第38話 何かが、ある
「おお……遺跡だ」
鳴田南ダンジョンへ入って最初に立ち止まったのは、みつみだった。
洞窟でも、森でもない。
三人の前には、石造りの通路がまっすぐ奥へ伸びていた。
壁も床も、大きさの揃っていない灰色の石が積み上げられている。ところどころ角が欠け、隙間から細い草が伸びていた。
天井は思っていたより高い。
上のほうに開いた細長い隙間から白い光が差し込み、その中を小さな埃が漂っている。
「なんか、ほんとに遺跡。写真で見たときより、ずっとそれっぽい」
みつみは一歩進んだところで、すぐ壁へ寄った。
積まれた石へ手を当てる。
「冷たい。こういう壁って触っていいのかな」
「聞く前に触ってるじゃん。まあ、壊そうとしてるわけじゃないなら平気でしょ」
千尋は笑いながら、そのまま通路の奥を見た。
志帆も壁際へ寄り、少し欠けた石の表面を眺める。
「こういう場所、いいわね。洞窟みたいに自然にできた感じじゃなくて、誰かが作ったものがそのまま残ってる感じがする」
そこで一度、奥の薄暗がりへ目を向けた。
「封じられた古代の遺構へ足を踏み入れる、この感覚……嫌いじゃないわ」
千尋が横目で見る。
「出た。まだ入口だけど」
「入口だからいいのよ。ここから先に何があるか分からないでしょう」
志帆は気にした様子もなく歩き出した。
学校ではまず言わないような台詞なのに、ダンジョンへ入った途端これだ。
みつみもすぐ、その後を追う。
「志帆、遺跡系かなり好きそうだね」
「好きよ。ゲームでもこういう場所は隅まで見る。壁とか柱とか、置いてあるものに意味がありそうで気になるし」
「宝箱もありそう」
「それもあるけど、宝箱だけじゃ――」
「あ、なんかある」
話の途中で、みつみが壁際へ駆け寄った。
半分ほど壁から突き出した石像がある。
人の形にも見えるが、顔らしい部分はほとんど削れ、両手を胸の前で合わせた姿勢のまま壁と一体になっていた。
「これ、動かないかな。こういう石像って、腕引っ張ったら隠し扉が開いたりしない?」
「完全にゲームの発想じゃん」
そう言いながら、千尋も隣へ来る。
みつみが片腕へ手をかけたので、千尋も反対側を持った。
「まあ、やるなら一回やってみよ。折れそうだったらやめればいいし」
二人で引く。
動かない。
押しても、びくともしなかった。
「回すのは?」
みつみが腕を捻ろうとする。
「そこまでやる? さすがに普通の石像っぽくない?」
千尋が笑いながら手を離した。
少し離れたところで見ていた志帆も近づき、腕の付け根を覗き込む。
「仕掛けなら継ぎ目みたいなものがありそうだけど、少なくともここには見当たらないわね。たぶん本当にただの石像」
「先に言ってよ」
「二人とも楽しそうだったから、もう少し見てようかなって」
志帆が先へ歩き出す。
みつみも石像から手を離した。
「じゃあ違うの探そ。せっかくギミックあるダンジョンなんだから、絶対どこかに怪しいのあるよ」
「まだ何が怪しいのかも分かってないけどね」
三人でまた歩き出す。
しばらくは一本道だった。
壁の窪みを覗いたり、崩れた柱の脇を通ったり。
洞窟と違って目に入るものが多いせいか、なかなか進まない。
みつみが何かを見つけて止まり、少し先へ行った千尋が別のものを見つけて呼ぶ。
志帆は二人のどちらかへ行ったと思えば、一人だけ壁の模様を見ながら残っている。
「ちょっと、これ見て」
今度は千尋だった。
通路の端でしゃがみ込み、床を指している。
石の表面に、三本の細い線が刻まれていた。
平行に並んだ線は途中で曲がり、そのまま壁際まで続いている。
みつみもしゃがみ込んだ。
「傷じゃなくて模様かな。三本とも同じ間隔で並んでるし、途中でちゃんと曲がってる」
「でしょ? 自然についた傷には見えないんだよね」
二人が床を見ている間に、志帆は線の先へ歩いていった。
壁際でしゃがみ込み、しばらく観察してから振り返る。
「こっちまで続いてる。でも、この四角い石のところで消えてるわね」
千尋とみつみもそちらへ移動する。
壁の一番下へ埋め込まれた石に、三本の線が吸い込まれるように途切れていた。
千尋が手のひらで押してみる。
何も起きない。
「押すだけじゃなさそう。まあ、今は何に使うか分かんないし、覚えとけばいいか」
「あとで戻ってくるやつかもしれないね」
みつみは一度振り返り、床の線を目で追ってから立ち上がった。
三人はそのまま先へ進んだ。
◇
「これはさすがにギミックでしょ」
しばらく進んだ先で、三人は広い石室へ出た。
正面には大きな石の扉。
左右には別の出口も階段も見当たらない。
扉には、さっき見たものとよく似た三本の線が刻まれている。
みつみが真っ先に近づいた。
「やっぱり同じだ。しかも真ん中に丸い穴が三つある」
手のひらほどの丸い窪みが、縦に三つ並んでいる。
千尋は扉へ直行せず、部屋全体を見回した。
「何か入れるんだろうね。穴の形が全部同じだから、丸いやつ探せばよさそう」
「その可能性は高そうね。ただ、三つあるなら同じものを三個入れるのか、それぞれ違うのかは分からないけど」
志帆はそう言いながら部屋の端へ歩いていく。
石室には、低い柱が何本も並んでいた。
腰くらいの高さのもの。
膝より低いもの。
ほとんど床に埋もれているもの。
形も位置もばらばらだ。
みつみは一番近い柱へ寄り、天面を覗き込んだ。
「ほら、あった。丸い石」
両手で持ち上げようとして、すぐ顔をしかめる。
「これ結構重い。千尋、ちょっと持ってみて」
「重いからってすぐ私に回すなあ」
千尋も笑いながら持ち上げる。
一度腕へ力を入れ、少しだけ眉を上げた。
「ほんとだ。でも両手なら普通に運べる。これ扉に持っていってみる?」
「待って。それ、表面に線がある」
志帆が別の柱から声をかけた。
千尋は丸石を床へ置き、改めて表面を見る。
二本の溝が刻まれている。
「ほんとだ。じゃあ、そっちにも同じのある?」
「ある。ただしこっちは一本ね。形は同じだけど、溝の数が違う」
みつみが二つを見比べて、すぐに部屋を見回した。
「だったら三本のやつもあるんじゃない? 穴も三つだし、一・二・三で揃いそう」
三人が自然に散った。
志帆は壁沿い。
千尋は柱の並ぶ中央。
みつみは奥へ行ったと思えば、途中から床の線を追い始める。
「中央の柱はほとんど空だね。見た感じ、丸石が乗ってた跡もない」
千尋がいくつか確かめながら言う。
志帆も反対側を見回す。
「こっちもないわ。全部柱の上に置いてあるとは限らないかも」
「じゃあ下も見る」
みつみがしゃがみ込み、柱の根元を覗いていく。
少しして、入口近くから声が上がった。
「あった! 三本のやつ、床に埋まってる!」
二人がそちらへ向かう。
みつみは床へ半分ほど埋まった丸石の脇にしゃがんでいた。
周りの砂を払うと、表面に三本の溝が見える。
「これなら揃ったね。ただ、なんでこれだけ床にあるんだろ」
「それも何か意味あるかもしれないけど、まず入れてみようよ。違ったら考えればいいし」
千尋がそう言って石を掴む。
みつみも反対側を持った。
二人で持ち上げ、扉の前まで運ぶ。
志帆はすでに三つの窪みを見比べていた。
「順番を合わせるなら、上から一本、二本、三本が一番自然だけど……まあ、最初はそれで試してみましょう」
三人で丸石を運び、窪みへ入れる。
一本線。
二本線。
三本線。
最後の石を押し込んだ。
三人とも少し下がり、扉を見る。
何も起きない。
千尋が腕を組んだ。
「まあ、そんな簡単じゃないか。順番が違うのか、それとも入れるだけじゃ足りないのか」
みつみはすぐ一番上の石へ手を伸ばしたが、志帆が扉の脇を指した。
「先にこっち見て。扉から伸びてる線、途中で床のほうへ曲がってる」
三人で視線を追う。
壁から床へ。
その先は、石室の入口方向へ続いている。
千尋がしゃがんで確認する。
「これ、さっき通路で見つけた三本線とつながってるんじゃない? だったら丸石だけ合わせても駄目で、向こうから線を通す必要があるとか」
「あ、それありそう。じゃあ、さっき押して何も起きなかった石も関係ある?」
みつみが入口を振り返る。
「たぶん。戻って見てみよう」
千尋が先に歩き、みつみもその後を追った。
志帆は扉の前に残り、丸石の表面をもう一度見ている。
「二人とも、ちょっと待って。これ回せる」
丸石は窪みの中で回転した。
志帆が一本線の石を回すと、刻まれた溝の向きが変わる。
「なるほど。線をつなぐなら、石自体の向きも合わせる必要がありそう」
「じゃあ志帆そこ見てて。私たち入口のほう触ってみる」
千尋が返し、そのままみつみと通路へ戻る。
先ほど見つけた四角い石。
千尋は今度は押さず、縁へ指をかけた。
「……これ、回るかも」
両手で力を入れる。
石の中央部分だけが、ゆっくり回った。
床の三本線のうち一本と、壁へ伸びる一本がつながる。
ゴッ、と低い音が響いた。
「今なんか動いた!」
みつみが石室へ駆け戻る。
すぐに声が返った。
「扉じゃない! こっち、柱が開いてる!」
千尋も追う。
志帆は石室の中央に立ち、一つの柱を見ていた。
さっきまで何もなかった側面が開き、中から短い石棒が突き出している。
「入口の石を回したら、これが出てきたみたい。たぶん次はここね」
志帆が石棒を握った。
左右へ倒せる。
「じゃあ動かしてみて。どっちでも、まず一回」
千尋が少し離れて部屋全体を見渡す。
志帆が左へ倒した。
どこかで石の擦れる音がする。
「今度は向こう!」
みつみが先に気づき、別の柱へ走った。
その柱も側面が開き、同じような石棒が現れている。
「増えた。これ、一個動かすと次の仕掛けが出るやつじゃない?」
「たぶんね。ただ、順番に全部触ればいいだけなら簡単すぎる気もする」
千尋は最初の石棒へ戻った。
「一回反対に倒してみる?」
志帆が右へ戻す。
二つ目の柱が閉じた。
志帆は石棒から手を離し、入口と扉を交互に見る。
「最初の操作を戻すと、次も消えるのね。入口の石で使う線を選んで、柱でその先をつないで、最後に扉の丸石で向きを合わせる……そんな感じかもしれない」
「じゃあ三人で別々に見たほうが早そう」
千尋が部屋の中央へ移動した。
「みつみ、入口の石を違う位置に回してみて。志帆は扉の線見てて。私はどの柱が開くか見る」
「了解」
みつみは入口へ戻った。
志帆は扉。
千尋は柱の中央。
三人の位置が一気に離れる。
「回すよー」
みつみが入口の石を動かした。
ゴッ。
「さっきと違う柱が開いた!」
千尋がその柱へ走る。
石棒を見つけ、そのまま志帆へ顔を向けた。
「こっち触ってみる。どっちに倒す?」
志帆は扉の線と丸石を見比べる。
「まず右。こっちの一本線を横へ合わせてみるから、それで線が通るか確認したい」
千尋が石棒を倒す。
志帆も同時に丸石を回した。
カチッ。
扉に刻まれた三本線のうち一本が、淡く白く光る。
「ついた!」
みつみが入口側から声を上げた。
千尋も扉を見て笑う。
「これで合ってる。じゃあ次もやってみよ」
「今度は入口の位置も柱も変わるはずだから、同じ操作ではなさそうね」
志帆は光った一本を確認してから、残り二本へ視線を移した。
次はみつみが入口の石を別方向へ回す。
開く柱が変わる。
千尋がその柱へ移動し、志帆は扉の前から線を追った。
一度目は何も起きなかった。
千尋が石棒を元へ戻す。
「違うね。みつみ、入口の石、もう一個先まで回せる?」
「やってみる。ここでいい?」
志帆が床から扉まで伸びる線を見比べる。
「そこで止めて。千尋、今度は左」
石棒が倒れる。
カチッ。
二本目が光った。
「あと一本!」
みつみが入口側で喜んだ。
けれど、今度は誰もすぐには次を触らなかった。
千尋は中央の柱を見回す。
「最後も同じなら、もう一回別の位置に回せばいいだけだよね。でも、まだ使ってない柱かなりある」
「最初に見つけた線も全部は使ってないわね。最後だけ別の場所を通るのかも」
志帆も扉から離れた。
「じゃあ、まだ触ってないとこ探そ」
三人がまた散る。
千尋は低い柱の陰へ回り込む。
志帆は床に刻まれた線を追う。
みつみは石室の入口を出て、そのまま最初に見つけた石像のところまで戻っていた。
「二人とも、こっち来て! 石像のところにも線ある!」
志帆が先に向かう。
みつみは石像の足元へしゃがみ込み、一本だけ伸びる細い線を指していた。
「これ、さっきは気づかなかった。たぶん石室のほうへ行ってる」
「確かに。途中で崩れた石に隠れてるけど、向きは合ってるわね」
二人で線を追い始める。
途中で見えなくなるたび、少し先を探す。
石室へ戻るころには、今度は千尋が壁際でしゃがみ込んでいた。
「こっちに続きあった。これ、あの低い柱の下へ入ってるよ」
三人で集まる。
線は、今まで一度も触っていなかった低い柱の根元へ消えていた。
千尋が上と側面を確かめる。
「石棒はないね。押せそうなところも見当たらない」
「反対側も見てみる」
みつみがぐるりと回り込み、すぐしゃがんだ。
「ここに穴ある。小さいけど、なんか入りそう」
「指入れるのはやめときなよ。中から何か出たら嫌でしょ」
千尋が先回りして言った。
みつみが手を止める。
「まだ何もしてない」
「しようとしてたじゃん」
「じゃあ棒みたいなの探す?」
二人が周囲を見る。
志帆は足元へ目を落とし、細長い石片を拾った。
「これで十分じゃない? わざわざ手を入れなくても、何か押せるかくらいは試せるでしょう」
「それいい」
みつみが場所を空ける。
志帆が石片を穴へ差し込んだ。
少し入ったところで何かに当たる。
そのまま押した。
カチッ。
三人の目の前で、低い柱の天面がゆっくり沈んだ。
最後まで暗かった線が、淡く白く光る。
直後。
石室全体へ重い音が響いた。
正面の石扉が、左右へゆっくり開いていく。
「開いた!」
みつみが真っ先に扉の向こうを覗いた。
「階段ある。下行けるよ」
千尋も隣から覗き込む。
「じゃ、行こ。今度は何あるんだろ」
「待って。せめて足元くらい見てから行きなさい」
そう言った志帆自身も、もう石段へ足をかけていた。
千尋が笑う。
「志帆も早いじゃん」
「これは別よ」
「何が別なの」
みつみが二人の横を抜けて、一段下へ降りる。
「早く行こ。次も仕掛けあるかもしれない」
「だから足元」
三人で石段を降りていった。
◇
石段を降り切った先は、さっきまでより狭い通路だった。
壁際に並ぶ古びた石柱。
崩れた像。
奥へ続く暗がり。
「次もギミックかな。今度はさっきより早く見つけたい」
みつみは歩きながら、すでに壁や床を見回している。
千尋は少し前を歩き、曲がり角や柱の陰へ視線を向けた。
「仕掛けだけ見てると、普通にモンスター見落としそうだから気をつけよ。鳴田南ってスケルトンとか小さいゴーレムも出るんでしょ?」
「そうね。遺跡に骸骨……実に正しい組み合わせだわ」
志帆が満足そうに頷く。
千尋が振り返った。
「何が正しいの?」
「雰囲気よ。石造りの遺跡でスケルトンが出てくるのは、非常にこう……分かっている感じがするでしょう」
「誰が分かってるのか分かんないけど、志帆が今日ずっと楽しそうなのは分かる」
「あなたたちだって十分楽しんでるじゃない」
「まあね」
千尋が前を向き直る。
みつみは二人の会話を聞きながらも、壁の窪みを一つずつ覗いていた。
「次なんかないかな。今度は怪しいもの見つけても、いきなり引っ張らないようにする」
「それ、成長したみたいに言うこと?」
「一回やったからね」
「一回で学ぶのは偉いけど」
三人の足音が、静かな遺跡の通路へ響く。
そのとき、みつみが急に立ち止まった。
「……ねえ。今、あそこに誰かいなかった?」
声の調子が変わった。
千尋と志帆も足を止める。
みつみが指したのは、少し先の石柱だった。
半分崩れた柱の向こう。
今は誰もいない。
千尋が少し前へ出る。
「探索者かな。どんな感じだった?」
「よく見えなかった。一瞬だけ白っぽいのが動いて、人みたいに見えた」
志帆も目を凝らす。
「この辺りに他の探索者がいるなら、足音くらい聞こえそうだけど……静かね」
三人でしばらく待つ。
何も動かない。
千尋が柱の近くまで行き、その向こうを覗いた。
「いない。奥へ行ったのか、みつみの見間違いか」
「見間違いかな。でも、なんかいたと思うんだけど」
みつみも近づき、柱の向こうを見る。
何もいない。
そのまま三人が奥へ視線を向けた、そのときだった。
次の曲がり角の前。
半透明の白い何かが、すっと横切った。
三人とも、今度ははっきり見た。
千尋がすぐ姿勢を変える。
「今のは見えた。人っぽかったけど、普通の探索者には見えなかったよね」
「うん。透けてた」
みつみの目が一気に輝く。
志帆は曲がり角を見つめたまま、少しだけ声を落とした。
「……幽霊?」
みつみはもう歩き出していた。
「見に行こう。あれ何なのか気になる」
「行くのはいいけど、いきなり触ったり追いかけ回したりはなしね」
千尋もすぐ後を追う。
志帆は一度だけ二人の背中を見てから、小さく笑った。
「未知の亡霊との邂逅……」
少し間を置く。
「これは、行かない理由がないわね」
三人の足音が、静かな遺跡の奥へ響いていった。




