第69話 後輩 くおう えみりん
同好会の申請が通ったと知らされたのは、放課後だった。
みつみは帰り支度を途中で止めたまま、千尋たち三人へスマートフォンの画面を見せた。
「通ったって。あと、部室も使っていいって」
「ほんとに部室できるんだ」
佳奈子が鞄を机へ戻す。
申請したときから話には出ていたのに、実際に学校の中へ自分たちの場所ができるとなると、少し感覚が違った。
「絵美里ちゃんにも連絡しよ」
「もうした。こっち来るって」
千尋が自分のスマートフォンを見せると、みつみが少しだけ口を尖らせた。
「早い」
「みつみが画面見せる前に送ったからね」
ほどなくして、一年生の教室から絵美里がやってきた。
「お待たせしました。同好会、通ったんですね」
「うん。部室あるんだって。見に行こうよ」
みつみが立ち上がると、絵美里は普通に頷いた。ダンジョンの話をしているときのように、何かを確認したり改善点を口にしたりはしない。
五人は教えられた場所へ、そのまま一緒に向かった。
◇
「……ここ?」
みつみが開いた扉の向こうを覗き込む。
部屋は普通の教室のおよそ四分の一ほどで、元は何かの教科で使う準備室だったらしい。最近までは物置のように使われていたというだけあって、いかにも新しい部室という雰囲気ではなかった。
それでも、六人掛けのテーブルが一台と椅子が六脚あり、小さなシンクもついている。
「十分じゃん。五人で座れるし」
千尋が最初に中へ入り、テーブルの端へ手を置いた。
その後ろから入った佳奈子は、並んでいる椅子を数える。
「一個余るけどね」
「荷物置けるじゃん」
「最初から一席潰すの?」
みつみはそう言いながら、もう自分の鞄を空いている椅子へ置いていた。
佳奈子がすぐそこを見る。
「置いてるじゃん」
「今だけ」
志帆はそんな二人を横目に、小さなシンクとテーブルを順番に見た。
「資料を広げて話すには十分そうね。教室だと放課後も人が残っていることがあるし、ここなら気にしなくていいでしょうし」
「私も十分だと思います。学校の中に集まれる場所があるだけでも便利ですし」
絵美里は部屋を一通り見たあと、みつみの鞄が乗っていない椅子を引いた。
それを見ていた千尋が笑う。
「もっと、机はこっちの方が効率いいです、とか言うかと思った」
「部室で机を囲むのに、何の攻略効率があるんですか」
絵美里が少し眉を寄せる。
「ないけど」
「じゃあ言いませんよ」
ごく普通の返事だった。
結局、誰がどこへ座るかを決めることもなく、五人は六人掛けのテーブルを囲んだ。
みつみの鞄だけが、六脚目の椅子を先に使っていた。
志帆が鞄を開け、一冊のノートを取り出した。
「あ」
みつみがすぐに気づく。
「それ、まだ使ってたんだ」
「使ってるわよ。予定を書いたり、気になったことを残したりするのに便利だもの」
志帆はノートを開き、何枚かページをめくった。途中で指が止まる。
「懐かしい」
千尋が横から覗き込んだ。
ページの一番上には、
『ダンジョン活動同好会』
その横に、
『通称・ダン活部』
そして、その下に四人の名前が並んでいた。
『涼木みつみ』
『川咲千尋』
『山花志帆』
『本多佳奈子』
「これ、最初に名前決めたときのじゃん」
佳奈子も思い出したように笑う。
「まだ私たち一年だったよね」
「夏休み前」
みつみは四人の名前を上から順番に見てから、向かいに座っている絵美里を見た。
「エミリンも書く?」
「え?」
絵美里がノートへ視線を落とす。
「私もですか?」
「書かないの?」
「そういう意味ではなくて……」
絵美里はもう一度、並んでいる四人の名前を見る。
佳奈子が横から言った。
「そもそも同好会にしようって言い出したの、エミリンじゃん」
「それはそうですけど」
「じゃあ書けばいいじゃん」
千尋もごく普通に言う。
絵美里は少しだけ迷ってから、志帆が差し出したペンを受け取った。
「……じゃあ、書きます」
四人の名前の下に、
『久央絵美里』
と書く。
五人分の名前が並んだ。
みつみはそのページを見て、満足そうに笑った。
「よし」
「何がですか?」
「なんでもない」
「絶対何かありますよね」
絵美里が少し眉を寄せる横で、志帆はノートを閉じた。
◇
最初は部室の話をしていた。
放課後ならいつ来るのか、何を持ち込むのか。とはいえ、その場で決めなければ困るものでもない。話はすぐに別の方へ流れた。
みつみがテーブルへ頬杖をつき、向かいに座った絵美里を見る。
「そういえばエミリン、ドイツから来たんだよね。向こうにもダンジョンあるんだよね? どんな感じなの?」
「どんな感じ、と言われても難しいです。ダンジョンごとに違いますから」
「変な景色とか、見たことないモンスターとかいる?」
「いますよ。でも、日本に来てから初めて見たものもあります」
その答えを聞いて、今度は千尋が椅子へ浅く座り直した。
「向こうでは、みんな絵美里ちゃんみたいに最初から役割とか位置とか決めるの?」
「みんな、とは言えないです。私が一緒に行っていた人たちは、役割を決めてから動くことが多かったです。誰が前を持つか、誰がどこを見るかくらいは最初に確認してました」
絵美里はそこで一度言葉を切り、千尋を見る。
「なので、先輩たちと最初に行ったときは本当に驚きました。何も決めてないのに、戦闘が始まったら全員勝手に動くので」
「勝手にって言い方」
千尋が笑う。
絵美里も少しだけ首を傾げた。
「でも勝手ですよね?」
「まあ、それはそう」
千尋自身が認めたので、絵美里もそれ以上は言わなかった。
代わって志帆が、少し身を乗り出す。
「装備の選び方も、向こうにいたころから今みたいな感じだったの? 防御力だけじゃなくて、自分がどう動くかまで考えて選んでるでしょう」
「はい。自分がどこに立つのか、何を受けるのかまで考えて装備を選ぶのは、向こうにいたころからです。今のタワーシールドも同じ考え方で選んでます」
「分かるわ。単体の性能だけで見ても、実際の使い方と噛み合わなければ意味がないものね」
「そうなんです」
絵美里の返事が少し早くなった。
「軽ければ動きやすいですけど、受け止めるための装備まで軽さだけで選ぶわけにはいきませんし、逆に重ければいいわけでもなくて――」
そこまで話してから、絵美里は一度志帆の顔を見る。
「こういうの、志帆先輩なら分かりますよね?」
「ええ。装備はそこからが面白いもの」
志帆が頷くと、絵美里も小さく頷いた。
話が装備や攻略の細かいところへ入るほど、絵美里の視線は自然と志帆へ向く時間が増えていく。志帆も途中で切らずに聞き、ときどき別の条件を出して話を広げた。
しばらく二人の話を聞いていた佳奈子が、今度は別のところへ興味を向けた。
「向こうでも学校行きながらダンジョン行ってたんだよね?」
「はい。学校がある日は学校ですし、ダンジョンはそれ以外の時間に。そこは今とそんなに変わらないです」
「日本に来たの、高校からだっけ」
「そうです。父の仕事の都合で、家族でこっちへ来ました」
佳奈子がそのまま続ける。
「じゃあエミリンが日本の高校に行きたいって言ったから、じゃないんだ」
「違います。むしろ日本へ来るのを一番喜んでいたのは母かもしれません」
「お母さん、ドイツ人だよね?」
佳奈子が少し意外そうに聞き返す。
「はい。でも、かなり日本が好きなんです。日本で暮らせることも、私が日本の高校へ通うことも、私より楽しみにしていたくらいで」
それまで聞いていたみつみが笑う。
「エミリンより、お母さんの方が日本来たかった感じ?」
「……たぶん、そうですね」
絵美里も少しだけ笑った。
「今も楽しそうです」
「強いな、お母さん」
千尋が吹き出す。
佳奈子も興味を持ったらしく、絵美里へ顔を向けた。
「それちょっと見てみたい」
「会わせませんよ」
「まだ何も頼んでないじゃん」
「顔に出てました」
そのまましばらく、ドイツと日本の学校の話や、こっちへ来てからの話が続いた。
五人で同じテーブルを囲んでいるだけなのに、教室で話していたときとは少し違う。周りの生徒の帰り支度を気にすることもなく、話が横へ逸れてもそのまま座っていられる。
やがて会話が途切れると、みつみが六脚目の椅子から鞄を取って膝へ置いた。
「で、次どうする?」
「やっぱそこ戻るんだ」
佳奈子が笑う。
「部室できたんだし、ここで次の予定決めるのは合ってるけど」
「久しぶりに虎ヶ崎とか行かない? 次の休みとか」
みつみがスマートフォンを開く。
その名前を聞いた瞬間、絵美里の顔が少し変わった。
「虎ヶ崎って、どのくらいの難易度ですか?」
「脱初心者。森林系。私たちが一年のときに行ったところ」
千尋が答えると、絵美里はすでに自分のスマートフォンを手にしていた。
「出るモンスターと地形は事前に確認したいです。次も五人で行く予定ですか?」
その問いに、佳奈子が自分の予定を開いた。
少し確認してから「あ」と声を漏らす。
「次の休みなら私、予定ある」
「じゃあ別の日にする?」
みつみが聞くと、佳奈子は首を振った。
「いいよ。四人で行ってきて。私が行ける日まで待つ必要ないし、虎ヶ崎なら前にも行ってるでしょ」
「じゃあ四人か」
千尋が、絵美里を含めて三人を見る。
絵美里はもう、佳奈子が欠けることよりメンバー構成の方へ意識を移していた。
「佳奈子先輩がいないなら、前に出るのは私と千尋先輩ですね。みつみ先輩と志帆先輩は後ろ。ただ、千尋先輩は固定しない方が――」
千尋がそこへ口を挟む。
「そこ、もう分かってきた?」
「分かってきたというより、分からされたというか……」
絵美里は少しだけ言い方に迷ってから、志帆を見る。
「志帆先輩、虎ヶ崎の攻略情報、あとで一緒に見てもらってもいいですか?」
「いいわよ。前に行ったときから変わってる情報があるかもしれないし」
「お願いします」
返事はすぐだった。
さっきまで母親の話をしていたときとは違い、絵美里のスマートフォンにはもう虎ヶ崎の情報が並び始めている。
五人で囲んだ六人掛けのテーブルの上に、今度は次のダンジョンの話が広がり始めた。




