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第68話 考察勢

 尾洗町をクリアした数日後の放課後、五人はまた骨橋ダンジョンに来ていた。


「ほんとにここなんだ」


 みつみが入口近くで杖を持ちながら言うと、絵美里はタワーシールドの固定を確かめてから頷いた。


「ここがいいです。前にも五人で来てますし、相手も地形も先輩たちには慣れてますよね。新しいスキルの確認をするなら、ほかの不確定要素は少ない方がいいです」


「めちゃくちゃ検証する気じゃん」


 佳奈子が笑う。


「この前、新しいスキルを確認したいって言ってたけど、一回使って終わりくらいかと思ってた」


「試したい、じゃなくて。使えるようにしたいんです」


 絵美里はスマートフォンのメモ画面を開いた。


「《インターセプト》が発動した、で終わっても意味ないので。どのくらい離れていても割り込めるのか、自分がどこからどこへ動くのか、そのあと戦いやすい位置に残れるのか。千尋先輩が前へ出ている場合や、後ろが狙われた場合、《フォーメーション》と一緒に使ったときも見たいです」


 千尋が横から画面を覗く。


「多くない?」


「実戦で使うんですよ。分からないままの方が嫌です」


 絵美里は当然のように答え、メモを閉じた。


「それと、今日は先輩たちも私に合わせすぎないでください。普段通りに動いてもらって、その中で使えないと確認にならないので」


「それなら得意」


「千尋先輩は少しだけ合わせてください」


「どっち?」


「必要なときだけです」


 即答され、千尋が笑った。


     ◇


 最初の戦闘では、絵美里は《プロボーク》を使わなかった。


 前方にゴブリンが一体、その少し後ろにダンジョンラットが二体。


 千尋が《黒月》を抜き、みつみと佳奈子もそれぞれ杖と弓を構える。


「今日は最初から取らないんだ」


「誰かが狙われないと《インターセプト》を確認できませんから。ただし危ないと思ったら普通に《プロボーク》へ切り替えます」


「了解」


 千尋は《マーキング》で一体へ印をつけ、そのまま《サイレントステップ》で横へ動いた。


 みつみの《マジックボール》がダンジョンラットへ当たり、佳奈子の矢が別の一体を捉える。ゴブリンは千尋へ向かったが、残ったダンジョンラットがみつみの方へ走り出した。


 絵美里の視線がそちらへ動く。


《インターセプト》


 次の瞬間、絵美里がみつみとの間へ素早く入り込んだ。


 タワーシールドを前へ出し、そのまま攻撃を受ける。


「おお、速い」


 みつみは絵美里の背中越しに一歩ずれ、《マジックボール》を放った。


 佳奈子の矢も続く。


 千尋がゴブリンを倒し、残った二体もほどなく光へ変わった。


 絵美里は戦闘が終わると、倒した場所より先に自分が立っていた位置を振り返った。


「今の距離なら発動。みつみ先輩の前に入って、私は右前へ移動……」


「もうメモするの?」


「忘れる前にです」


 スマートフォンを取り出した絵美里の横へ、志帆が少し近づく。


「説明には『一定範囲』としか出ないものね。実際の距離感は、自分で使って覚えるしかなさそう」


「はい。それに割り込める距離だけ分かっても足りません。移動した先が悪ければ、そのあと自分が動きにくくなるので」


 絵美里はそこまで入力すると、今度は千尋を見る。


「次から条件を変えます。千尋先輩は前へ出てください。みつみ先輩と佳奈子先輩も、いつも通り動いてください」


「いつも通りでいいなら楽」


「ただし私が確認したいときだけ、少し位置を合わせてもらいます」


「はいはい」


     ◇


 そこからは、戦うたびに少しずつ条件を変えた。


 絵美里と千尋の距離を変える。


 後衛との間隔を広げる。


 《フォーメーション》を使った状態と、使わない状態を比べる。


 千尋が前へ出たままのとき、みつみや佳奈子が狙われたとき、自分がすでに別の相手を受けているとき。


 《インターセプト》が出たら、絵美里は割り込んだ位置と、そのあと誰がどこへ動いたかを見る。出なければ、今度は少しだけ距離を変えて試す。


 何度か戦ううち、スマートフォンのメモは来たときよりずっと長くなっていた。


「待って。まだ増えるの?」


 休憩がてら立ち止まった佳奈子が、絵美里の画面を横から見た。


「増えます。一個分かると、その条件だとこっちはどうなるんだろうって出てくるので」


「それ、ちょっと志帆っぽい」


「私?」


 少し離れたところでバングルを触っていた志帆が顔を上げる。


「一個分かったら、もっと調べること増えるとこ」


 佳奈子に言われ、志帆は少し考えた。


「方向はかなり違うと思うけれど、それは分かるわ。一つ確認すると、今度は条件を変えたらどうなるのか気になるもの」


 絵美里が志帆を見る。


「……それ、分かります」


 今までより少しだけ返事が早かった。


「一つ分かって終わりじゃないんですよね。むしろ、そこから分からないことが増えるというか」


「そう。最初は一個だけ調べるつもりだったのに、気づいたら別の項目が三つ増えてることもあるわ」


「あります」


 絵美里が即座に頷いた。


 千尋が二人を見る。


「何その急な意気投合」


「意気投合っていうほどじゃないわよ」


 志帆はそう言ったものの、少しだけ笑っていた。


 絵美里は一度メモへ目を戻してから、また志帆を見る。


「志帆先輩は、装備とかもそうなんですか?」


「むしろ装備の方がひどいかもしれないわね。調べてる途中で別の候補を見つけて、そっちも比較して、その性能を見てたら今度は素材が気になって――」


 途中まで話したところで、志帆が止まった。


「……ごめんなさい。今、普通に長くなりそうだった」


「いえ」


 絵美里は真面目な顔のままだった。


「続き、ちょっと聞きたいです」


 志帆が一瞬だけ目を瞬く。


「そう?」


「はい。どういうところまで比較するのか、気になります」


「じゃあ、それは帰りにでも」


「お願いします」


 二人の会話を聞いていた佳奈子が、みつみの方を見た。


「今の、たぶん長いやつ始まるよ」


「私は聞く」


「みつみは聞くと思った」


 千尋は笑いながら《黒月》の位置を直した。


「その前に、絵美里ちゃんの検証終わらせよ。帰る時間なくなる」


「まだそんなに残ってません」


 絵美里はそう答えたが、画面にはまだいくつも項目が並んでいた。


     ◇


 そのあとも何度か戦った。


 ただし、四人が検証専用の動きをするわけではない。


 千尋は必要なら《フォーメーション》の範囲から出る。みつみと佳奈子は狙いやすい場所へ移り、志帆も誰が危なくなりそうかを見ながら立ち位置を変える。


 絵美里はその中で《インターセプト》を使い、届かなければそれも記録した。


 一度、佳奈子の前へ割り込んだあと、自分が思ったより横へ出たことで次の《ガード》が構えにくくなった。


「今のは良くないですね」


 戦闘後、絵美里がメモを取りながら言う。


「守れたじゃん」


 みつみが覗き込む。


「守れました。でも、そのあと私が崩れたら次が困ります。使えたかどうかだけで見ない方がいいです」


 そこで志帆が隣から画面を見る。


「成功した条件だけじゃなくて、失敗したときも残してるのね」


「そっちの方が大事かもしれません。守れない位置が分からないまま、守れるつもりでいる方が危ないので」


 志帆は少しだけ頷いた。


「その考え方は好きだわ」


 絵美里が顔を上げる。


 ほんの一瞬だけ、意外そうな顔をした。


「……ありがとうございます」


 それだけ返すと、またメモへ視線を戻した。


 ただ、次に確認する項目を口にするとき、絵美里は四人ではなく先に志帆を見た。


「次、《フォーメーション》ありでもう一回やってみたいんですけど、志帆先輩、さっき私が動いたあと、後ろから見てどうでした?」


「少し右へ寄りすぎていたと思う。みつみとの間が広くなっていたわね」


「やっぱりそう見えましたか」


 絵美里はすぐにそれもメモへ足した。


「じゃあ次、そこも見ます」


 気づけば、確認する相手が一人増えていた。


     ◇


 何度目かの戦闘を終えたところで、みつみが絵美里へ聞いた。


「今度こそ満足?」


「まだです」


 返事は即答だった。


「でも、今日はここまででいいです。使える条件と使いにくい条件は少し分かりましたし、次は今日分かったことを前提に普通の戦闘で使います」


「まだ続くんだ」


「当然です。一日で使いこなせるとは思ってません」


 千尋は《黒月》を鞘へ戻し、絵美里がメモを閉じるのを待ちながらスマートフォンを開いた。


 何となく公式アプリまで開いて、少しだけ画面を見る。


「あ、十二になってる」


「何が?」


 みつみがすぐ横から覗き込んだ。


「レベル。今見たらLV12」


「いつ上がったの?」


「知らない。今日、ステータス見てなかったし」


 千尋自身も特に驚いた様子はなく、もう一度表示を確認する。


 絵美里も画面を覗いた。


「今日かなり戦いましたからね。千尋先輩、スキルも何回も使ってましたし」


「使わされた、の間違いじゃない?」


「検証に協力してもらったんです」


「同じじゃん」


 千尋が笑う。


 佳奈子も横からLV12の表示を見て、少し笑った。


「検証付き合ってレベル上がったなら、得したじゃん」


「今日上がったかは分かんないけどね」


「でも十二は十二でしょ」


「まあね」


 千尋はそれだけ言うとスマートフォンをしまった。


 みつみたちにとっては、それでLV12の話は終わった。


 佳奈子が今度は絵美里のスマートフォンを見る。


「来たときよりメモ倍くらいになってない?」


「増えました」


「新スキル一個なのに?」


「一個だからです」


 絵美里は画面を閉じ、タワーシールドを持ち直した。


 千尋が少し笑う。


「使ってみたかったんじゃなくて、本当に使えるようにしたかったんだ」


「最初からそう言ってます」


 絵美里は真面目な顔で答えた。


「持ってるだけのスキルじゃ、守れませんから」


 その横で志帆が「帰り、さっきの装備の話する?」と聞く。


 絵美里はすぐに頷いた。


「お願いします」


 検証のために開いたメモは長くなり、帰り道に聞きたいことまで一つ増えていた。


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