第37話 何もしないという、固い決意
「で、次どこ行く?」
昼休み。
千尋がスマホを机の真ん中に置いた。画面には、近場のダンジョンの一覧が表示されている。
弁当を食べていた佳奈子が、箸を止めて画面を見た。
「もう次探してるの? この前、虎ヶ崎行ったばっかじゃん」
「でも次の休み、もうすぐじゃん」
「最近、休みイコール、ダンジョンになってない?」
佳奈子に言われて、みつみが少し考える。
「……なってるかも。でも虎ヶ崎もまた行きたい」
「それは私も。今度は湖でゆっくりしたいし」
佳奈子があっさり頷くと、千尋も「私は獣道」と続いた。
志帆は自分のスマホを触りながら、
「薬草採取も、もう一回ちゃんとやってみたいわね」
と呟く。
「私は湖でお菓子」
みつみが言うと、佳奈子が笑った。
「それ、私とほぼ同じじゃん」
「私は湖も込みだから」
「私も湖込みだけど」
「じゃあ一緒」
「何の勝負だったの、今」
話が虎ヶ崎へ戻りかけたところで、千尋がスマホを軽く持ち上げた。
「虎ヶ崎はまた行くとしてさ。せっかくだし、新しいとこも行きたくない?」
「行きたい。どこ?」
みつみの返事は早かった。
「それを今探してんの」
千尋が笑いながら一覧をスクロールする。
志帆も検索を始めた。
「この辺りなら、まだ候補はいくつかあるわね。あまり遠いところまで広げなければだけど」
「遠いのはやだなあ」
佳奈子は弁当に視線を戻した。
「朝早くなくて、帰るのも遅くならないくらいがいい。休日なのにダンジョン行くために早起きするの、なんか違う」
「分かる。六時起きとか私も嫌」
千尋が頷く。
「六時は無理」
みつみも即答した。
志帆が顔を上げる。
「みつみはダンジョンなら起きそうだけど」
「前の日は起きる気でいると思う」
「それ、当日ダメなやつじゃん」
佳奈子が笑う。
その間にも、みつみは千尋のスマホへ手を伸ばし、一覧を勝手にスクロールしていた。
「あ、これ何? 鳴田南」
名前を聞いた志帆が、すぐに自分のスマホへ視線を落とす。
「そこ、遺跡系だったはず。ちょっと待って……やっぱりそう。洞窟じゃなくて、内部に構造物があるタイプね」
「遺跡?」
みつみの指が止まった。
「石の建物とかある? そういうのなら行きたい」
「まだ写真しか見てないでしょ」
千尋が横から画面を覗く。
志帆は紹介ページを読み進めていたが、途中で少し眉を上げた。
「それだけじゃないみたい。進むための仕掛けがあるって」
「仕掛け?」
「ギミックね」
「行きたい」
「決めるの早いって」
千尋が笑う。
みつみはもう鳴田南の紹介画面を開き、掲載されている写真を次々と送っていた。
「だって、こういうの初めてじゃん。何するんだろ」
「そこは調べすぎないほうが面白そう」
千尋がみつみの手元を覗き込みながら言った。
「答え分かってるやつをそのままやるより、自分たちで考えて、違ったら別のこと試すほうが楽しそうじゃん」
「あ、それいい。分かんなくてもすぐ調べないやつ」
「そうそう。どうしても無理だったら、その時考えればいいし」
二人の話を聞いていた佳奈子が、卵焼きを口に入れながら笑う。
「千尋、そういうの好きそう。戦うよりハマるんじゃない?」
「普通に好き。身体使うやつだったらもっといい」
「私も興味あるわ」
志帆はスマホから顔を上げた。
「遺跡系はまだ行っていないし、実際のギミックがどうなっているのか見てみたい」
みつみが三人の顔を順番に見る。
「じゃあ鳴田南、次の候補にする?」
「私はいいよ」
千尋が答え、志帆も頷く。
佳奈子も画面を覗き込んだまま、
「写真見る限りは面白そう」
と返した。
「じゃあ四人ともじゃん」
みつみが嬉しそうに言ったところで、佳奈子が箸を向ける。
「まだ行く日決めてないでしょ。先にそっちじゃない?」
「あ、そっか」
千尋がカレンダーを開いた。
「次の休みなら土曜? 私は空いてる」
「私も土曜なら大丈夫」
志帆も予定を確認する。
みつみは少し考えてから、「私は家帰って確認しないと分かんない」と答えた。
三人の視線が最後に佳奈子へ向く。
佳奈子は一瞬考えてから、首を横に振った。
「あー、土曜なら私はやめとく」
「予定ある?」
千尋が尋ねると、佳奈子は普通に「ないよ」と答えた。
今度はみつみが不思議そうな顔をする。
「ないのに行かないの?」
「最近ダンジョンばっかだったじゃん。だから次の休みは、家で何もしないって決めてる」
佳奈子は残っていた卵焼きを食べてから、満足そうに箸を置いた。
「朝起きる時間も決めない。出かけない。たぶん着替えない。お昼も家にあるもの食べて、一日ゴロゴロする」
「めちゃくちゃ予定決まってるじゃん」
千尋が笑った。
「何もしないっていう予定だから」
「鳴田南、面白そうなのに?」
みつみはまだ少し気になるらしい。
「面白そうだよ。でも今度の土曜は、そっちよりゴロゴロしたい」
佳奈子があまりにも普通に言うので、みつみも「ああ、なるほど」と頷いた。
志帆も予定表を閉じる。
「なら、今回は三人ね。別に毎回四人で行く必要もないし」
「うん。三人で行ってきて」
佳奈子は気にした様子もなく、自分のスマホを手に取った。
「写真は見たいから撮ってきて。ギミックの答えは別にいいけど」
「そこは興味ないんだ」
「自分でやらないなら、答えだけ聞いてもしょうがなくない?」
「それもそうか」
みつみは納得すると、すぐ千尋のスマホへ戻った。
千尋は予定表に鳴田南と仮入力する。
「じゃあ土曜。みつみは帰ったら確認して。ダメなら三人で別の日にするか考えよ」
「了解」
ひとまず話がまとまった。
ところが千尋がダンジョン一覧へ戻すと、さっきまで「次の休みは家から出ない」と宣言していた佳奈子が、また画面を覗き込んできた。
「他には?」
「佳奈子、次行かないのにまだ見るの?」
「見るくらいいいじゃん。今度の土曜に行かないだけなんだから」
「それはそうだけど」
千尋が笑いながら何件かスクロールする。
「あ、これとか。狩造。水辺系だって」
「水辺?」
佳奈子の反応が変わった。
「ちょっと見せて」
自分からスマホへ寄ってきた佳奈子に場所を空け、千尋が紹介ページを開く。
画面には、水の広がるダンジョンの写真が表示された。
浅い水の中を道のように進んでいる場所もあれば、水面の向こうに別の足場が見えている写真もある。
「うわ、何これ」
みつみも反対側から覗き込んだ。
「楽しそうじゃん、ここ」
佳奈子が画面を指で広げる。
さっきの鳴田南より、明らかに食いつきがいい。
「鳴田南より反応いいじゃん」
千尋が言うと、佳奈子は写真を見たまま頷いた。
「こっちのほうが行きたい。次の土曜は行かないけど、別の日ならここ行こうよ」
「ゴロゴロは?」
みつみが聞く。
「するよ。次の土曜は絶対する。その次は知らない」
「一日限定なんだ」
「一回ちゃんと何もしない日が欲しいの」
佳奈子は次の写真へ送る。
「これ、水の中も歩くのかな。こういうの普通のダンジョンと全然違いそうで楽しそう」
「ルートもいくつかあるみたいね」
志帆が調べた情報を見せる。
「同じ場所を全員が同じように進むとは限らないみたい」
「それいいじゃん」
佳奈子がさらに乗ってくる。
「私、ここは行きたい」
「じゃあ鳴田南の次の候補、狩造にする?」
千尋の言葉に、今度はみつみがすぐ頷いた。
「行く。水のダンジョン見たい」
「私も興味あるわ」
志帆も賛成する。
三人の返事を聞いた佳奈子は、満足そうにスマホから顔を離した。
「じゃあ狩造は四人ね」
「佳奈子が決めた」
「いいじゃん。私が行きたいんだから」
さっきは鳴田南へ行かないと決めて、今度は自分から狩造へ行こうと言う。
その切り替えがおかしくて、千尋が笑った。
「分かりやす」
「遊びなんだから、行きたいとこ行けばいいでしょ」
「それはそう」
みつみはまだ狩造の写真を見ていたが、ふと別のことを思い出したように顔を上げた。
「そういえばさ。鳴田南行くなら、私、杖ほしい」
突然変わった話題に、佳奈子が目を瞬く。
「また急だね」
「前からちょっと思ってたんだよ。レンタルじゃなくて、自分の杖」
みつみはさっそく検索を始めた。
「買うかはまだ分かんないけど、見るだけ見たい。短くて、軽くて、かわいいやつ」
「最後が一番大事そう」
「一番大事」
佳奈子の予想を、みつみは迷わず肯定した。
検索結果には、長い杖から片手で扱えそうな短いものまで並んでいる。
千尋も横から画面を覗いた。
「自分で持ってくなら、こういう短いやつのほうがよくない? 長いの学校帰りに持って歩くの大変そうだし」
「確かに。バッグにつけられるくらいがいいな」
みつみが検索条件を変え始める。
その横では、志帆も別の画面を開いていた。
千尋がそれに気づいた。
「志帆もなんか探してる?」
「少し見てるだけ。私なら杖より、魔法補助のアクセサリのほうがいいかなと思って」
志帆は画面を見せた。
「ヒーラーだから杖である必要はないし、毎回持ち歩くなら小さいほうがいいでしょう。ただ……この辺りはあまり好みじゃないのよね」
並んでいるのは、白や銀を基調にした明るい色のアクセサリだった。
みつみがすぐに志帆の隣へ移る。
「志帆、黒いのがいいの?」
「黒ければ何でもいいわけじゃないわ。魔法補助としてちゃんと使えることが前提。そのうえで、形も色も――」
そこまで話したところで、佳奈子が笑った。
「これ長くなるやつ?」
「まだ何も話してないでしょう」
「じゃあ聞く。どんなのがいいの?」
みつみに促され、志帆は一瞬だけ三人を見る。
それから少し楽しそうに検索結果を送った。
「大きすぎるものは邪魔になるから、細身がいい。制服や私服でも極端に浮かないほうが使いやすいし。でも普通すぎるのも違うのよ。こういう形なら――」
今度は誰も止めなかった。
志帆の話を聞きながら、千尋はふと自分の右手を見た。
「私は、しばらく今のでいいかな」
みつみが顔を向ける。
「剣?」
「うん。今のやつ使いやすいし、気に入ってるから。まだ替えたいと思わない」
千尋には、すでに自分のショートソードがある。
光沢のある黒い刀身を持つ、使い慣れ始めた一本。
「千尋、あれかなり気に入ってるよね」
佳奈子に言われ、千尋は素直に頷いた。
「気に入ってる。だから今は他のいらない」
そう答えると、千尋はまた志帆のスマホへ視線を移した。
「それより、志帆は手首につけるやつとかどう? そのほうが動くとき邪魔にならなそうじゃない?」
「ああ、バングル型ね。それは候補に入れてもいいかも」
「バングル?」
聞き慣れない言葉に、みつみが首を傾げる。
志帆はすぐに画像を検索した。
「こういう腕輪みたいなもの。ブレスレットと違って硬い素材のものが多いわね」
「あ、これならかわいい」
「でしょう? ただ、私が欲しいのはもう少し――」
再び志帆の検索が始まる。
三人がその画面を覗いていると、今度は千尋が佳奈子へ顔を向けた。
「佳奈子は? なんか欲しい装備ないの?」
「私?」
佳奈子は少し考え、自分の肩の後ろへ手を回した。
「今すぐ買いたいってほどじゃないけど、矢筒はどうにかしたいかも。動くと邪魔なときあるし、弓持ったまま他のことするのも面倒なんだよね」
話しながら、実際に矢を取るときのように腕を動かしてみる。
「もっとちゃんと身体に固定できて、矢も取りやすくて、ついでにスマホとか小物も入れられたら便利そう」
「結構あるじゃん」
千尋が笑う。
「今聞かれたから考えただけ。でも、そういうのあるなら欲しいかも」
佳奈子も自分のスマホを開き、今度は矢筒を検索し始めた。
四人とも見ているものが違う。
みつみは杖。
志帆は魔法補助のアクセサリ。
佳奈子は使いやすそうな矢筒。
千尋だけは新しいものを探さず、今持っている剣でいいと言った。
少し前まで、四人で次に行くダンジョンを探していたはずなのに、いつの間にか話は装備へ移っている。
「ていうか、もう昼休み終わるよ」
佳奈子が時計を見て、最初にスマホをしまった。
「あ、ほんとだ」
みつみも慌てて画面を閉じる。
「志帆、続きあとで見せて」
「いいけど、授業中に送っても見ないでよ」
「見ないよ」
「前に見てたでしょう」
「一回だけ」
「見たことはあるんだ」
千尋が笑いながら自分のスマホをしまった。
次に行く新しいダンジョンは、ひとまず決まった。
鳴田南へ行くのは三人。
佳奈子はその日、家で何もしない。
そして別の日なら、狩造へは自分も行きたい。
自分の席へ戻ろうとした佳奈子が、途中で振り返った。
「鳴田南の日、決まったら一応教えてね」
「行かないのに?」
みつみが聞くと、佳奈子はすぐに首を振った。
「夜に。朝から『着いた』とかグループに送らないでよ。通知で起きたくないから」
「通知切っとけばいいじゃん」
千尋に言われ、佳奈子は一瞬止まる。
「あ、そっか。じゃあ切る」
「解決した」
「でも帰ってきたら写真は送って。見るから」
「ギミックも?」
「それはいらない」
「そこは変わらないんだ」
佳奈子は笑いながら自分の席へ戻っていった。
みつみはその背中を見送ってから、千尋と志帆を見る。
「じゃあ三人で遺跡だね」
「そうね。日程が決まったら、必要なものだけ確認しておきましょう」
志帆が答える横で、千尋も楽しそうに頷いた。
「自分たちでギミック解けるかな。なんか、ちょっと楽しみになってきた」
「解けなかったら考えればいいよ」
みつみがさらりと言う。
千尋が足を止めた。
「それ、さっき私が言ったやつじゃん」
「そうだっけ?」
「もう忘れてるし」
三人で笑いながら、それぞれの席へ戻った。




