第67話 渚のスパインスター
砂浜の先に広がるスパインスターを前に、五人はまだ十分な距離を取っていた。
前に来たときと同じ、大型のヒトデのような身体。その表面を覆うトゲまで見える距離まで来ると、佳奈子が弓を持ち直した。
「写真で見るより大きいね。これ、前はここまで来て帰ったんでしょ?」
「うん。今日はやるけど」
みつみが杖を構える。
千尋は《黒月》を抜きながら、スパインスターと周囲の砂浜を見比べた。
「足場は平気そう。絵美里ちゃん、最初どうする?」
聞かれた絵美里は、タワーシールドを正面へ向けた。
「私が前で受けます。《フォーメーション》も使うので、最初は範囲に入ってください。千尋先輩、外へ出るなら一声お願いします」
「了解。出ると思うけど」
「最初から宣言しなくていいです。みつみ先輩と佳奈子先輩は、私の後ろに固まりすぎないでください。射線が取れる場所を使ってください。志帆先輩は――」
「必要なところを見るわ。これまでと同じでいいでしょう?」
志帆に先を言われ、絵美里が一瞬だけ止まる。
「……はい。それでお願いします」
骨橋から何度か一緒に戦っている。全部を自分の形へ入れようとするより、四人がどう動くかを見た方が早いことは、絵美里にも分かり始めていた。
「じゃ、行こう」
千尋が一歩前へ出た。
《フォーメーション》
絵美里を基点に補助が広がる。
続けて《プロボーク》。
スパインスターの注意が絵美里へ向いた。
「来ます」
大きな身体が動く。
絵美里は砂を踏み込み、盾を構えた。
《ガード》
正面から受けた攻撃に、タワーシールドが大きく揺れる。それでも絵美里は位置を崩さず、盾の後ろに残った。
「今です」
その声より早く、千尋は横へ走っていた。
《サイレントステップ》
「やっぱり早いですね!」
「行けるから行ってる!」
千尋はトゲの位置を避けながら側面へ回る。
《ウィークポイント》
狙いを定め、《黒月》を振る。
反対側では佳奈子が弓を引き絞った。
《パワーショット》
矢がスパインスターへ突き刺さる。
みつみもすぐに杖を向けた。
《マジックブースト》
続けて《マジックボール》。
強められた魔力弾が大きな身体を叩いた。
「もう一発いく」
「待って、千尋が近いわ」
志帆の声に、みつみは一度杖を止めた。
千尋がスパインスターの近くを動いている。みつみは《ファイアボール》ではなく、位置を少しずらしてからもう一度を放った。
絵美里はその間も正面を受け持っている。
スパインスターの注意が横へ動きかけるたび、《プロボーク》を使って自分へ戻す。攻撃が来れば《ガード》で受け、四人が動ける時間を作る。
ただ、四人はその時間を同じようには使わなかった。
千尋は《フォーメーション》の範囲を出たまま側面を取り、佳奈子は射線が変われば位置を動かす。みつみも撃ちやすい場所へ移り、志帆は三人と絵美里を順番に見ていた。
その千尋が一度だけ攻撃を避け切れず、肩を押さえて距離を取る。
「千尋、少し下がって!」
志帆の声に、千尋がさらに大きく離れた。
《ヒールショット》
離れた位置から回復が飛ぶ。
「ありがと。まだいける」
千尋はその場で一度息を整えたあと、すぐ別の角度へ回った。
絵美里は一瞬そちらを見る。
「千尋先輩、次は右から入ってください。左は私から見えにくいです」
「分かった」
今度は千尋も素直に方向を変えた。
佳奈子がそのやり取りを聞きながら、次の矢をつがえる。
「じゃあ私は左使うね。千尋と被るし」
《ダブルショット》
二本の矢が続けて飛ぶ。
「みつみ、今なら前空いてる」
「見えてる!」
《マジックボール》
また魔力弾が当たる。
スパインスターが動きを変え、今度は佳奈子の方へ注意を向けた。
「佳奈子先輩、そのまま下がってください」
絵美里が盾を持ったまま位置を変える。
《プロボーク》
注意を引き戻しながら、佳奈子とスパインスターの間へ入った。
「助かる」
「それが仕事です」
返事をした直後、絵美里はまた盾を構えた。
《ガード》
攻撃を受け止める。
志帆は絵美里へ手を向けた。
《プロテクション》
「これで少し持つはず。無理なら下がって」
「まだ大丈夫です」
絵美里の声に余裕はなかったが、盾は下がらない。
五人での戦いは、骨橋のときよりずっと忙しかった。
それでも、誰か一人の指示だけで動いているわけではない。
絵美里が正面を支えれば、空いた場所を千尋が使う。千尋が離れれば、佳奈子がその場所へ射線を通す。みつみは二人と絵美里の位置を見ながら魔法を撃ち、志帆は危なくなった相手へ先に補助を入れる。
まとまる瞬間もあれば、五人の位置が大きく広がる瞬間もある。
それでも戦線は崩れなかった。
「先輩たち、ほんとに動きますね……!」
絵美里が盾越しに言う。
「今それ言う?」
千尋が笑いながら横へ抜ける。
「見ないと守れないので!」
言い返しながらも、絵美里の視線は止まっていなかった。
千尋が近くへ入る。
佳奈子が距離を取る。
みつみが杖を上げる。
志帆が誰を見ているかまで確認してから、絵美里は自分の位置を半歩だけ変えた。
「千尋先輩、今なら行けます!」
「了解!」
《サイレントステップ》
千尋が一気に距離を詰める。
《ウィークポイント》
《黒月》が狙った場所へ入った。
続けて佳奈子が弓を引く。
《パワーショット》
「みつみ、今!」
「いく!」
《マジックボール》
三人の攻撃が続けて入る。
スパインスターの動きが大きく鈍った。
「まだ!」
佳奈子が次の矢をつがえる。
《ダブルショット》
矢が続く。
千尋ももう一度《黒月》を振り抜いた。
最後にみつみの《マジックボール》が当たる。
大きな身体が光に包まれ、その輪郭が崩れていく。
「……倒した?」
佳奈子が弓を下げる。
光の粒が砂浜の上へ散り、スパインスターの姿が完全に消えた。
「倒した!」
みつみが杖を持ったまま振り返る。
千尋も《黒月》を下ろし、少し離れた場所から戻ってきた。
「今度はちゃんと倒したね」
「前は倒してないんだから、今度って言うのも変だけど」
「でも、やっとって感じするじゃん」
佳奈子がそう言いながら笑う。
志帆はスパインスターが消えた場所を見ていた。
「これで尾洗町はクリアね」
その言葉を待っていたように、討伐地点に帰還ゲートが現れた。
「クリアですね」
絵美里が盾を下ろし、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
「ほんとに出た」
みつみが近づきかけて、途中で足を止める。
初回クリア報酬も確認できた。
経験値ボーナス。
そして《スパインスターのトゲ》。
「これがトゲ?」
佳奈子が受け取った報酬を見ながら言う。
「ボスから直接落ちるんじゃなくて、クリア報酬なんだ」
「そういう仕組みみたいね。スパインスター自体には通常ドロップがないはずよ」
志帆も自分の報酬を確認する。
みつみはトゲより先に、隣でスマートフォンを見ている絵美里へ気づいた。
「絵美里ちゃん、どうしたの?」
「レベル、上がりました」
絵美里が画面をこちらへ向ける。
「LV7です」
「おお」
千尋が覗き込む。
「新スキルある?」
「あります」
絵美里の指が画面を動かす。
「《インターセプト》」
さっきまで戦い終わったばかりだったのに、その名前を見た瞬間、絵美里の目つきがまた変わった。
「一定範囲内の味方が狙われたときに、素早く割り込んで攻撃を受けられる……」
「めっちゃ絵美里ちゃん向きじゃん」
みつみが言う。
「そうですね。でも、説明だけだと分からないです」
絵美里は画面から目を離さない。
「実際にどこまで動けるのか、どういう状況で発動するのかは確認したいです」
「今クリアしたばっかりなんだけど」
佳奈子が笑う。
絵美里はそこでようやく顔を上げた。
「クリアしたから、新しいスキルが増えたんですよね?」
「そうだけど」
「なら、次にやること増えました」
満足そうに笑うというより、本当に次の確認事項が一つ増えた顔だった。
千尋がそれを見て少し笑う。
「やっぱ絵美里ちゃん、そっちなんだ」
「何がですか?」
「いや、なんでもない」
絵美里は少し不満そうにしたが、すぐまた《インターセプト》の説明へ目を戻した。
みつみは帰還ゲートと、その横でスマートフォンを見ている絵美里を交互に見る。
「じゃあ帰ったら、次これ?」
「はい。ちゃんと確認したいです」
尾洗町をクリアしたばかりなのに、絵美里の意識はもう次の戦闘へ向いていた。




