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第34話 覚えて使って

「残ってる?」


「残ってる」


「私も大丈夫」


「問題ないわ」


 湖畔のセーフゾーンで、四人はそれぞれスマホを見ていた。


 次の休日も、虎ヶ崎ダンジョンの湖は変わらず静かだった。


 以前なら、ここへ着けばお菓子を出したり、そのまま休憩を始めたりしていた場所だ。


 今日はバッグを下ろして水分を取っただけで、みつみたちはステータスを確認している。


「なんか真面目になったね、私たち」


 佳奈子がスマホをしまった。


「MP確認してるもん」


「前まで見てなかったのがおかしいんじゃない?」


 千尋も画面を閉じる。


「大学生の人たちに会わなかったら、たぶん今も見てないよ」


「それはそう」


 みつみもスマホをしまった。


 だからといって、前回試したようなスキル節約をもう一度やるつもりはない。


 必要なら残量を気にする。


 でも、使いたいときには使う。


 それくらいが、自分たちにはちょうどよかった。


「で」


 佳奈子が湖の向こうを見る。


「今日は行くんだよね?」


「行く」


 千尋がすぐに答えた。


「今まで、こっち側ちゃんと進んでないし」


 湖までは、もう何度も来ている。


 けれど虎ヶ崎ダンジョンは、ここで終わりではない。


 水面の向こうまで続く森は、入口側より濃く見えた。


「未知なる深淵が、ついに我らを――」


 志帆が言いかける。


「湖の向こうだけどね」


 佳奈子が先に歩き出した。


「最後まで言わせて」


     ◇


「暗くなった?」


 みつみが上を見た。


 湖を離れてしばらく歩くと、森の様子が少しずつ変わっていた。


 木が増え、頭上を覆う枝葉も厚くなっている。入口側ではあちこちから差し込んでいた木漏れ日が減り、地面に落ちる光も細い。


「前より見づらいね」


 佳奈子が弓を持ったまま周囲を見る。


「うん。《気配察知》」


 千尋はもう迷わなかった。


 一度立ち止まり、少しして首を横に振る。


「今は近くにいない」


「早速使った」


「使うよ。ここ見えないもん」


「節約は?」


「必要ならする」


 千尋が前を向く。


「これは必要」


「便利なら使う、じゃなかった?」


「それもある」


 狭くなった踏み跡を、一列に近い形で進む。


 木の根が何本も地面を横切り、その先には浅い窪地があった。迂回するほどではない。


 千尋が先に下り、みつみたちも続く。


「ここ、同じ森なのに結構違うね」


 みつみが窪地から上がりながら言った。


「湖までよりダンジョンっぽい」


「湖までだってダンジョンだよ」


「分かってるけど、なんかこう……」


「奥地感?」


 佳奈子の言葉に、みつみが頷く。


「それ」


「深淵よ」


 志帆が言った。


「それは違う」


「雰囲気の話よ」


 前を歩いていた千尋が片手を上げた。


 三人が止まる。


「いる」


 今度は声が少し低かった。


「どこ?」


「右前。近い」


 千尋がショートソードを抜く。


 みつみも杖を握り直した。


 茂みが揺れる。


 出てきたのは、フォレストウルフだった。


「一匹?」


「たぶん」


 千尋が前へ出る。


 ウルフが姿勢を低くした。


「ちょうどいい」


「何が?」


「新しいの」


「あ」


 みつみが思い出す。


「《ウィークポイント》!」


「試す」


 千尋はウルフの動きをじっと見た。


 前回増えたばかりの四つ目のスキル。


 敵の動きや状態を見極め、攻撃が通りやすい箇所や瞬間を狙って、いつもより強い一撃を放つ。


 ウルフが地面を蹴った。


 千尋はすぐには動かない。


「千尋?」


「待って」


 真っすぐ迫ってきたウルフが、飛びかかろうと身体を沈める。


 その瞬間、千尋が横へ踏み込んだ。


「《ウィークポイント》!」


 黒いショートソードが振り抜かれる。


 刃を受けたウルフの身体が大きく崩れ、勢いのまま地面を滑った。


「おおっ」


 みつみが声を上げる。


 まだ消えてはいない。


 ウルフが起き上がろうとする。


「《マジックボール》!」


 魔力弾が当たった。


 フォレストウルフは再び倒れ、そのまま消える。


「強くない?」


 佳奈子が弓を下ろした。


「強い」


 千尋も自分の剣を見る。


「一発で終わるかと思った」


「そこまではいかなかったね」


「でも、いつもの一発より効いてた感じした」


「もう一回使いたい」


「この前からずっとそれ言ってない?」


「新しいから」


 地面に残った《フォレストウルフの毛皮》を拾う。


 千尋は満足そうだった。


「いいなあ」


 みつみが言う。


「何が?」


「四つ目」


「みつみもそのうち増えるでしょ」


「そのうちが今日かもしれないじゃん」


「じゃあいっぱい魔法使わないと」


「使う」


 佳奈子が二人を見る。


「MP管理を覚えた人たちとは思えない」


「管理はするよ」


 みつみが答えた。


「使わないとは言ってない」


「便利な言葉覚えたね」


     ◇


 さらに奥へ進む。


 森は急に別の場所へ変わるわけではない。


 ただ、進むほどに見通しが悪くなっていく。少し先に何があるのか、木や岩に遮られて分からない場所も増えた。


 踏み跡も、入口側ほどはっきりしていない。


「こっちで合ってる?」


 佳奈子が聞く。


「たぶん」


 千尋が答えてから、足元を見る。


「人が通った跡はある」


「たぶんなんだ」


「一本道じゃないし」


 少し先で踏み跡が二つに分かれていた。


 右は緩く下っている。


 左は岩の横を抜けていく細い道だ。


「どっち?」


 みつみが両方を見る。


「右?」


「なんで?」


「下りたい気分」


「何それ」


「私は左ちょっと気になる」


 千尋が岩の向こうを覗く。


「先が見えないし」


「では、我らは未知なる左の道へ――」


「二択になると元気になるね、志帆」


「未知が呼んでいるのよ」


「志帆、こういうとき千尋側なんだ」


「今日は左」


 佳奈子が右を見る。


「じゃあ私、右」


「別行動する?」


「しないよ」


「じゃあ左ね」


「多数決早いなあ」


 結局、四人で左へ進んだ。


 岩の横を抜けると、少しだけ開けた場所に出る。


 大きな木と、その根元に苔のついた岩がある。


 それだけだった。


「何もなかった」


 佳奈子が言う。


「でも見たかったからいい」


 千尋は気にした様子もない。


「戻る?」


「戻ろう」


 来た道を引き返す。


「こっち行かなかったら、何かあったかもってずっと気になってたよね」


 みつみが言った。


「なる」


「分かる」


 佳奈子も頷く。


「私もそれは分かる。何もないって確認できたから、もういい」


「それもダン活」


「便利な言葉になってきたね、それ」


     ◇


 右側の道を進んでいた千尋が、突然足を止めた。


「待って」


 三人がその場で止まる。


「《気配察知》」


 少し間があった。


「前にいる。一匹……」


 千尋が顔を上げる。


 直後、頭上で枝が大きく揺れた。


「上!」


 佳奈子が声を上げた。


 大きな鳥影が枝の間から飛び出す。


「フォレストホーク!」


 急降下してくる鉤爪を、四人が左右へ避けた。


 その向こうでは、木の陰から太い身体が出てくる。


「オークもいる!」


 みつみが叫んだ。


 前からオーク。


 上にはフォレストホーク。


「二匹!」


「別々に見ないで!」


 志帆の声が飛ぶ。


「千尋、オーク! 佳奈子、上!」


「分かった!」


 千尋がオークへ向かう。


 佳奈子はすぐに矢をつがえた。


「《ダブルショット》!」


 二本の矢がフォレストホークへ飛ぶ。


 一射目は外れ、二射目が翼の端をかすめた。


 ホークが大きく旋回する。


 みつみも杖を向けた。


「《マジックボール》!」


 青白い魔力弾が木々の間を飛んだが、ホークは身体を傾けてかわした。


「速い!」


「また来る!」


 佳奈子が弓で追う。


 地上では、オークが千尋へ腕を振り下ろしていた。


 千尋が横へ逃れる。


「《サイレントステップ》!」


 一気に横へ回り込み、黒い刃を振るう。


 オークが振り返った。


 その腕が千尋へ向く。


 千尋は一度距離を取り、相手の動きを見る。


 オークが大きく腕を振った。


「《ウィークポイント》!」


 千尋が振り切った直後へ踏み込む。


 刃が胴へ深く入った。


「効いてる!」


 みつみが声を上げる。


「でもまだ!」


 オークが千尋を追う。


 同時に、フォレストホークが再び降下した。


「みつみ!」


 佳奈子の声に顔を上げると、鉤爪が迫っていた。


「《マジックシールド》!」


 みつみの前に魔力の障壁が現れる。


 フォレストホークの鉤爪がぶつかり、衝撃でみつみが一歩下がった。


 ホークも弾かれるように上へ離れる。


「今!」


「《パワーショット》!」


 佳奈子の矢が飛ぶ。


 上昇しようとしていたフォレストホークの身体に突き刺さった。


 鳥影が枝へぶつかり、体勢を崩す。


「もう一発!」


 みつみが杖を向けた。


「《マジックボール》!」


 魔力弾が命中する。


 フォレストホークが地面へ落ち、その身体が消えた。


「倒した!」


 佳奈子が声を上げる。


「まだオーク!」


 志帆がすぐに視線を戻した。


 千尋がオークの攻撃をかわしながら距離を取っている。


「こっち手伝って!」


「今行く!」


 みつみもオークへ杖を向けようとして、ふと思った。


 今のフォレストホークで経験値が入った。


 千尋が前回レベル七になったばかりということも、頭に残っている。


「千尋、ちょっとだけお願い!」


「何!?」


「ステータス見る!」


「早くして!」


 千尋がオークの正面を引き受ける。


 佳奈子もすぐに矢をつがえた。


「私も見るから!」


「ありがと!」


 みつみは数歩下がり、スマホを取り出した。


 画面を開く。


「上がってる!」


「みつみ!」


「七! スキルもある!」


 名前だけを確認する。


「《マジックブースト》!」


「何それ!」


 佳奈子がオークへ矢を放ちながら聞く。


「次のメイジスキルをちょっと強くする!」


「ちょっと?」


「ちょっと!」


「とりあえず使って!」


「うん!」


 スマホをしまい、みつみが杖を握り直した。


「《マジックブースト》!」


 身体の周りで、淡い魔力が一瞬だけ揺れる。


 オークが千尋へ向かって踏み込んだ。


 千尋が横へ逃れる。


「今!」


「《マジックボール》!」


 青白い魔力弾が飛ぶ。


 オークの胸へ直撃し、その身体が大きく後ろへ揺れた。


「おお!」


「強い!?」


 佳奈子が聞く。


「いつもより……」


 千尋がオークから目を離さないまま答える。


「ちょっと?」


「たぶん!」


「分かりづらい!」


 オークはまだ倒れない。


「ほんとにちょっとだ!」


 みつみ自身が笑った。


「《ダブルショット》!」


 佳奈子の二本の矢が続けて当たり、オークがよろめく。


「千尋!」


「分かってる!」


 千尋が踏み込んだ。


 黒いショートソードが振り抜かれる。


 オークの身体が崩れ、そのまま消えていった。


 みつみは大きく息を吐いた。


「終わった……」


「終わった」


 千尋も剣を下ろす。


 佳奈子がみつみを見る。


「ほんとに戦ってる途中で見たね」


「だって今ので上がってるかもしれないって思ったんだもん」


「上がってたけど」


「しかも使えた」


 みつみは嬉しそうにスマホを出した。


 今度は慌てずに、新しく増えたスキルを開く。


「《マジックブースト》」


 三人も寄ってくる。


「ほんとに、次に使うメイジスキルを一回だけちょっと強くするんだ」


 佳奈子が画面を見る。


「ちょっとなんだね」


「ちょっとだね」


「気持ち程度」


「でも強くなる」


 みつみには、それで十分だった。


「次、マジックマインにも使ってみたい」


「もう次の話してる」


 千尋が笑う。


「新しいスキル増えたら使いたいでしょ?」


「分かる」


「ほら」


「でも毎回、戦闘中にステータス見るのはなしね」


 佳奈子に言われ、みつみも頷いた。


「今日は千尋と佳奈子が見ててくれたから」


「そういう問題?」


「たぶん」


「次から戦闘後にしましょう」


 志帆がきっぱり言った。


「はい」


 地面には、フォレストホークの《風切羽》と、オークの肉が残っていた。


 二つを回収してから、四人は少し休むことにした。


     ◇


「MPどう?」


 佳奈子に聞かれ、みつみはスマホを見る。


「まだ平気」


「私も」


 千尋もSPの残りを確認した。


「さっき結構使ったけど、まだ行ける」


「では進む?」


 志帆が聞く。


 みつみは周囲を見た。


 湖はもう見えない。


 さっきまでより暗い森の中を、踏み跡がさらに先へ続いている。


「行きたい」


「私も」


 千尋が立ち上がった。


 佳奈子もバッグを背負う。


「まあ、まだ大丈夫なら」


 志帆が最後に立った。


「いよいよ深部ね」


「さっきも深淵って言ってたじゃん」


「深淵は何度あってもいいのよ」


「そんなことある?」


 四人はまた歩き出した。


 湖の向こうへ来ただけなのに、虎ヶ崎ダンジョンは少し違う場所に見えた。


 木が増え、道は分かりづらくなり、敵も一匹ずつ都合よく出てきてはくれない。


 それでも、前より怖いというより、まだ見ていない場所が増えたような気がした。


「千尋」


「何?」


「《気配察知》よろしく」


「はいはい」


「MPとSPは?」


「気にする」


「スキルは?」


「使う」


「だよね」


 千尋が笑う。


「《気配察知》」


 四人は、そのまま森の奥へ進んでいった。


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