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第35話 森の主を探して

「羽根ある」


 みつみが足を止めた。


 湖を越え、さらに奥へ入った森。さっきまでより木々の間隔が狭く、頭上も枝葉に覆われている。


 その足元に、茶色がかった大きな羽根が落ちていた。


「でか」


 佳奈子が覗き込む。


「フォレストホークのじゃないよね」


「たぶん違う」


 千尋がしゃがみ込み、羽根を拾い上げた。


 これまで拾った《風切羽》より、明らかに太くて長い。


「何の羽根?」


「表示出る?」


 みつみに言われ、千尋が羽根を見る。


「……出ない」


「じゃあドロップじゃない?」


「かも」


 志帆も横から覗き込んだ。


「森の深奥に残されし、名もなき巨鳥の羽……」


「名もなきって決めたの?」


「まだ名前が分からないのだから、今は名もなきでいいでしょう」


「じゃあ見つけたら名前分かるかな」


 みつみが森の上を見る。


 葉の隙間から見える空は狭い。


「探す?」


「何を?」


「これ落としたやつ」


「即決じゃん」


 佳奈子は笑ったが、帰ろうとは言わなかった。


 千尋が羽根を持ったまま周囲を見回す。


「さっきから奥に来てるし、いるならこの辺かもね」


「《気配察知》?」


「それで鳥が上にいて分かるかは知らないけど、やってみる」


 千尋は立ち上がった。


「《気配察知》」


 少し待つ。


「……近くには何もいない」


「じゃあ歩こう」


「結局それなんだ」


「歩けば何かあるかもしれないじゃん」


 みつみは杖を持ち直した。


 大きな羽根は、ひとまずバッグへ。


 今日の目的は、いつの間にか一つ増えていた。


     ◇


「これじゃない?」


 十分ほど歩いたところで、佳奈子が木の根元を指した。


 何本かの細い枝が折れ、葉がまとめて地面へ落ちている。


 みつみが近寄った。


「通った跡?」


「知らない」


「え」


「だから聞いたんだけど」


「千尋は?」


「私に聞かれても」


 千尋も折れた枝を見る。


「大きい鳥がここ通る?」


 四人で少し上を見る。


 枝葉が重なっていて、翼の大きな何かが通れるようには見えない。


「違うか」


「たぶん」


「じゃあ何で折れたんだろ」


 みつみはまだ気になったが、志帆が少し先を指した。


「それより、あちら」


「何?」


「キノコ」


「キノコ?」


 茶色い傘が、倒木の脇にいくつか並んでいた。


 佳奈子が肩を落とす。


「鳥探してたんじゃなかったっけ」


「探しているわよ。ただ、あれは見たことがない」


 志帆はもうキノコの前まで行っている。


「何だろ」


「採れる?」


 みつみも隣へしゃがみ込む。


「ちょっと待って。写真撮る」


「志帆、そっちのほうが食いついてない?」


「未知を放置する理由がないでしょう」


「みつみに言われたくないやつ」


 千尋が笑う。


 スマホで調べても、すぐには名前が分からなかった。


「採取判定も出ないわね」


「じゃあ普通のキノコ?」


「ダンジョンの普通って何」


 佳奈子の言葉に、四人で少し考える。


「……写真だけにしとこ」


「賛成」


 立ち上がって、また歩く。


 鳥を探し始めたはずなのに、途中でキノコを見て止まった。


 その少し先では、みつみが木の幹についた大きな傷を見つけた。


「今度こそ!」


「それ、爪?」


 佳奈子が触らない距離から覗く。


「大きさ的にはありそうだけど」


 千尋が手のひらを傷の横へ当てて比べた。


「でも、オークがつけたとかもあるんじゃない?」


「じゃあ分かんないじゃん」


「分かんないのも面白くない?」


 千尋が言った。


 みつみは傷と千尋を見比べる。


「分かる」


「分かるんだ」


 佳奈子が笑った。


 答えが出ないまま、四人はまた森を進んだ。


     ◇


 先に気づいたのは千尋だった。


「いる」


 三人が止まる。


「前。二匹」


「何?」


「フォレストウルフ」


 みつみは杖を構えた。


「鳥じゃなかった」


「鳥だけ出るわけじゃないでしょ」


「それはそう」


 茂みが揺れた。


 二匹のフォレストウルフが姿を現す。


「《マジックブースト》」


 みつみは先に使った。


 続けて杖を前へ向ける。


「《マジックボール》!」


 青白い魔力弾が一匹の肩へ当たり、身体を横へ弾く。


「ちょっと強い!」


「気持ち程度じゃなかった?」


「気持ち程度に強い!」


「分かりづらいって!」


 もう一匹が千尋へ走る。


 千尋は横へ踏み込み、ショートソードを構えた。


「《ウィークポイント》!」


 飛びかかる直前、フォレストウルフの身体が伸びる。


 その瞬間に千尋の一撃が入った。


「今の?」


「たぶん!」


「こっちも分かりづらい!」


 佳奈子の矢が、みつみの魔法を受けた一匹へ飛ぶ。


「《ダブルショット》!」


 二本が続けて刺さり、フォレストウルフが消えた。


 残った一匹が向きを変える。


 千尋へ飛びかかろうとしたところで、志帆が一歩前へ出た。


「千尋、少し下がって」


「ん?」


 志帆はメイスを持ったまま、自分のスマホを一瞬見た。


「レベルが上がったわ」


「今?」


「今」


「スキルは?」


「ある」


 フォレストウルフが走り出す。


 志帆が千尋へ手を向けた。


「《プロテクション》!」


 淡い光が千尋の身体を包み、すぐ薄くなった。


「神の加護よ」


「今それ言う?」


「今だから言うのよ」


 千尋が笑いながら前へ出る。


 フォレストウルフの爪を避け、横から剣を入れた。


 みつみの《マジックボール》が続き、最後に佳奈子の矢が刺さる。


 フォレストウルフはその場で消えた。


「終わった」


 千尋が腕を見る。


「で、神の加護って何だったの?」


「受けるダメージを一定時間軽減するみたい。完全に防ぐわけではないわ」


「当たってないから分かんなかったね」


 佳奈子が言う。


「それでいいのよ」


 志帆は少しだけ残念そうに、自分のステータスをもう一度見た。


「でも、次は試したい」


「わざと当たるのはなしね」


「それくらい分かっているわ」


「顔がちょっと試したそうなんだけど」


「気のせいよ」


 みつみは笑いながら、落ちたドロップを拾った。


     ◇


 それからしばらく、肝心の大きな鳥は見つからなかった。


「いないね」


「いるとは思うんだけど」


 千尋が頭上を見る。


「羽根あったし」


「移動してるんじゃない?」


 佳奈子が水を飲みながら言った。


「ボスって同じ場所にずっといるとは限らないのかしら」


「探し回るボス……」


 志帆の声が少し弾む。


「待っているだけの主ではなく、自ら森を巡回する主」


「楽しそう」


 みつみが言った。


「見つからないのに?」


「だから」


「またそれ?」


 歩き出した直後だった。


 ばさっ、と頭上で大きな音がした。


 四人が同時に見上げる。


 枝葉の向こうを影が横切った。


「いた!」


「見えた?」


「でかかった!」


「追う?」


 千尋はもう影が消えた方向を見ている。


「一回、見えるところまで行きたい」


「行こう」


 みつみが即答した。


 四人で森を進む。


 少し先で、また羽音がした。


「右!」


 千尋が走る。


「《サイレントステップ》!」


「それ使うんだ」


「こういうとき使わないでいつ使うの!」


 みつみと佳奈子も後を追い、志帆が続く。


 木々の隙間を抜けたところで、千尋が急に止まった。


「いた」


 前方の高い枝。


 そこに、大きな鳥がとまっていた。


 フォレストホークとは比べものにならない。


 翼を畳んでいても大きい。太い枝の上から、丸い頭がゆっくりこちらを向く。


 大きな目が、四人を見下ろした。


「……フクロウ」


 佳奈子が小さく言う。


 みつみは息を止めた。


 見つけた。


 さっき拾った羽根の持ち主が、本当にいた。


「ストームオウル」


 千尋がスマホに出た表示を読んだ。


 次の瞬間、巨大な翼が開く。


「うわ」


 枝が大きく揺れた。


「《マーキング》!」


 千尋が先にスキルを使う。


 ストームオウルが枝を蹴った。


「来る!」


 佳奈子の声と同時に、巨大な身体が上から落ちてきた。


 みつみは横へ飛ぶ。


 低い位置を翼が通り過ぎ、風に押されて足が滑った。


「でっか!」


「見れば分かる!」


 千尋は身を伏せたまま、ストームオウルの方向を指す。


「左! 木の向こう!」


 姿は見えない。


 けれど千尋には《マーキング》がある。


「まだ動いてる。上がった!」


「佳奈子!」


「見えてる!」


 木々の隙間へ佳奈子が弓を向ける。


 ストームオウルが一瞬だけ見えた。


 矢を放つ。


 しかし、距離がある。


 矢が届く前にストームオウルは翼を傾け、木の向こうへ消えた。


「遠い!」


「こっち来させる?」


 みつみが杖を構える。


「来るなら撃てる」


「来る!」


 千尋が叫んだ。


「正面!」


 葉の向こうから、ストームオウルが突っ込んでくる。


「《プロテクション》!」


 志帆が今度はみつみへ使った。


「《マジックシールド》!」


 みつみの前に魔力の壁が広がる。


 直後、巨大な翼が振り抜かれた。


 風圧がぶつかる。


「うわっ!」


 魔力の壁が揺れ、みつみの身体も後ろへ押された。


 それでも倒れない。


「平気?」


「平気!」


 ストームオウルはそのまま上へ抜ける。


「プロテクションどう?」


「分かんない!」


「また分からない!」


「今はそれでいい!」


 千尋が上を見る。


「回ってる。まだ近い!」


「次来たら当てる」


 佳奈子が矢をつがえた。


 みつみも杖を持ち直す。


 怖くないわけではない。フォレストホークよりずっと大きく、速い。


 それでも、何もできないとは思わなかった。


「《マジックブースト》」


 もう一度、魔力を重ねる。


 ストームオウルが木々の向こうから姿を見せた。


「《マジックボール》!」


 魔力弾が飛ぶ。


 同時に、佳奈子の矢も放たれた。


 魔力弾は翼の端へ当たった。


 矢は外れる。


「当たった!」


「一発だけ!」


 ストームオウルは大きく旋回し、さらに高い場所へ上がっていく。


 佳奈子が弓を下げた。


「あそこまで行かれると無理」


「私も遠い」


 みつみも杖を下ろす。


 千尋がまだ上を見ていた。


「マーキングは残ってる。でも、離れてる」


「追う?」


 みつみが聞く。


 千尋は少し考えてから、首を振った。


「今日はやめよ。場所も分かったし、動きも見た」


「私も賛成」


 佳奈子がすぐ言った。


「矢、届かない距離まで行かれると何もできない」


 志帆も頷く。


「《プロテクション》も試せたわ。完全ではないけれど、あの風圧相手なら使う意味はありそう」


 みつみは、ストームオウルが消えた空を見る。


 もう姿は見えない。


「倒せそう?」


「今の一回で決める?」


 佳奈子が笑う。


「でも、無理って感じはしなかった」


「私も」


 千尋が答えた。


「次は、最初から倒すつもりで来ればいいんじゃない?」


「じゃあ今日は帰る?」


「帰ろ。今からずっと追いかけるのはちょっと遠い」


 佳奈子が弓を背負い直した。


 みつみも素直に杖を下ろす。


「じゃあ次」


「もう次の話してる」


「だって見つけたし」


 さっきまで、どこにいるのかも分からなかった相手だ。今は姿を見て、実際に戦ってみた。


 次にやってみたいことも、もう決まっていた。


     ◇


 湖まで戻ると、四人はセーフゾーンへ入った。


「休憩」


 佳奈子がバッグを下ろす。


「今日は寝ないよ」


「誰も寝るって言ってないじゃん」


「前科があるから」


「全員にね」


 千尋も座り込み、ペットボトルを取り出した。


 みつみはすぐにお菓子へ手を伸ばす。


「戦ったらお腹すいた」


「歩いてもすくし、寝ても起きたら食べるじゃん」


「生きてるから」


「強い」


 志帆がスマホを開いた。


「一応、残量を確認しておきましょう」


「真面目」


「学習したのよ」


 四人でステータスを見る。


 先に声を出したのは佳奈子だった。


「あ」


「何?」


「私も七になってる」


 みつみがお菓子を持ったまま寄る。


「スキル!」


「待って。今見る」


 佳奈子が表示を開いた。


「《スナイプ》」


「名前から強そう」


「通常の射撃じゃ届かないくらい遠くにいる、見えてる相手へ高精度の一射……」


 佳奈子は途中で止まった。


 三人も止まる。


 佳奈子が、さっきストームオウルが飛んでいった方向を見る。


「……さっき欲しかった」


「めっちゃ欲しかったね」


 千尋が笑った。


「ほんとに。あの距離で使えるじゃん」


 佳奈子はもう一度画面を見る。


「次、使ってみたい」


「じゃあ決まりね」


 志帆がスマホを閉じた。


「次こそ、森を巡る主へ挑むとき――」


「倒しに来る?」


 みつみが聞く。


「来る」


 千尋の返事は早かった。


「私は《スナイプ》使いたい」


 佳奈子も弓を見た。


 志帆は少し笑う。


「神の加護も、まだ本領を見せていないもの」


「志帆も使いたいだけじゃん」


「必要だから使うのよ」


「さっき自分で試したいって言ってた」


「それとこれは別」


 みつみは残っていたお菓子を口へ入れた。


 大きな羽根を拾って持ち主を探し、途中でキノコに寄り道して、木についた傷も調べた。フォレストウルフと戦ったあとには、本当に大きな鳥まで見つけた。


 今日はそこでやめたけれど、次に何をしたいかは決まっている。


「次は倒しに来よう」


「その前に帰ろ」


 佳奈子が立ち上がる。


「暗くなる」


「はーい」


「帰還までがダン活よ」


 志帆もバッグを持つ。


「それ普通に遠足のやつじゃん」


「ダンジョンだからダン活でいいの」


 千尋が笑った。


 四人は湖畔を離れ、歩き慣れてきた道を入口へ向かう。


 次は、あの大きな鳥を倒しに来る。


 それでも途中で何かを見つければ、たぶんまた足を止める。気になれば寄るし、新しいスキルがあれば試してみる。


 その先に、ストームオウルがいる。


 みつみは少しだけ振り返り、木々の向こうを見た。


「次、見つけるの早いかな」


「そこから?」


 佳奈子の笑い声が返ってきた。


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