第43話 押しも押されぬ仲
前回来たときに写真を撮って帰った、大きな石扉。
三人でその前の仕掛けを試していると、低い音を立てながら左右へ開いていった。
「おお……」
みつみは開ききるのを待てず、できた隙間から向こうを覗き込んだ。
「広っ」
扉の先にあったのは、これまでの鳴田南とはまるで違う空間だった。
円形の広間は学校の体育館よりずっと広く、天井も高い。床は入口から数メートル先で途切れ、その向こうには深い穴が広がっている。底は暗く、ここからではよく見えない。
その穴の上には、大小いくつもの石の足場が浮いていた。
「浮いてる」
「浮いてるわね」
「どうやって?」
「それは分からない」
志帆は即答しながら、もうスマートフォンを取り出している。
「あれ」
千尋が広間の奥を指した。
穴の向こう側。かなり離れた壁際に、青白く光る四角い枠が見える。
「ゲート?」
「たぶん」
「じゃあ、あそこまで行けばクリア?」
みつみの声が弾んだ。
「その前に道がないけどね」
千尋が入口脇へ歩いていく。壁から突き出した石の棒を見つけ、しゃがみ込んだ。
「これ動きそう」
「待って、写真撮る」
「撮った?」
「今撮るから――はい」
「じゃ、動かすよ」
千尋が石の棒を横へ倒した。
ゴゴゴゴ、と広間全体に重い音が響く。
「うわっ」
目の前に浮いていた石の足場が、ゆっくり横へ滑っていく。代わりに右奥にあった別の足場が近づき、入口の床との間が、人ひとりなら飛び移れそうな距離まで縮まった。
三人とも、その動きを黙って目で追った。
「……乗れるね」
「乗る?」
「乗る」
「私も」
「じゃあ行こ」
最初に千尋が飛び移った。石の足場はびくともせず、続いてみつみ、志帆が乗っても高さは変わらない。
足場の中央には、今度は丸い石盤があった。
「これも動かすやつじゃない?」
みつみが杖を脇へ寄せ、両手をかける。
「回すよ」
「もうちょっと観察してからでも――」
「えい」
石盤が回った。
ガコン、と足元から振動が伝わり、三人を乗せた足場そのものがゆっくり動き始める。
「動いた!」
「ちょ、どこ行くのこれ」
「知らない!」
足場は前へ進み、途中から左へ曲がった。さっきまで遠かった別の足場が近づいてくる。
みつみは縁まで行って下を覗き込み、すぐに千尋にバッグをつかまれた。
「落ちるって」
「底見えるかなって」
「見えなくていいから」
「これ、面白いわね」
志帆は二人ではなく、足元の石盤を見ていた。しゃがんで刻まれた溝を指でなぞる。
「回す向きで進む方向が変わるのかしら。それとも、足場ごとに決まった軌道が――」
「志帆、着くよ」
石同士が低い音を立てて止まり、二つの足場の間がほとんどなくなった。
「行こ」
今度はみつみが先に隣へ移った。
そこには三本の短いレバーが並んでいた。
「三つある」
「全部やってみれば?」
「それが一番早い」
「待って。せめて一本ずつ――」
みつみが一本目を倒すと、遠くで石の擦れる音がした。
「あっち動いた」
千尋が指した先で、二つの足場が入れ替わっている。
二本目を倒す。
今度は自分たちの足場が少し下がった。
「おお」
「下がるのもあるんだ」
「みつみ、三本目はちょっと待って。今ので下の足場へ行ける」
「ほんとだ」
三人の視線が、一段下へ移る。
そこから先は、考えるより動く時間になった。
レバーを倒せば足場が寄り、飛び移った先で石盤を回せば、今度は足場ごと別の場所へ運ばれていく。思った場所へ着くこともあれば、全然違う場所へ連れていかれることもあった。
一度、千尋だけが先の足場へ渡ったところで、みつみが別の石盤を回した。
「あ」
「みつみ」
千尋を乗せた足場が、ゆっくり遠ざかっていく。
「待って、戻す戻す」
「それ逆じゃない?」
「え?」
「さらに離れてる!」
向こうから千尋の声が飛んでくる。
志帆が石盤の反対側へ手をかけた。
「こっち。たぶん逆へ回せば戻る」
「よし」
二人で回すと、足場は一度止まり、今度はゆっくり戻ってきた。
千尋がこちらへ飛び移る。
「置いてかれるかと思った」
「ごめん」
「絶対ちょっと笑ってたでしょ」
「ちょっとだけ」
「私も少し面白かったわ」
「志帆まで?」
三人で笑いながら、次の足場へ移る。
何度か動かしているうちに、操作にも少しずつ慣れてきた。どれを動かせばどこへ行くか、全部覚える必要はない。見える範囲で次に渡れそうな場所を探して、違ったら戻せばいい。
最初はスマートフォンで記録していた志帆も、いつの間にか画面を見る時間より、石盤やレバーに触れている時間のほうが長くなっていた。
「次、あれじゃない?」
千尋が少し上にある足場を指す。
「届く?」
「今なら無理。でもこっち動かしたら――」
「やってみよ」
みつみがレバーへ走りかける。
「待って。私が先に向こうへ乗る」
志帆が隣の足場へ移った。
「動いた先に操作台がある。そこから次を動かせるかもしれない」
「じゃあ志帆運ぶよ」
「運ぶって言い方やめて」
みつみがレバーを倒すと、志帆を乗せた足場がゆっくり上昇した。
「おおー!」
みつみが下から手を振る。
「どう?」
「いい眺めよ。あと、そっちから見えなかった足場が二つある」
「どっち行けそう?」
「待って。……右。右のほうに石盤がある」
「じゃあそっち!」
足場を動かし、合流し、また離れる。
三人が同じ場所にいる時間のほうが少なくなっていった。それでも声は広間の中でよく響く。
「千尋、そっち何ある?」
「レバー一本! あと――」
千尋の声が途中で止まった。
「いる」
「何?」
「下。プチゴーレム」
みつみが縁から覗く。
一段低い足場の上を、腰ほどの高さの石の塊が歩いていた。太い腕と短い脚。頭らしい部分は胴体へ直接乗っていて、足を踏み出すたびに、ごつ、ごつ、と石同士がぶつかるような音がする。
「初めて見た」
「鳴田南には出るって書いてあったやつね」
志帆も覗き込む。
プチゴーレムが顔を上げた。
三人と目が合った――ような気がした。
「来る?」
「来られなくない?」
みつみが言った直後、プチゴーレムのいる足場が動き始めた。
「あ、来るんだ」
「誰か操作した?」
「してない」
別の場所にある機構が動いたのか、足場はゆっくりこちらへ近づいてくる。
千尋がショートソードを抜いた。
「じゃあ倒す?」
「待って」
志帆がプチゴーレムを見る。
「せっかくだから、少し離れてみない?」
「なんで?」
「この足場、まだ先へ動かせるでしょう。追ってくるなら、それも面白そう」
みつみはすぐに石盤へ手を置いた。
「逃走中?」
「追跡される側だけどね」
「やろ」
「決まり」
千尋も剣をしまった。
三人の足場が動き出す。
少し遅れてプチゴーレムの足場も別の足場へ接近し、石の身体が乗り移った。こちらへ向かってくる。
「来てる来てる」
「思ったよりちゃんと追ってくるね」
「次、左!」
そこからは、さっきまでとは別の遊びになった。
足場を渡るたびに後ろを見て、プチゴーレムがどこまで来たか確かめる。離れたと思えば、別の足場が動いて急に距離を詰めてくる。
千尋が振り返り、プチゴーレムへ手を向けた。
「《マーキング》」
「これで見えなくなっても分かる?」
「うん。右奥。まだ来てるよ」
「便利!」
「じゃあ次あっち!」
みつみが走り、志帆も笑いながら続いた。
「なんだか完全に遊んでるけど、追いつかれたら戦うからね」
「分かってる」
「その前にゴール行きたい」
「私も」
いくつ目かの足場を越えたところで、ようやく青白いゲートが近くなった。
あと二つか三つ。
その手前に、これまでより大きな足場がある。中央には腰ほどの高さの石柱と、その横から伸びる太い操作棒があった。
「これ動かしたら最後の足場かな」
みつみが操作棒を押す。
「……んっ」
動かない。
「固い?」
「固い」
千尋も横へ並んだ。
「二人でやる?」
「せーの」
二人で押すと、石の棒が、ご、とほんの少しだけ動いた。
「動いた!」
「でも重っ」
「私も入る」
志帆がバッグを下ろし、二人の横へ並んだ。
三人で肩を寄せるように操作棒へ手をかける。
「せーの!」
ごご、と石が擦れた。
「動いてる!」
「ちょっとだけ!」
「もう一回!」
三人で踏ん張る。
操作棒は確かに動く。けれど、端まで倒すにはまだかなり距離があった。
「これ……三人でやるやつじゃないのかも」
千尋が息を吐く。
「でも動くよ」
みつみはもう一度押そうとする。
そのとき、千尋が振り返った。
「近い」
「ゴーレム?」
「うん。かなり」
《マーキング》で位置を確かめ、千尋が来た道を見る。
ひとつ前の足場が動いていた。その上にプチゴーレムがいる。
「追いつかれる」
志帆がバッグを拾い、みつみも杖へ手を伸ばした。
千尋が剣を抜く。
「今度は倒そっか」
「うん」
みつみが杖を構え――途中で止まった。
プチゴーレムを見る。
太い腕。石の身体。歩くたびに響く重い音。
それから、三人で押してもほとんど動かなかった操作棒を見る。
「……ねえ」
「何?」
「あれに押してもらえないかな」
千尋が操作棒を見る。
志帆も同じ場所を見た。
もう一度、三人の視線がプチゴーレムへ戻る。
「ぶつからせる?」
「うん」
「できるかも」
千尋が剣を下げた。
「じゃあ私、こっち」
操作棒の前へ移動する。
「来たら避けるから、二人は横にいて」
「了解」
「なら――」
志帆が右手を上げた。
黒銀のバングル、その中央の黒紫晶が薄く光る。
「黒き翼よ、我が友を守護せよ――《プロテクション》!」
淡い光が千尋を包んだ。
「ありがと」
「保険。まともに受けないでね」
「受けない受けない」
プチゴーレムの足場が接した。
ごつ、と一歩。
石の身体がこちらへ乗り移る。
千尋が操作棒の前でショートソードを構えた。
「こっち」
プチゴーレムが向きを変える。
「来るよ!」
「分かってる!」
短い脚からは想像しにくい勢いで、石の身体が突っ込んできた。
千尋はぎりぎりまで待つ。
「《サイレントステップ》!」
千尋の姿が横へ滑った。
直後、プチゴーレムの両腕が操作棒へぶつかる。
ゴンッ!
さっきまでとは違う音が広間に響き、太い操作棒が一気に半分近くまで倒れた。
「動いた!」
「もう一回!」
プチゴーレムが身体を起こす。
千尋はすぐ反対側へ回った。
「こっちこっち」
「煽らないの」
「煽ってないって」
プチゴーレムが再び向きを変える。
今度はみつみも操作棒の横へ立った。
「私もやりたい」
「何を?」
「避けるの」
「それはやらなくていい!」
千尋に即座に止められ、みつみが笑いながら下がる。
二度目の突進。
千尋が横へ飛ぶ。
ゴンッ!
操作棒が最後まで倒れた。
広間の奥で、今までで一番大きな音が響く。
ゴゴゴゴゴゴ――。
三人が同時に振り返った。
ゴール前の大きな空間へ、壁の中から巨大な石の足場がせり出してくる。ゆっくりと穴の上を進み、こちら側とゲート前をつなぐ位置で止まった。
「出た!」
「道!」
「行くよ!」
三人が走る。
背後では、操作棒へ二度もぶつかったプチゴーレムがもう起き上がっていた。
「まだ来る!」
「元気だね、あれ!」
「感心してる場合じゃない!」
最後の足場へ飛び移る。
これまでの足場よりずっと大きい。向こうにはもうゲートが見えている。
「あとちょっと!」
みつみが走り出したところで、千尋が叫んだ。
「待って!」
振り返る。
プチゴーレムが、最後の足場へ乗っていた。
「追いついた!」
「ここまで来るの!?」
逃げ切ってゲートへ飛び込むには、まだ少し距離がある。
千尋が剣を構え直した。
「今度こそ倒す」
「うん!」
みつみも杖を向ける。
「《マジックブースト》!」
身体の周りで、淡い魔力が一瞬だけ揺れる。
プチゴーレムが突っ込んでくる。
「《マジックボール》!」
青白い魔力弾が石の胸へぶつかった。
鈍い音とともに、プチゴーレムの身体が大きく揺れる。それでも倒れず、勢いを落としながら前へ出てくる。
「硬い!」
「石だしね!」
千尋が正面から外れ、横へ回る。
「《マーキング》!」
印をつけ、そのまま一気に距離を詰める。
「《サイレントステップ》!」
黒い刃が脇腹へ当たり、硬い音を立てて弾かれた。
「剣も通りにくい!」
「なら、砕けるまで撃つ!」
みつみが杖を振る。
「《マジックマイン》!」
プチゴーレムの進行方向へ魔力が設置される。
「こっち!」
みつみが一歩前へ出た。
プチゴーレムが向きを変える。
「みつみ、下がって!」
「大丈夫!」
踏み込んできた石の足が、《マジックマイン》へ触れた。
弾ける。
小さな爆発に、プチゴーレムの身体が傾いた。
「今!」
「《ウィークポイント》!」
千尋の一撃が、さっきの爆発で欠けた肩口へ入った。
石が砕け、片腕が落ちる。
「おお!」
「まだ!」
残った腕が千尋へ振られる。
「《マジックシールド》!」
みつみが前へ出した杖の先に、魔力の障壁が広がった。
石の拳がぶつかり、障壁が大きく揺れる。
「重っ……!」
「千尋、離れて! 《プロテクション》!」
志帆の声から、さっきまでの芝居がかった調子は消えていた。
千尋の身体を淡い光が包む。
千尋が後ろへ跳ぶ。
プチゴーレムはみつみの障壁を押し切るように前へ出た。
「みつみ!」
「まだいける!」
障壁が消える直前、みつみが横へ逃げる。
プチゴーレムの身体が前へ流れた。
「もう一発!」
「《マジックブースト》!」
淡い魔力が、もう一度みつみの身体の周りで揺れる。
杖を向ける。
「《マジックボール》!」
強化された魔力弾が、千尋の砕いた肩へ当たった。
亀裂が大きく広がる。
「そこ!」
千尋が走る。
黒いショートソードを振り抜くと、亀裂へ刃が食い込み、プチゴーレムの上半身が大きく崩れた。
石の塊が床へ散らばる。
三人は少し距離を取ったまま、動かなくなった残骸を見ていた。
「……終わった?」
「たぶん」
数秒後、崩れた石が淡い光になって消えていく。
あとに残ったのは、拳より少し小さい黒っぽい球だった。
「なんか出た」
みつみがすぐ近づく。
「待って、まだ――」
「もう消えたよ」
「そうだけど」
みつみが球を拾い上げる。
表面は石のようにざらついているのに、持つと見た目より軽い。
視界に表示が出た。
《ゴーレムの核》
「ゴーレムの核だって」
「そのままだね」
千尋も覗き込む。
「何に使うの?」
「知らない」
みつみが志帆を見る。
志帆は一拍置いてから首を振った。
「私も知らないわ」
「志帆も?」
「知らないものくらいあるわよ」
そう言いながら、志帆はもうスマートフォンを出しかけていた。
千尋が笑う。
「調べるの?」
「あとで。今は――」
志帆が顔を上げる。
すぐそこに、青白いゲートがある。
「先にクリアしたい」
「うん」
みつみは《ゴーレムの核》をバッグへ入れた。
三人で最後の数メートルを歩き、そのまま青白いゲートへ入った。
光が視界を包んだところで、表示が現れる。
《鳴田南ダンジョンをクリアしました》
「出た!」
続いて、もう一つ表示が重なる。
《クリアボーナスを獲得しました》
「経験値入った」
千尋が自分の表示を見ている。
「私も」
「私も入ってる」
三人は顔を見合わせた。
「帰る?」
「帰ろ。お腹すいた」
「私も。今日は結構動いたわ」
三人はそのまま青白い光に包まれた。
◇
受付へ戻ると、クリアしたことはすでに確認できていた。
三人はそれぞれ、小さな記念メダルを受け取った。
鳴田南の名前と、遺跡を思わせる模様が刻まれている。
「増えた」
みつみは手のひらのメダルを眺めた。
「虎ヶ崎のもあるしね」
「こうなると並べたくなる」
千尋も自分のメダルを裏返す。
志帆はメダルを見たあと、スマートフォンを取り出した。
「撮る?」
「撮ろ」
三枚を並べる。
みつみが、その横へ《ゴーレムの核》を置いた。
「それも入れるの?」
「今日のやつだし」
「用途不明だけどね」
「あとで調べる」
志帆が言った。
「やっぱり調べるんじゃん」
「気になるもの」
写真を撮る。
画面の中には、三枚のメダルと黒っぽい《ゴーレムの核》が並んでいた。
みつみは写真を確認してから、自分の杖を持ち直した。
「私、最後の足場出したとこ好きだった」
「ゴーレムに押させたやつ?」
「うん。あれもう一回やりたい」
「私は途中で一人だけ運ばれたとこ」
千尋が笑う。
「みつみに置いてかれたやつ」
「置いてってないよ。戻したじゃん」
「戻ってくるまで笑ってたけどね」
「ちょっとだけ」
二人が笑っている横で、志帆はスマートフォンを見ていた。
「……円盤」
「え?」
「前に五人でやった円盤。今日の足場を見たあとだと、あれも動かし方が別にあった気がする」
千尋が吹き出した。
「今日のじゃないんだ」
「今日のも面白かったわよ。でも、あれはまだ気になる」
「また来る?」
みつみが聞く。
志帆はスマートフォンから顔を上げた。
「来たい」
「私も」
千尋がメダルをしまう。
「途中、まだ行ってない足場あったし」
「じゃあまた来よ」
みつみもメダルをしまった。
「クリアしたのに?」
「クリアしたら来ちゃダメなの?」
「そんなこと言ってないわ」
「じゃあ決まり」
三人は荷物を持って受付を離れた。
鳴田南はクリアした。
それでも帰り道で話していたのは、終わった攻略のことより、次に来たらどの足場へ乗るかという話だった。




