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第49話 予定表に、雪が降る

 十二月も後半になると、教室の中までなんとなく年末っぽくなっていた。


 窓際は冷えるのに、暖房の近くは暑い。冬休みまでの予定が書かれたプリントが教室の後ろに貼られ、昼休みになれば、クリスマスや年末にどこへ行くかという話もあちこちから聞こえてくる。


 そんな中、みつみは弁当を食べながらスマートフォンを見ていた。


「そういえば、あのカニミソどうなったの?」


 佳奈子がパンの袋を開けながら聞いた。


「……駄目になった」


「え?」


 狩造ダンジョンでジャイアントシェルクラブを倒したときに手に入れた、巨大カニミソ。


 持ち帰ったまではよかったものの、モンスターから出たカニミソを本当に食べていいのか誰も決心がつかず、そのまま日が経ってしまった。


「で、昨日ちょっと調べたんだけど」


 志帆がスマートフォンを四人の真ん中へ置いた。


「これ、かなり美味しいらしいわよ。しかも結構高く売れる」


「今さら?」


 千尋が画面を覗き込む。


「私だって昨日知ったのよ」


「食べればよかった」


 みつみが言うと、佳奈子がパンを一口かじった。


「もう腐ったけどね」


「それ言わないで」


 みつみは少しだけ画面を見つめてから、自分のスマートフォンへ戻った。


「今年も出てるって」


 向かいで卵焼きを箸でつまんでいた千尋が、画面へ目を向ける。


「何が?」


「クリダン。今年の場所、もう出てる」


「ああ、クリスマスダンジョン」


 名前を聞いた佳奈子が、隣の席から椅子ごと少し寄った。


「今年どこ?」


「広戸区。ベイエリアの――ここ」


 みつみが地図を開き、三人から見えるようにスマートフォンを机の真ん中へ置く。東京都広戸区の湾岸部に、今年の入口が見つかった場所を示す案内が出ていた。


 毎年、十一月の後半から十二月の後半にだけ現れる季節限定のダンジョン。出現するのは同じ広戸区のベイエリアでも、入口の位置は毎年変わるらしい。


「これ、まだ行ったことないよね?」


「私はない。前に家で行こうって話になったことはあるけど、結局行かなかった」


 千尋は答えながら、自分のスマートフォンでも検索を始めた。


 みつみが案内ページから写真を開く。


 雪の積もった街路の両側に建物が並び、街灯の向こうまで色とりどりの灯りが続いている。空は暗いのに、雪の白さのおかげか道は思ったより明るく見えた。


「うわ、いいじゃん」


 佳奈子がパンを持ったまま画面へ顔を寄せる。


「これ写真撮りたい。中ずっとこんな感じなの?」


「雪の夜の街みたいな景色なのは有名ね」


 志帆も自分のスマートフォンを出したが、すぐに別の写真を見つけてみつみの隣へ置いた。


「ほら。この辺は建物より灯りが多いわ。星とか鈴みたいな飾りもある」


「クリスマスの街なんでしょ?」


「そう呼んでいるのは人間側よ。正式名称はないみたい」


「え、ないの?」


 今度はみつみが志帆の画面を覗き込む。


 志帆も少し意外そうに表示を読み直した。


「ダンジョン自体がクリスマスを名乗っているわけじゃないのね。出る時期と中の景色がそれっぽいから、こっちが勝手に呼び始めたみたい」


「でも、これでクリスマスじゃないって言われても困るんだけど」


 佳奈子がみつみの画面を指で送る。


 次の写真にも雪の道と街灯、その奥には贈り物の箱を思わせるものまで写っていた。


「ほぼクリスマスじゃん」


「だからクリダンなんでしょ」


 千尋が笑い、検索結果を見せる。


「略し方まで普通に定着してるね」


「行きたい」


 みつみが写真から目を離さないまま言った。


 佳奈子もまだ画面を送っている。


「私も予定が合えば行きたい。イルミ見に行くより面白そう」


「比較するものなの、それ」


「雪降ってて、光ってて、写真撮れるなら似たようなとこあるでしょ。こっちはモンスターもいるけど」


「最後ので全然違わない?」


 みつみが笑う。


 千尋は二人の画面を見比べながら、カレンダーを開いた。


「行くなら早めに決めたほうがいいんじゃない? もう十二月後半だし、ずっとあるわけじゃないから」


「じゃあ次の休み」


 みつみもすぐカレンダーへ移る。


「私は無理」


 佳奈子があっさり言った。


「その日、前から予定ある。次の休みもたぶん駄目」


「二回とも?」


「年末なんだから予定くらいあるよ。むしろみつみ、何もないの?」


「あるかもしれない」


「確認してから言いなよ」


 みつみは少し考え、自分の予定を開き直した。


「……何もなかった」


「だと思った」


 佳奈子は笑ってパンへ戻る。


 千尋も自分の空いている日を見たあと、志帆へ視線を向けた。


「私は次も、その次も大丈夫。志帆は?」


「次は空いてる。その次は午後から予定があるけれど、朝からなら動けるわ」


「じゃあ、今回は三人で行く?」


 みつみが聞くと、佳奈子はすぐ頷いた。


「行ってきていいよ。あとで写真見せて。私も中どんなだったかは見たいし」


「じゃあ次の休みかな」


 千尋が日付を確認する。


「朝からなら一日使えるし、そのほうが楽そう」


「また朝早い?」


 狩造へ行った日のことを思い出したのか、佳奈子が自分は行かないのに嫌そうな顔をする。


「広戸区なら狩造ほどじゃないでしょ」


「七時集合とかだったら、行かなくても嫌だなって思う」


「なんで佳奈子まで嫌がるの」


「気持ちの問題」


 千尋が吹き出した。


 志帆は今年の案内ページを見ながら、雪の街の写真を何枚か保存している。


「攻略情報までは今見なくてもいいけれど、内部がどのくらい広いのかは気になるわね。街一つ分なのか、街っぽい区画が続くのかでも全然違うでしょうし」


「それ、行ってから見ればよくない?」


 千尋が言うと、志帆が顔を上げた。


「事前に分かるなら知りたいの」


「私は分かんなくてもいいかな。初めて行くなら、その場で見たほうが面白そう」


「私は写真もっと見たい」


 みつみがすでに次の画像を開いている。


「千尋のそれも、クリダンで試せばいいじゃん」


「それ?」


「LV10で増えたやつ。エクストラ……なんだっけ」


「《エクストラセンス》」


「あ、それ」


 佳奈子がパンを置き、千尋を見る。


「なんか分かるスキルだっけ?」


「なんか、までしか分かんない」


「何それ」


 佳奈子が笑い、志帆も画面から顔を上げた。


 千尋は肩をすくめる。


「私もまだ分かんないんだって。使うと、何か変とか、ちょっと危ないかもとか、そういうのを感じるらしいんだけど、何があるとか、どこにあるとかまでは分かんないみたい」


「気配察知とは違うの?」


「違うっぽい。気配察知は相手の方向とか距離が分かるけど、こっちはそもそも何に引っかかったのかも分からないことがあるみたい」


「余計分かんなくなった」


 佳奈子に言われ、千尋自身も笑った。


「だから使ってみたいんだよ。説明だけ読んでも、どんな感じなのか全然想像つかないし」


「いいじゃん。新しいダンジョンで新しいスキル」


 みつみがすぐ乗る。


 志帆も少し考えたあと、千尋へ向けていたスマートフォンを伏せた。


「そこまで曖昧な感覚なら、何度か使って自分で基準を作るしかなさそうね。分かったことがあったらあとで教えて」


「志帆も一緒にいるでしょ」


「あ、そうだった」


「もう調べる側になってるじゃん」


「違うわよ。気になっただけ」


 佳奈子が横で笑いながら飲み物のストローをくわえる。


「じゃあ三人で試してきて。千尋が『なんかある』って言い出して、何もなかったらそれも教えて」


「それ普通にありそうなんだよね」


「楽しそう」


「みつみは何もなくても行きそうだから困る」


「だって気になるじゃん」


 三人で行く日を決めかけたところで、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。


 教室のあちこちで椅子が動き、それまで別の場所で食べていた生徒たちも自分の席へ戻り始める。


「じゃあ、とりあえず次の休み?」


 千尋がスマートフォンをしまいながら確認する。


「うん。時間はあとで決めよう」


 みつみも弁当箱を片づけた。


「写真いっぱい撮ってきて」


 佳奈子は最後にそう言って、自分の椅子を元の場所へ戻した。


 四人の話はいったんそこで終わった。


     ◇


 放課後。


 終礼が終わって教室が一気に騒がしくなると、千尋は帰る準備をしながら昼に決めかけた日を四人のチャットへ送った。


『この日でいい?』


 すぐ横にいるのに、みつみがスマートフォンを取り出す。


「いいよ」


「口で言えばいいじゃん」


「チャットにも返したほうが分かりやすいかと思って」


 画面には、みつみから『いける』と返信が届いた。


「口と同じじゃん」


「分かりやすいでしょ」


 千尋が笑っているところへ、志帆もバッグを持ってやってくる。


「私は大丈夫。昼に確認したから変わってないわよ」


「一応残しとこうと思って」


 千尋がそう返したとき、少し離れた自分の席でスマートフォンを見ていた佳奈子が顔を上げた。


「待って」


 三人がそちらを見る。


「昼のクリダンなんだけど、この日なら私も行けるかも」


 佳奈子が見せたのは、三人で決めかけた日とは別の日だった。冬休みに入ってすぐのところに予定が一つ入っている。


「そこ、予定あるって言ってなかった?」


 みつみが聞く。


「あるんだけど、時間ちゃんと見たら夜からだった。夕方までに戻れるなら、その前は空いてる」


「なんだ」


「昼、予定あるってとこしか見てなかった」


 佳奈子は学校の予定表も開き、日付を見比べる。


「ここもう休みでしょ? 朝から行けるなら、結構時間あるよね」


「待って、私もそこ空いてる」


 みつみが自分のカレンダーを確かめる。


 千尋も昼に見た予定をもう一度開いた。


「私も大丈夫。志帆は?」


「……そこなら私も空いてるわ」


 四人の画面に、同じ日付が並んだ。


「じゃあ四人いけるじゃん」


 みつみがぱっと笑う。


「一日だけあったね」


 千尋も、さっき送った三人用の日付を取り消して別の日をチャットへ送った。


 志帆は自分のカレンダーへ予定を入れながら、佳奈子を見る。


「昼の時点では完全に三人で行くつもりだったわね」


「別にそれでもよかったけどね。でも行けるなら行く」


 佳奈子は自分の予定にも『クリダン』と入れた。


「写真だけ見せてもらうより、自分で見たいし。あの雪の通り、普通に気になる」


「それならいっぱい撮ろうよ」


「みつみ、絶対途中で写真忘れて先行くでしょ」


「忘れないよ」


「狩造でジャイアントシェルクラブ撮り忘れてたじゃん」


「あれは戦ってたから!」


 千尋が笑いながら、昼に見ていたクリダンのページをもう一度開いた。


「集合時間はどうする? 佳奈子が夕方までなら、向こうに長くいたいなら朝はそれなりに早いほうがいいけど」


「七時は嫌」


「まだ言ってない」


「先に言っとく」


 佳奈子はバッグを肩へ掛ける。


「でも、狩造みたいに遠くないんでしょ。普通の時間で行けるなら全然いい」


「普通の時間って何時?」


 みつみが聞くと、佳奈子は少し考えた。


「八時半以降」


「細かい」


「八時二十九分は嫌」


「そこまで?」


「それは嘘」


 佳奈子が笑い、みつみも笑った。


 志帆は二人のやり取りを聞きながら、スマートフォンの写真を一枚開く。雪の積もった街路が、暗い空の下で色とりどりに光っていた。


「靴、どうする?」


「また靴?」


 千尋が横から画面を覗く。


「狩造は水だったけど、今度は雪でしょ。ダンジョンの中の雪が普通の雪と同じかも分からないし、滑るなら一応考えたほうがよくない?」


「それは行ってから――」


「見る、でしょ?」


 志帆が先に言うと、千尋は笑った。


「うん。実際踏んでみないと分かんないし」


「千尋、エクストラセンスもそれ言ってた」


「だって分かんないものは試すしかないじゃん」


 千尋はそう言って、今年の入口が表示された地図を閉じる。


「じゃあ日だけ確定。細かいのはあとで決めよう」


「決まり」


 みつみもカレンダーを開き、その日に『クリダン』と入力した。


 雪の街がどんな場所で、写真で見た灯りが実際にはどう見えるのかも、千尋の新しいスキルで何を感じるのかも、まだ分からない。でも、行く日は決まった。


 教室を出る直前まで、四人のスマートフォンには同じ雪の街が映っていた。


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