第62話 ガチで!?
「本当だよ。たぶん、結構行ってる」
みつみが答えると、目の前の女子生徒は少しだけ表情を明るくした。
「やっぱり」
それから、自分たちが階段の途中で立ち止まっていることに気づいたらしい。上から降りてきた生徒へ場所を空けるように壁際へ寄り、「すみません、こんなところで」と頭を下げる。
「降りながら話そっか」
千尋が先に階段を下り始めると、女子生徒も「はい」と返してついてきた。
その横で、みつみはさっき教室でしていた話を思い出す。入試の日に会っているのに、名前は思い出せない。
「あのさ、名前――」
「久央絵美里です。一年です。入試のときはありがとうございました。あのとき案内してもらわなかったら、たぶんもう一周してました」
「あ、そうそう。久央さん」
名前を聞いた途端、受験票に書かれていた文字までぼんやり戻ってきた気がした。
千尋も「あったね」と笑う。
「無事受かってたんだ」
「はい。おかげさまで」
そこまで話したところで、四人も順番に名前を伝えた。絵美里は一人ずつ顔を見ながら頷き、最後に佳奈子の名前まで聞くと、今度は迷わず本題へ戻った。
「どのくらい行くんですか? 休みの日だけですか?」
「放課後に行くこともあるし、休みの日も行くよ。遠いところなら休みの日かな」
千尋が答えながら一階へ下りる。
「最近だと狩造とか虎ヶ崎とか。クリスマスの時期にはクリダンにも行ったし」
「狩造と虎ヶ崎……」
絵美里の目つきが少し変わった。
さっきまで先輩へ話しかける一年生だったのに、ダンジョンの名前が出た途端、聞き方が急に具体的になる。
「先輩たち、今のレベルって聞いてもいいですか?」
「私は十」
みつみが答えると、千尋が続いた。
「十一」
「私も十よ」
「私も十」
志帆と佳奈子まで答えたところで、絵美里が足を止めかけた。
「……全員、そのくらいなんですか?」
「うん。絵美里ちゃんは?」
「私は六です。ジョブはディフェンダーで、ドイツにいたときからダンジョンには入っていました」
「一年生で六?」
今度は千尋が驚く番だった。
「高くない?」
「向こうでやっていた期間があるので。日本に来てから始めたわけじゃないです」
絵美里はそれを特別なことのようには言わなかった。それよりも四人のレベルの方が気になるらしく、昇降口へ向かいながらすぐ話を戻す。
「それなら、かなり攻略してますよね。最近クリアしたのはどこですか?」
「最近なら狩造かな」
みつみが答えたあと、少し考える。
「でもそのあとも色々行ってるよ。虎ヶ崎も行ったし、尾洗町も行った」
「尾洗町もクリアしたんですか?」
「まだ。スパインスターのところまで行って帰った」
絵美里がみつみを見る。
「ボスまで行ったのに?」
「うん。その日は佳奈子いなかったから、倒すなら今度みんなでって」
名前を出された佳奈子は、上履きを脱ぎながらこちらを向いた。
「私、その日ほかの予定あったんだよね。別に三人で倒してきてもよかったんだけど、残して帰ってきた」
「……それで帰ったんですか」
「帰ったよ。海で色々見れたし、あの日はあれで楽しかったし」
みつみも靴を履き替えながら頷く。
絵美里は何か言いかけたが、その前に千尋が思い出したように続けた。
「私たち三人で行ったクリダンも途中で帰ったね。あれは人が多すぎたからだけど」
「クリアしないで帰ること、結構あるんですか?」
「結構ってほどじゃないけど、普通にはあるんじゃない?」
千尋は靴箱を閉め、鞄を肩へ掛け直した。
「クリアしたい日に行くこともあるし、スキル試したいだけの日もある。素材集める日もあるし、入ってから別のものが気になって予定変わることもあるよ」
「ある」
すぐ頷いたみつみに、佳奈子が笑う。
「みつみは特にね。自分で言い出したこと忘れて、途中で違うの見始めるし」
「忘れてはないよ。ちょっと優先順位が変わるだけ」
「それを普通は予定変更って言うの」
志帆は二人のやり取りを聞きながら、ゆっくり昇降口を出た。
「私も気になる素材や装備に使えそうなものがあれば寄るわね。事前に決めた目的が絶対というわけではないし、その日に全部終わらせる必要もないでしょう?」
絵美里も外へ出てきたが、そこで返事が少し遅れた。
「……そのレベルで、そういう探索の仕方なんですか?」
言い方に笑っている感じはなかった。本当に分からないらしい。
みつみが首を傾げる。
「レベル高いと、しちゃ駄目なの?」
「駄目という話ではないです。ただ、十前後まで上がっているなら、もっと攻略を進められるはずです。安全を確保しながらクリア条件を優先して、必要な素材があるなら先に決めて取りに行く。その方が同じ時間でも先へ進めますよね」
さっきまでより言葉が速い。先輩相手だからと迷う様子もなく、絵美里はそのまま続けた。
「ボスまで到達しているのに倒さず帰るのも、私ならたぶんしません。次にまた同じところまで移動する時間が必要になりますし、その日に倒せる戦力があるなら、そのままクリアした方が効率はいいです」
「効率はね」
千尋は否定せずに頷いた。
「でも、毎回先へ進むために行ってるわけじゃないかな。行ってみたい場所があったとか、新しいスキル使いたいとか、今日はこれ拾いたいとか。その日の目的がクリアじゃないことも普通にあるよ」
「私は面白そうなの見つけたら見たいし」
みつみが言うと、佳奈子も続ける。
「私はクリアするためだけに遠出するより、みんなで一日楽しかったらそれでいい日もある。もちろんボス倒したい日は倒したいけど」
「攻略そのものが嫌いなわけではないのよ」
志帆が補う。
「ただ、効率が一番上に来ていないだけね。寄り道しても別に困らないなら、気になった方へ行くこともあるわ」
絵美里は四人を順に見た。
さっきまで淀みなく返していたのに、今度は少し長く黙っている。
「……もったいなくないですか?」
「何が?」
「そのレベルなら、もっとちゃんと攻略できそうなのに」
みつみは千尋を見る。千尋もこちらを見たが、困ったような顔ではなく、少し面白そうにしていた。
「ちゃんと、か」
「一応、私たちなりにはちゃんとやってるけどね」
「事故らないようにはしてるし」
佳奈子まで加わると、絵美里は小さく息をついた。
「すみません。馬鹿にしてるわけじゃないです。むしろ逆で、思っていたよりずっとレベルが高かったので。だったら、どうしてそのやり方になるのか分からなくて」
言い直した声は、さっきより少しだけ先輩へ向けるものに戻っていた。
それでも視線は四人から外れない。
「一度、一緒に行かせてもらってもいいですか?」
「いいよ」
みつみが答えると、千尋もすぐ頷いた。
「私はいいけど、見ても効率よくはならないと思うよ」
「それは見てから判断します」
「そこは判断するんだ」
千尋が笑う。
志帆と佳奈子も特に反対はしなかった。みつみは次の予定をまだ何も決めていなかったことを思い出し、鞄の中のスマートフォンへ手を伸ばしかける。
「じゃあ、次のダン活部に一回来る?」
「はい。お願いします」
絵美里は今度は迷わず頷いた。
「実際に見た方が早いですから」




