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現代JKダン活部!〜放課後はダンジョンしか勝たん〜  作者: 飯山知 春。


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第3話 ほんとにダンジョンだ

待ち合わせ場所に着いたとき、千尋はもういた。


「おはよー。ごめん、待った?」


みつみが手を上げると、千尋が振り返った。


「おはよ。全然。私も今来たとこ」


そう答えてから、千尋はみつみを上から下まで見る。


「……なに?」


「いや。ちゃんと来たなと思って」


「来るでしょ! 昨日あれだけ準備したのに、当日になってやめるわけないじゃん」


「昨日の夜、急に怖くなって『やっぱ無理』とか言うかと思ってた」


「言わないし。ちょっと怖いけど、それより行ってみたい方が勝ってるから」


みつみは少し得意げに、自分の格好を見せた。


先日買った靴。


長ズボン。


動きやすい上着。


背中には、家にあった小さめのリュック。


「どう?」


「いいんじゃない? ちゃんと動きやすそうだし」


「それだけ?」


「他に何言えばいいの」


「ほら、初ダンジョンっぽいとか。似合ってるとか」


「初ダンジョンっぽい格好って何?」


「知らないけど」


「じゃあ言えないじゃん」


「じゃあ似合ってるは?」


「似合ってる」


「今言わせたよね?」


「うん」


「ひど」


千尋が笑う。


学校で見る制服姿とは違って、今日の千尋も動きやすそうな格好をしていた。


背中にはリュック。


足元には履き慣れていそうな靴。


特別派手な装備を身につけているわけではないのに、みつみよりずっと自然に、この格好が馴染んでいる。


「千尋、それがいつものダンジョンの服?」


「だいたいこんな感じ。行く場所で変えるけど、今日は浅いところだけだから軽め」


「へえ。もっと防具とか着てくるのかと思ってた」


「必要なら着けるよ。でも今日はそこまでいらない」


みつみは千尋の腰の辺りへ視線を落とした。


ない。


「……ショートソードは?」


「あとで」


「あとで?」


「ちゃんとあるから。そんな心配そうな顔しなくても大丈夫」


「心配じゃなくて見たいの。昨日からずっと気になってるんだから」


「はいはい。行けば見られるよ」


「またそれ」


「便利だからね」


千尋が歩き出す。


みつみもその横へ並んだ。


今日向かうのは、千尋が初心者向けとして選んだダンジョンだった。


みつみにとっては、もちろん初めてだ。


昨日までは楽しみの方がずっと大きかった。


今も楽しみではある。


けれど朝起きて、買ったばかりの靴を履いて、荷物を確認して家を出たあたりから、その中に別のものが混じり始めていた。


緊張。


たぶん、それだ。


「ねえ千尋。私さ、朝からちょっと緊張してるんだけど」


「今さら?」


「今さらじゃないよ。昨日まではまだ『行く予定』だったじゃん。でも今日はほんとに行くんだなって思ったら、ちょっと怖くなってきた」


「まあ、初めてならそうなるよ。でも今日は浅いところしか行かないし、私もいるから。無理そうならすぐ戻ればいいし」


「モンスターは?」


「それはいるよ」


「そこは普通にいるんだ」


「ダンジョンだからね。ただ、見つけたからっていきなり近づいたりしないで。最初は私の後ろにいてくれればいいから」


「……なんか今の聞いたら急にリアルになった」


「昨日、剣がどうとか宝箱がどうとか喜んでたのに」


「楽しみと怖いは両方あるじゃん。ジェットコースター乗る前みたいな感じ」


「それはちょっと分かる」


少し歩いてから、千尋が「あ」と声を出した。


「そうだ。承諾書持ってきた?」


「持ってきたよー。昨日三回確認したし、今朝も見た」


みつみがリュックを軽く叩く。


「なら大丈夫。忘れると受付まで来ても入れないからね」


「それ聞いたからめっちゃ確認したんだって。ここまで来て『今日は帰ってください』とか絶対イヤだし」


「たまにいるよ。入口まで来てから気づく人」


「最悪じゃん」


そう言った直後、みつみはリュックを下ろしかけた。


千尋が見る。


「なにしてんの?」


「いや、急に本当に入ってるか不安になって」


「今、持ってきたって言ったじゃん」


「言ったけど、千尋が忘れる人いるとか言うから!」


結局、みつみはファスナーを開けた。


クリアファイル。


その中に承諾書。


「……ある」


「心配性だなあ」


「初めてなんだからしょうがないでしょ」


昨日から何度この言葉を使ったか分からない。


でも初めてなのだから、本当にしょうがない。





「着いたよ」


千尋に言われ、みつみは顔を上げた。


「……ここ?」


「ここ」


目の前の景色を見て、みつみはしばらく黙った。


想像していたものと、だいぶ違う。


ダンジョンと聞いて、なんとなく洞窟の入口みたいなものを思い浮かべていた。


岩山にぽっかり穴が開いていて、その前に探索者が集まっている。


そんな景色。


実際にあったのは、広い駐車場と、そこそこ大きな建物だった。


人も多い。


リュックを背負った若い男女。


本格的な装備を身につけたグループ。


家族連れらしい人たちまでいる。


「なんか……道の駅みたい」


「言いたいことは分かる」


「もっとさ、ダンジョンの入口です! みたいな場所だと思ってた。岩の穴がドーンってあって、その前に剣持った人がいっぱいいるみたいな」


「そういうところもあるよ。ここは初心者も多いし、施設がかなり整ってる方」


入口の近くには案内板が立ち、建物の中には受付が見える。


飲み物や軽食を売っている店もある。


自動販売機まで並んでいた。


「普通にジュース売ってる」


「飲み物ないと困るでしょ」


「いや、そうなんだけど。ダンジョンと自販機が同じ景色にあるの、なんか変」


「ああ、それは最初ちょっと思ったかも」


「でしょ?」


みつみは嬉しそうに笑って、それから周囲を見回した。


「あ」


「今度はなに?」


「あの人、剣持ってる」


少し離れたところを、細長いケースを手にした男性が歩いていた。


その向こうには、長い杖らしきものを背負った女性もいる。


「ほんとにいるんだ……。普通に歩いてる」


「そりゃいるよ。ここまで来て何も持ってない方が珍しい人もいるし」


「なんかすご。急にそれっぽくなってきた」


「まだ入口だけどね」


「入口だからいいんじゃん。普通の駐車場に剣持った人がいるんだよ?」


千尋は笑いながら建物へ入っていく。


みつみも慌てて後を追った。


受付前には何人か並んでいた。


壁には大きな案内図と、注意事項が掲示されている。


禁止事項。


推奨装備。


緊急時の対応。


未成年者の入場について。


列に並んだみつみは、その一つ一つを目で追った。


「承諾書って、ちゃんとここにも書いてあるんだね」


「そりゃ書いてあるよ。未成年全員に必要なんだから」


「なんか急にちゃんとしてる」


「さっきからダンジョンを何だと思ってるの?」


「もっとこう……入るなら自己責任です、死んでも知りません、みたいな」


「そんな雑な施設に私が連れてくると思う?」


「思わないけど」


「ルールもあるし、受付もあるし、危ないからこそ管理されてるんだよ」


「なるほど……」


少しだけ、みつみの表情が真面目になる。


やがて列が進み、みつみの番になった。


受付で必要なものを出す。


クリアファイルから承諾書を取り出して渡す。


確認される。


待つ。


ほんの短い時間なのに、妙に緊張した。


「はい、大丈夫です」


「ありがとうございます」


受付を離れたところで、みつみが小さく息を吐く。


「通ったぁ」


「入試じゃないんだから」


「分かってるけど、なんか緊張したんだって。これでほんとに入れるんだよね?」


「入れるよ」


「この先に普通にモンスターがいる場所があるんだよね?」


「いるって。何回確認するの」


「だって受付のお姉さん普通だったじゃん。後ろにモンスターいる場所があるように見えない」


「受付の人が毎回緊張してたら仕事にならないでしょ」


「あ、そっか」


「みつみも何回か来れば慣れるよ」


「千尋も最初こんな感じだった?」


千尋は少し考える。


「ここまでじゃなかったと思う」


「えー」


「でも、初めて入るときは緊張したよ。中がどんな感じなのか分かんなかったし」


「じゃあ同じじゃん」


「まあ、そこはね」


それを聞いて、みつみは少しだけ安心した。





入場前に装備を整える場所があった。


みつみはリュックを下ろし、中身を確認する。


先日買ったライト。


手袋。


飲み物。


タオル。


着替え。


昼食。


「おにぎり持ってきたよ。ちゃんと朝作った」


「ほんとに作ったんだ」


「失礼な。おにぎりくらい普通に作れるし」


「床に落とさなかった?」


「落としてない!」


千尋が真顔で、


「できました」


と言った。


「それ言うなって!」


みつみが笑いながらリュックを閉じる。


「千尋のせいで、あの動画見るたび思い出しそう」


「いいじゃん。面白かったし」


「自分が作った料理だったら笑えないからね」


そんなことを話しながら、千尋も自分の装備を整え始めた。


そして。


みつみの視線が、その手元で止まった。


「……それ?」


「ん?」


「剣。それがショートソード?」


千尋の手には、鞘に収められた短い剣があった。


「そう。これ」


「ちょっと待って、ちゃんと見たい」


みつみがすぐ近くまで寄ってくる。


「近いって」


「だって昨日からずっと気になってたんだもん。これ千尋がほんとに使ってるの?」


「そうだよ」


「抜いていい?」


「私がね」


「分かってるよ。さすがに勝手に触らないって」


千尋は柄に手をかけ、数センチだけ刃を抜いた。


照明を受けて、金属の表面が光る。


みつみの目が丸くなる。


「おお……」


さっきまでの勢いが消えた。


じっと見る。


「……本物だ」


「本物だよ」


「これ、ほんとに切れるんだよね」


「切れるから触らないでね」


「触らないって。でも、なんか思ってたより……」


「なに?」


「かっこいい」


千尋が少し笑う。


「そう?」


「うん。ゲームの武器みたいなのに、本物なんだもん。千尋、これ持ってモンスターと戦うんでしょ?」


「まあね」


「すご」


千尋は刃を鞘へ戻した。


「みつみも、そのうち何か使うようになるかもね」


「私も?」


「続けるならね。何が合うかなんてまだ分かんないし、今日はそんなこと考えなくていいよ」


「剣がいい」


「もう決めたの?」


「だって今見たらかっこよかったし」


「そういう理由で決めない方がいいと思う」


「じゃあ何がいい?」


「だから、それはこれから」


「行けば分かる?」


「たぶん」


「便利だね、その言葉」


「でしょ」


千尋が装備を整えて立ち上がった。


「じゃ、そろそろ行こっか」


みつみも立ち上がる。


さっきまで笑っていたのに、その一言でまた胸の奥が少しざわついた。


「……うん。行く」





入口へ続く通路を歩く。


さっきまで聞こえていた人の声が、少しずつ遠くなっていった。


みつみも、いつの間にか口数が減っている。


前を歩く千尋の腰で、ショートソードの鞘が揺れていた。


やがて通路の先が暗くなる。


人工的な壁が途切れた。


その向こうに、岩肌が見える。


みつみの足が少し遅くなった。


「……千尋。ここから?」


「うん。ここからダンジョン」


さっきまでとは違う千尋の答えに、みつみは暗がりを見つめた。


「ライトつけよっか」


「あ、うん」


みつみはヘッドライトを取り出した。


頭につける。


スイッチを押す。


白い光が、前方の岩肌を照らした。


一度鏡で見た自分の姿を思い出す。


「……やっぱこれ、ダサくない?」


「ここまで来てまだ言う?」


「最後に確認しとこうかなって」


「誰も気にしないよ。私もつけるし」


千尋も自分のライトを装着する。


それを見て、みつみが笑った。


「じゃあいいや。二人ともダサいし」


「帰る?」


「ごめんなさい」


短く笑い合う。


それで少しだけ緊張がほどけた。


千尋が先へ進んだ。


みつみも、その後を追う。


一歩。


靴底の感触が変わった。


さっきまでの平らな床じゃない。


硬くて、少しでこぼこした岩。


買ったばかりの靴の底が、ざり、と小さく鳴った。


「……おお」


思わず声が出た。


もう一歩。


今度はわざと踏みしめてみる。


ざり。


「千尋」


「なに?」


「地面、岩だ」


「見れば分かるでしょ」


「そうじゃなくてさ。なんていうか……ほんとに岩の上歩いてる」


うまく説明できない。


岩なんて珍しくもない。


河原にだってある。


山にだってある。


でも、これはダンジョンの岩だ。


みつみは顔を上げた。


入口から差し込んでいた光が、数歩進んだだけでずいぶん遠くなっている。


代わりに、額のライトが岩壁を白く照らしていた。


顔を向ければ光も動く。


ごつごつした壁。


そのまま上を見る。


岩の天井。


横へ向ける。


少し先で道が曲がっていて、その向こうは見えない。


「……すご」


声が小さく響いた。


みつみが瞬きをする。


「あ、今の響いた」


「洞窟だからね」


「ちょっと待って。もう一回やっていい?」


「何を?」


みつみは少しだけ奥へ向かって、


「おーい」


と言った。


おーい。


微かに声が返ってくる。


みつみの顔が明るくなった。


「聞いた!? 返ってきた!」


「聞こえたよ。隣にいるんだから」


「すごい。ほんとに洞窟じゃん」


「ダンジョンだけどね」


「分かってるよ!」


千尋が笑う。


みつみも笑った。


そのとき。


ぴちゃん。


どこかで水が落ちた。


みつみが黙る。


「……今のなに?」


「水じゃない?」


二人とも足を止める。


ぴちゃん。


もう一度。


今度は、はっきり聞こえた。


みつみは何も言わずに周囲を見回した。


湿った土と岩の匂い。


外より少しひんやりした空気。


自分たちの足音。


遠くで落ちる水の音。


額のライトが照らしている場所だけが明るく、その外側には本物の暗闇がある。


画面の明るさを下げた黒ではない。


そこに何があるのか、自分の目では分からない暗さ。


みつみはゆっくり後ろを振り返った。


入口が見える。


まだ、ほんの少ししか歩いていない。


戻ろうと思えば、すぐ戻れる距離だ。


あそこを抜ければ受付がある。


売店がある。


自動販売機がある。


駐車場があって、その先には道路があって、コンビニもあって、電車も走っている。


さっきまで、自分はそこにいた。


前を見る。


暗い。


ライトを向けても、その光が届くところまでしか見えない。


道は途中で曲がり、その先は完全に隠れている。


「……変なの」


千尋が振り返る。


「何が?」


「さっきまで普通だったじゃん。駐車場があって、受付があって、お店で飲み物とか売っててさ」


「うん」


「そこからちょっと歩いただけなのに、急にこんなとこにいる」


みつみはライトを奥へ向けた。


「ほんとに別の場所に来たみたい」


千尋は少しだけ奥を見てから、みつみへ視線を戻した。


「最初はそう感じるかもね」


「千尋はもう思わない?」


「慣れたから。でも、初めて入ったときは私もずっと周り見てたよ」


「やっぱり?」


「こんな感じじゃなかったけど」


「またそれ言う」


二人で小さく笑う。


でも、みつみの視線はすぐに暗闇へ戻った。


動画で見たことはある。


ゲームなら、もっとすごいダンジョンをいくつも歩いた。


巨大な地下神殿。


溶岩が流れる洞窟。


空に浮かぶ迷宮。


画面の中なら、もっと派手で、もっと綺麗で、もっと不思議な場所をいくらでも知っている。


けれど。


画面の中では、冷たい空気は頬に触れない。


湿った岩の匂いもしない。


自分が黙った瞬間、水の音だけが残ったりもしない。


暗い道を見ても、その先に本当に何かがいるかもしれないとは思わない。


今は違う。


この先には、自分の知らない場所が本当に続いている。


モンスターがいる。


千尋が何度も歩いた道がある。


自分はまだ、その何ひとつ見ていない。


みつみは足元へライトを向けた。


買ったばかりの靴。


その先に、千尋の履き慣れた靴。


さらにその向こうに、まだ歩いたことのない道。


なんだか急に笑いたくなった。


「千尋」


「ん?」


「私いま、ダンジョンの中にいるんだよね」


千尋が一瞬だけみつみを見る。


それから笑った。


「いるよ。ちゃんと」


「マジで?」


「マジで」


「……そっか」


みつみはもう一度、奥を見る。


怖い。


さっきより暗闇が怖く見える。


でも。


その先に何があるのか知りたい。


その気持ちの方が、ずっと大きかった。


「……すご」


さっきから、それしか出てこない。


もっと何か言えそうなのに、ちょうどいい言葉が見つからなかった。


だから、それでいい気がした。


「ほんとにダンジョンだ」


千尋が笑う。


「だから言ったじゃん」


「分かってるけど、外から知ってるのと中にいるの、全然違うんだって!」


「はいはい」


「はいはいじゃないし」


「じゃあ、もうちょっと行ってみる?」


みつみは暗い道を見る。


少しだけ息を吸った。


「うん。行こ」


今度は千尋に続くのではなく、みつみの方から一歩を踏み出した。

次回、みつみと千尋、二度目のダンジョンへ!


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