第59話 始まりの場所で
骨橋ダンジョンへ向かう途中、四人はコンビニに寄った。
前日に決めていたとおり、昼ご飯も飲み物も基本は各自で選ぶ。レジャーシートとゴミ袋も、昨日のうちに分担して鞄へ入れてきた。
「打ち上げって言ってたのに、普通にコンビニご飯になったね」
佳奈子はサンドイッチと飲み物をかごへ入れながら、隣の棚を見た。
「別にいいじゃん。外で食べればだいたい美味しいし、今日はダンジョンの中だよ」
みつみはおにぎりを一つ入れたあと、少し迷ってもう一つ追加する。そこへ千尋が菓子の袋を持って戻ってきた。
「みつみ、それ昼だけで足りる?」
「お菓子も買うから平気。千尋こそ、それだけ?」
「まだ決めてない。先にこれ見つけた」
千尋が持っていたのは枝豆味の菓子だった。
佳奈子がパッケージを見て、すぐ笑う。
「またずんだ?」
「ずんだ者じゃないよ。普通のやつ。見つけたらちょっと気になっただけ」
千尋はそう言いながら、その袋をかごへ入れた。
少し離れた棚では、志帆が飲み物を二本見比べている。みつみは一度そちらへ行きかけたが、途中で揚げ物のケースに目を取られ、そのまま進路を変えた。
「寄り道しすぎないって、前も言ってなかった?」
佳奈子の声が飛ぶ。
「今日は金策じゃないからいいの」
「便利なルールだね」
結局、四人が店を出るころには、昼食に加えて菓子や飲み物までそれなりの量になっていた。
◇
骨橋ダンジョンへ来るのは久しぶりだった。
受付や入場の手順は、もう四人にとって話題になるようなものではない。いつものように必要な手続きを済ませ、装備を整えて洞窟へ入る。
暗い岩壁をライトが照らし、靴底の下で小石が鳴った。
「なんか、狭く感じる」
みつみが通路を見ながら言うと、千尋も前方へライトを向けた。
「前より広いところ行くこと増えたからじゃない? ここ自体は変わってないでしょ」
「たぶんそう。最初はもっと、全部でかく見えてた気がする」
後ろを歩いていた佳奈子が、壁際の岩を避けながら二人へ続く。
「私は野営したときの荷物が重かったの覚えてる。景色よりそっち」
「朝、身体が痛いってずっと言ってたものね」
志帆に言われ、佳奈子は振り返った。
「志帆も痛いって言ってたじゃん。あの床で平気だったみたいに言わないでよ」
「平気だったなんて言ってないわよ」
その先で、曲がり角からダンジョンラットが二体飛び出してきた。
千尋が一体の進路へ入り、《黒月》を抜く。もう一体が横へ回ろうとしたところへ佳奈子の矢が走り、千尋が一体を倒すのとほとんど同時に、その身体も光になって消えた。
みつみは途中まで上げていた杖を下ろした。
「出番なかった」
「別に毎回全員で攻撃しなくてもいいでしょ」
千尋は《黒月》を鞘へ戻し、佳奈子も弓を下ろす。
志帆は二人に怪我がないことを見てから、そのまま先へ視線を向けた。
「じゃあ行きましょう。ここからまだ歩くんだから、休憩は着いてからでいいでしょ」
「賛成。もうお腹空いてきたし」
佳奈子が自分の鞄を軽く叩き、四人は再び歩き出した。
◇
しばらく進むと、通路の向こうから水の音が聞こえ始めた。
曲がり角を抜けた先で、岩壁に囲まれた広い空間が開ける。その端を浅い水が流れ、壁の一部にある淡い光が水面へ細く揺れていた。
「あった」
みつみが少しだけ足を速める。
以前と同じ場所だった。大きな湖でも、見上げるような絶景でもない。広い岩場の端を水が流れているだけなのに、四人にはちゃんと見覚えがある。
千尋が先に周囲を見回し、みつみもライトを奥の通路へ向ける。佳奈子と志帆も近くにモンスターがいないことを確かめてから、壁際の平らな場所へ荷物を下ろした。
「ここならいいんじゃない?」
佳奈子の横で、志帆が鞄からレジャーシートを取り出す。四人で広げ、武器はしまい込まずにすぐ手の届く場所へ置いた。
通路側を見渡せる向きで座って食べ物の袋を開き始めると、見た目だけならかなりピクニックに近い。
「では、一年生最後のダン活に――」
みつみが飲み物を持ち上げかけたところで、佳奈子が首を傾げた。
「乾杯するの?」
「打ち上げなんだから、するでしょ」
「何に乾杯するの?」
みつみはそこで止まった。
「……一年生?」
「まだ終わってないけどね」
千尋が笑いながら自分のペットボトルを持つ。
「でもまあ、一年生最後のダン活には乾杯できるんじゃない?」
志帆も飲み物を上げた。
「それなら意味は通るわね」
「じゃあ、それで。かんぱーい」
四本のペットボトルが、シートの真ん中で軽く触れた。
◇
最初の十分くらいは、ほとんど食べ物の話しかしていなかった。
誰が買った菓子を開けるか、揚げ物を先に食べるか、飲み物をもう一本買ってくればよかったか。わざわざダンジョンまで来て話す必要のないことばかりだった。
「これ、うま」
千尋が枝豆味の菓子を一つ食べて、袋を真ん中へ出した。
「食べる?」
みつみがすぐ手を伸ばし、佳奈子も一つ取る。志帆は少し迷ってから同じように手を伸ばした。
「ずんだ者のときも思ったけど、枝豆って甘いのも塩っぱいのもいけるのね」
そう言った志帆の視線がスマートフォンへ向き、千尋が先に気づいた。
「調べるなら食べてからにしなよ」
「まだ調べるとは言ってないわよ。少し気になっただけ」
みつみは二人のやり取りを聞きながら、もう一つ菓子を取る。
「ずんだ者、また買ってきてよ」
「東北まで?」
千尋が眉を上げる。
「ネットで売ってないの?」
「それなら自分で買いなよ」
「お土産でもらうからいいんじゃん」
「次いつ行くか分かんないよ」
話はそこから春休みへ移り、泊まりでどこかへ行く話になったと思えば、虎ヶ崎で稼いだ金では全然足りないという話へ戻った。
「結局、あの日の分ってカラオケ一回くらいだったもんね」
佳奈子がサンドイッチの袋を畳みながら言う。
「今日のこれで結構使ってない?」
みつみが自分の買ったものを見ると、千尋が首を振った。
「それぞれ自分で払ってるんだから、別に毛皮のお金が消えたわけじゃないでしょ」
みつみは少し口を尖らせる。
「気分の問題」
「それ、前に私が言ったやつ」
佳奈子が笑い、千尋は「使いやすかった」と返して残りの菓子を口へ入れた。
しばらくして、佳奈子がスマートフォンを取り出した。
「そういえば、ここ写真ある」
画面を何度か送ってから、三人の方へ向ける。
映っていたのは、今目の前にあるのとほとんど同じ水辺だった。岩壁の淡い光が水面に映っている。
「これ、野営した次の日のやつ」
みつみが画面へ顔を寄せた。
「ほんとだ。ここじゃん」
「ここだから見せてるんだけど」
佳奈子は写真と目の前の水辺を見比べる。
「全然変わってないね。撮ったときは、この先まだ行けるかなって話してた気がする」
「帰る時間を考えて、ここで折り返したのよね」
志帆も横から画面を覗き、少し位置をずらした。
「光の位置も同じに見える。今、同じ角度でもう一枚撮れるんじゃない?」
「あ、それいい」
佳奈子はすぐに立ち上がった。
画面と目の前の景色を何度か見比べる。志帆が「もう少し左じゃない?」と口を出し、千尋は座ったまま「そこまで合わせる?」と笑っている。
「合わせるならちゃんと合わせたいじゃん。みつみ、そこ荷物どけて」
「私の?」
「昔の写真にないから」
みつみは言われたとおり自分の袋を引き寄せたあと、急に佳奈子の後ろへ回った。
「じゃあ今度は四人も撮ろうよ」
「同じ角度じゃなくなるじゃん」
「それはそれ、これはこれ」
佳奈子も特に反対せず、平らな岩の上へスマートフォンを置いてタイマーを設定した。
岩壁を背に四人で座り直す。みつみは撮れる直前になって、まだ口の中におにぎりが残っていることに気づいた。
「待って、まだ――」
シャッター音が鳴った。
佳奈子が写真を確認し、すぐ吹き出した。
「みつみ、顔」
「だから待ってって言ったじゃん!」
「もう一回撮ればいいでしょ」
志帆も画面を覗いて笑っていたが、千尋は一枚目を見て首を傾げた。
「これでもよくない? 今日っぽいし」
「よくない。私だけおにぎり食べてる途中じゃん」
「それも今日っぽいよ」
「やだ」
二枚目は、ちゃんと全員が前を向いて撮れた。
佳奈子は一枚目も消さず、そのままスマートフォンを置いた。
◇
食べ物はまだ少し残っていた。
みつみはシートの端から足を伸ばし、水の流れを眺めている。千尋は横になりかけてから「寝たら絶対帰りたくなくなる」と言って起き直し、志帆はさっきの写真を佳奈子から送ってもらっていた。
「一年生最後って言っても、次に会うの普通に学校だよね」
佳奈子が写真を送り終えてから言う。
「終業式あるしね。なんか『最後』って付けると、すごいことみたいに聞こえるけど」
千尋はペットボトルを傾け、残りを確かめる。
みつみは水面から目を離さないまま答えた。
「でも、一年生でここに来るのは最後でしょ。次に来たら二年生だよ。たぶん」
「たぶんって何」
佳奈子が笑う。
志帆は送られてきた二枚の写真を見比べてから、スマートフォンを伏せた。
「二年生になっても、ここはたぶん変わらないでしょうね」
「私たちもそんな変わんなくない?」
千尋の言葉に、みつみがようやく水辺から振り返る。
「でも新しいダンジョンは行くでしょ」
「それは行きたい。春休みもあるしね」
佳奈子がまだ残っている菓子の袋を手元へ引き寄せた。
話はまた、次にどこへ行くかへ移った。
一年生の思い出を順番に振り返るでもなく、二年生になったら何をすると決めるでもない。四人は食べ、写真を見て、思いついたことを話し、その途中で別の話へ移っていく。
浅い水の流れる音だけは、前に来たときと変わらず続いていた。
帰る時間までは、まだ少しある。四人は誰も急がなかった。




