第44話 矢筒とグミとプリクラと
「みつみ、今日帰り付き合って」
帰りのホームルームが終わって、机の中の教科書をバッグへ入れていたみつみは顔を上げた。
佳奈子がスマートフォンをこちらへ向けている。画面に映っていたのは、黒いベルトと矢筒が一体になったような装備だった。
「これ見に行きたい」
「矢筒?」
「矢筒っていうか、ハーネス付きのやつ。前に話してたじゃん。動いても邪魔になりにくいやつ欲しいって」
「ああ、スマホも入るやつ」
「そう。それ」
みつみがバッグのファスナーを閉める。
「行く」
「早」
「今日予定ないし」
少し離れた席で帰り支度をしていた千尋と志帆にも声をかけ、四人は一緒に教室を出た。校門まで来たところで二人と別れ、みつみと佳奈子は駅のほうへ歩いていく。
佳奈子は歩きながら、さっきの画面をもう一度開いた。
「候補は三つくらいあるんだよね。ネットで見ても分かんないから、背負って決めたい」
「全部黒い」
「ベースはね。ピンク入ってるのもあった」
「じゃあそれ」
「まだ見た目しか見てないじゃん」
「かわいいほうがよくない?」
「かわいくて使いやすいのがいい」
そう言いながら、佳奈子は画面を横へ送っていく。
前に四人で次の装備の話をしたときは、まだ「そういうのがあるなら欲しいかも」くらいだった。それから自分で探していたらしい。
みつみは横からスマートフォンを覗き込んだ。
「これポケットいっぱいある」
「多すぎるのも嫌なんだよね。入るからって入れたら重くなるし」
「じゃあ少ないほう」
「少なすぎると今と変わんないし」
「難しい」
「だから見に行くの」
佳奈子が笑ってスマートフォンをしまった。
◇
ダンジョン用品店へ入ると、佳奈子は武器の並ぶほうにはほとんど目を向けなかった。
防具やバッグ、ベルト類が並んでいる一角へまっすぐ進み、壁に吊られた矢筒を順番に見ていく。みつみも隣へついていったものの、途中で杖用のケースが目に入り、一度だけ足が遅くなった。
「みつみ」
「見てるだけ」
「まだ何も言ってないけど」
「今の杖あるから買わないよ」
そう言ってから、みつみはもう一度だけケースを見て、佳奈子の隣へ戻った。
最初に佳奈子が手に取ったのは、背中全体を覆うような大きめのハーネスだった。矢筒だけでなく、左右にもいくつものポケットがついている。
「これ、すごい入る」
「いっぱい入るね」
「でも大きいなあ」
試着して鏡の前に立つと、佳奈子は身体を左右へひねり、肩越しに矢を抜くように腕を動かした。
みつみは後ろへ回る。
「なんか強そう」
「何が?」
「装備いっぱいついてるから」
「それは分かるけど、私こんなに持っていかないよ」
佳奈子は腰の横に並んだポケットを一つずつ触った。大きいもの、小さいもの、細長いものまでついている。
「傷薬と飲み物とスマホと、あとちょっと入ればいいし。これ全部埋めようとしたら、逆に何持ってくか考えるの面倒」
「空でよくない?」
「だったらこんな大きいの買わなくてよくない?」
「あ、そっか」
佳奈子は外して元の場所へ戻した。
二つ目はもっと軽く、腰のベルトに矢筒を固定するだけのものだった。矢は取りやすそうだったが、小物を入れる場所がほとんどない。
「これは?」
「動きやすそう」
佳奈子が装着し、売り場に置かれている試着用の矢を一本抜いてみる。
「取りやすい」
「いいじゃん」
「でもスマホ入らない」
「ポケットに入れれば?」
「ダンジョンで普通のポケットに入れたくないんだよね。落としそうだし、バッグに入れると出すの面倒だし」
佳奈子は自分のスマートフォンを取り出し、腰のあたりで持ってみる。
「写真撮るときとか、地図見るときとか、すぐ出したいじゃん」
「それは分かる」
「でしょ」
佳奈子は二つ目も元の場所へ戻した。
三つ目を見つけたのは、みつみだった。
「あ、ピンク」
「そこ?」
壁の少し端に、黒をベースに細いピンクのラインが入ったハーネスが吊られていた。
佳奈子が手に取る。背中の片側へ斜めに矢筒が固定され、腰まで伸びたベルトには小さな収納がいくつかついている。さっきのものほど大きくはない。
「これ、ネットで見てたやつかも」
佳奈子はタグを確かめ、そのまま試着した。
肩と腰のベルトを合わせると、矢筒が背中の中央ではなく少し外側へ寄る。佳奈子が腕を上げると、手がそのまま開口部へ届いた。
「みつみ、後ろ見て。変じゃない?」
「変じゃない。ちょっとこっち浮いてる」
「どこ?」
「ここ」
みつみが背中側のベルトを指でつまむ。
佳奈子は鏡越しに確認して、脇の調整部分を引いた。ベルトが身体に沿い、矢筒の揺れも小さくなる。
「これなら走ってもバタバタしなさそう」
試着用の矢を何度か抜き差ししたあと、今度は腰のポケットへ自分のスマートフォンを入れた。
蓋を閉めて、一歩歩く。
もう一度取り出す。
「これ便利じゃん」
声が少しだけ大きくなった。
「入った?」
「普通に入る。しかも片手で出せる」
佳奈子はもう一度しまって、今度は隣の細長いポケットを開けた。
「こっちは飲み物入るかな」
「ペットボトル?」
「小さいのならいけそう。あと傷薬もここでよくない?」
さっきまで一つずつ比べていたのに、急に確認する速度が上がった。
側面に付いた留め具を見つけると、近くに置かれていた試着用の弓を借りて固定してみる。手を離しても弓が身体の横で収まり、両手が空いた。
「これもいい」
「両手使える」
「そう。弓持ったままスマホ出すの、地味にやりにくかったんだよね」
佳奈子はそのまま少し歩き、身体をひねって背中を確認した。
「矢筒もあんまり動かないし、これにしようかな」
「ピンクだし」
「そこもいいけど」
「大事でしょ」
「大事だけど、一番じゃない」
佳奈子は笑いながら値札を確認し、もう一度鏡を見る。
迷っているというより、最後に納得するところを探しているようだった。
「うん。これにする」
自分でベルトを外し、商品を抱える。
みつみは空いた壁を見てから、佳奈子の手元へ目を戻した。
「次使うとき、貸して」
「何に使うの」
「背負ってみたい」
「矢使わないじゃん」
「でも便利そう」
「別にいいけど、みつみ絶対ポケットに変なもの入れるでしょ」
「入れないよ」
「石とか」
「……きれいだったら入れるかも」
「ほら」
会計へ向かいながら、二人で笑った。
◇
用品店を出たあと、まっすぐ駅へ向かったのは最初の数分だけだった。
「ちょっとあっち見ていい?」
今度は佳奈子が足を止めた。
通り沿いの雑貨店の前に、スマートフォンケースやアクセサリ、小さなバッグが並んでいる。
「いいよ」
さっきまでダンジョン用品を見ていた二人は、そのまま隣の店へ入った。
佳奈子は新しく並んだスマートフォンケースを見始め、みつみは近くにあったヘアアクセサリの棚へ寄っていく。
「これ何に使うの?」
「普通に髪留めるやつでしょ」
「ここ開く」
「そりゃ開くよ」
みつみが手にしていたのは、大きめのクリップだった。
「佳奈子、こういうの使う?」
「使うよ。家でも使うし」
「へえ」
「その『へえ』何」
「佳奈子の家見たことないから」
「そりゃそうでしょ」
佳奈子が笑いながら近づいてきて、みつみの手からクリップを受け取った。
「こうやって使うの」
自分の髪を軽くまとめて留める。
「おお」
「いや、そんな珍しいものじゃないから」
「でも使ったことない」
「じゃあやる?」
「やる」
佳奈子がクリップを外し、今度はみつみの髪へ手を伸ばした。
「ちょっと後ろ向いて」
言われた通りにすると、髪を軽く集められる感触がして、すぐに手が離れる。
「はい」
みつみは近くの鏡を見る。
「なんか違う」
「髪型変えたんだから違うでしょ」
「大人っぽい?」
「そこまで変わってない」
「じゃあ戻す」
「早っ」
みつみは笑いながらクリップを外した。
佳奈子はそのまま別の棚へ移り、小さなポーチを手に取る。みつみもついていったが、途中で今度は菓子の並ぶ棚に気づいた。
「これ見て」
「今度は何?」
「グミ。すごい酸っぱいって書いてある」
「私はいらない」
「まだ食べてないよ」
「酸っぱいの今いい」
「じゃあ私だけ買う」
「どうぞ」
佳奈子はポーチを見比べ、みつみはグミを持ったまま別の菓子も見る。
同じ店にいるのに、見ているものはほとんど違っていた。
それでもどちらかが「これ」と言えば、もう片方は一度くらいは覗きに来る。
結局、佳奈子は何も買わず、みつみだけが酸っぱいグミを一袋買った。
店を出てすぐ、みつみは袋を開ける。
「食べる?」
「いらないって言ったじゃん」
「一個だけ」
「酸っぱいんでしょ?」
「たぶん」
「先に食べて」
みつみが一つ口へ入れた。
数秒後、眉間にしわが寄る。
「すっぱ」
「やっぱり」
「でもおいしい」
「じゃあ一個」
「食べるんじゃん」
「おいしいならね」
一粒渡す。
佳奈子も口へ入れ、すぐに顔をしかめた。
「すっぱ!」
「でしょ?」
「思ったより酸っぱい」
「もう一個いる?」
「今はいらない」
袋を持ったまま笑っていたみつみの横で、佳奈子もまだ少し顔をしかめている。
「喉乾いた」
「私も」
「なんか飲んで帰ろ」
「うん」
今度は佳奈子が先に歩き出した。
◇
二人は駅へ向かう途中の店に入り、飲み物と軽いものを頼んだ。
窓際の席へ座ると、佳奈子は用品店の袋を隣の椅子へ置き、スマートフォンを出した。
「写真撮っとけばよかった」
「何の?」
「ハーネス。つけてるとこ」
「店戻る?」
「戻らないよ。家で撮ればいいし」
みつみは自分の飲み物を混ぜながら、さっき買ったグミをテーブルへ置いた。
「これも写す?」
「なんで?」
「今日買ったもの」
「一緒にしなくていいでしょ」
そう言いながら、佳奈子はグミの袋を少し端へ寄せ、自分の飲み物を撮った。
みつみもスマートフォンを出し、同じように一枚撮る。
撮った直後、佳奈子の画面に通知が出た。
「千尋から」
「何?」
「今日どうだったって」
佳奈子は買ったハーネスの商品ページをもう一度開き、その画面を送った。
「『これ買った』でいいや」
「志帆にも?」
「四人のとこに送った」
すぐに既読が二つつく。
みつみのスマートフォンにも同じ画面が表示され、少しして千尋から短い返事が来た。
『よさそうじゃん』
続いて志帆からも届く。
『実際に固定したときの位置、今度見せて』
「志帆っぽい」
「絶対細かく見るじゃん」
佳奈子は笑いながら、
『見るだけならいいよ』
と返した。
みつみはグミを一つ食べる。
「次使うの楽しみ?」
「うん。矢筒直す回数減るだけでもかなり楽だと思う」
「スマホもすぐ出せる」
「それ。あと弓固定できるのがいい。両手空くの普通に便利」
言いながら佳奈子は隣の袋を見た。
「早く一回使ってみたい」
「じゃあ次持ってこ」
「持ってくよ。買ったんだから」
当然という顔で返してから、佳奈子はみつみの前のグミへ手を伸ばした。
「もう一個ちょうだい」
「酸っぱいよ」
「分かってる」
みつみが袋を差し出す。
佳奈子は一粒取って口へ入れ、また同じように顔をしかめた。
「やっぱ酸っぱい」
「でも二個目」
「たまに食べるならおいしい」
「じゃあもう一個?」
「それはいらない」
店を出るころには、外は少し暗くなり始めていた。
佳奈子はダンジョン用品店の袋を持ち、みつみは半分ほど残ったグミをバッグへしまう。
駅へ向かって歩き出したところで、佳奈子が足を止めた。
「あ」
「何?」
「プリクラ、新しいやつ入ってる」
少し先にあるプリントシール機の見本を指している。
「撮る?」
「撮る」
今度はみつみが迷わずそちらへ向かった。
ダンジョン用品店で始まった二人の放課後は、まだもう少しだけ続いた。




