第74話 カワイイだけじゃない
放課後、地元のダンジョン施設に併設された用品店へ入ったのは、みつみ、千尋、志帆、絵美里の四人だった。
通尾へ行く前に寄ろうと話していた店だ。今日は佳奈子は一緒ではない。
「とりあえず一周しよ」
入口を抜けるなり、みつみは棚の並ぶ奥へ視線を走らせた。防具やバッグ、ベルト、探索用の小物まで、何度か来ている店なのに、行く予定のダンジョンが変わるだけで前とは少し違って見える。
「何か欲しいものあったんじゃないの?」
千尋が隣を歩きながら聞く。
「まだ決まってない。見たら決まるかもしれない」
「部室でも同じこと言ってた」
「だから見に来たんだよ」
みつみは悪びれず、そのまま防具の棚へ寄っていった。
千尋は少し遅れて足を止める。視線の先には、小型の盾が並んでいた。
「私、ちょっとこっち見る」
「じゃあ私も――」
みつみは千尋の方へ向きかけたところで、すぐ横の棚に目を留めた。
「あ」
そこには頭部用の探索装備が並んでいた。軽量のヘルメットや額当て、帽子型のものまで形はさまざまで、その端に、つばが広く先が長く尖った帽子が掛かっている。
みつみの足は、その場で止まった。
「これ」
近くにいた志帆が先に覗き込む。
「ずいぶん分かりやすいの見つけたわね」
「魔法使いじゃん」
みつみは帽子を両手で持ち上げた。柔らかすぎず、かといって硬い防具にも見えない。横の鏡の前まで移動し、そのまま被ってみると、尖った先が少し後ろへ垂れた。
「どう?」
「思ったより普通に似合ってる」
千尋も盾の棚から一度戻ってきて、鏡越しにみつみを見る。
「普通にって何」
「もっと仮装っぽくなるかと思った」
「失礼だなあ」
みつみはつばを指で持ち上げながら、正面を見て、横を向き、もう一度正面へ戻る。気に入ったらしく、なかなか脱ごうとしない。
絵美里は帽子ではなく、横に付いていた商品表示を見ていた。
「頭を守る装備としては、かなり軽いですね。衝撃吸収は最低限ですし、つばも広いので上を見るとき邪魔になりませんか?」
「上?」
「通尾、塔ですよね。上方向を見る場面もあるでしょうし、視界を遮るものは避けた方がいいと思います」
みつみは鏡の前で顔を上げ、次に左右を向いてから、つばの端を指で軽く押さえた。
「見えるよ」
「そういう確認なんですか?」
「見るの大事でしょ」
志帆も商品表示を覗き込んだが、途中で指を止めた。
「あ、これ。ただの軽装帽じゃないわね」
「何かある?」
みつみがすぐに振り返る。
「魔法の発動速度に補正が入るみたい。といっても、本当に僅かよ。魔力を立ち上げるところを少し補助する程度みたいだから、劇的に速くなるようなものじゃないわ」
「速くなるんだ」
「少しだけね」
みつみは帽子のつばを掴んだまま、もう一度鏡へ向き直った。
「魔法使いっぽくて、魔法もちょっと速くなる」
「そこまで綺麗に条件そろう?」
千尋が笑う。
絵美里は表示を最後まで確認してから、帽子を見た。
「防御性能を考えれば、もっと上はありますけど」
「でもこれも探索用なんでしょ?」
「最低限はあります。ただ、中級者向けへ行く前に選ぶ装備として、見た目をそこまで優先するのはどうかと」
「発動も速くなるよ」
「僅かに、です」
「僅かでも速くなる」
みつみは少し考えるように帽子を押さえ、それから笑った。
「やっぱりこれがいい。魔法使いっぽい。被りたい」
絵美里が小さく息を吐く。
「結局、最後はそこなんですね」
「だって性能だけなら一番じゃなくても、ちゃんと使えるんでしょ? それなら好きな方がいいじゃん」
志帆が商品表示をもう一度見て頷いた。
「サイズが合っていて、動いてずれないなら問題なさそうね。発動速度の補正も小さいけれど、みつみには無駄にはならないし」
その横で、志帆が別の帽子を手に取る。
「こっちは防御性能がもう少し高いわよ。つばも短いし、耐久性も――」
「でも尖ってない」
「……そうね」
「じゃあこっち」
みつみは迷わず最初の帽子を選んだ。
志帆は比較していた帽子を棚へ戻す。その手つきに未練はなく、今度は隣に並んでいた別の装備へ視線を移した。
「志帆は何か買うの?」
「今日は買わないわよ」
「めっちゃ見てるけど」
「見るのと買うのは別でしょう。欲しいものは別にあるから、今はそっちのために貯めてるの」
そう言いながらも、志帆は手に取った装備のタグを裏返し、材質と価格を確認している。
みつみが横から覗き込む。
「買わないのにそこまで見る?」
「次に見るとき比較できるでしょう。それに、見てるだけでも面白いもの」
「分かる」
「みつみの場合、面白いと思ったら買うじゃない」
「毎回じゃないよ」
言い返しながら、みつみの頭にはまだとんがり帽子が乗っていた。
◇
千尋が見ていたのは、小型の盾だった。
丸型や角型が並ぶ中から選んだのは、長いところでも三十センチほどの楕円形。大きな盾というより、左手に一枚だけ小さな壁を増やすような大きさだった。
「これくらいなら邪魔にならなそう」
千尋は左手で持ち、腕を伸ばしたり引いたりして感触を確かめる。
みつみが帽子を手に持って戻ってくると、その小ささに目を丸くした。
「盾ってもっと大きいの買うのかと思ってた」
「大きかったら走るの邪魔じゃん。私、エミリンみたいに正面でずっと受けるわけじゃないし」
名前を出された絵美里が、千尋の手元を見る。
「それで攻撃を受け止めるつもりですか?」
「受け止めるっていうより、避けきれないときにちょっと当てて逸らせればいいかなって。避けるしかないより、一個選べること増えるでしょ」
「それなら大きい盾は合わないですね。防げる範囲は狭いですけど、そのサイズなら動きはかなり残せそうです」
「でしょ。問題はショートソードと一緒に使って邪魔にならないかなんだよね」
千尋は店員に試し合わせをしたいと伝え、一度売り場を離れて共通保管庫から《黒月》を受け取ってきた。
店員に案内された装備確認用のスペースへ移る。鞘から抜いた黒い刀身を低く構え、まずはゆっくり右腕を振る。左のバックラーを前へ出してすぐに引き、次は半歩横へ動いて、身体をひねりながら剣を振るところまで確かめた。
「当たらない?」
みつみが少し離れたところから聞く。
「今のところ平気」
千尋はもう一度構え直し、今度は重心を落としてから横へ動く。左手を身体の前へ入れても、右の《黒月》は引っかからない。
動きを見ていた志帆が、盾の縁へ目を向けた。
「今、一回だけ剣と近くなかった?」
「見えた?」
「当たってはいないけど、もう少し盾を外へ向けた方が動きやすそう」
千尋は左手の角度を変えて、同じ動きを繰り返した。
「あ、こっちの方がいい」
「でしょう?」
「じゃあこれで、もう一回」
今度は千尋の方から動きが増えた。前へ一歩出てバックラーを差し込み、すぐに身体を横へ逃がしてから《黒月》を振る。
絵美里はその一連を見ていたが、途中で首を傾げた。
「そこまで避けるなら、盾いらなくないですか?」
「全部避けられるならね。でも、今まで『避ける』しかなかったところで、これが使えたら楽じゃん」
「楽、ですか」
「戦い方増えるの、普通に面白そうだし」
千尋はバックラーを軽く持ち上げた。
「これでエミリンみたいに受け続ける気はないよ。一発だけ邪魔できれば十分」
絵美里は少し考え、もう一度バックラーの大きさを見る。
「なら、その使い方の方が先輩には合ってると思います。私が同じものを使っても、たぶん困りますけど」
「そりゃエミリンの盾、これ何枚分って大きさだし」
「役割が違いますから」
「うん。だから同じ盾でも全然違うんだね」
みつみが千尋のバックラーと絵美里を交互に見たあと、自分の帽子まで持ち上げた。
「装備って面白い」
「そこで帽子も混ぜるの?」
千尋が笑う。
「装備でしょ、これも。しかも魔法ちょっと速くなる」
「もうそこ気に入ってるじゃん」
「気に入った」
「まあ、装備ではあるわね」
志帆は否定しなかった。
◇
千尋がバックラーを買うと決めたあとも、四人はすぐには会計へ向かわなかった。
志帆は別の棚へ移り、ベルトや小物入れ、魔法補助用品を順番に見ている。手に取っては戻し、別の商品と表示を比べるが、財布を出す気配はない。
絵美里も防具の一角で足を止めた。チェインメイル用の補助具を一つ手に取り、縫製や固定部分を確かめてから元の場所へ戻す。
「エミリンも何か買う?」
みつみに聞かれ、絵美里は首を振った。
「今は必要ありません。今の装備で不足しているところがないので」
「新しいの欲しくならない?」
「今より良くなるなら考えます。でも、変える理由がないのに買っても仕方なくないですか?」
「見るだけでも?」
「見るのは見ます。更新するときに知らないと困るので」
少し離れた棚から、志帆が顔だけを向けた。
「それなら、私とそんなに変わらないじゃない」
「違いますよ。私は必要になったときのために見てるんです」
「私も次に比べるために見てるのだけれど」
「志帆先輩は楽しんでますよね」
「楽しいわよ?」
迷いのない返事だった。
絵美里が一瞬黙る。
みつみは二人を見比べて笑った。
「見てるもの同じでも、全然違うね」
「みつみ先輩も、性能を見たのに最後は見た目でしたけどね」
「性能もよかったし、見た目もいいんだよ」
「補正は僅かですよ」
「僅かでもあるじゃん」
みつみはそう言って、手に持っていた帽子をもう一度被った。今度は鏡へ行かず、その場でつばを整える。
「ほら。やっぱりこれがいい」
志帆がちらりと見て、少し笑う。
「杖と合わせたら、かなりそれっぽくなりそうね」
「でしょ?」
絵美里はまた帽子のつばと頭頂部を見ている。
「戦闘中に落ちないようにはしてくださいね」
「そこ?」
「そこです。発動が少し速くなっても、戦ってる途中で帽子を拾っていたら意味ないですから」
「それはそう」
みつみは帽子を両手で押さえ、少し強めに首を左右へ振ってみた。
「大丈夫」
「店の中で何してるの」
千尋が会計用のバックラーを持って、三人のところへ戻ってきた。
「落ちないか確認」
「今?」
「エミリンが言うから」
「私のせいにしないでください」
千尋は笑って、自分のバックラーを持ち上げた。
「じゃあ、みつみは帽子、私は盾。志帆とエミリンはほんとに見るだけか」
「私は最初からそう言ってるわ」
志帆は最後に見ていた商品の表示をスマートフォンで確認してから棚へ戻した。
「今日は買わない」
絵美里も手にしていたものは何もない。
「私もです」
やがて四人は会計へ向かった。レジに持っていくのは、みつみの帽子と千尋のバックラーだけだった。
会計を済ませると、みつみは袋に入れる前にもう一度だけ帽子を被った。
「通尾、これで行こ」
「私はこっち」
千尋も袋越しにバックラーを軽く叩く。
「二人とも、次に使う気満々ね」
志帆が笑い、絵美里も二人の袋へ視線を向けた。
「みつみ先輩と千尋先輩、装備を増やす理由が全然違いますね」
「エミリンだって、買わない理由があるじゃん」
みつみに返され、絵美里は少し考える。
「……それも装備選びに入るんですか?」
「入るんじゃない?」
千尋が先に店の出口へ向かった。
「買わないって決めるのも、選んでるってことでしょ」
志帆もそのあとに続く。
「珍しくいいこと言うわね」
「珍しくは余計」
みつみは帽子を袋へしまい、最後に絵美里を見る。
「行こ、エミリン」
「はい」
四人は用品店を出た。
次にここで買った二つを使う場所は、地上百メートルから始まる塔だった。




