 佳奈子が弓を持ち上げる。


「どれが本物?」


「分かんない。ちょっと待って」


 千尋が鏡から目を離さないまま意識を集中する。


「《気配察知》」


 一瞬のあと、千尋の顔が右へ向いた。


「右後ろ。近い。三、四メートルくらい」


「右後ろ?」


 佳奈子が振り返る。


 そこにあるのは、さっき通ってきた通路と鏡だけだった。


 みつみも杖を向けるが、敵らしい姿は見えない。


「いないよ?」


「いる。そっち」


 千尋は迷わず右後ろを指した。


 絵美里がタワーシールドをそちらへ向ける。


「何も見えませんけど――」


 その瞬間、鏡の中で黒い影が膨らんだ。


 人型の腕が、鏡の奥からこちらへ突き出してくる。


「来る!」


 志帆の声と同時に、絵美里が盾を上げた。


 黒い腕がタワーシールドへぶつかり、硬い音が通路へ響く。


「《プロテクション》!」


 志帆の光が絵美里を包む。


 鏡から抜け出すように現れたミラーレイスへ、千尋が《黒月》を抜いて踏み込んだ。


「やっぱそこ!」


 刃が黒い身体を斬る。


 佳奈子も狙いをつけたが、すぐには射たなかった。


 鏡の中に同じレイスがいくつも見える。実物と鏡像がわずかに重なって、輪郭が二重になっていた。


「動かないで――今!」


 絵美里がレイスの正面を押さえたところで、佳奈子が矢を放つ。


 今度は胴へ刺さった。


「《マジックボール》!」


 続けてみつみの魔力弾が飛ぶ。


 青白い光が当たり、レイスが大きく揺れた。


 そのまま後退した黒い身体が、鏡へ重なる。


「あ、また――」


 みつみの声が止まった。


 レイスは鏡の中へ沈んだように見え、その姿が消えた。


「どこ?」


 佳奈子が弓を構えたまま周囲を見回す。


 正面にも左にも、鏡の奥には黒っぽい影がいくつもある。


 千尋も一度視線を走らせたが、見た目だけでは追わなかった。


「待って。近くに来たら分かる」


「気配察知?」


「うん。ただ、範囲に入らないと無理」


 五人は背中を完全には預けず、それぞれ周囲を見る。


 鏡の中では、自分たちの動きまで別方向から返ってくる。


 数秒後、千尋が顔を上げた。


「左前。近い!」


 今度は全員がそちらを向いた。


 左前にあるのは、角と大きな鏡。


 けれど千尋が示した場所には、まだ何もいない。


「また見えない」


 みつみが呟いた直後、正面の鏡に黒い影が現れた。


「え、そっち?」


「位置は左前!」


 千尋が言う。


 絵美里は鏡像ではなく、千尋が示した方へ盾を向けた。


 次の瞬間、何もなかったはずの角からミラーレイスが飛び出す。


「いた!」


 みつみの魔力弾が飛ぶ。


 レイスが身体を捻ったところへ、千尋が横から入った。


 黒い影の注意が千尋へ動く。


「《ブラインドサイド》」


 相手の意識が自分へ向いているのを感じ取り、千尋は無理に背後へ回らず一度離れた。


 その隙に、絵美里が前へ出る。


「こっちです!」


 レイスが向きを変えた。


 千尋もすぐに動く。


 死角側へ一歩回り込み、《黒月》を振り抜いた。


 佳奈子の矢が続き、最後にみつみの《マジックボール》が当たる。


 黒い輪郭が崩れ、そのまま光へ変わった。


 千尋は少しの間その場所を見てから、《黒月》を下ろした。


「もういない」


「今度は断言できるんだ」


 佳奈子も弓を下げる。


「気配ないからね」


「それ、最初から使えば前回もっと楽だったんじゃない?」


「前回も使えば敵が近いのは分かったと思うよ。でも道は分かんないし、鏡が何してるかも分かんない」


「そっか。敵専用か」


「専用じゃないけど、生き物がいないと何も分かんない」


 みつみが少し残念そうに鏡を見る。


「階段は生きてないもんね」


「生きてたら嫌でしょ」


 佳奈子が笑った。


 絵美里は盾を下ろしながら、さっきレイスが現れた角を見た。


「気配察知で方向が分かっても、目で見た位置と一致しないのは面倒ですね」


「うん。左前にいるって分かってるのに、正面の鏡に出てきたから一瞬迷った」


 千尋も鏡へ目を向ける。


「でも、いる方向が分かるだけマシ」


「次からは、千尋先輩が方向を言ったらそちらを優先します」


「それでお願い」


 それだけ決めると、五人は少し水を飲んでから歩き出した。


 戦闘が終われば、また右側の壁を追う。


 鏡は相変わらず何組もの五人を映し、その奥に実際には存在しない通路まで作っていた。


     ◇


 そのあとも、右手法は半分くらい役に立った。


 進む方向を決めるところまでは簡単だが、同じような景色が続くせいで、どれくらい進んだのかは分かりづらい。


 途中で、みつみが一度立ち止まった。


「ここ、前通ってない?」


「また?」


 佳奈子も辺りを見る。


「でも、さっきエミリン八人いたところとは違う気がする」


「そこ基準なの?」


「九人だったかも」


「余計分かんないじゃん」


 絵美里はスマートフォンの記録を確認してから、首を横に振った。


「同じ場所ではないと思います。少なくとも曲がった回数は合いません」


「じゃあ進んでる?」


「たぶん」


「エミリンも『たぶん』増えたね」


 みつみに言われ、絵美里が少しだけ眉を寄せる。


「鏡のせいです」


「誰も責めてないよ」


 志帆はそのやり取りを聞きながら、少し先を見ていた。


「何かいるわね」


 通路の向こうを、半透明のものがゆっくり漂っている。


 丸みのある身体の下から、細い触手のようなものが垂れていた。


「クラゲ?」


 みつみがすぐそちらへ向く。


「クラウドジェリー」


 志帆が答える。


「通尾に出るモンスターとして載っていたわ。前回は会わなかったけど」


「ほんとに雲みたい」


 白っぽく透けた身体が、空中をふわふわと移動している。


 まだこちらには気づいていないらしく、五人はその場で少し様子を見ることにした。


 クラウドジェリーは通路を横切り、右へゆっくり流れていく。


 その姿が、鏡の中にも映っていた。


「あっちにもいる」


 みつみが指を差す。


「反射でしょ?」


「分かってる。でも、あっちは逆に動いてる」


 正面の鏡では、クラウドジェリーが左へ流れているように見える。


 さらに奥の鏡では、別の一体が正面へ近づいてくるようにも見えた。


 佳奈子が本物のクラウドジェリーと鏡像を交互に見る。


「本体見ながらだと、余計変だね。あれ絶対そっち行ってないのに」


 実物は、五人の前から右側の通路へ入っていく。


 鏡の中では、その姿が途中で壁の陰へ消えた。


 次の瞬間、少し離れた別の鏡に同じ姿が現れる。


「今の、ワープしたみたい」


 みつみが言った。


「本物は普通に右へ行っただけだけどね」


 佳奈子は実物の方を指す。


「鏡の中だけ、壁の向こうから出てきた」


 志帆は返事をしなかった。


 クラウドジェリーではなく、鏡を見ている。


 一歩横へ移動すると、鏡像の位置が変わった。


 もう一歩動く。


 さっきまで奥にいたクラウドジェリーが消え、別の鏡へ現れる。


 志帆は少し戻って、同じ場所をもう一度見た。


「志帆?」


 みつみが呼ぶ。


「ちょっと待って」


 クラウドジェリーの実物は、その間もゆっくり通路を進んでいる。


 何も消えていない。


 何も壁を抜けていない。


 それなのに、鏡の中だけを見ていると、途中で姿を消して別の場所から現れたように見える。


 志帆の視線が、さっきミラーレイスと戦った方角へ向いた。


「千尋。さっき、二回目にレイスが出てきたとき、気配察知では左前だったのよね?」


「うん。大体だけど、方向はそっち。距離もかなり近かった」


「でも私たちには、最初は正面の鏡に見えていた」


「見えてたね」


 佳奈子も鏡を見る。


 志帆は少し考え込んだ。


「一回目も、右後ろにいるって千尋が言ってから、鏡から出てきたように見えた」


 みつみが頷く。


「うん」


「千尋の気配察知が間違っていたわけじゃないなら……」


 そこで志帆は言葉を止めた。


 鏡の中には、五人と、すでに角の向こうへ消えたクラウドジェリーの反射がいくつも残っている。


 志帆はその一つを見つめたまま、小さく呟いた。


「……これ、本当に壁を抜けてる?」


「ミラーレイスが?」


 千尋が聞く。


「うん。まだ分からないけど、次に出てきたら確かめたい」


 みつみがすぐ杖を持ち直す。


「じゃあ探す?」


「探し回らなくても、そのうち出るでしょ」


 佳奈子が笑う。


「右の壁もまだ終わってないし」


 千尋は先の角を見てから、また歩き出した。


「じゃ、続き行こ。出たら今度はちゃんと見る」


 五人は再び右側の壁を追い始めた。


 さっきまでと同じ鏡の中を歩いている。


 ただ今度は、道だけではなく、鏡の中で何がどこに見えているのかも気にしながら進んでいった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。