第42話 5人パーティー?
次の土曜日、三人はもう一度、鳴田南ダンジョンへ来ていた。
前回歩いた通路を進み、黒紫晶を集めた横道を抜ける。みつみの手には、ミリアからもらった杖がある。バッグから借り物の杖を取り出していた頃とは違い、今日は家からずっと自分の杖を持ってきた。
その少し前を歩く志帆の左手首には、黒銀の細いバングルがあった。左右に小さな黒い羽根の意匠があり、中央には、五つ集めた黒紫晶の中で志帆が一番気に入っていた石が収まっている。正面から見るとほとんど黒いが、腕が動くたび、ときどき奥から紫色が覗いた。
「ねえ」
みつみが志帆の隣へ並ぶ。
「何?」
「まだ見ていい?」
「もう朝から何回見たのよ」
「だって完成してからダンジョンで見るの初めてじゃん」
「受付でも見てたでしょう」
「外だった」
「細かいわね」
そう言いながらも、志帆は左腕を少し持ち上げた。みつみが顔を寄せ、角度を変えながら黒紫晶を眺める。
「やっぱこれ好き。石が黒く見えるのに、動かすと紫になる」
「でしょう? しかもこの羽根、店で見たときより実際に着けたほうがいいの。正面からだとそんなに目立たないのに、横から見るとちゃんと――」
「始まった」
少し先を歩いていた千尋が振り返った。
「何が?」
「バングルの話」
「聞きたいなら最初から説明してもいいけど」
「今ので十分」
千尋は笑って前へ戻る。志帆は何か言いかけたものの、左手首を一度見て満足したらしく、そのままみつみと並んで歩き出した。
◇
前回最後に見つけた仕掛けまでは、それほど時間がかからなかった。
通路の先にある四角い部屋。正面には閉じた石扉があり、その手前に大きな円形の台が三つ並んでいる。それぞれの台には、円周に沿って細い溝が何本も刻まれていた。
「あ」
入口まで来たみつみが足を止めた。今日は三人だけではない。部屋の中には先客が二人いて、どちらも三人より少し年上に見える。一人は床へしゃがんで左の台を回し、もう一人は正面の石扉を見ていた。
「また違う」
「戻す?」
「どこまで戻したか分かんなくなった」
二人の会話を聞き、千尋が小声で言った。
「結構やってそう」
「どうする? 待つ?」
みつみはすぐには中へ入らず、入口から三つの台を眺めている。
「別に見ててもいいんじゃない?」
千尋が答えたところで、部屋の中にいた一人がこちらに気づいた。
「あ、すみません。塞いじゃってます?」
「大丈夫です。私たちも今来たところなんで」
「これ、分かります?」
もう一人が苦笑しながら円形の台を指した。
「二十分くらいやってるんですけど、全然開かなくて」
志帆は三つの台と石扉を順番に見た。
「分かりません」
即答だった。
みつみが志帆を見る。
「早い」
「今来たばかりだもの。分かるわけないでしょう」
「確かに」
志帆はそのまま部屋へ入り、左端の台の前でしゃがんだ。
「でも、ちょっと見てもいいですか?」
「どうぞどうぞ。むしろ分かったら教えてください」
「それは分かったら」
志帆が溝へ指を沿わせている間に、千尋は正面の石扉まで歩いていった。みつみも最後に部屋へ入り、中央の台の前で立ち止まる。
「これ、触ってもいいですか?」
「全然いいですよ。もう何が正解か分かんないんで」
「じゃあ触る」
許可をもらうと、みつみは中央の台へ両手をかけた。石の円盤は見た目より軽く、少し力を入れるだけでゴゴッと低い音を立てて回る。
「あ、そっち回すと右も動くんだ」
先客の一人が言った。見ると、中央の台を右へ回したのに、右端の円盤が少しだけ左へ動いている。
「連動してる?」
「そうなんです。それで訳分かんなくなって」
「左は?」
「左回すと真ん中が動きます」
「じゃあ全部つながってるんだ」
面白そうにもう一度回そうとしたみつみが、途中で手を止めた。
「千尋、何見てるの?」
「扉。こっちにも同じ溝ある」
千尋は石扉のすぐ前にしゃがみ込んでいた。三人と先客二人が集まると、扉の下部に横へ伸びる一本の浅い溝が見えた。
「これ、台の溝とつながるんじゃない? 同じ太さじゃない?」
千尋の言葉に、志帆が床と三つの台を見比べる。円盤に刻まれた何本もの曲線。そのうち何本かは、確かに台の端まで届いていた。
「模様を揃えるんじゃなくて……一本の線を作る?」
「私たち、同じ模様を上にしようとしてました」
先客の一人が頭を抱えた。
「めっちゃ回した」
「まだそれが正解とは限らないですよ」
志帆は中央の円盤へ戻った。
「私も今思っただけなので」
「志帆が自信ないって言った」
みつみが嬉しそうに言う。
「何で嬉しそうなのよ」
「珍しいから」
「分からないものは分からないわ。だから試すの」
「それはやるんだ」
「当然でしょう」
千尋が笑い、右端の台へ向かう。
「じゃあ線つなげてみよ」
◇
やってみると、思ったより面倒だった。
「待って待って、今そこ動かさないで」
みつみが中央の円盤へ両手を置いたまま叫ぶ。
「私じゃない」
千尋が右の台から手を離すと、先客の一人がおそるおそる左の円盤を指した。
「こっちです」
「あ、じゃあそこ動かすと真ん中がこっち行くのか」
「いや、その前に右も動いた」
「え?」
「一回止めましょう」
志帆の声で、五人全員が台から手を離した。三つの円盤には、さっきよりさらに意味の分からない模様ができている。
「悪化してない?」
「悪化したわね。私の線をつなぐ説が合っていたとしても、回し方を考えないと無理そう」
志帆が円盤を睨んでいる横で、千尋はしゃがんだまま縁を見ていた。
「一個動かすと隣が動くの、パズルっぽいね。でも全部同じだけ動くわけじゃない」
「そうなの?」
「中央一周させてみていい?」
みつみが首を傾げる。
「一周したら元に戻るんじゃない?」
「たぶん。だから見たい」
先客二人も頷いたので、千尋が中央の円盤を少しずつ回していく。みつみは右、志帆は左を見ながら、どのくらい動くか確かめた。
「右、ちょっとずつしか動いてない」
「左は中央と同じくらい……待って。一周じゃない。中央を四分の一回したとき、左は半分動いてる」
「本当?」
「今、印つけとけばよかった」
みつみが言うと、先客の一人がスマートフォンを取り出した。
「写真撮ります?」
「それいい。最初撮って、四分の一ずつ回して比較したら分かりそう」
今度は一人が写真係になった。中央を少し回すたびに撮影し、何枚か溜まったところで五人が画面を囲む。
「左、二倍動いてない?」
「右は半分くらい」
「じゃあ中央を動かすと左右で違うんだ」
「めんどくさ」
みつみが笑った。
「でも分かってきた」
志帆はスマートフォンの写真を何度も行き来させながら、さっきまでより前のめりになっていた。
「中央から合わせるんじゃなくて、最初に一番動きにくい右を合わせたほうがよくない? あとから中央を動かすと右もずれるけど、そのずれを見越して調整すれば、最後に左だけ合わせられるかもしれない」
「志帆」
「何?」
「楽しそう」
「楽しいわよ」
即答したあと、志帆は少しだけ姿勢を戻した。
「……こういうのは嫌いじゃないし」
「今さら隠す?」
「隠してない」
千尋はもう右端の台へ移動していた。
「とりあえず右の線、扉側に向けよ。それから考えよう」
「うん」
みつみも中央へ戻る。
今度は五人が一度に触らず、誰かが円盤を動かすたびに他の二つがどのくらいずれるかを確認した。右を合わせてから中央を少し回し、そのせいでずれた右を見て次に動かす量を決める。左が動きすぎれば戻し、また中央を調整する。
何度か失敗した。
一度は、あと少しというところで中央を回しすぎ、三つ全部がずれた。
「ああー!」
みつみがその場に座り込む。
「今の誰?」
「私」
志帆が手を上げた。
「ごめん。回しすぎた」
一瞬、全員が黙る。
志帆は崩れた線を見つめた。
「……今のは完全に私」
「もう一回やればよくない?」
千尋は特に気にした様子もなく右端へ戻った。
「さっきより分かってるし」
先客の一人も笑う。
「最初の二十分より、今の十分のほうが進んでます」
「確かに」
志帆もすぐにしゃがみ直した。
「じゃあ、今度は回す前に言う」
「うん、それでいこ」
二回目は、一回目よりずっと早かった。
「右、そこ」
「中央ちょっとだけ」
「これくらい?」
「もう少し。……左ずれるよ」
「じゃあ先に左戻す」
「待って、そのまま」
千尋が床すれすれまで顔を下げ、三つの円盤を横から見た。
「今、線つながってる」
全員が手を止める。
円盤の溝は、左端から中央、右端を通り、石扉の下にある一本の線へ続いていた。
「これ?」
みつみが小声で言う。
何も起きない。
「違う?」
数秒後、カチッ、とどこかで音がした。
「あ」
石扉の奥から重いものが動く音が響き、ゆっくりと左右へ開き始める。
「開いた!」
「やった!」
先客の一人とみつみがほとんど同時に立ち上がった。
「これ五人でやるやつだったんじゃない?」
「三人でもできるでしょ。時間かかりそうだけど」
「二人はきつかったです」
先客の一人が笑う。
「助かりました。本当に」
「こっちも楽しかったです」
千尋が答えると、志帆も開いた扉の先を覗き込んだ。
「むしろ途中から参加しただけだし」
「最初からいたら、たぶん私たちも同じところで二十分やってたよ」
みつみが言う。
「最初、線だって気づいたの千尋だしね」
「写真はそっちの人」
「回しすぎたの私」
「それは別に言わなくてよくない?」
千尋が笑った。
「事実でしょう」
志帆はそう答えると、先客二人へ軽く頭を下げた。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
二人が先に扉を抜ける。少し間を空けて、三人もそのあとへ続いた。
◇
扉の先は下り階段になっていた。
先客二人は途中の分岐で右へ曲がり、三人は正面へ進む。
「知らない人と一緒にギミックやるの、ちょっと面白かった」
みつみが言う。
「普通に五人になってたね。途中から誰のパーティーか分からなかった」
「二人とも、次の部屋でも会ったりして」
「右に行ったから、しばらく会わないんじゃない?」
千尋が答えたところで、志帆が後ろを振り返った。
「……写真、もらえばよかった」
「何の?」
「途中の円盤。あとで見たら、もう少し楽な回し方が分かったかもしれない」
「まだやるの?」
「気になるでしょう」
志帆は少しだけ名残惜しそうに階段の上を見てから、二人へ追いついた。
その直後、前を歩いていた千尋が止まる。
「いる。前に二つ」
二人もすぐに足を止めた。
階段の先は広い通路になっている。その左右の壁際に、人型の骨が一体ずつ立っていた。
スケルトン。
まだ動いていない。
「行けそう?」
みつみが杖を構える。
「行ける」
千尋も黒いショートソードを抜いた。
志帆が二人の後ろへ下がる。左手首の黒紫晶が、遺跡の薄暗い光を受けて紫色に光った。
「黒き翼よ、我が友を守護せよ――《プロテクション》!」
淡い光が千尋を包むのとほぼ同時に、二体のスケルトンが動き出した。一体は千尋へ、もう一体はみつみへ向かう。
「《マジックマイン》!」
みつみは自分の正面ではなく、少し横へ魔法を置いた。スケルトンは構わずまっすぐ向かってくる。
「そっちじゃない!」
みつみが横へ逃げる。
追って向きを変えたスケルトンが、設置した魔法を踏んだ。小さな爆発で体勢が崩れたところへ、みつみはすぐに杖を向ける。
「よし! 《マジックボール》!」
青白い魔力弾が胸へ当たり、骨が何本か飛んだ。
反対側では、千尋が剣をかわしたスケルトンの背後へ《サイレントステップ》で回り込んでいた。
「《マーキング》」
「見えてるのに使うの?」
「このあと動くから」
千尋は笑い、振り返ったスケルトンと正面からぶつからず、近くの柱の陰へ入った。相手が追って姿を隠した瞬間、千尋は反対側へ飛び出す。
「こっち。《ウィークポイント》!」
剣が脇腹の骨を捉え、大きく体勢を崩した。
「千尋、右!」
志帆の声に千尋が振り向く。みつみと戦っていた一体が体勢を戻し、そのまま千尋側へ寄っていた。
「《マジックシールド》!」
みつみが前へ出した透明な障壁がスケルトンの剣を受ける。
「今!」
「分かってる!」
千尋が踏み込む。
二体が近づいたところへ、みつみも杖を向けた。
「《マジックボール》!」
魔力弾が一体を揺らし、その横で千尋の剣がもう一体の首元へ入った。
ほどなく二体とも床へ崩れ、そのまま消えていった。
「よし」
みつみが杖を下ろす。
志帆は二人に怪我がないことを確認すると、自分の左手首を見た。
「どう?」
みつみがすぐに聞く。
「悪くない」
「それだけ?」
「まだ一回よ。これだけで分かったふりはしない。でも、《プロテクション》は出しやすかった気がする」
「気がする?」
「気がする、でいいの。これから使えば分かるでしょう」
「じゃあいっぱい使お」
「もちろん」
志帆は黒紫晶へ親指を滑らせた。今度の返事には迷いがなかった。
◇
さらに奥へ進むと、通路の雰囲気が変わった。
それまで何度もあった小部屋や分岐がなくなり、まっすぐな石造りの道が続いている。壁の装飾も少ない。その代わり、正面のかなり先に、今まで見たものより明らかに大きな扉があった。
「何あれ」
みつみが足を速める。
「待って」
千尋も追い、三人は大扉の前まで行った。
左右の壁には細長い石板があり、扉そのものには複数の溝と丸い窪みが刻まれている。
「また仕掛け?」
「でしょうね」
志帆が石板を見上げる。
「さっきより面倒そう」
「いいじゃん」
みつみはすでに楽しそうだった。
千尋は扉には触れず、少し離れて周囲を見回した。
「奥に道ないね。ここ通らないと先行けなさそう」
「じゃあやる?」
みつみが杖を持ち替える。
志帆はスマートフォンを出して時間を確認した。
「……今日はやめたほうがいいかも」
「えー」
「今から始めて、さっきみたいに一時間近くかかったら帰り遅くなるわよ」
みつみが千尋を見る。
「どうする?」
「私は次に残していいかな。これ、時間気にしながらやるより、最初から遊びたい」
「それは分かる」
みつみは少し残念そうにしながら、もう一度大きな扉を見上げた。
「じゃあ写真だけ撮る」
「それは撮るんだ」
「家で考えたらダメ?」
「私は考える」
志帆がすぐに言った。
「石板も全部撮って。拡大できるように正面から」
「攻略始まってるじゃん」
「今日は触らないだけよ」
千尋が笑った。
「じゃあ私、左右撮る」
三人は大扉の前でしばらくスマートフォンを構えた。みつみは全体を、千尋は左右の壁を、志帆は石板と窪みを何枚も角度を変えて撮っていく。
「次、ここからね」
みつみが最後に扉を一枚撮った。
「うん」
千尋が答える。
志帆は撮った写真を確認しながら、すでに一枚目を拡大していた。
「……これ、溝だけじゃないわね」
「もう考えてる」
「見えたんだから仕方ないでしょう」
「帰りながらやる?」
「電車で」
「酔わない?」
「たぶん平気」
三人は大きな石扉を背にして、来た道を戻り始めた。
次に来たとき何を試すかという話は、出口へ着くよりずっと前に始まっていた。




