第71話 守らないという守りかた
ストームオウルは、木々の向こうでこちらを見下ろしていた。
太い枝に止まった身体は、以前見たときと変わらず大きい。翼を畳んでいても周囲の枝が窮屈そうで、青空の見える隙間をほとんど塞いでいた。
「……あれがストームオウルですか」
絵美里がタワーシールドを少し前へ出す。
「そう。前に四人で倒したやつ」
千尋は《黒月》を抜いたが、それ以上の説明はしなかった。みつみも杖を構え、志帆は二人と絵美里の位置を一度見回してから少し後ろへ下がる。
絵美里は何か確認しようとして、やめた。三人とも、もう説明を待つのではなくストームオウルの動きを見ている。
次の瞬間、ストームオウルが翼を大きく開いた。
強く羽ばたいた風が地面の枯れ葉を巻き上げ、四人の足元を一気に抜けていく。絵美里が盾を傾けて受け流す横で、みつみは身体を低くし、志帆も片足を引いて踏ん張った。
千尋だけは、風が弱まるより先に横へ動いている。
「千尋先輩、前に出るんですね」
「降りてきたら近い方がいいから。前に戦ったときも、結局そこ狙ってたし」
答えながら、千尋は木々の間を広く取る。
絵美里は一瞬だけその距離を測り、《フォーメーション》を使った。千尋まで範囲へ戻そうとはせず、自分の近くにいるみつみと志帆を中心に置く。
少し前までなら、全員を効果範囲へ入れた方が安定すると考えていた。けれど、さっきまでの戦闘で、そのために千尋を戻す方が動きを邪魔する場面があることはもう分かっている。
ストームオウルが枝を蹴り、大きく上昇した。
その動きを見た途端、みつみと志帆が左右へずれ、千尋はさらに前へ出る。誰も「急降下が来る」と口にしていないのに、三人の動きには迷いがなかった。
絵美里はそこで初めて、三人が同じものを待っていることに気づいた。
高度を取ったストームオウルが身体を傾ける。
「来る!」
志帆の声と同時に、巨大な身体が急降下した。
狙われたのは千尋だった。絵美里からの距離なら《インターセプト》は届く。蔵安で何度も試した感覚から、今なら割り込めることも分かっている。
それでも絵美里は動かなかった。
千尋はストームオウルを正面から見たまま、ぎりぎりまで引きつける。爪が届く直前、《サイレントステップ》で横へ抜けた。
空振りしたストームオウルが低い位置へ残り、そのすれ違いざまに、千尋が《ウィークポイント》で捉えた箇所へ《黒月》を入れる。
「今の、入れたよね?」
再び上昇していくストームオウルを見ながら、みつみが絵美里へ聞いた。
「入れました。でも、千尋先輩なら避けられると思ったので使いませんでした。割り込めるからって、毎回入る必要はないです」
「この前あんなに試してたのに?」
「試したから分かるんです。使える距離と、使うべき場面は別です」
言い切るより早く、ストームオウルが向きを変えた。今度は低い位置を保ったまま、木々の間を抜けてくる。
みつみが《マジックボール》を放つ。魔力弾はストームオウルの身体へ当たったものの、突進は止まらない。次の魔法へ移るためにみつみが杖を引いた、その瞬間に相手の進路がわずかに変わった。
絵美里には、今度は迷いがなかった。
《インターセプト》でみつみとの間へ一気に入り、そのままタワーシールドを正面へ構えて《ガード》へつなぐ。
ほとんど同時に、志帆も《プロテクション》を重ねた。
防御効果が入った直後、ストームオウルの巨体が盾へぶつかった。
足元が滑り、絵美里の身体が大きく後ろへ押される。それでも盾を倒さず、最後まで正面で受け切った。
「エミリン、平気?」
「平気です。今です!」
絵美里が答えたときには、千尋がもう横から入っていた。
《黒月》がストームオウルの胴を斬り、動きが乱れる。みつみも一歩位置を変え、絵美里を射線から外すと、《マジックブースト》で魔力を高めてから《マジックボール》を放った。
魔力弾を受けたストームオウルは、地面すれすれで翼を広げ、どうにか上へ逃れる。
「右腕、痛くない?」
志帆が絵美里の様子を見る。
「少しだけです。動かせます」
「なら念のため回復しておくわ。それと、次も受けるならもう少し足を開いた方がいいと思う。さっき押されたとき、右が浮いてたから」
志帆は《ヒールショット》を飛ばしながら、さっき絵美里が押された瞬間の姿勢まで見ていた。
「ありがとうございます。次は意識します」
絵美里は盾を持ち直し、右腕を一度動かしてから、志帆と一緒に頭上へ視線を戻した。
◇
ストームオウルは再び高度を取っていた。
以前なら、姿が遠ざかるたびに次がどこから来るのかを追うだけで精一杯だった。今は、みつみも千尋も志帆も、相手が上がった時点で次の動きへ入っている。
千尋が前へ出る一方、みつみと志帆は絵美里の近くへ寄った。絵美里も、もう千尋を呼び戻そうとはしなかった。
ストームオウルが大きく翼を振る。
「風、来るよ」
千尋の声に四人がそれぞれ姿勢を低くする。巨大な翼が起こした風圧が木々の間を抜け、髪や服を強く煽ったが、誰も足を取られなかった。
風圧が抜けると同時に、ストームオウルが急降下へ移る。
今度は絵美里たちの側へ向かってきた。みつみが横へずれ、志帆も反対側へ距離を取る中、絵美里は二人の間に残って盾を構える。
千尋は戻らない。
むしろ、ストームオウルがこちらへ意識を向けた分だけ、その側面へ近づいている。
急降下してきた巨体を、絵美里が《ガード》で正面から受けた。衝撃で膝が沈んだものの、今度は足が流れない。
ストームオウルが低い位置で体勢を崩した瞬間、千尋が横から《黒月》を振る。みつみも待っていたように《マジックボール》を放ち、志帆は絵美里が次の攻撃を受けられる位置へ動きながら、三人の状態を確認していた。
斬撃に続いて魔力弾を受け、ストームオウルの大きな翼が地面すれすれまで落ちる。
それでも倒れず、翼を打ちつけるようにして再び浮き上がろうとした。
「まだ行く!」
千尋が追う。
以前なら、絵美里は一度戻すことを考えただろう。けれど今は、前へ出た千尋と残った二人を一度見ただけだった。
「そのままお願いします。みつみ先輩、もう一発いけますか?」
「いける!」
千尋が前へ出ていることで、ストームオウルの意識が一瞬そちらへ向いた。その間に絵美里はみつみと志帆の前へ位置を取り直し、志帆もすぐ支援できる距離を保つ。
誰か一人が全員へ指示を出しているわけではない。それでも、さっきよりさらに噛み合っていた。
ストームオウルが低空で向きを変え、千尋へ突っ込む。
千尋は紙一重でかわしながら《黒月》を入れた。その斬撃で大きな身体が流れた先へ、みつみの《マジックボール》が飛ぶ。
続けざまに攻撃を受けたストームオウルは地面を滑り、再び立ち上がろうと翼を動かしたが、もう身体は持ち上がらなかった。
少し遅れて、巨体が光へ変わっていく。
森の中に残ったのは、風で揺れ続ける枝葉の音だけだった。
◇
「前より楽だったね」
みつみが杖を下ろすと、千尋も《黒月》を鞘へ戻しながら頷いた。
「そりゃ一年近く経ってるし。前は降りてくるたびに、どうするか考えてた気がする」
「今回は、考えてから動くというより身体が先に動いた感じだったわね。佳奈子がいないから前と同じ戦い方ではなかったけれど、それでも特に困らなかったし」
志帆はそう言ってから、絵美里の右腕へ視線を向けた。
「それより、本当に平気? まだ痛むならもう一度見るけど」
「はい。もう痛くないです。それより――」
絵美里は答えるなり、千尋を見る。
「千尋先輩、動きすぎなんですよ。《フォーメーション》から何回出たと思ってるんですか」
「戦闘終わって最初がそれ? じゃあ、動かない方がいい?」
「いえ、それも違います」
絵美里はすぐ否定したが、そこから少し考えた。
「最初は、千尋先輩も含めて全員を《フォーメーション》の範囲へ入れた方が安定すると思ってました。でも、千尋先輩を戻すために動かすと、攻撃できる場面を減らします。それに、外にいても自分で避けられることが多いですよね」
「じゃあ、今日みたいのでいいってこと?」
「そうですね。千尋先輩は戻すより、あのまま動いてもらった方が良かったです。私はみつみ先輩と志帆先輩を守れる位置を取って、必要なときだけ《インターセプト》で入る。その方が全体は安定します」
千尋が笑う。
「最初よりだいぶ諦めたね」
「諦めたんじゃなくて、更新したんです。そこは全然違います」
即答した絵美里に、みつみも笑った。
「更新って言い方するんだ」
「実際そうですから。使えるものを使わない理由はないですし、合わないやり方を続ける理由もありません」
そう言ってから、絵美里はストームオウルが消えた場所へもう一度目を向けた。
「次はもう少し、《インターセプト》のあとに自分が残る位置を詰めたいです。今日の一回目、受けたあと少し後ろへ押されすぎました。志帆先輩に《プロテクション》を入れてもらう前提じゃなくても、もう少し安定して受けられるようにしたいので」
「なら、次は足の置き方も見た方がいいかも。二回目はかなり変わっていたわよ。最初より右足が残ってた」
志帆が返すと、絵美里はすぐそちらを向いた。
「やっぱり分かりました?」
「後ろから見てたからね」
「そこも覚えておきます。次は――」
絵美里がスマートフォンを出しかけたところで、少し離れた場所に光が集まり始めた。
ストームオウルを倒した地点の近くに、入口へ戻る帰還ゲートが現れている。
「ちゃんとクリアになったね」
みつみがゲートの方を見る。
絵美里はそれを確認してから、今度こそスマートフォンを開いた。虎ヶ崎のクリア実績が反映されているのを確かめ、そのままステータス画面へ移ったところで指が止まる。
「あ、LV8になってます」
「エミリンも上がったじゃん」
「いつ上がったかは分かりませんけど、八ですね」
絵美里は少しだけ嬉しそうに画面を見てから、念のためスキル欄まで確認した。
「新しいスキルは増えてません。でも、今日は《インターセプト》を実戦で使えましたし、使わない方がいい場面も分かったので、そっちの方が大きいです」
「まだ反省会続くの?」
千尋が笑う。
「続きますよ。実戦で一回うまくいったから終わり、にはしません。次は今日分かったことを前提にして、もっと自然に使えるようにしたいです」
「帰りながらならね」
志帆が帰還ゲートへ向かうと、みつみと千尋も続いた。
絵美里は三人の後ろを歩きながら、千尋が外へ出たときの距離と、自分がみつみの前へ割り込んだときの位置をまだ頭の中で追っている。
次に同じ相手と戦うなら、今日より少しうまくできる。絵美里は、帰還ゲートをくぐる直前までそのことを考えていた。




