第57話 シーカーたち、森で稼ぐ
虎ヶ崎ダンジョンの入口前で、みつみはスマートフォンのメモをもう一度見た。
「今日の目的、確認しとく?」
画面には、昨夜四人で決めたことが三行だけ並んでいる。
フォレストウルフを優先。
毛皮は全部売る。
寄り道しすぎない。
「三つ目が一番むずかしそう」
佳奈子が覗き込みながら笑うと、千尋は腰の《黒月》を確かめた。
「今日は金策なんだから、そこ大事でしょ。春休みの遊び代、少しでも増やすんだから」
「分かってるって。私、今日はちゃんと稼ぐ気で来てるよ」
みつみが胸を張る横で、志帆はレンタル装備の留め具を直しながら森の入口を見た。
「でも、毛皮がどれだけ出るかは運次第よね。見つけても、倒しても、落ちなかったら終わりだし」
「だから数。今日はウルフ見たら優先でいこう」
佳奈子が弓を持ち直す。
方針だけなら、かなり真面目だった。
◇
森へ入って最初に出たのは、森スライムだった。
「違う」
みつみが残念そうに言う。
「敵に違うって言わないの」
千尋が笑いながら前へ出る。森スライムはそれほど手間もかからず片づき、何も残さず消えた。
その次はコボルト。さらに少し歩いて、また森スライム。
「ウルフいないね」
「虎ヶ崎って、別にウルフ専用じゃないからね」
佳奈子がそう返すと、千尋は周囲へ意識を向けた。
「近くにはいないと思う。《気配察知》にも何も引っかかってないし」
そこで千尋が少し考え、森の奥を見た。
「……《エクストラセンス》、こういうのに使えないかな」
みつみがすぐに振り向く。
「ウルフ探し?」
「ウルフってところまでは分かんない。でも、なんかいそうな感じを拾えたら、探す足しにはなるかも」
「じゃあやってみようよ」
千尋は頷き、《エクストラセンス》を使った。
しばらく何も言わずに立っていたあと、右手側の木々へ顔を向ける。
「……あっち、なんか気になる」
「ウルフ?」
「だから、そこまでは分かんないって」
みつみはもうそちらへ行く気になっていた。
志帆も少し興味を引かれたように木々の隙間を見る。
「金策として考えるなら、正体不明のものを見に行くのは効率がいいのか悪いのか微妙ね」
「ウルフだったら効率いい」
佳奈子の一言で、四人は本道を外れた。
木の根を避け、少し斜面を下り、茂みを回り込んだ先にいたのは、一体のオークだった。
四人とも数秒黙った。
「……違った」
みつみが言うと、千尋が肩をすくめる。
「だからウルフとは言ってないじゃん」
「でも、なんかいたのは当たってたね」
佳奈子は感心したようにオークを見る。
「金策には使えるかもしれないけど、ウルフ探知機にはならないか」
「そもそも探知機じゃないから」
千尋はそう言いながら《黒月》を抜いた。
オークを倒したあと、残ったのはオーク肉だった。
佳奈子が拾い上げ、みつみに渡す。
「売れるけど、今日の目的じゃないやつ」
「でもお金にはなる」
「じゃあ持ってく」
その時点では、まだ四人とも金策をしているつもりだった。
◇
一時間もしないうちに、フォレストウルフは見つかった。
しかも三体。
「いた!」
みつみが声を上げるより先に、千尋が前へ出た。
「三体。右の一体、ちょっと離れてる」
佳奈子が弓を構え、志帆は少し後ろへ下がる。みつみも杖を上げた。
最初の一体が千尋へ飛び込む。
《黒月》が横から走り、その勢いを止めた。二体目へみつみの《マジックボール》が飛ぶ。
その間に、右へ回っていた三体目が急に進路を変えた。
千尋の脇を抜け、そのまま後ろへ走る。
「志帆!」
佳奈子の声と、フォレストウルフが跳ぶのはほとんど同時だった。
志帆は逃げなかった。
「《フィジカルブースト》!」
体が軽くなる。
十秒だけ、いつもより少し速く、少し強く動ける。
迫ってきたフォレストウルフの頭が下がった瞬間、志帆は半歩踏み込み、手にしていたメイスを振り抜いた。
鈍い音とともに、メイスの頭がフォレストウルフの横面へ叩き込まれる。
「うそ」
殴った本人が一番驚いていた。
もちろん、それだけで倒れはしない。
フォレストウルフは地面へ前脚をつき、頭を振った。明らかに怯んではいるが、すぐに志帆へ向き直ろうとする。
その横へ、千尋の姿が滑り込んだ。
「《シャドウステップ》」
数歩分の間合いが一気に消える。
フォレストウルフが千尋を捉えるより早く、《黒月》が弱点へ向いた。
「《ウィークポイント》!」
一閃。
今度こそフォレストウルフが崩れ、光になって消えた。
戦闘が終わってから、みつみが志帆のところへ駆け寄る。
「志帆、メイスで殴った!」
「殴ったわね……」
志帆は手元のメイスを見ている。
佳奈子も弓を下ろしながら近づいてきた。
「ヒーラーがメイスでウルフぶっ飛ばすところ、初めて見たんだけど」
「私も初めてよ。というか、あれで倒せると思ってないから。近かったから咄嗟にやっただけ」
千尋は《黒月》を軽く振ってから鞘へ戻した。
「でもちゃんと怯んだよ。あれなかったら、私が戻るまで志帆に飛びついてたかも」
志帆はメイスを軽く持ち上げ、さっきの感触を確かめるように眺めた。
「十秒だけとはいえ、こういう使い方もできるのね」
その声音には、少しだけ楽しそうな響きが混じっていた。
みつみがすぐ反応する。
「もう一回やる?」
「やらない。ヒーラーだから」
「今ちょっとやりたそうだったよ」
「気のせい」
佳奈子が笑いながら地面を指した。
「それより毛皮」
消えた三体のうち、一体だけが毛皮を残していた。
四人の視線がそちらへ集まる。
「一枚」
「三体倒して一枚か」
みつみが拾い上げると、千尋が少しだけ遠い目をした。
「……今日、何枚いけるかな」
◇
そこから先、金策の効率はさらに悪くなった。
岩場に出たところで、みつみが立ち止まったのが最初だった。
「ここなら燃え広がらなくない?」
足元は土と岩ばかりで、周囲の木々も少し離れている。
千尋が周囲を見回す。
「撃つなら、まあここかな。誰も前にいないときね」
「じゃあ次、ここに何か来たらファイアボール」
「ウルフなら毛皮焦げないの?」
佳奈子が聞くと、みつみの動きが止まった。
「……焦げるかな」
「ドロップはそういうの関係ないと思うけど」
志帆が言ったあと、少しだけ間を置く。
「でも見た目としては、毛皮を取りに来て焼くの、かなり変ね」
結局、岩場へ出てきたコボルト相手に《ファイアボール》を撃った。
きれいに決まった。
みつみは満足した。
毛皮は増えなかった。
さらに千尋が《エクストラセンス》で感じた違和感を確かめに行き、キノコを見つけて少し脱線し、志帆が《フィジカルブースト》を使って斜面を一気に駆け上がれるか試した。
最初に決めた「寄り道しすぎない」は、昼前にはもう誰も口にしなくなっていた。
◇
午後になって、佳奈子のレベルが上がった。
フォレストウルフを倒した直後、スマートフォンを確認していた佳奈子が「あ」と声を上げる。
「十になった」
三人が一斉に寄ってくる。
「何増えた?」
みつみが覗き込み、佳奈子が新しいスキル名を読み上げた。
「《ファントムショット》。実体のない矢を撃って、当たった相手に射られたって感じさせる……らしい」
千尋が少し考える。
「ダメージは?」
「ないみたい」
「何それ、面白そう」
みつみの反応が早かった。
志帆も画面を覗き込む。
「幻痛に近いのかしら。実際には何も刺さっていないのに、射られた感覚だけを与える……」
「それ、試す相手探す?」
佳奈子自身がすでに弓を持ち直していた。
金策の話は、その瞬間かなり遠くなった。
少し歩いた先で見つけたコボルトに、佳奈子は矢をつがえず弓だけを構えた。
「いくよ。《ファントムショット》」
放ったはずの矢は見えなかった。
それでもコボルトは肩を跳ねさせ、脇腹を振り返るような動きをした。そこには何も刺さっていない。
「効いた」
佳奈子が笑う。
「今、完全に何かされた顔した」
「もう一回やってみて。今度こっち見てるとき」
みつみが言い、千尋も興味深そうに距離を取る。
「見えてる状態と見えてない状態で違うか、ちょっと気になる」
「じゃあ次、後ろ向いてるやつ探そ」
佳奈子まで乗った。
その後しばらく、四人は毛皮より《ファントムショット》の反応を見ることに夢中になった。
◇
施設へ戻ったころ、集まったフォレストウルフの毛皮は四枚だった。
他の素材もまとめて売却し、表示された金額を四人で見る。
みつみが最初に口を開いた。
「……これ、泊まりには全然足りなくない?」
「足りないね」
佳奈子が即答した。
千尋は四人で割った金額を頭の中で計算する。
「四人でカラオケ一回くらい?」
「あとマック?」
志帆が付け足すと、みつみは売却明細を見つめた。
「今日けっこう戦ったのに」
「途中から実験してたからでしょ」
佳奈子が笑う。
「誰のスキルを?」
「全員の」
今度は千尋も笑った。
志帆は手元のメイスへ一度だけ目を落としてから、少し考える。
「普通にバイトしたほうが早いわね」
四人とも否定できなかった。
春休みの資金は、思ったほど増えなかった。
ただ、帰り道で一番話題になったのは売れた毛皮の枚数ではなく、志帆がフォレストウルフをメイスで殴り飛ばした瞬間と、何も飛んでいないのにコボルトが振り返った瞬間だった。
金策としては、たぶん失敗。
遊びとしては、いつもどおりだった。




