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第5話 ダンジョン行ったら、魔法使いたくなった

 GW前半。

 

 二度目のダンジョンで、みつみは入口では立ち止まらなかった。

 

 ヘッドライトをつけ、手袋をはめて、そのまま千尋と洞窟へ入る。

 

「今日は余裕じゃん」

 

 千尋が隣で言った。

 

「二回目だからね」

 

「前は地面が岩ってだけで感動してたのに」

 

「それもういいから」

 

 冷たい空気も、湿った岩の匂いも、一度知っている。

 

 だから何も珍しくない、というわけではなかった。

 

 前回見つけたものを覚えているからこそ、今日はその先が気になっていた。

 

「ここ、バットいたとこ」

 

 みつみが岩壁の上へライトを向ける。

 

 今日は何もいない。

 

「いないね」

 

「毎回同じ場所にいるわけじゃないよ」

 

「分かってるけど、ちょっと期待してた」

 

「飛んできたらまたしゃがむくせに」

 

「今日は避ける」

 

「ほんとに?」

 

「……方向による」

 

「結局しゃがみそう」

 

 二人で笑いながら奥へ進んだ。

 

 途中、前回休憩した場所も通る。

 

「あ、ここ」

 

「今日はまだ休まないよ」

 

「分かってるって」

 

 その先に、前回みつみが自分で選んだ分かれ道があった。

 

 迷わず左へ入る。

 

「覚えてるんだ」

 

「当たり前じゃん」

 

「じゃあ、どこまで行ったかも?」

 

「覚えてるよ」

 

 少し先。

 

 緩く曲がった道を抜けたところで、みつみが足を止める。

 

「ここ」

 

 前回、引き返した場所だった。

 

 その先へライトを向ける。

 

 暗い道がまだ続いている。

 

「じゃあ」

 

 みつみが一歩進んだ。

 

「今日のダンジョン、ここからね」

 

「そうなるの?」

 

「なる」

 

 千尋も隣へ並ぶ。

 

 二人で、前回は歩かなかった場所へ入っていった。

 

 ほんの少し先へ進んだだけなのに、みつみは何度も周囲へライトを向ける。

 

 壁の形も違う。

 

 足元の岩も違う。

 

 少し狭くなったと思えば、その先ではまた道が広がっている。

 

「楽しい?」

 

「楽しい」

 

「まだ何もないけど」

 

「知らないとこ歩いてるじゃん」

 

「それだけで?」

 

「それがいいんじゃん」

 

 千尋が小さく笑った。

 

 さらに奥へ進む。

 

 みつみは前回より足元を見るようになっていた。

 

 濡れた岩は避ける。

 

 大きな段差があれば、踏む前に確かめる。

 

 千尋が少し速度を落とせば、自分も同じように落とす。

 

 一回しか来ていないのに、自分でも分かるくらい歩き方が変わっていた。

 

 そのとき、千尋が急に止まった。

 

 みつみも足を止める。

 

「どうしたの?」

 

「ちょっと待って」

 

 声の調子が変わった。

 

 みつみは黙る。

 

 千尋が前方へライトを向けたまま、少しだけ身体を低くした。

 

「いる」

 

「モンスター?」

 

「うん」

 

 みつみも目を凝らす。

 

 少し先の岩壁の近くで、何かが動いた。

 

 ライトの端に、低い影が入る。

 

 四本の脚。

 

 細長い尾。

 

 大きなネズミに似た身体。

 

「ダンジョンラット」

 

 千尋が言った。

 

 前回のダンジョンバットとは違う。

 

 そいつは逃げなかった。

 

 こちらを見たまま、身体を低くしている。

 

「みつみ、そこにいて」

 

「うん」

 

 千尋の手が、腰のショートソードへ伸びた。

 

 鞘を滑る小さな金属音。

 

 刃が抜かれる。

 

 みつみは、それを見て息を止めた。

 

 前にも見せてもらった。

 

 でも、あのときとは全然違う。

 

 今の千尋は、使うために剣を抜いている。

 

 ダンジョンラットが地面を蹴った。

 

 速い。

 

 そう思った次の瞬間には、千尋も動いていた。

 

 一歩前へ出る。

 

 飛び込んできたダンジョンラットの正面から、わずかに身体をずらした。

 

 すれ違うようにショートソードが走る。

 

「――っ」

 

 みつみが声を出すより先に、ダンジョンラットが地面へ落ちた。

 

 ほんの数秒だった。

 

 その身体がぼやけ、輪郭を失う。

 

 やがて完全に消えた。

 

 あとには何も残らない。

 

 千尋はすぐに剣を戻さず、周囲を見回した。

 

 少ししてから、ようやく鞘へ収める。

 

「大丈夫」

 

 その言葉で、みつみは息を吐いた。

 

「……千尋」

 

「なに?」

 

「今の何?」

 

「ダンジョンラット」

 

「それは分かってる!」

 

 さっきまで抑えていた声が、一気に戻る。

 

「速くなかった?」

 

「そう?」

 

「そう? じゃないって! なんか来たと思ったら、避けて、シュッてやって、終わったんだけど」

 

「シュッて」

 

「ほんとにそんなだったんだって」

 

 みつみは千尋の横まで行く。

 

「めっちゃかっこよかった」

 

「ありがと」

 

「そこ普通に受け取るんだ」

 

「褒められたのに否定する理由なくない?」

 

「確かに」

 

 みつみは笑った。

 

 でも、すぐにもう一度ダンジョンラットがいた場所を見る。

 

 何も残っていない。

 

「千尋って、ずっとこうやって戦ってたんだ」

 

「ずっとってほど戦ってないけどね」

 

「でもモンスター来たら戦えるんでしょ?」

 

「必要なら」

 

 前回、ダンジョンバットはそのまま飛んでいった。

 

 あのときは、モンスターを見ただけで十分だった。

 

 今日は違う。

 

 目の前で、千尋が戦った。

 

 自分は少し後ろで、それを見ていただけだった。

 

「……私もなんかしたい」

 

「ん?」

 

 みつみは自分の手を見る。

 

 手袋をしているだけ。

 

 武器もない。

 

 何かできるわけでもない。

 

「今みたいなとき、私ずっと後ろにいるだけじゃん」

 

「今はそれでいいよ。まだ何も決めてないんだから」

 

「何を?」

 

「武器とか、ジョブとか」

 

「ジョブって、ちゃんと決めるものなの?」

 

「うん」

 

「千尋は?」

 

「スカウト」

 

「スカウト?」

 

「敵を探したり、周りを見るのが得意なジョブ。私は戦う方にも寄ってるけど」

 

「へえ……」

 

 みつみは千尋の腰のショートソードを見る。

 

「じゃあ、私も自分に合うの決めるんだ」

 

「適性もあるから、何でも好きに選べるわけじゃないけどね」

 

「そうなんだ」

 

 また一つ、知らないことが増えた。

 

 そのとき、みつみは前に千尋から聞いたことを思い出す。

 

 ダンジョンには、魔法もある。

 

     ◇

 

 GWが明けた。

 

 休み明けの教室は、朝からいつもより少しだけ騒がしかった。

 

 誰がどこへ行ったとか、何をしたとか、宿題を忘れたとか。

 

 そんな話があちこちから聞こえてくる。

 

「でさ、千尋ほんと速かったんだって」

 

「まだその話してるの?」

 

「だってすごかったし」

 

 みつみは自分の椅子を千尋の方へ向けていた。

 

「もっとこう、剣でガンガンやるのかと思ってたんだけど、全然違った。来たと思ったら避けて、パッて終わったじゃん」

 

「さっきから擬音ばっかり」

 

「ほかに言い方分かんない」

 

 千尋が笑う。

 

「それで?」

 

「何が?」

 

「ジョブのこと調べたんでしょ?」

 

「ちょっとだけ」

 

「ちょっと?」

 

「途中で分かんなくなった」

 

「早くない?」

 

「だって検索すると知らない言葉がまた出てくるんだもん」

 

 みつみはスマホを取り出した。

 

 昨夜までに開いたページがいくつも残っている。

 

「スカウトが千尋のジョブなんだよね?」

 

「そう」

 

「敵探したりするやつ?」

 

「だいたいそんな感じ」

 

「でも千尋、普通に戦ってたじゃん」

 

「戦うスカウトもいるよ。私はそっち寄り」

 

「そういうのが分かんないんだって」

 

 みつみが画面をスクロールする。

 

「同じジョブでも違うとか、向いてるのがどうとか」

 

「調べ始めたばっかならそんなもんじゃない?」

 

「でも一個だけ分かった」

 

「なに?」

 

 みつみが顔を上げる。

 

「私、魔法使いたい」

 

「そこは分かったんだ」

 

「だって魔法だよ?」

 

「前に言ったときはそんな反応じゃなかったじゃん」

 

「前は『魔法あるんだ』だったの」

 

 みつみはスマホを机へ置いた。

 

「今は『私が使えるかもしれない』でしょ。全然違うじゃん」

 

「ああ」

 

 千尋が笑う。

 

「それは確かに違うかも」

 

「でしょ?」

 

「……魔法?」

 

 横から声がした。

 

 二人が振り向く。

 

 少し離れた席にいた山花志帆が、こちらを見ていた。

 

「今、魔法の話してた?」

 

「してた」

 

 みつみが答える。

 

 志帆は少し迷ったあと、二人の近くまで来た。

 

「ダンジョンの?」

 

「うん。私、GWに二回目行ってきた」

 

「二回目?」

 

「初めて行ったのはその前」

 

「川咲さんも?」

 

「私は前から行ってるよ」

 

 千尋が答える。

 

「中学の頃から、たまに」

 

「そうなんだ」

 

 志帆の表情が少し変わった。

 

「どこのダンジョン?」

 

 千尋が場所を答える。

 

「ああ、そこなんだ」

 

「知ってるの?」

 

 みつみが聞く。

 

「うん。初心者が最初に行く場所としてよく名前出るから。施設も整ってるところでしょ?」

 

「そうそう」

 

 みつみが身を乗り出した。

 

「行ったことある?」

 

「ない」

 

「ないんだ?」

 

「興味はあるんだけどね」

 

 志帆は少しだけ視線を逸らした。

 

「調べるのは好きなんだけど、一人で行くところまではなんとなく」

 

「じゃあ詳しい?」

 

「詳しいってほどじゃないよ」

 

 そう言いながら、志帆の視線がみつみのスマホへ向く。

 

「何調べてたの?」

 

「ジョブ。あと魔法」

 

「どのページ?」

 

「これ」

 

 みつみが画面を見せる。

 

 志帆は少し覗き込み、すぐに言った。

 

「それ、最初に見るにはちょっと分かりにくいかも」

 

「やっぱり?」

 

「書いてあることは変じゃないけど、用語の説明が途中から省かれてるから」

 

「ほら! 私が分かんないんじゃなくてページが悪かった!」

 

「全部ページのせいにしないの」

 

 千尋が笑う。

 

「もっと分かりやすいのある?」

 

「あるよ」

 

「ほんと?」

 

 志帆は自分のスマホを取り出した。

 

 少し操作して、一つのページを開く。

 

「これは初心者向け。ジョブの種類もざっくりまとまってる」

 

「魔法も?」

 

「載ってる」

 

 みつみがすぐ近くまで寄った。

 

「見せて」

 

「近い近い」

 

「あ、ごめん」

 

 半歩だけ下がる。

 

 画面には、いくつかのジョブについて簡単な説明が並んでいた。

 

「こんなにあるの?」

 

「これで全部じゃないよ」

 

「マジ?」

 

「向き不向きもあるし、好きなのを何でも選べるってわけじゃないけど」

 

「そこもあるんだ」

 

 みつみは画面を下へ送っていく。

 

 そして、指が止まった。

 

「これ」

 

「メイジ?」

 

「魔法使うやつ?」

 

「うん」

 

 その一言だけで、みつみの顔が明るくなる。

 

「これがいい」

 

「早くない?」

 

 志帆が笑った。

 

「まだ説明ほとんど読んでないよ」

 

「でも魔法使うんでしょ?」

 

「使うけど」

 

「じゃあ第一候補」

 

「第一候補なんだ」

 

「だってさ」

 

 みつみはスマホの画面を見ながら言った。

 

「この前まで、ダンジョン行っても千尋について歩いてただけだったんだよ」

 

「だけって」

 

「楽しかったよ。めっちゃ楽しかった」

 

 みつみは千尋を見る。

 

「でもGWに千尋が戦ってるの見たら、自分もなんかしたくなった」

 

 千尋が少しだけ表情を変える。

 

「それで魔法?」

 

「うん」

 

「剣じゃなくて?」

 

「魔法」

 

「即答」

 

「剣もかっこよかったけど」

 

 みつみはもう一度、志帆のスマホを見る。

 

「自分でやるなら魔法がいい」

 

 口に出してみると、思っていた以上にしっくりきた。

 

 見るだけではなく、自分も何かする。

 

 次にモンスターが現れたとき、千尋の後ろから見ているだけではなくなる。

 

 まだ何ができるのかも知らない。

 

 自分がメイジになれるのかさえ分からない。

 

 それでも、目標らしいものが初めてできた。

 

「私、魔法使いたい」

 

「昨日からそればっかり」

 

 千尋が笑う。

 

「昨日より今の方が使いたい」

 

「じゃあちゃんと調べないとね」

 

 志帆が言った。

 

「ジョブを決める前に、適性とか登録の仕組みも知っておいた方がいいし」

 

「志帆、それも分かるの?」

 

 呼ばれて、志帆が一瞬止まった。

 

「……志帆?」

 

「あ」

 

 みつみも止まる。

 

「ごめん。山花さん」

 

「別にいいけど」

 

「ほんと?」

 

「うん」

 

 志帆が少しだけ笑った。

 

「じゃあ志帆」

 

「切り替え早いね」

 

「嫌だった?」

 

「嫌じゃない」

 

「じゃあ決まり」

 

 千尋が横から笑う。

 

「みつみ、そういうの決めるの早いよね」

 

「何が?」

 

「いろいろ」

 

「そう?」

 

 志帆はスマホを操作し、別のページを開いた。

 

「これも見た方がいいかも。適性についてまとまってる」

 

「送って」

 

「連絡先知らないけど」

 

「あ」

 

 みつみが自分のスマホを持ち上げる。

 

「じゃあ交換しよ」

 

「今?」

 

「送ってもらえないじゃん」

 

「それはそうだけど」

 

 千尋もスマホを出した。

 

「私も交換してない」

 

「じゃあ三人」

 

 その場で連絡先を交換する。

 

 終わるとすぐ、志帆からリンクが届いた。

 

 一つ。

 

 続けて、もう一つ。

 

 さらにもう一つ。

 

「待って」

 

 みつみが顔を上げる。

 

「増えてる」

 

「最初のだけだと途中で分からなくなると思うから。こっちは用語、こっちはジョブ登録」

 

 また一つ届いた。

 

「四つ目」

 

「これは比較するとき分かりやすい」

 

 千尋が志帆を見る。

 

「志帆、めっちゃ詳しいじゃん」

 

「調べてるだけ」

 

「まだある?」

 

 みつみが聞く。

 

「あるけど」

 

「送って」

 

「全部?」

 

「全部」

 

 志帆が少し目を丸くする。

 

「結構あるよ」

 

「見る」

 

「ほんとに?」

 

「だって魔法使いたいし」

 

 志帆は少しだけ黙った。

 

 それから、どこか嬉しそうにスマホへ視線を戻した。

 

「……じゃあ送る」

 

 また一つ、リンクが届く。

 

 その直後、授業開始前のチャイムが鳴った。

 

「やば」

 

 みつみは慌ててスマホを机の中へ入れる。

 

 志帆も自分の席へ戻ろうとした。

 

「志帆」

 

 呼ぶと、振り返る。

 

「分かんないところあったら聞いていい?」

 

「分かる範囲なら」

 

「ありがと」

 

 志帆は小さく頷いて、自分の席へ戻った。

 

 みつみは机の中のスマホをもう一度見たくなるのを我慢する。

 

 ジョブ。

 

 適性。

 

 魔法。

 

 まだ知らないことばかりだった。

 

 でも、次にやりたいことは決まった。

 

 次にダンジョンへ行くときは、自分も何かできるようになりたい。

 

 そのために、まず調べる。

 

 そして、もし選べるなら。

 

 みつみはもう一度だけ心の中で思った。

 

 魔法がいい。


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