第51話 夜遊びは三時まで
次の街路へ入ってからも、雪の夜は終わらなかった。
灯りの色や建物の並びは少しずつ変わるのに、見上げれば暗い空から雪が落ち続けている。外へ出ればまだ昼にもなっていないはずなのに、ここにいると時間の感覚がおかしくなりそうだった。
「いま何時?」
佳奈子が聞くと、千尋がスマートフォンを取り出した。
「十一時四十七分」
「まだ昼前なんだ」
「この景色でそれ言われると変な感じする」
みつみも自分の画面を確かめたあと、またすぐ街の先へ目を戻した。
「でも、まだいっぱい見られるね」
「佳奈子の予定までならね」
「夕方からだから大丈夫。帰る時間だけ忘れなければ」
佳奈子はそう言ってから、少し前を歩く志帆を見た。
「志帆、時間ちゃんと見てて。一番忘れなさそうだから」
「どうして私なのよ。みんなで見なさいよ」
言いながらも志帆は自分のスマートフォンを一度確認し、ポケットへ戻した。
しばらく進むと、街路がまた行き止まりになっていた。その向こうには続きの街並みが見えている。
「また仕掛けだ」
みつみが足を止める。
さっきと同じように、この辺りにある何かを見つけたり動かしたりすれば、先へ進めるようになるらしい。ただし、同じ仕掛けが続くわけではないようだった。
「今度は何すればいいんだろ」
千尋が周囲を見回す。
四人で近くを調べ、気になったものを試していく。途中で千尋が別の探索者たちの動きを見て「あっちは違うっぽい」と引き返し、みつみが見つけた場所を佳奈子が試す。志帆も加わってしばらく調べているうちに、行き止まりだった街路に変化が起き、先へ進めるようになった。
「こういうの、答え分かった瞬間より、分かる直前が一番楽しいかも」
みつみが歩き出しながら言った。
「私は答え分かった瞬間のほうがいい。ずっと分かんなかったら普通に嫌だし」
「私は途中も好きね。違うって分かったものが増えるほど、残りを絞れるでしょう?」
志帆が言うと、千尋が振り返る。
「それ、外れも楽しんでるってこと?」
「外れ方にも情報があるのよ。何が違うか分かれば、そのぶん残りを絞れるでしょう?」
千尋が笑う。
「志帆らしい。褒めてるから、その顔やめて」
話しながら角を曲がったところで、前を歩いていた千尋が足を止めた。
雪の積もった道の向こうに、獣の影が二ついる。
「犬?」
みつみが杖を持ち直す。
「たぶんスノウウルフ」
千尋が《黒月》を抜いたところで、二体がこちらへ走り出した。
一体はまっすぐ千尋へ向かい、もう一体は横へ広がる。佳奈子の矢が横へ回った一体へ飛び、肩の辺りに刺さった。
「そっちお願い!」
「分かった!」
みつみが杖を向け、《マジックボール》を続ける。
正面の一体は千尋へ飛びかかったが、《黒月》で受け流され、着地したところへ志帆の《プロテクション》が千尋を包んだ。千尋はそのまま踏み込み、すれ違いざまに脇腹へ刃を通す。
佳奈子が二本目の矢を放ったころには、みつみの相手も動きが鈍っていた。最後は千尋が横から加わり、二体とも雪の上で光の粒になって消えた。
「この子たちはスライムよりちゃんと強かった。なんていうか、モンスター感ある」
佳奈子が弓を下ろしながら言う。
「スライムもモンスターだけどね」
「分かってるけど、見た目が丸いじゃん」
みつみは二人の話を聞きながら、雪の上に残ったものへしゃがみ込んだ。
「毛皮ある」
毛皮を持ち上げると、佳奈子も近づいて端に触れた。
「思ったより普通に毛皮。これ売れるんだよね?」
「売れるし、加工にも使えるみたい」
志帆も触ってみたあと、少し名残惜しそうに手を離した。
「期間が短いから、この時期を逃すと手に入りにくいのよね」
「じゃあ高い?」
「そこまでは調べてない」
千尋が少し意外そうに志帆を見る。
「今日の志帆、調べてないこと多いね」
志帆は毛皮をみつみへ戻した。
「全部知ってから来たら、初めて来た意味が減るでしょう?」
「昨日までの志帆とちょっと違う」
「昨日までも全部は調べてないわよ」
志帆は少しだけ間を置いてから付け足す。
「……たぶん」
佳奈子が笑った。
昼を過ぎたころ、四人は人通りの少ない広めの場所で一度休んだ。持ってきた昼食を食べながら見上げても、空は変わらず暗く、雪だけが静かに降り続けている。
「夜の街で昼ご飯って、変な感じ」
佳奈子がパンを食べながら言うと、千尋もスマートフォンの時刻と空を見比べた。
「身体は昼って分かってるのに、見た目だけずっと夜なんだよね。帰ったとき時間の感覚ずれそう」
「私は平気。まだ見たいところいっぱいあるし」
みつみは食べ終わる前から、広場の向こうに続く通りを見ていた。
「食べてから行きなさい」
志帆に言われ、みつみは手元へ視線を戻す。
「分かってるよ」
そう答えながら食べる速度だけ少し上がったので、三人が笑った。
◇
さらにいくつかの街路を抜けたころ、四人は雪の積もった広めの場所で足を止めた。
近くでは別のパーティが休んでいて、少し離れたところをベルバットが二体飛んでいる。四人が動き出すより先に、ベルバットの一体がこちらへ向きを変えた。
「来るよ」
佳奈子が矢をつがえ、志帆もバングルへ手を添える。
最初の一体は佳奈子の矢で軌道を変え、その隙に千尋が下から《黒月》を当てる。もう一体は頭上を回り込んだが、みつみが振り返って《マジックボール》を撃ち、建物の壁際へ追いやった。
大きく苦戦する相手ではなかった。二体を倒したあと、落ちた羽を拾った佳奈子が、さっき手に入れたものと並べて見る。
「今日、羽けっこう増えたね」
「毛皮もあるし、素材回収の日みたいになってきた」
みつみが言うと、千尋は周囲を見回した。
「でも、まだ箱もあるよ」
少し先に、また贈り物を思わせる箱がいくつか置かれていた。
四人の視線が一度、千尋へ集まる。
「やる?」
みつみが聞く。
「やる。さっきの感じ、もう一回試したい」
千尋は箱へ近づかず、その場で意識を周囲へ広げるように目を細めた。
さっきは、目に入るものを一つずつ拾おうとしていた。今度は何かを探そうとせず、雪の気配や周囲の音、その場全体をまとめて受け取るつもりで集中する。
少しして、千尋の眉が動いた。
「……ある」
「何が?」
佳奈子がすぐ聞く。
「それは分かんない。でも、さっきより『変』って感じは分かりやすい」
「場所は?」
「分かんない。箱かもしれないし、全然違うかもしれない」
千尋は一度集中を解いて、周囲を普通に見回した。
「でも、前より使い方はちょっと分かったかも。何かを当てようとするより、引っかかるかどうかだけ見る感じ」
「じゃあ、とりあえず警戒ね」
志帆がバングルへ手を添える。
「便利になった?」
みつみが聞くと、千尋は少し考えた。
「便利になったかはまだ分かんない。でも、前より面白くなった」
「そこは変わらないんだ」
佳奈子が笑う。
四人で周囲を確かめながら進むと、箱の一つが途中で動き出した。今度も千尋が特定したわけではなかったが、全員が最初から警戒していたぶん、飛び出してきたギフトミミックへの反応は早かった。
佳奈子の矢で動きを止め、みつみの《マジックボール》が当たる。千尋が正面を外して回り込み、最後は《黒月》で仕留めた。
「今のはエクストラセンスのおかげ?」
みつみが聞く。
「半分くらい?」
「半分なんだ」
「警戒しようってなったのはスキルのおかげ。でも、どれがミミックかは普通に見て分かったから」
「そのくらいがちょうどいいんじゃない?」
佳奈子は弓を戻しながら、まだ残っている箱を遠巻きに見た。
「何でも分かったら、千尋だけ前歩かせれば終わりになりそうだし」
「それはつまんない」
千尋は即答した。
「私も嫌」
みつみまで続いたので、志帆が笑う。
「誰も得しない使い方ね」
ギフトミミックを倒したあとも、四人はそのまま先へ進んだ。
◇
それからも、街路が行き止まりになるたびに周囲を調べ、先へ進むための仕掛けを一つずつ越えていった。
何かを見つけたり動かしたりする必要はあるものの、毎回やることは違う。細かな答えを探しているうちに、開かなかった先へ進めるようになる。その繰り返しと一緒に、街の景色も少しずつ変わっていった。
灯りの密集した通りを抜け、雪の積もった広場のような場所を通り、また建物の間へ入る。途中でスノウウルフともう一度戦い、別のベルバットからも羽を手に入れた。
攻略がどこまで進んだのか、四人には正確には分からない。それでも仕掛けをいくつも抜けてきた以上、入口からはかなり離れているはずだった。
「まだ先あるね」
みつみが街路の向こうを覗く。
「あるね」
千尋も同じ方向を見る。
「行く?」
「行く」
二人が歩き出しかけたところで、佳奈子が「あれ」と別の方向を見た。
「人、増えてない?」
言われてみれば、さっきまでより探索者の姿が明らかに多い。
四人組や三人組もいるが、二人で歩く男女が目についた。戦闘用の装備を身につけているのに、街灯の下で立ち止まって写真を撮ったり、雪の積もった建物を背景にスマートフォンを向けたりしている。
「カップル多くない?」
みつみが小声で言う。
「こういうの、カップルシーカーって言うんだっけ。ほんとにダンジョンをデートに使うんだ」
佳奈子は少し先で写真を撮っている二人組を見てから、納得したように頷いた。
「クリスマスだし、景色もこれだもの。普通のイルミよりこっちのほうが楽しいって人もいるでしょうね」
志帆が言うと、千尋が二人組の装備を見る。
「戦えるカップル限定だけどね」
さらに進むと、見どころらしい灯りの多い場所では、順番を待つように何組かが立ち止まっていた。通路そのものが塞がれているわけではないが、朝に入ったころのように好きな速度で歩ける感じではなくなっている。
千尋がスマートフォンを見る。
「三時十分」
「え、もうそんな時間?」
みつみも画面を出して確認した。
「ずっと夜だから全然分かんなかった」
「私も」
佳奈子は時間を見たあと、少し考える。
「まだ平気だけど、ここからさらに進んだら帰るの遅くなるかも。帰りも人増えそうじゃない?」
「たぶん、もっと増えるわね」
志帆が周囲を見回す。
「外が夕方になるほど、景色目当てで来る人は増えそう」
前にはまだ道が続いている。
みつみは少しだけその先を見ていたが、やがて杖を肩へ寄せた。
「じゃあ今日はここまででいいか」
「私もそう思う」
千尋は迷う様子もなく頷いた。
「まだ行けるけど、人が増えてる中で急いで進むのも違うし」
「私も帰る。予定あるし、ここまででも結構見た」
佳奈子は今日撮った写真の枚数を確認して、少し笑った。
「めっちゃ撮ってる。百八十七枚」
「百八十七? 撮りすぎじゃない?」
「連写も入ってるから。あとで消す」
志帆が呆れたように見たが、自分のスマートフォンも取り出した。
「私も思ったより撮ってるわ」
佳奈子がすぐ画面を覗こうとする。
「何枚? 私より多かったりして」
「言わない」
その返しで、みつみと千尋が笑った。
まだ先はある。それでも、その先を確かめるために人の増えた街を急いで進む気にはならなかった。
「帰ろっか」
誰からともなく方向を変え、四人は来た道を戻り始めた。
◇
外へ出ると、本当に夕方だった。
朝に見た明るい空はもうなく、冬の低い陽が建物の向こうへ傾いている。ずっと夜の街にいたせいか、その薄明るさのほうが妙に新鮮に見えた。
「夕方だ」
みつみが言う。
「さっきまで夜だったのにね」
佳奈子は入口のほうを振り返った。
「朝から入って、夜歩いて、夕方に出てきた」
「時間だけ聞くと意味分かんない」
千尋が笑う。
仮設施設の周辺には、朝よりずっと人が増えていた。これから入るらしい二人組も多く、受付へ向かう人の流れが途切れない。
「ほんとに増えてる」
みつみが言うと、志帆も入口のほうを見る。
「中で切り上げて正解だったかもね」
「あとどこまであったんだろ」
千尋が少しだけ気にするように言った。
「それも気になるけど、私あの灯り多い通りもう一回見たい」
佳奈子がスマートフォンを開く。
「これ。写真だとやっぱ実物より暗いんだよね」
「私は途中の静かなところ」
千尋が覗き込む。
「雪がよく見えたとこ」
「私はスノウウルフの毛皮、帰ったら値段調べたい」
志帆が言うと、みつみも思い出したようにバッグを見る。
「エクストラセンスも二回目のほうが分かりやすかったよね」
「うん。まだ全然説明できないけど、使い方はちょっと分かった」
千尋はそう答えてから、佳奈子の画面に映った雪の街へ目を戻した。
「でも今日、一番よかったの何だろ」
「決める必要ある?」
佳奈子が聞く。
「ないけど」
「じゃあ決めなくていいじゃん」
「それもそうか」
千尋は笑った。
クリスマスダンジョンは、結局クリアしなかった。
それでも四人の話は、攻略できなかったことより、雪のこと、灯りのこと、モンスターや素材のこと、千尋のよく分からない新しい感覚のことへ次々に移っていく。
駅へ向かう途中も、佳奈子のスマートフォンでは百八十七枚の写真が減ったり増えたりしていた。
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