第65話 やめられない一本道
同好会の申請を出してから数日。
返事はまだ来ていなかった。
「で、それとは別に次どこ行く?」
放課後の教室で、千尋がスマートフォンを机の真ん中へ置いた。
近くの席を寄せた四人の横には、今日も一年生の教室から来た絵美里がいる。同好会になるかどうかは結果待ちだが、次のダンジョンまで待つ理由も特になかった。
「この前は骨橋だったし、今度はもう少し遠くてもいいよね」
みつみも自分のスマートフォンを開きながら、行ったことのあるダンジョンを頭の中で並べる。
「虎ヶ崎は最近も行ったし、鳴田南はまたギミックやるならそれなりに時間欲しいし……」
「狩造もこの前クリアしたばっかりじゃん」
佳奈子が机へ肘をついた。
志帆は少し考えてから、みつみの画面を横から覗く。
「まだ終わっていないところなら、尾洗町があるわね」
「あ」
みつみが顔を上げる。
「スパインスター」
「そういえば、まだ連れてってもらってない」
佳奈子がすぐ反応した。
「前に三人で行ったところでしょ? 海のダンジョン」
「そう。佳奈子その日いなかったから」
千尋が答える。
「海岸をずっと進んで、最後にスパインスターっていうでっかいヒトデのボスまで行ったんだけど、その日は倒さず帰ったんだよね」
絵美里がわずかに眉を上げた。
「ボスまで行ったのに帰ったって、前に話してたところですか?」
「そう、それ」
みつみが頷く。
「ちょっとやってみたいとは思ったんだけど、せっかくなら佳奈子もいるときに四人でやろうって」
「それで本当にそのまま残してたんだ」
佳奈子は少し笑ったあと、みつみたち三人を見る。
「じゃあ行こうよ。私、そこだけ一回も行ってないし」
「私も賛成」
千尋がすぐ乗る。
「前は寄り道しながら行ったけど、今度はスパインスターまで行くつもりで行けばいいし」
「前回も最後にそう話したものね」
志帆も頷いた。
そこで絵美里が少し遠慮がちに口を開く。
「そのときは、次は四人で行くって決めたんですよね?」
「うん」
みつみが答えてから、四人と絵美里を順番に見た。
「今、五人だけど」
「増えたね」
佳奈子が笑う。
千尋も数えるように五人へ目を向けた。
「まあ、四人でって言ったときは絵美里ちゃんいなかったし。今回は五人で行けばいいんじゃない?」
「私は別の日でも大丈夫ですよ。前から四人でって決めていたなら」
「別に人数を守る約束じゃないよ」
佳奈子があっさり返した。
「私がいない日に三人で行って、次は私もいるときにやろうって話だっただけでしょ。今度は私いるし、絵美里ちゃんも来るなら五人でよくない?」
「私は行きたい」
みつみも続ける。
「絵美里ちゃん入ったらスパインスター相手にどうなるかも見たいし」
その一言で、絵美里の表情が少し変わった。
「それなら行きます」
「そこは早いんだ」
「ダンジョンの話ですから」
千尋に言われても、絵美里は気にせずスマートフォンを取り出した。
「今回は最初からボス討伐が目的、ということでいいんですよね?」
「一応そのつもり」
「一応?」
「だって佳奈子と絵美里ちゃんは初めてじゃん。途中で何か気になるものあったら見るかもしれないし」
みつみが答えると、絵美里は一瞬止まった。
昨日までならすぐに「効率が」と返してきそうな間だったが、今回は先に千尋が続ける。
「でも前みたいに一日ずっと寄り道するつもりではないよ。一本道だし、最終的にはスパインスターまで行く。それでいいんじゃない?」
「……分かりました。では、ボスまで行く前提で準備します。途中で何か見るなら、そのとき考えます」
絵美里はそう言って、スマートフォンの画面へ視線を戻した。
「スパインスターは、どういう相手なんですか?」
「でっかいヒトデ」
「みつみ先輩、それは見た目の説明です」
「でもほんとにでっかいヒトデだったよ?」
「表面にトゲがある大型のヒトデ型ね。ただ、私たちも前回は戦っていないから、詳しい戦い方までは分からないわ」
志帆が補足する。
「だから今回は、知っている相手へ行くというより、見たことのあるボスへ初めて挑むという感じになると思う」
「それなら事前に決めつけない方がいいですね。実際の動きを見てから対応します」
絵美里は素直に頷いた。
佳奈子はボスより、別のところが気になったらしい。
「で、海のダンジョンってほんとに砂浜なの? 写真では見たけど、ずっと海沿い歩く感じ?」
「砂浜もあるし、岩がいっぱいのところもあったよ」
千尋が答える。
「カニとかヤドカリみたいなモンスターもいる」
「あと虹色の貝殻」
みつみが思い出したように付け足した。
「あれ結構きれいだった」
「それ拾いたい」
佳奈子の反応は早かった。
絵美里が顔を上げる。
「採取するんですか?」
「見つけたらね。せっかく初めて行くのに、ボスまで歩くだけじゃもったいないじゃん」
「……それ、攻略に必要なものではないですよね?」
「必要じゃなくても欲しかったら拾うよ」
「そうですか」
返事はしたものの、完全には納得していない顔だった。
志帆がそれを見て少し笑う。
「前回も、最初はそこまで寄り道する予定ではなかったのよ」
「それでボスを倒さず帰ったんですか?」
「結果だけ並べるとそうなるわね」
「やっぱり効率は――」
そこまで言った絵美里が止まる。
四人が見る。
「何?」
「……いえ。今回はボスまで行くんですよね?」
「行くよ」
「ではいいです」
言い直したものの、たぶん何かは残っている。
佳奈子が笑いながらスマートフォンを開いた。
「じゃあ日程決めよ。今度こそ私も尾洗町」
「今度こそって、佳奈子一回も行ってないじゃん」
「そっちが先に行ったんでしょ」
「それはそう」
話はそのまま、五人の予定合わせへ移っていった。
◇
次の休日。
五人は電車を乗り継いで、茨城県尾洗町まで来ていた。
前回来た三人には見覚えのあるダンジョン施設だが、佳奈子と絵美里には初めてだ。
必要な手続きを済ませ、装備を整える。
みつみは杖、千尋は《黒月》、志帆は手首のバングル。佳奈子は弓と探索用のクイーバーを確認し、絵美里はチェインメイルの上からタワーシールドを持ち直した。
「海でそれ持って歩くんだ」
佳奈子が絵美里の盾を見る。
「地形が変わっても盾は盾です」
「砂浜だと大変そう」
「足場は確認します。そのためにも最初に地形を見ます」
すでに声が攻略するときのものへ変わっている。
千尋がそれを聞きながら入口へ向かった。
「入ればすぐ分かるよ」
五人でダンジョンへ入る。
最初に届いたのは波の音だった。
視界が開け、その先に砂浜と海が広がる。海岸線は遠くまで続き、どこが終わりなのか見ただけでは分からない。
「うわ、ほんとに海じゃん」
佳奈子が足を止めた。
その隣で、絵美里は海より先に砂浜と岩場、それから進行方向へ視線を動かしている。
「ほぼ一本道って、これですか」
「そう」
千尋が笑う。
「前はこの一本道で、めちゃくちゃ寄り道した」
「一本道で?」
絵美里が振り向いた。
みつみはもう砂浜の先を見ている。
「今回は佳奈子もいるしね」
「それ、ボスと関係あります?」
「ないよ」
即答したみつみに、絵美里が何か言おうとする。
その横で佳奈子が海の方を見たまま笑った。
「とりあえず行こ。私、ここ初めてなんだから」
今度は三人が知っている海岸を、五人で歩き始めた。




