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第63話 半分は信頼で出来ている

 数日後の放課後。


 骨橋ダンジョンの施設で四人と合流した絵美里は、最初にきちんと頭を下げた。


「今日はありがとうございます。よろしくお願いします」


「よろしくー」


 みつみが返しながら、自分の杖をバッグから外す。


 千尋は腰に《黒月》を固定し、佳奈子はクイーバーとハーネスを整えていた。その隣では、志帆が手首のバングルの位置を直している。


 絵美里も自分の装備を身につけていった。


 片手剣。


 チェインメイル。


 そして、身体の半分近くを隠せそうなタワーシールド。


「大きいね、それ」


 みつみが思わず盾を見る。


「タワーシールドです。ディフェンダーなので、攻撃を受けるならこれくらいあった方が安定します」


「持って歩くの重くない?」


 佳奈子に聞かれ、絵美里は盾を軽く持ち上げてみせた。


「慣れてます。それに、軽くして受けられなくなったら意味がないので」


「徹底してる」


 千尋が少し笑う。


 一方、志帆が見ていたのは絵美里の頭だった。


「そこまで防御を固めるのに、頭はサークレットなのね」


「あ、それ私も思った」


 みつみも額の装備を見る。


「兜じゃないんだ?」


 絵美里がサークレットへ軽く触れた。


「戦場を把握するためには視界は広い方が良いです。敵だけ見えても意味がないので、味方と地形まで見える方を優先しています」


「見た目じゃなくて、そこも戦い方で決めているのね」


「はい」


 志帆は少し感心したようにサークレットを見たあと、自分の装備へ視線を戻した。


 準備を終えたところで、千尋が絵美里を見る。


「で、ほんとに骨橋でいいの? 一緒に行きたいって言ってたから、もっと難しいところ選ぶのかと思ってた」


「骨橋でいいです」


 返事は即答だった。


「初めての組み合わせなので安全マージンは多めに取ります。当然ですよ。先輩たちが強いのは分かりましたけど、五人で動くのは今日が初めてです」


「当然なんだ」


「当然です」


 絵美里は真顔のまま続けた。


「それと、最初の一回は私、手を出しません。先輩たちが普段どう戦っているのか見たいので、そのままやってください」


「ほんとに見るだけ?」


 みつみが聞く。


「危ないと判断したら入ります。でも、このダンジョンなら先輩たちが普通に戦って危険になる可能性は低いですよね?」


「まあ、たぶん」


 千尋が答える。


「じゃあ見ます。そのあと私も入ります」


 目的が決まると、絵美里はもう入口へ身体を向けていた。


     ◇


 骨橋ダンジョンの中は、四人にとってすっかり見慣れた景色だった。


 少し湿った空気。


 凹凸のある岩壁。


 曲がり角の先まで続く、薄暗い洞窟。


 受付や入場の手順にも、もう特別なことはない。


 前を歩く千尋が分岐を一度覗き、そのまま右へ進んだ。


 絵美里は四人の少し後ろにいる。


 洞窟そのものを見るより、四人の位置を確認している時間の方が長かった。


「普段も千尋先輩が前なんですか?」


「前にいることは多いよ。《気配察知》あるし」


「その後ろは決めてるんですか?」


「別に」


 千尋が歩きながら答える。


「そのとき歩きやすい順じゃない?」


「戦闘になったら?」


「見て動く」


 絵美里が一瞬黙った。


「作戦として、ですか?」


「いや、ほんとに見て動くって意味」


「……そうですか」


 後ろから聞こえた声は、どう考えても納得していなかった。


 しばらく進んだところで、千尋が足を止める。


「いる。二体」


 少し先に、ゴブリンとホーンラビットが一体ずつ見えた。


「じゃあ、見てます」


「了解」


 絵美里が一歩下がる。


 千尋は先にホーンラビットへ視線を向けた。


《マーキング》


「そっち逃げても分かるから」


 印を付けると、そのまま《黒月》を抜く。


 志帆もすぐ千尋へ手を向けた。


《プロテクション》


「念のためね」


「ありがと」


 ゴブリンがこちらへ向かって走ってくる。


 千尋は真正面から待たず、《サイレントステップ》で一気に横へ移った。


 その間に、みつみが杖を地面へ向ける。


《マジックマイン》


 通路の片側へ魔法を設置した。


 ホーンラビットが横へ逃げようとして進路を変え、その瞬間に佳奈子が弓を引く。


《カーブショット》


 放たれた矢がわずかに軌道を曲げ、走るホーンラビットを捉えた。


「そっち行った」


「分かってる」


 千尋は《マーキング》の感覚を追いながらゴブリンの横へ回る。


《ウィークポイント》


 黒い刀身が弱点を捉え、ゴブリンが光へ変わった。


 その間に、みつみはもうホーンラビットへ杖を向け直していた。


《マジックボール》


 魔力弾が当たり、佳奈子の二本目の矢が続く。


 ホーンラビットも光の粒へ変わった。


 戦闘が終わる。


 千尋が《黒月》を下ろしたところで、絵美里が四人を見回した。


「……先輩たち」


「なに?」


「スキル使う回数、多くないですか?」


 みつみが首を傾げる。


「そう?」


「今の相手、普通に倒せましたよね。千尋先輩は《マーキング》して、《サイレントステップ》使って、《ウィークポイント》まで。志帆先輩は最初から《プロテクション》。みつみ先輩も《マジックマイン》まで置いてましたよね」


「置いた方が、そっち行かなくなるかなって」


「結果的にはそうでしたけど」


 絵美里が今度は佳奈子を見る。


「佳奈子先輩も、普通に撃てた位置から《カーブショット》使いましたよね?」


「動いてたから、そっちの方が当てやすそうだったし」


「……使えるから使うんですか?」


「私はそうかも」


 千尋は《黒月》を鞘へ戻した。


「使わないと慣れないし。こういう相手で使っとけば、もっと強いのが出たときも迷わないじゃん」


「私は使ってみたいから」


 みつみがあっさり続ける。


「普通に撃つだけより、色々使った方が楽しいし」


「私は必要そうなら使うわね。ただ、余裕がある戦闘で試しておけば、どのくらい効くか分かりやすいもの」


 志帆が言うと、佳奈子も肩をすくめた。


「私は便利なら使う。今の《カーブショット》も、普通の矢より当てやすそうだったから使っただけ」


 四人とも同じ答えではない。


 それでも、使えるスキルを必要以上に温存するという考えはあまりないらしい。


 絵美里は戦っていた場所を見た。


「ドイツで一緒だった人たちは、今の相手ならもう少し通常の攻撃だけで済ませてました。必要なときに使えるようにしておく方が普通だったので」


「じゃあ私たち、使いすぎ?」


 みつみが聞く。


「多いとは思います。でも――」


 絵美里は少しだけ考えた。


「今ので困ってはいませんでしたね」


「じゃ、次も見れば?」


 千尋が笑う。


「もちろんです」


 返事だけは即答だった。


     ◇


 二度目の会敵は、ダンジョンラット三体だった。


 見つけた千尋が振り返るより先に、絵美里が盾を前へ出す。


「今度は私も入ります」


「おっけー」


 絵美里が四人の前へ出た。


 さっきまで後ろで見ていたときとは、立ち方から違う。


 タワーシールドを正面へ向け、片手剣を構える。


《プロボーク》


 三体のダンジョンラットが一斉に絵美里へ顔を向けた。


「全部そっち行った」


 みつみが少し驚く。


「それが仕事です」


 距離が詰まる。


《ガード》


 一体目が盾へぶつかった。


 絵美里の身体はほとんど動かない。


 二体目も続くが、大きな盾が進路を塞いだ。


 千尋はもう左へ動いている。


《サイレントステップ》


「左行く」


「待ってください、まだ――」


 言い終わる前に、千尋が一体の横へ抜けた。


《ウィークポイント》


 《黒月》が振られる。


 佳奈子も絵美里の盾に射線を塞がれない位置へ二歩移動した。


《ダブルショット》


 二本の矢が続けて別の一体を捉える。


 その横で、みつみが杖を上げた。


《マジックボール》


 残った一体へ魔力弾が飛ぶ。


 盾の前へ集められた敵が、次々に光へ変わった。


 最後の一体は、攻撃を盾で受けた絵美里が片手剣を返して仕留めた。


「これ、撃ちやすい」


 佳奈子が弓を下ろす。


「敵が全部そっち向いてくれるなら、位置取りかなり楽になるね」


「後衛へ行かせないのがディフェンダーの仕事です」


 絵美里はそう答えてから、千尋を見る。


「ただ、千尋先輩」


「なに?」


「私が止める前に左へ出ましたよね」


「止まると思ったから」


「止まらなかったら?」


「戻る」


「先に動いてから考えてません?」


「ちゃんと考えてるって」


 千尋は少し考えてから付け足した。


「半分くらいは」


 絵美里が黙る。


「……半分」


「でも倒せたでしょ」


「結果の話じゃないです。それに、また《サイレントステップ》と《ウィークポイント》使ってましたよね」


「使えるし」


「さっきも使ったじゃないですか」


「だから何?」


 千尋が本気で分かっていない顔をする。


 佳奈子が笑った。


「絵美里ちゃん、そこ気になるんだ」


「気になりますよ。先輩たち、スキルを通常攻撃みたいに使うじゃないですか」


「それ、駄目?」


 みつみが聞く。


「駄目とは言ってません。ただ、思っていた戦い方と違います」


 絵美里は盾を持ち直した。


「次、もう少し合わせてみます」


     ◇


 三度目の戦闘では、絵美里が先に四人を止めた。


「次、《フォーメーション》使います」


「どんなの?」


 みつみが聞く。


「私を基点に、一定範囲内の仲間へ防御と安定性の補助が入ります。動きを縛るスキルではありません。ただ、効果を受けるなら離れすぎない方がいいです」


「なるほど」


「千尋先輩も、最初は範囲内でお願いします」


「最初はね」


「どうしてもう出る前提なんですか」


「必要だったら出るから」


 絵美里は何か言いたそうにしたが、その先にモンスターが見えた。


 ゴブリンが二体。


 少し離れてホーンラビットが一体。


《フォーメーション》


 絵美里を中心に、四人が近い位置へ入る。


 続けて《プロボーク》。


 二体のゴブリンが絵美里へ向かってきた。


《ガード》


 盾が正面から受け止める。


「右、空きます」


 佳奈子がすぐ弓を向ける。


《パワーショット》


 強く引かれた矢が一体へ刺さった。


 みつみも杖を構える。


《マジックボール》


 もう一体の動きが鈍る。


 その横で千尋だけが別方向を見る。


「ホーンラビット、横行った」


 細い通路へ消えた相手を目で追い、千尋が動き出す。


《マーキング》


「千尋先輩、範囲外です」


「分かってる。戻ってくるから待つ」


「だったらこっちで――」


「来た」


 ホーンラビットが横の通路から飛び出した。


 千尋は戻らない。


《サイレントステップ》


 一気に位置をずらし、突進を外す。


《ウィークポイント》


 すれ違いざまに《黒月》。


 勢いを失ったところへ二撃目を入れる。


 一方、絵美里の前では佳奈子の矢を受けたゴブリンへ、みつみがもう一度杖を向けていた。


《マジックボール》


 そこへ絵美里の片手剣が続く。


 残った一体が佳奈子の方へ身体を向けかけた瞬間、志帆が先に動いた。


《プロテクション》


「佳奈子、念のため」


「ありがと」


 だが、絵美里の《プロボーク》で相手の注意はすぐ戻る。


 片手剣と佳奈子の次の矢が入り、最後のゴブリンも光へ変わった。


 千尋もホーンラビットを倒して戻ってくる。


「やっぱり出ましたね」


「でもあっちで待った方が早かったでしょ」


「《フォーメーション》の補助は受けられません」


「それは分かってる。その上で、あれなら一人でいけると思ったの」


「当たったらどうするんですか」


「避けるつもりだったし、無理そうなら戻るよ」


「その判断を毎回その場でするんですか?」


「そうだね」


 絵美里は返事をせず、自分が立っていた場所と、千尋がホーンラビットを倒した場所を見比べた。


 少しして、今度は四人全体を見る。


「それと、やっぱりスキル多いです」


「まだ言ってる」


 千尋が笑う。


「言いますよ。今の戦闘だけで何回使ったと思ってるんですか」


「数えてたの?」


「見てましたから」


「ほんとにガチだね」


 みつみが感心すると、絵美里はそちらへ向き直った。


「みつみ先輩もです。さっきから《マジックボール》普通に撃ちすぎです」


「魔法使いだから」


「そういう意味じゃないです」


 佳奈子が吹き出す。


「これ、しばらく噛み合わなそう」


「何が?」


「絵美里ちゃんと、私たちの普通」


 佳奈子の言葉に、志帆が少し考えてから頷いた。


「確かに、基準そのものが違うのかもしれないわね」


「でも、使わない方がいいってわけじゃないんでしょ?」


 みつみが聞く。


 絵美里は少し迷った。


「……今のところは。少なくとも、スキルを多く使っているせいで動きが悪くなっている感じはしません」


「じゃあ問題なし」


「まだ問題なしとは言ってません」


「厳しい」


 千尋が笑う。


 絵美里はそのまま、さっきの戦闘位置をもう一度見た。


「あと、今のも崩れてはいませんでした。千尋先輩が外へ出ても、ほかの三人が慌てて追いかけてませんし、残った相手への動きも止まってないです」


「追いかけてもしょうがないし」


 佳奈子が言う。


「千尋ならそのうち戻ってくるから」


「そのうちって何」


 千尋が笑う。


「ちゃんと戻ってきたじゃん」


 みつみまで加わると、絵美里は四人を順番に見た。


「……その編成で、よく今まで事故りませんでしたね」


「今、普通に言ったね」


「事実として気になったので」


 悪びれる様子はない。


 けれど、そのあと絵美里は少しだけ考えてから続けた。


「ただ、最初に思っていたよりは、かなり成立してます」


「かなり?」


「まだ全部は納得してません」


「そこは残るんだ」


「一回で全部分かるわけないじゃないですか」


 絵美里は盾を持ち直した。


「行きましょう。もう少し見たいです」


     ◇


 その後も何度かモンスターと遭遇した。


 千尋は空いている場所があれば動き、その中で当たり前のようにスキルを使う。


 佳奈子は射線を取りやすい位置を選びながら、その場に合う射撃スキルを混ぜる。


 みつみも通常の魔法だけに頼らず、状況に応じて使えるスキルを試す。


 志帆は必要になるまで何もしないのではなく、危なくなりそうなら先に補助を入れた。


 四人にとって、それは特別な戦い方ではなかった。


 使えるなら使う。


 試せるなら試す。


 その方がやりやすければ、次も使う。


 まとまるときもあれば、離れるときもある。


 絵美里はその中心に盾を置きながら、戦うたびに四人の位置と、使われるスキルを見ていた。


 やがて五人は、骨橋ダンジョンのゴールへ到達した。


「で、どうだった?」


 みつみが聞く。


 絵美里はすぐには答えなかった。


 少し考えてから、四人を見る。


「思っていたより、ずっと自由に動きますね」


「それ褒めてる?」


 千尋に聞かれ、絵美里はさらに少し考えた。


「半分くらいは」


「半分なんだ」


「少なくとも、無駄に崩れているわけではなかったです。私ならもっと位置を決めますし、スキルも使う場面を絞りますけど、先輩たちは決めなくても、お互いがどこにいるかは見てるみたいなので」


「残り半分は?」


「まだ分かりません」


 絵美里は真面目な顔のまま答える。


「一回見れば分かると思ってたんですけど、逆に確認したいことが増えました。特にスキルの使い方は、もう少し見たいです」


 そこで一度言葉を切る。


「なので、もう一度一緒に行きたいです」


 千尋が吹き出した。


「一回、一緒にって言ってなかった?」


「一回で判断できるとは言ってません」


 絵美里は当然のように返した。


「まだ確認したいことがありますから」


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