第4話 GWもダンジョン行く?
「GW、どうする?」
昼休み。
みつみは紙パックのジュースにストローを刺しながら、向かいに座った千尋へ聞いた。
「どうするって?」
「予定。もう明日からじゃん」
「最初の方は空いてるよ。後半は家の用事あるけど」
「じゃあさ」
みつみはストローから口を離した。
「ダンジョン行かない?」
千尋が一瞬だけ止まる。
それから、少し笑った。
「行くと思った」
「何その反応」
「この前、帰るときからまた行きたそうだったし」
「だって一回じゃ全然足りないじゃん。まだほとんど見てないし」
初めてダンジョンへ入った日のことは、数日経っても鮮明に残っていた。
額のライトが照らした岩肌。
どこからか聞こえていた水の音。
道が曲がった先に、本当に何かがいるかもしれないと思ったときの、怖いのに先を見たくなる感覚。
入口で立ち止まっていたときとは違う。
今度は、自分から行きたいと思っている。
「同じとこ?」
「その方がいいんじゃない? 二回目だし。みつみも少しは勝手分かってるでしょ」
「少しはね」
「じゃあ同じところにしよっか。GWだから普段より人多いかもしれないけど」
「ダンジョンもGW混むんだ」
「そりゃ混むでしょ。みんな休みなんだから」
「なんかやだなあ。そこだけ急に現実」
「何が?」
「GWのダンジョン混雑」
「高速みたい」
横から声が入った。
佳奈子がパンの袋を開けながら、こっちを見ている。
「入口で渋滞してたりして」
「え、やだ。ダンジョン来たのに列に並ぶの?」
みつみが露骨に嫌そうな顔をする。
「入る前から疲れそう」
「そんなテーマパークみたいにはならないと思うけど」
千尋が笑った。
佳奈子はパンを一口食べてから、
「ていうか、また行くんだ」
と言った。
「行くよ」
「この前行ったばっかじゃん」
「だからだよ。今度はもうちょいちゃんと見たい」
「何を?」
「いろいろ」
「ざっくりしてんなあ」
「だって、まだ何があるかも知らないし」
みつみはそう言ってから千尋を見る。
「ね、今度どこまで行く?」
「それは当日決める。混み方もあるし、みつみの調子も見たいし」
「もっと奥」
「最初からそれ決めるのやめな」
「でも前よりは行けるでしょ?」
「前よりはね。ただ、二回目だからって急に強くなったわけじゃないから」
「分かってるって」
「ほんとに?」
「……たぶん」
「今たぶんって言った」
少し前に自分が言った言葉を返され、みつみが笑う。
佳奈子は二人のやり取りを聞きながら、もう一口パンを食べた。
「ダンジョンって、そんな何回も行きたくなるもんなの?」
「人によるんじゃない?」
千尋が答える。
「私は好きだから行ってるけど」
「みつみは?」
「楽しかった」
「即答」
「いや、怖いのもあったよ? でもさ、ほんとにゲームみたいな場所を自分で歩いてるって、思ってたよりすごかったんだよ。動画で見るのと全然違うし」
話しているうちに、みつみの声が少し弾んでいく。
「暗いところとか、最初はちょっと怖かったんだけど、ライト向けた先に道が続いててさ。まだ見えてないところがあると、そっち行きたくなるの」
「へえ」
佳奈子の反応は、それほど大きくない。
でも興味がないから話を切るわけでもなく、普通に聞いている。
「私は休みの日に暗い洞窟歩くより、普通にどっか遊び行きたいけど」
「それも行きたい」
「両方行く気?」
「GW長いじゃん」
「元気だなあ」
「佳奈子は?」
「まだ決めてない。買い物は行くかも。あと友達とカラオケ」
「いいな、カラオケも行きたい」
「ダンジョンは?」
「行く」
「全部じゃん」
千尋が笑った。
「みつみ、休み全部予定入れて後半死ぬタイプじゃない?」
「大丈夫大丈夫」
「その大丈夫は信用できない」
「失礼な」
佳奈子がスマホを取り出し、カレンダーを開く。
「じゃ、カラオケ行くならいつにする?」
「え、行く」
「ダンジョンは?」
「それとは別」
「ほら、増えた」
千尋が呆れたように言う。
「いいじゃん。GWなんだから」
みつみは楽しそうにスマホを取り出した。
さっきまでダンジョンの話だったのに、数分後にはカラオケの日程を三人で見ている。
そのまま話は、新しくできた店のことに移り、佳奈子が見つけた期間限定のドリンクに移り、気づけばダンジョンの話はどこかへ消えていた。
それでも昼休みが終わる少し前。
佳奈子が自分の席へ戻り、みつみも弁当箱を片づけ始めたところで、千尋が言った。
「で、ダンジョンいつにする?」
「あ」
忘れていた。
「明後日は?」
「空いてる」
「じゃあ明後日!」
「決まりね」
みつみはすぐにスマホのカレンダーへ入力した。
『ダンジョン』
そこまで打ってから顔を上げる。
「準備、何いる?」
「前と同じでいいよ」
「ほんとに? 今度もうちょい奥行くんでしょ?」
「行けそうならね」
「じゃあ追加装備とか」
「いらない」
「何か新しいの買いたい」
「買わなくていい」
「えー」
「一回使っただけの装備がもうあるでしょ」
正論だった。
みつみは少し考える。
「じゃあ、お菓子」
「好きなの持ってくれば?」
「前、おにぎりだけだったし。今度はなんか甘いの持ってこ」
「それは装備じゃないけどね」
「大事だよ。疲れたら甘いもの」
「まあ、それはそう」
「千尋は?」
「何が?」
「お菓子」
「別に何でもいい」
「じゃあ私選ぶ」
「はいはい」
そこで昼休み終了のチャイムが鳴った。
みつみはスマホをしまいながら、もう明後日のことを考えていた。
◇
放課後。
二人は駅前の店に寄った。
前回のようなアウトドアショップではない。
普通のドラッグストアだった。
「これ」
みつみが大袋のチョコレートを持ち上げる。
「多くない?」
「千尋も食べるじゃん」
「そんな食べないよ」
「じゃあ余ったら家で食べる」
「最初から自分用じゃん」
「違うし。ダンジョン用兼自分用」
その隣にあったグミも取る。
「それも?」
「これは歩きながらでも食べられる」
「ダンジョンで歩きながら食べないで」
「あ、ダメ?」
「せめて止まって食べよ」
「はーい」
結局、チョコとグミを一つずつ。
飲み物も買う。
それだけだった。
前回は靴を何足も履き比べ、ライトを頭につけて鏡を見て、手袋まで選んだ。
今日は十分もかからない。
店を出てから、みつみが買い物袋を見る。
「なんか準備、普通になったね」
「そりゃもう持ってるから」
「前はめっちゃ買ったのに」
「毎回あんな買ってたらお金なくなるよ」
「確かに」
一度しか使っていない靴もある。
ライトもある。
手袋もある。
家へ帰れば、前回使ったリュックもそのまま残っている。
ダンジョンへ行くためのものが、もう自分の部屋にある。
それがちょっと不思議で、少し嬉しかった。
◇
GW。
みつみが二度目にダンジョンの入口を通ったとき、前回とはずいぶん感じ方が違った。
受付を終え、装備を整え、入口へ向かう。
どこで何をするのかが、もう分かる。
初めて来たときには一つ一つ立ち止まって見ていた案内も、今日は横目で確認するくらいだった。
「みつみ、ライト」
「あ、分かってる」
バッグからヘッドライトを取り出し、そのまま頭につける。
スイッチを押す。
「どう?」
「何が?」
「慣れてる感」
「二回目で?」
「二回目だから」
「はいはい」
みつみは少し笑った。
前回はあれほど気にしていた見た目も、今日は鏡がなくても気にならない。
千尋もライトをつける。
腰にはショートソード。
それも、初めて見たときほど不思議には感じなかった。
かっこいいとは思う。
でももう、「千尋が剣を持ってる!」だけで何分も眺めたりはしない。
「行こ」
今度は、みつみの方から先に入口を見る。
「今日は止まらないんだ」
「何が?」
「前、ここでずっと見てたじゃん」
「だって初めてだったし」
「地面が岩だって感動してた」
「あれは感動するでしょ」
「今日は?」
みつみは一歩、岩の上へ足を乗せる。
ざり、と靴底が鳴った。
少しだけ懐かしい。
「今日は……」
もう一歩。
暗い道へ入る。
「うん。やっぱ好きかも」
千尋が笑った。
「早くない?」
「だって二回来てるし」
「それで決めるんだ」
外からの光が薄くなる。
二人のライトが前方を照らした。
前回と同じ岩壁。
同じ冷たい空気。
同じように奥へ続いている暗がり。
なのに、今日は前より少しだけ自分の場所に近く感じる。
みつみは足元を確認しながら進んだ。
前回よりも、足元を見る余裕がある。
濡れている岩を見つけると、自然にそこを避けた。
段差では足を置く場所を見てから進む。
千尋が振り返った。
「ちゃんと見て歩いてるじゃん」
「学習したからね」
「偉い偉い」
「子供扱いしないで」
「この前まで『地面、岩だ』って言ってた人が」
「それ何回言うの?」
「面白かったから」
「忘れて」
「無理」
二人の声が、岩壁に少しだけ響いた。
その響き方も、もう知っている。
しばらく歩くと、みつみが前方へライトを向けた。
道が二つに分かれている。
「あれ?」
千尋も足を止める。
「分かれ道?」
「うん」
みつみは右を見る。
暗い。
左を見る。
やっぱり暗い。
どちらも、ライトの先までは見えない。
「前、ここ来たっけ?」
「こっちまでは来てない」
その一言で、みつみの表情が変わった。
「じゃあここから知らないとこ?」
「そうだね」
「どっち行く?」
「そんな嬉しそうに聞く?」
「だって前回より先じゃん」
千尋は二つの道を見比べる。
みつみも隣に並んだ。
入口ではもう立ち止まらなかった。
見慣れた岩壁にも、いちいち驚かなくなった。
でも。
その先に知らない道が現れれば、やっぱり胸が少し速くなる。
「ねえ、千尋」
「なに?」
「やっぱ二回来てよかった」
「まだ始まったばっかだけど」
「だからいいんじゃん」
みつみは笑って、もう一度二つの道を見た。
前回の続きではない。
今日のダンジョンが、ここから始まる。
次回、みつみに新しい「やりたいこと」が!
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