第64話 ダン活イレギュラーズ
翌日の放課後。
みつみが机の上に教科書を積み直していると、開いたままの教室の扉から顔を覗かせる人がいた。
「失礼します。今、いいですか?」
「あ、絵美里ちゃん」
みつみが手を上げる。
絵美里は教室の中へ入ると、近くにいた千尋、志帆、佳奈子にも軽く頭を下げた。昨日とは違って、今日は制服姿で盾も剣もない。そうしていると、背が高くて少し目立つ以外は、普通に一年生の後輩に見える。
「昨日はありがとうございました。あと、帰ってから少し考えたんですけど」
「戦い方のこと?」
千尋が鞄へ筆箱を放り込みながら聞く。
「それもあります。でも、それは次に一緒に行ったときでいいです」
絵美里はそこで一度言葉を切り、四人の机の周りを見た。
「そういえば、ダン活部って普段はどこで集まってるんですか?」
「普段?」
「部室です。昨日は現地集合でしたけど、学校ではどこを使ってるのかなって」
みつみと千尋が顔を見合わせる。
佳奈子は机の横に掛けた鞄を持ち上げる途中で止まり、志帆も手にしていたスマートフォンから顔を上げた。
「部室、ないよ」
みつみが答える。
今度は絵美里が止まった。
「……ないんですか?」
「ないね」
「じゃあ、普段は?」
「教室とか、廊下とか、ファミレスとか?」
千尋が指を折るように挙げていく。
「駅で待ち合わせしてそのまま行くこともあるし、学校で話して決めることもあるよ」
絵美里は少し考えたあと、確認するように聞いた。
「顧問の先生は?」
「いない」
「学校には何か出してるんですか?」
「何も」
そこでようやく、絵美里の表情が変わった。
「ダン活部、部じゃないんですか?」
「名前だけ」
佳奈子が笑う。
「私たちが勝手に言ってるだけだよ。去年の夏前くらいからかな。四人でダンジョン行くこと増えたから、なんとなくダン活部って」
「部活っぽいけど、部活じゃないのよ」
志帆もそう付け足す。
「……そうだったんですね」
絵美里は妙に納得したような、していないような顔で頷いた。
「この前、みつみ先輩に『次のダン活部に来る?』って言われたので、普通に学校の活動だと思ってました」
「あー」
みつみにも言った覚えがあった。
「でも、部じゃなくてもダン活部はダン活部だよ」
「その理屈はよく分かりません」
「私たちは分かる」
「四人だけの共通認識で押し切らないでください」
絵美里は困ったように言ったが、声はダンジョンの中で千尋の動きへ口を出していたときよりずっと柔らかい。
少し間が空く。
その間に佳奈子が鞄を机へ戻した。
「ていうか、学校の部活だと思ってたなら、なんで部室どこって今まで聞かなかったの?」
「入学したばかりですし、先輩たちの活動に一回混ぜてもらっただけなのに、いきなり部室へ行っていいですかとは聞きにくいじゃないですか」
「そこは普通なんだ」
「何だと思ってるんですか」
絵美里が少しだけ眉を寄せる。
それから、今度は四人を順番に見た。
「だったら、同好会にすればいいじゃないですか」
「同好会?」
「はい。正式に申請すれば、活動する場所も持てますし、部より少額でも活動費は出るはずです。今のままでもダンジョンには行けますけど、学校で集まる場所が決まっていた方が便利じゃないですか?」
みつみは一瞬考えた。
「部室、もらえるの?」
「申請が通ればですけど」
「欲しい」
「早いな」
千尋が笑う。
みつみはもう、自分たちの部屋という言葉だけで少し楽しそうだった。
「だって部室だよ? 放課後そこ行けば誰かいるかもしれないし、次どこ行くって話もできるじゃん」
「それはちょっといいかも」
千尋も否定しなかった。
「現地集合の前に学校で決められるし。予定合わせるときも、四人で教室に残ってると周りまだ人いることあるしね」
「資料を見たり、装備を調べたりするときにも使えそうね」
志帆は少し違うところへ食いついた。
「机が使えるなら、スマートフォンだけじゃなくて資料を広げながら話せるし。学校にいる時間で済ませられることは増えそう」
「活動費も出るんでしょ?」
最後に佳奈子がそこへ戻る。
「金額がいくらでも、ゼロよりはいいじゃん。私たち、ダンジョン行くたびに細かくお金かかるし」
「用途は学校のルールに従わないと駄目だと思いますけど、正式な活動にする利点はあると思います」
絵美里はそう答えてから、少しだけ姿勢を正した。
「もちろん、先輩たちが今のままの方がいいなら、無理にとは言いません。私は部活だと思い込んでたので、それなら正式にした方がいいのでは、と思っただけです」
「別に嫌な理由ないよね」
佳奈子が三人を見る。
みつみはもう賛成している。千尋も「まあね」と頷き、志帆も特に迷わなかった。
「申請して損をするものでもなさそうだし、やってみてもいいんじゃないかしら」
「じゃあやろうよ」
みつみが決める。
「ダン活部、本当にダン活部にしよう」
「同好会ですけどね」
「そこはいいじゃん」
「そこ、結構違うと思いますけど」
絵美里はそう言いながらも、反対はしなかった。
◇
話が決まると、その日のうちに五人で学校側へ必要な手続きを確認した。
申請に必要な用紙を受け取り、教室へ戻ってから空いている机を寄せる。制度の説明を読みながら、必要なところだけ順番に埋めていくことになった。
「活動内容って、何て書く?」
用紙を覗き込んだみつみが聞く。
「ダンジョンに行く」
「そのまますぎない?」
佳奈子が隣から見る。
「でも間違ってないじゃん」
「学校へ出す書類なのよ。もう少し書き方はあるでしょう」
志帆がみつみの持っていたペンを受け取る。
「探索、戦闘、情報収集、装備やスキルについての研究……全部書く必要はないと思うけれど、活動の内容が分かるようにはした方がいいわね」
「攻略も入れてください」
絵美里がすぐ加わった。
学校の手続きについて話していたときとは違い、ダンジョンの活動内容へ移った途端、声に迷いがなくなる。
「せっかく正式にするなら、ただ行くだけじゃなくて、行き先や目的を事前に整理できるようにしたいです。昨日みたいに戦い方を確認するなら、そのための予定も立てられますし」
「目的決めても、途中で変わることあるよ」
千尋が机へ肘をつく。
「それは知ってます。見ましたから」
「もう諦めた?」
「諦めてません」
即答だった。
「変える必要があるなら変えればいいです。でも、最初から何も決めないのとは別です」
佳奈子が小さく笑う。
「さっきまで『無理にとは言いません』って言ってたのに、ダンジョンのことになったら急に譲らないじゃん」
「そこは別です。活動内容の話なので」
「別なんだ」
千尋も笑う。
「普通のことを言ってるだけです」
「絵美里ちゃんの普通でしょ」
「そうかもしれませんけど」
少しだけ不満そうに返したあと、絵美里は用紙へ視線を戻した。
結局、文章そのものは五人で相談しながら無難な形にまとめた。
誰か一人が全部を決めるわけではなく、みつみが書こうとしたものを志帆が直し、千尋が「それも入れる?」と別の案を出し、佳奈子が長すぎるところを削る。絵美里も必要だと思った部分には口を出したが、最後は四人の意見と一緒に一枚へ収まった。
必要な欄を埋め終えるころには、窓の外が少し夕方の色になっていた。
「ほんとに出すんだ」
みつみが完成した用紙を見下ろす。
「さっき自分でやろうって言ったじゃん」
「言ったけど。なんか、紙になると本物っぽい」
「まだ申請するだけよ」
志帆が念を押す。
「通るかどうかはこれからでしょう?」
「でも部室できたら何置く?」
「もう通った後の話してる」
佳奈子が笑った。
絵美里はそんな四人を見てから、用紙へ目を落とす。
「まず出しましょう。部室の話は、そのあとです」
「絵美里ちゃん、こういうとこちゃんとしてるね」
「学校では普通ですよ」
「ダンジョンでは?」
千尋が聞く。
絵美里は少しだけ間を置いた。
「ダンジョンでも普通です」
「それはたぶん、私たちと普通が違う」
「それは昨日で分かりました」
今度は絵美里も少し笑った。
五人で教室を出て、そのまま申請用紙を提出しに向かう。
ずっと名前だけだったダン活部は、その日初めて、学校へ出す一枚の紙になった。




