第61話 ここに来た春
「また一緒じゃん」
昇降口の横に貼り出されたクラス分けの紙を見上げたまま、佳奈子が笑った。
春休み明けの朝。掲示の前には二年生と三年生が何重にも集まり、その脇を、入学したばかりらしい一年生たちが案内板を見ながら通り過ぎていく。
みつみは人の肩越しに、自分の名前をもう一度探した。見間違いではない。川咲千尋も、山花志帆も、本多佳奈子も、同じクラスの欄にちゃんと載っていた。
「ほんとだ。四人とも」
「二人くらいは一緒になるかと思ってたけど、四人はちょっとすごいね。去年からずっと一緒じゃん」
千尋が人の流れを避けるように半歩横へずれる。その隣で、志帆も掲示を見上げたまま小さく頷いた。
「知っている人が多いのは助かるわね。最初から全員知らない教室よりは気が楽だもの」
「志帆、それ普通に嬉しいって言えばよくない?」
「嬉しいわよ。だから助かると言ったのだけれど」
間を置かず返されて、佳奈子が少し笑った。
みつみは四人の名前を順番に目で追ってから、満足して掲示から離れた。
「じゃあ昼も今まで通りだね。席が遠かったら机くっつければいいし」
「初日から勝手に教室の配置変えないで。昼だけにして」
「昼ならいいんだ」
「そこまで止めてないよ」
四人で人混みを抜け、新しい教室へ向かう。去年まで使っていた階とは少し場所が変わっただけなのに、曲がる場所が一つ違うだけで廊下の景色まで妙に新しく見えた。
教室へ入ると、すでに何人かが席を探したり、去年同じクラスだった友達同士で話したりしている。四人の席は当然ばらばらで、みつみの席から千尋の席までは机を三つ挟んでいた。
「遠い」
自分の鞄を置いたみつみが、千尋の机を見る。
「授業中に何するつもりだったの」
「何もしないけど、近い方がなんかいいじゃん」
「その程度なら休み時間に来ればいいでしょ」
千尋は自分の席を確認すると、椅子を引いて一度座ってみた。
佳奈子は窓側だった。鞄を机へ置くと、そのまま窓から差し込む朝の日差しを見て、少しだけ顔をしかめる。
「今年ここ暑そう。夏、絶対日当たる」
「まだ四月だよ」
「四月だから言えるんじゃん。七月になってから気づいても遅いし。まあ、席替えあるだろうけど」
自分で最後まで言って納得したらしく、佳奈子はもう気にするのをやめて鞄の中を整理し始めた。
志帆は自分の席へ荷物を置いたあと、教室の後ろに貼られている年間予定を見に行っている。みつみもついていこうとしたが、担任らしい教師が教室へ入ってきたため、途中で向きを変えて自分の席へ戻った。
◇
午前のホームルームが終わるころには、朝の「二年生になった」という新鮮さもだいぶ薄れていた。
配られた教科書や書類を鞄へ詰めながら、みつみは前の席の背もたれに腕を載せる。教室が変わり、担任が変わり、新しい教科書が増えた。それでも制服は昨日までと同じで、四人も同じ教室にいる。
「なんか、二年生ってもっと変わると思ってた」
近くまで来ていた千尋が笑った。
「朝来て教室変わっただけで、急に何か変わったら怖いでしょ。明日から普通に授業だし」
「でも一年生いるよ。私たち先輩になったんだよ?」
みつみが言うと、鞄のファスナーを閉めていた佳奈子が顔を上げた。
「それはちょっと分かる。さっき廊下で一年生に教室聞かれた。今日から自分も案内される側じゃなくなったんだなって思ったし」
「答えられた?」
「失礼じゃない? 案内板見たからちゃんと答えられました」
佳奈子はわざと丁寧に言ってから立ち上がった。
志帆も教科書を鞄へ入れ終え、椅子を机の中へ戻す。
「入試の日は私たちが案内する側だったけれど、今日から本当に先輩なのね。実感があるような、ないような感じだけれど」
「あ」
その言葉で、みつみは思い出した。
「入試の日の子」
「どの子?」
「迷ってた子。千尋と案内したじゃん。ほら、髪がちょっと明るくて、背が高かった子」
「ああ、試験室の階段を間違えてた子ね」
千尋も思い出したらしく、肩に鞄を掛けながら頷いた。
「受かったのかな。名前までは覚えてないけど」
「受験票見たじゃん」
「一瞬で覚えてたら逆に怖いって。みつみは覚えてるの?」
「……覚えてない」
「ほら」
自分から言い出したのに負けた気がして、みつみは少しだけ口を尖らせた。
話しながら四人で教室を出る。廊下には、新しいクラスでできたらしい小さな集まりがいくつもできていた。去年と同じ制服なのに、学年が一つ上がっただけで、自分たちの周りから一年生らしさがなくなったように見えるのが少し不思議だった。
「で、今日どうする? どっか寄る?」
階段へ向かいながら千尋が聞くと、佳奈子が先に首を振った。
「私は今日は帰る。家でやることあるし、新学期初日から何か予定入れなくてもいいでしょ」
「私も今日は特にないわね。明日以降でいいと思う」
「みつみは? どこか寄りたいなら付き合うけど」
「まだ何も決めてない。なんかないかなって考えてる」
「何もないなら帰れば?」
佳奈子に言われ、みつみはそれもそうだと思った。
階段を一つ下りたところで、前から上がってきた女子生徒が足を止めた。
背が高い。肩には届かないくらいのダークブロンドの髪が、少し癖のある形で揺れている。青い目がこちらへ向き、そのままみつみと千尋の顔を見比べた。
「あ」
みつみと、ほとんど同時に千尋が止まる。
入試の日に、校内で道に迷っていた女子受験生だった。
名前までは思い出せなかったが、顔は間違えようがない。
女子生徒は階段を上がり切ると、四人の前まで迷わず歩いてきた。みつみと千尋を交互に見て、軽く頭を下げる。
みつみが「入試の日の」と言いかけるより先に、彼女はまっすぐこちらを見た。
「先輩たち、よくダンジョンに行くって聞いたんですけど、本当ですか?」




