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第41話 黒紫のつばさ

 三人が選んだ横道は、さっきまで歩いていた通路より少し狭かった。


 壁際には崩れた石材が積もり、その上や柱の途中に小さなガーゴイル像が並んでいる。数が多いせいで、みつみは歩き出してすぐに足を止めた。


「もう全部怪しく見える」


「さっきまで石像だったのにね」


 千尋も一体ずつ見ながら進んでいる。ただし《気配察知》はまだ使っていなかった。


「先に当ててみようよ。私、あれ」


 みつみが新しい杖で左上の石像を指した。


「翼ちょっと浮いてない?」


「私はその二つ隣」


 志帆も足を止める。


「さっきのやつ、足のところも他の石像と少し違った気がするのよね」


「じゃあ私これ」


 千尋まで一体選んだところで、三人は顔を見合わせた。


「答え合わせする?」


「する」


 千尋が前を向く。


「《気配察知》」


 少し間があった。


「いる。近い」


「誰の?」


「たぶん――」


 右端の石像が動いた。


「誰も当たってない!」


「難しくない?」


 翼が開く。


 三人は笑いながら、それぞれ散った。


     ◇


 最初に黒紫晶を拾ってから、二体目のプチガーゴイルには何も落ちなかった。


 その次に見つけた一体からは二個目が落ちたが、一個目より紫がかなり薄かった。志帆は二つを手のひらへ並べ、光の当たり方を変えながらしばらく見比べていた。


「同じ石でも結構違うのね。こっちは灰色に近いかも」


「どっちがいい?」


「最初のほう。でも、削ったら見え方も変わるだろうし、まだ決めない」


 志帆が二個ともケースへ入れる。


 その横で、みつみは新しい杖の星形チャームを指先で揺らしていた。


「みつみ、また見てる」


「見るよ。私のだもん」


「もう完全に自分の杖になってるね」


「なってる」


 みつみは当然のように答え、そのまま次の石像を探し始めた。


 千尋は少し先まで歩いてから振り返る。


「こっちにもあるよ。あと、道が二つに分かれてる」


「どっち行く?」


「石像多いほう」


 答えたのは志帆だった。


 千尋が笑う。


「今日はそうなるよね」


「今日はじゃなくて、五個くらいは見たいの。削るとき全部使えるとは限らないし、色も選びたいから」


「五個ね」


 みつみが指を折る。


「あと三個」


「落ちればね」


 さっき一体空振りだったことを思い出し、志帆は分岐の右側を覗いた。


 石像は多い。


「……こっちにしましょう」


「めっちゃ欲しがってる」


「欲しいって言ってるでしょう」


 志帆は隠す気もなく先へ進んだ。


     ◇


 三個目を探している途中で、千尋が足を止めた。


「二体いる」


 今度は《気配察知》を先に使っていた。


 細長い部屋の左右に、それぞれ四体ずつガーゴイル像が並んでいる。


「二体ともあの中?」


「うん。でも、どれかまでは分かんない」


 みつみは右側、志帆は左側へ寄った。


「こっちの上から二番目、怪しくない?」


「私は一番下。翼の根元に隙間がある」


「両方だったりして」


「二体いるんだから、あり得るね」


 千尋が笑いながらショートソードを抜く。


 まだ敵は動かない。


 志帆はその様子を確認すると、千尋へ片手を向けた。


「影に沈みし翼よ、今は我が友を守る盾となれ――《プロテクション》!」


 淡い光が千尋を包む。


「今日ちょっと長くなった?」


「二体いるから」


「関係ある?」


「気分の問題よ」


 志帆が言い終わるのとほぼ同時に、右側の石像が壁を蹴った。


「みつみの当たり!」


「やった!」


「喜ぶのはあと!」


 もう一体も動く。


 志帆が見ていた左下だった。


「私も当たり!」


「志帆も喜んでるじゃん!」


 二体のプチガーゴイルが別々の方向から飛んでくる。


 千尋が一体へ《マーキング》を使い、そのまま《サイレントステップ》で横へ抜けた。みつみはもう一体へ《マジックボール》を放つが、石の翼が大きく動き、魔力弾はその横を通り過ぎる。


「避けた!」


「もう一回来る!」


 千尋の声に、みつみが杖を持ち直した。


 一体が上から降りてくる。


「《マジックシールド》!」


 障壁が爪を受け止めた。


 弾かれたプチガーゴイルへ千尋が向かう。その背後へ、もう一体が回り込んだ。


「千尋、後ろ!」


 志帆の声が飛ぶ。


 千尋は振り返らず前へ跳んだ。石の爪がさっきまでいた場所を通り過ぎる。


「《ウィークポイント》!」


 着地した千尋が向きを変え、一体の翼の付け根へ黒い剣を叩き込んだ。


 石にひびが入る。


 みつみはもう一体が床へ降りたのを見ると、その進行方向へ杖を向けた。


「《マジックマイン》!」


「また踏ませるの?」


「踏ませたい!」


 プチガーゴイルが走る。


 途中で方向を変えた。


「あっ、避けた!」


「また外した!」


「次はもっと近くに置く!」


 みつみがすぐに次の魔法を狙う。


 その直後、傷ついたプチガーゴイルが千尋へ体当たりした。


「千尋!」


 余裕のあった声が一瞬で消える。


「《プロテクション》!」


 志帆が短く重ねる。


 千尋は肩からぶつかられたものの、そのまま倒れずに踏ん張った。


「平気!」


「ならそのまま!」


 千尋が追う。


 今度はみつみも相手の動きを待たず、《マジックボール》を二度続けて放った。一発目は外れたが、避けた先へ二発目が当たり、プチガーゴイルが床へ落ちる。


「当たった!」


「そっちお願い!」


「任された!」


 みつみは嬉しそうに杖を構え直した。


 数分後、二体目も光になって消えた。


 志帆は息を整えるより先に、さっき一体目が消えたあたりへ目を向けた。


「あった」


 小走りで近づき、一つ拾う。


「こっちにもあるよ」


 千尋の足元にも黒紫色の欠片が落ちていた。


 志帆の顔が一気に明るくなる。


「二個?」


「一気に四個になったね」


「見せて」


 千尋から受け取ると、志帆はその場で四つを並べ始めた。


「これ、三個目かなりいい。黒が強いのに角度を変えると紫がちゃんと出る。四個目は逆に紫が明るいから、中央より小さい飾りに回したほうが――」


「志帆」


「何?」


「めっちゃ喋るじゃん」


 みつみに言われ、志帆が口を閉じた。


 一秒ほど黙ってから、四つの石を見る。


「……だって、揃ってくると考えられること増えるでしょう」


「いいよ。続けて」


「本当に聞く?」


「聞く。私も飾り見るの好き」


 みつみがその場にしゃがむ。


 千尋は少し離れた壁際へ行き、別の石像を眺め始めた。


「私は五個目探しとく。喋りながらでも来れるでしょ?」


「待って。今しまうから」


 志帆は慌てて四つをケースへ戻した。


     ◇


 五個目は、それから二体倒したあとに落ちた。


 最後のプチガーゴイルが消えた瞬間、志帆は光が完全に消える前から床を見ていた。


「出た」


 黒紫晶を拾い上げる。


 今までで一番黒が濃く、光へ傾けたときだけ中心に深い紫が見えた。


「……これ」


 志帆はしばらく動かなかった。


 みつみが隣から覗く。


「一番好き?」


「うん」


 返事はすぐだった。


 五つ全部を手のひらへ並べても、最後の一つへ何度も目が戻る。


「中央にするならこれがいい。絶対これ」


「じゃあ決まり?」


「石はね。バングル自体はまだ。形も金属も羽根の大きさも、ちゃんと見て決めたい」


 志帆は五つをケースへ戻すと、落とさないようバッグの内ポケットへ入れた。


「次、どうする?」


 千尋が周囲を見回した。


「私は先を見たい」


「私も。杖もっと使いたいし」


 みつみが新しい杖を持ち上げる。


 志帆はバッグの中の黒紫晶を一度確かめてから、奥へ続く通路を見た。


「じゃあ進みましょう」


 三人はまた奥へ向かった。


     ◇


 その日の鳴田南探索は、ゴールまで行かなかった。


 さらにいくつかの通路を見て、スライムを倒し、一つ仕掛けを見つけたところで時間を確認した。


 続きは次に残すことにして、三人はダンジョンを出た。


 外へ戻ってから装備を整え、少し遅い昼食を取る。食べている間にも志帆はスマートフォンで何度か画面を切り替えていた。


「それ、バングル?」


 みつみがサンドイッチを食べながら横から覗く。


「この黒紫晶を持ち込んで作ってもらえるところを探してるの。オーダーできる店はあるけど、持ち込みまでできるところはそんなに多くないみたい」


「今日行ける?」


「一軒、この辺から行けそうなところがある。ただ、黒紫晶を使ってくれるかまでは分からない」


 志帆は少し迷ってからスマートフォンを伏せた。


「行って聞いてみたい」


「じゃあ行こう」


 みつみはすぐに答えた。


 千尋も飲み物を置く。


「私もいいよ。帰るにはまだ早いし」


「二人とも、興味あるの?」


「あるよ。どんなのにするか見たい」


「私は着けた感じが気になる。ダンジョンで使うなら、手首動かしたとき邪魔なの嫌じゃない?」


 志帆は二人を交互に見る。


「……それ、私のバングルだからね?」


「分かってるよ」


「決めるのは志帆でしょ」


 千尋が当然のように答えた。


 志帆は少しだけ笑い、スマートフォンをもう一度開いた。


「じゃあ行きましょう」


     ◇


 店はダンジョン用品を扱う小さな店舗だった。


 武器や防具を大量に並べる店ではなく、棚にあるのはベルトや小型ポーチ、魔法補助用のアクセサリ、交換用の金具などが中心だった。


 三人は受付で持ち込んだ石からバングルを作れるか聞き、志帆がケースを取り出した。


「この黒紫晶を使って、ヒーラー用のバングルを作りたいんですけど」


 店員は五つの欠片を一つずつ確認した。


「使えますよ。ただ、削っている途中で割れることもあるので、五つ全部が残るとは思わないほうがいいですね」


「じゃあ、多めに持ってきてよかった」


「そうですね。魔法を使うときの補助も欲しいなら、石を飾りにつけるだけじゃなくて、こっちの金属から選んでもらうことになります」


 店員がいくつか見本を取り出す。


 志帆は身を乗り出した。


「回復魔法を使うとき、少し安定しやすくすることはできますか?」


「できます。ただ、このくらいの大きさなら、使ってすぐ分かるほど変わるものではないですよ」


「それでいいです。ちゃんとダンジョンで使えるものにしたいので」


 そこからデザインの話になった。


 店員がいくつかの見本を並べる。


 銀色。金色。白銀。黒に近い金属色。


 みつみは最初から意匠のほうを見ていた。


「これかわいい。細い葉っぱみたいになってる」


「葉じゃなくて羽根にしたいのよね」


「じゃあ、これを羽根っぽくしたら?」


「それはちょっとあり」


 志帆が見本を手に取る。


「でも左右に大きく広がるのは違うかな。もっと小さくて、よく見たら羽根だって分かるくらいがいい」


「こっちは?」


 みつみが別の見本を持ってくる。


「細い」


「形は好き。でも色が明るすぎる」


 二人が並べて見比べている間、千尋は一つを自分の手首へ当てていた。


「これ、ここ出っ張ってると剣振るときちょっと気になるかも」


「千尋が着けるわけじゃないでしょう」


「でも志帆もダンジョンで手使うじゃん。ヒールするときも腕上げるし、荷物持つし」


 千尋はバングルを少し回した。


「チャーム付けるなら、長いのは引っかかりそう」


 志帆の視線が、店員が見せていた長めの飾りから外れる。


「……それは確かに嫌ね」


「短いのならよくない?」


「小さいものを一つだけなら、邪魔にはならなそう」


 志帆はまた見本へ戻った。


 みつみが選んだ細身の形を手に取り、今度は千尋が試していたように自分の手首へ当ててみる。何度か手を曲げたり回したりしたあと、別の見本とも比べた。


「これにする」


 決めると、志帆は店員へ向き直った。


「ベースはこれくらい細くしてください。ただ、形は完全な輪じゃなくて、少し開いたタイプがいいです。色は黒銀。黒一色だと重すぎるので、光が当たったとき金属っぽさが残るくらいで」


 話し始めると、言葉が止まらなくなった。


「羽根は左右に一つずつ。大きく広げないで、バングルに沿う感じで。ぱっと見では普通の飾りに見えるけど、近くで見ると羽根だって分かるくらいがいいです。中央の石は、この一番黒いのを使いたいです。紫がいつも目立つんじゃなくて、角度を変えたときだけ見える感じって残せますか?」


 店員が石を光へかざし、削り方によって多少変わることを説明する。


 志帆は何度も頷いた。


「あと、小さいチャームを一つだけ付けたいです。でも長くはしないでください。ダンジョンで使うので、引っかかるのは困ります」


 千尋が横で少し笑った。


「そこ入った」


「実際それは大事でしょう」


「うん。だから言った」


 みつみは店員が描いてくれた簡単な図を覗き込んでいる。


「これ、絶対かわいい」


「かわいいだけじゃないわよ」


「格好いい?」


「それもある」


 志帆は紙に描かれた細いバングルと、中央に置かれる黒紫晶を見る。


 少し考えてから、満足そうに頷いた。


「……うん。これがいい」


 それで決まった。


     ◇


 店を出たあとも、志帆は受け取った注文内容をスマートフォンで確認していた。


「完成、楽しみ?」


 みつみが聞く。


「かなり」


「さっき店でめっちゃ喋ってたもんね」


「必要なことを伝えただけよ」


「羽根の大きさだけで結構喋ってたよ」


 千尋にも言われ、志帆は画面から顔を上げた。


「そこ大事でしょう。大きすぎたらゴツくなるし、小さすぎたら羽根にした意味がないの。中央の石とのバランスもあるし、黒銀って言っても黒が強すぎると――」


 途中で、二人が笑っていることに気づく。


「……何?」


「まだ続くんだなって」


「だってまだ説明終わってないもの」


「いいよ、続けて」


 みつみが笑いながら言った。


 志帆は一瞬だけ黙った。


 けれど、スマートフォンの注文内容へ目を戻すと、すぐに続きを話し始めた。


「それで、黒銀の色なんだけど――」


 三人は駅へ向かって歩き出す。


 みつみは新しい杖をバッグの横へ固定し、途中で何度か位置を確かめていた。千尋は歩きながら、さっき店で見かけた装備の話をする。


 志帆は二人の話にも返事をしながら、ときどきスマートフォンへ目を落とす。


 そこには、まだ完成していない自分のバングルの注文内容が表示されていた。


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