第72話 これもまたダン活
虎ヶ崎へ行った次の放課後、部室の六人掛けテーブルは、五人分の教科書とノート、それに開けかけの菓子袋でほとんど埋まっていた。
みつみはノートの上でシャープペンシルを止めたまま、さっきから同じところを眺めている。向かいでは千尋が先に課題を進め、その隣の佳奈子は小袋のチョコを一つ口に入れてから、自分のプリントへ戻った。
「これ、今日やる必要ある? 提出明日なら、朝でも間に合うじゃん」
「その考えで何回朝に困ってるの。今ここでやれば終わるでしょ」
佳奈子に言われ、みつみは反論しようとして少し考えたあと、何も言わずにノートへ目を戻した。
テーブルの反対側では、志帆が自分の課題を終えたらしく、ノートを閉じてスマートフォンへ持ち替えている。その隣に座った絵美里は一年生用の教科書を広げていたが、先輩たちの会話には口を挟まず、時々小さく笑っていた。
「エミリン、笑ってるなら手伝って」
「学年が違うんですから無理ですよ。そもそも、どこが分からないのかも聞いてません」
「全部」
「それはもう私じゃなくて先生に聞いてください」
みつみが諦めてノートへ戻ると、千尋が吹き出した。
「絵美里ちゃん、そういうとこ普通に切るよね」
「分からないものは分からないですから。適当に教える方が困りません?」
絵美里はそう答えると、また自分の教科書へ目を落とした。
部室ができてからまだ日が浅い。それでも、五人が同じテーブルで別々のことをしている光景は、少しずつ見慣れたものになり始めていた。宿題をしている者もいれば、スマートフォンを見ている者もいるし、佳奈子はさっきからチョコだけは一定の間隔で減らしている。
しばらくして、佳奈子がプリントの端まで書き終えたところで顔を上げた。
「そういえば、昨日結局ストームオウルまで行ったんでしょ? どうだった?」
「行ったよ。ちゃんと倒した。前よりはだいぶ楽だったかな」
千尋が答えると、みつみもノートから顔を上げた。
「うん。前みたいに、次どうするって毎回考えなくてよかったよね」
志帆も頷き、スマートフォンをテーブルへ置く。
「相手の動きを知っていた分、かなり動きやすかったわ。佳奈子がいなかったから前と同じ形ではなかったけれど、それでも特に困らなかったし」
「いいな。私も久しぶりに見たかったかも」
佳奈子は少しだけ残念そうに言ったものの、すぐにチョコの袋を志帆の方へ差し出した。
「食べる?」
「もらう」
志帆が一つ取る。その横で、絵美里も顔を上げた。
「私は初めてだったので、先輩たちが普通に動いてる方が驚きました。攻撃が来る前から散ってましたし」
「前に戦ってるからね。エミリンも途中から普通に合わせてたじゃん」
「合わせたというか、合わせないと逆にやりにくかったんです」
みつみに答えた絵美里は、そこで虎ヶ崎の話を続けようとはせず、開いていたノートへ視線を戻した。
佳奈子も詳しい戦闘の話を聞くつもりはなかったらしい。「じゃあ今度また行くときは私も行こ」とだけ言って、自分のプリントを裏返した。
みつみは再び課題へ戻ろうとしてから、ふと思い出したように志帆を見る。
「そういえば志帆、昨日あとでLV見た? 私、十一になってたじゃん。千尋は十二だし、エミリンも八になってたから、志帆も上がってるかもよ」
「見てないわね。帰ってから別のことを調べて、そのままだった」
志帆が公式アプリを開く。数秒して、画面を見たまま「あら」と声を漏らした。
「十一になってる」
「やっぱり」
みつみが身を乗り出し、絵美里も隣から画面を覗く。
「昨日のストームオウルかもしれませんね。かなりスキルも使ってましたし」
「いつ上がったかは分からないけれど、まあ十一なら十一ね」
志帆は新しく増えたものがないことまで確認すると、特に騒ぐこともなくアプリを閉じた。
「その反応で終わり?」
佳奈子が聞くと、志帆は少し笑った。
「LV11でしょう? 上がったのは普通に嬉しいけれど、新しいスキルが増えたわけでもないし」
「じゃあ、おめでとうだけ言っとく。おめでとう」
「ありがとう」
佳奈子もついでに自分のステータスを開き、LV10の表示を確認しただけで、すぐにスマートフォンを伏せた。誰もそこへ何か言うことはなく、佳奈子自身も残っていたチョコを一つ口へ放り込んだ。
話題はそのまま、今日の授業や昼休みの購買、クラスであったどうでもいい出来事へ移っていった。絵美里は二年生にしか分からない話では聞く側に回り、自分のクラスの話題になると普通に混ざる。
途中で千尋がみつみのノートを覗き、「そこまだやってるの?」と笑い、みつみが「話しかけるから進まない」と責任を押しつける。志帆は一度だけ「人のせいにする前に手を動かした方が早いわよ」と言ったが、そのあと自分もスマートフォンを見ながら話に加わっていた。
結局、みつみの課題が終わったのは五人の中で最後だった。
「終わった。もう今日は何も書きたくない」
「お疲れ。じゃあ帰る?」
千尋が自分のノートを片づけ始めると、佳奈子も空になった菓子袋を丸めた。
けれど、みつみは時計を見てから、机の上に置いてあったスマートフォンを手に取った。
「まだちょっと早いし、せっかく部室いるんだから次どこ行くか決めようよ」
「私は今度ならたぶん行けるよ。昨日行けなかったし」
佳奈子も予定を確認するためにスマートフォンを開いた。千尋は日程より先に、いくつかのダンジョン情報を探し始める。
「どこでもいいけど、あんまり遠いところは朝早くなるから嫌だな。休みの日に学校より早く起きるのはちょっと」
「それ、佳奈子が言うと思った」
「普通でしょ。行くだけで疲れるところは今日は候補から外したい」
千尋は「それは分かる」と言いながら画面を送った。
それまで普通に聞いていた絵美里が、次のダンジョンの話になった途端、少し姿勢を変えた。
「でしたら、まず今のメンバーで無理なく攻略できる難易度に絞った方が早いです。その中から移動時間とクリア条件を見て――」
「景色いいところがいい」
みつみがすぐ別の条件を足した。
絵美里は一度言葉を止める。
「……景色は、候補を絞ってからでもいいと思いますけど」
「でも最初に見た方が早くない? 森は昨日行ったから、全然違うところがいいな」
「私はドロップも見たいわね。今すぐ欲しいものがあるわけじゃないけれど、行ったことがない場所なら何が出るかは気になるし」
志帆まで別の条件を足し始めると、絵美里は一度口を閉じた。
千尋は何件か候補を開き、そのうち一つを見ながら首を傾げた。
「ここ面白そうだけど、ちょっと遠いかも。乗り換え入れると結構かかるね」
佳奈子が横から画面を覗き込む。
「じゃあ私はなし寄り。近くて面白いところ、ほかにないの?」
「早いなあ」
「だって、まだ候補でしょ。だったら今のうちに言っとく」
みつみも千尋のスマートフォンを覗き込み、今度は移動時間ではなく、表示されているモンスター情報の方へ目を向けた。
「これ何が出るんだろ。見たことないやついる?」
「待って、今そっち開く」
千尋がページを切り替える。
その隣では、志帆が別の候補についてドロップ情報を調べ始めていた。
「こっちは素材の種類が多そうね。売るかどうかは別として、一度実物を見てみたいものがいくつかあるわ」
「帰りに何か食べるなら、その辺も見とこうよ」
佳奈子が別の検索画面を開くと、みつみの興味もすぐそちらへ移った。
「何食べる?」
「まだ行く場所も決まってないんだけど」
「だから一緒に見ればいいじゃん。行く場所決めてから何もなかったら困るし」
話がダンジョンから帰りの食事へ流れかけたところで、絵美里がとうとう声を挟んだ。
「先輩たち、話が逸れてます」
四人の視線が集まる。
絵美里は少し呆れたような顔をしていたが、立ち上がる気配はない。志帆の隣で自分のスマートフォンを開いたまま、さっきまでの候補をまだ見比べている。
「行く場所を決める話でしたよね。食事はそのあとです。まず候補を出して、難易度と移動時間と攻略条件を見てから決めた方が早いです」
「でも、ご飯大事じゃん」
みつみが言うと、絵美里は少しだけ眉を寄せた。
「大事じゃないとは言ってません。順番の話です」
「じゃあエミリンは、どこがいいの?」
「だから今、それを絞ってるんです。少なくとも、攻略条件が分からないまま『景色がよさそう』だけで決めるのは――」
「これ景色いいよ」
みつみが別の画面を見せる。
絵美里は反射的にそちらを見てから、数秒だけ黙った。
「……場所はどこですか?」
「ほら、気になってるじゃん」
「候補として確認してるだけです」
絵美里はそう言いながら、みつみのスマートフォンを受け取らず、隣から画面を覗き込んだ。志帆も反対側から寄ってきて、三人で同じページを見る。
千尋と佳奈子はその間に別の候補を探していた。
六人掛けのテーブルの上で、五台のスマートフォンにそれぞれ違うダンジョン情報が開かれていく。誰かが一つを見つけるたびに別の条件が増え、候補が減ったと思えばまた増えた。
しばらくして、千尋が顔を上げた。
「で、次どこ行く?」
誰もまだ、答えを決めていなかった。
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