第33話 スキルはシーカーの嗜み
「今日は、なるべくスキルなしで行ってみよう」
虎ヶ崎ダンジョンの森へ入って少ししたところで、千尋が言った。
「なし?」
「なるべく」
みつみが聞き返すと、千尋は自分のショートソードを軽く持ち上げた。
「この前会った大学生の人たちみたいにさ。普通に倒せそうなら普通に倒す。必要なときだけスキル使う」
「ああ、MPとSPを残すやつ」
佳奈子が納得したように頷く。
前回会った大学生たちは、必要な場面を選んでスキルを使い、ボス戦に備えてMPやSPを残していた。
ダンジョンへ来る頻度はそれほど違わないのに、少なくともみつみと千尋は、同じジョブの大学生より使えるスキルが少し多かった。その違いに、スキルを使う頻度が関係しているのかもしれない。
「一回やってみる?」
「いいよ」
佳奈子が答える。
「私も異論はないわ」
志帆も頷いた。
三人の視線が、みつみに集まる。
「……魔法使えないじゃん」
「必要なら使っていいって」
「でも、普通に倒せそうなら使わないんでしょ?」
「そう」
「私、杖で殴るの?」
「殴らなくていいから」
千尋が笑った。
「後ろにいれば?」
「見てるだけ?」
「敵が来たら使えばいいじゃん」
「それはそれで暇そう」
みつみは杖を見下ろした。
魔法を使わずにダンジョンを歩く。考えてみれば、ほとんどやったことがない。
「じゃあやる」
「急にやる気になった」
「ちょっと気になる」
決まれば、それも新しい遊びだった。
◇
最初に現れたのは、森スライムだった。
「いた」
千尋が足を止める。
少し先の木の根元を、緑がかった身体がゆっくり動いている。
「《気配察知》は?」
佳奈子が聞いた。
「使ってない」
「おお」
「見えてるし」
森スライムも四人に気づき、身体を縮めて跳ねた。
千尋が横へかわし、そのままショートソードを振るう。森スライムが地面へ落ち、もう一度跳ねようとした。
「佳奈子」
「はいよ」
矢が飛び、森スライムの身体が崩れて消えていく。
「終わった」
みつみは杖を持ったまま、最初にいた場所から動いていなかった。
「……私、何もしてない」
「しなくても倒せたから」
「すごい不参加感」
「MPは減ってないよ」
「それはそうだけど」
ドロップした《スライムゼリー》を佳奈子が拾う。
志帆もメイスを持ったまま、何もしていない。
「私も同じよ」
「志帆はいつもそんな感じのときあるじゃん」
「言われてみればそうね」
「ヒーラーずるい」
「何が?」
歩き出した三人を、みつみも追いかけた。
◇
湖へ向かう途中、千尋が急に足を止めた。
三人も続いて止まる。
「どうしたの?」
「……いや」
千尋は右手の茂みを見た。
「なんか今、気になって」
「気配察知すれば?」
みつみが言う。
「今日は節約中」
「必要なときは使っていいんじゃないの?」
「まだ何かいるって決まってないし」
千尋は茂みへ少し近づき、目を凝らした。
葉が風で揺れているだけで、何かが動く気配はない。
「いない?」
「分かんない」
「《気配察知》なら分かるのに」
「分かってる」
千尋が少しだけ嫌そうな顔をした。
「なんか、こういうの気持ち悪い」
「何が?」
「いるかもしれないのに、そのまま行くの」
佳奈子が笑った。
「もう使いたくなってるじゃん」
「使わないけど」
結局、茂みからは何も出てこなかった。
そのまま歩き出したものの、少し進んだところで千尋が振り返る。
「やっぱ気になる」
「戻る?」
「戻らない」
「気配察知は?」
「使わない」
「頑固になってきた」
みつみは笑いながら、その後をついていった。
やがて木々の向こうに湖が見えてくる。
「休憩する?」
「まだ早くない?」
佳奈子がスマホで時間を確認した。
「じゃあ今日は通過」
「寝ないの?」
「寝ません」
みつみの問いに、佳奈子が即答する。
四人は湖畔を横切り、そのまま森の奥へ向かった。
◇
「あ、あれ」
少し進んだところで、佳奈子が道の脇を指した。
低い草の間から、見覚えのある葉が伸びている。
「薬草じゃない?」
「たぶん」
志帆がスマホを取り出し、四人でしゃがみ込んで葉の形を確認した。
「これだ」
「採ろう」
みつみが手を伸ばしたところで、千尋が周囲を見回す。
「こういうときも、いつも気配察知してた気がする」
「採取中?」
「うん。しゃがんでると周り見づらいから」
「じゃあ使えば?」
「節約」
「そこまで?」
千尋は答えず、代わりに自分の目で周囲を確かめる。
みつみは薬草を採りながら笑った。
「なんか今日の千尋、不便そう」
「やってみないと分かんないじゃん」
「それはそうだけど」
薬草をバッグへ入れて立ち上がると、少し先には倒れた木が道を塞いでいた。
前なら千尋は《サイレントステップ》でひょいと向こうへ行っていたかもしれない。今日は普通に幹へ手をつき、またいで越える。
「普通だ」
みつみが言った。
「何が?」
「千尋の越え方」
「普通でいいでしょ」
「前ならシュッて行ってた」
「行けるけど行かないの」
「もったいない」
「また言ってる」
佳奈子も倒木を越え、志帆とみつみが続く。
「戦闘じゃなくても、千尋って結構スキル使ってたんだね」
佳奈子が言った。
「便利なんだからしょうがないじゃん」
そう答えながら、千尋は少し先にある斜面を見上げた。
登れないほどではないが、足場は悪そうだった。
「……あれも普通に登るのか」
「使ってもいいよ?」
「登る」
「修行みたいになってきたね」
「誰のせいだと思ってるの」
「千尋が言い出したんじゃん」
「そうだった」
◇
斜面を越えた先で、千尋が止まった。
今度は、何かを迷う様子はない。
「いる」
「見える?」
「見える」
木々の間を二つの影が動いていた。
コボルトとフォレストウルフ。
「二匹か」
佳奈子が弓を構える。
「普通にやる?」
「やってみよう」
千尋が前へ出た。
先に走り出したのはフォレストウルフだった。低い姿勢のまま千尋へ迫る。
千尋が横へかわし、黒いショートソードを振るった。刃がウルフの肩を浅く切る。
その横からコボルトが飛び込んできた。
「千尋、右!」
佳奈子の矢が飛ぶが、コボルトは進路を変えてかわした。
そのまま千尋へ迫る。
「みつみ!」
「使っていい!?」
「いい!」
「《マジックボール》!」
青白い魔力弾がコボルトへ当たり、身体を横へ弾いた。
「やっと使えた!」
「喜んでる場合じゃない!」
フォレストウルフが向きを変え、今度は佳奈子へ走る。
佳奈子が矢をつがえようとするが、距離が近い。
「《パワーショット》!」
強く放たれた矢がウルフの身体を捉える。それでも勢いは止まりきらず、佳奈子が横へ逃げたところで爪が腕をかすめた。
「いたっ」
「《ヒールショット》!」
志帆がすぐに回復を飛ばす。
「ありがと!」
起き上がったコボルトが木の陰へ回り込んだ。
千尋が目で追う。
「見えなくなった」
「マーキング!」
「つけてない!」
「あ」
「節約してたから!」
木の陰からコボルトが飛び出す。
「《マジックマイン》!」
みつみが地面へ魔法を設置する。
踏み込んだコボルトの足元で小さな爆発が起こり、身体が大きくよろめいた。
「《サイレントステップ》!」
千尋が一気に距離を詰め、黒い刃で斬りつける。
コボルトの身体が消えた。
「一匹!」
佳奈子が叫ぶ。
残ったフォレストウルフが千尋へ向きを変えた。
「今度はつける。《マーキング》!」
千尋がウルフを視界に捉える。
ウルフは木の向こうへ回ったが、千尋は迷わず方向を変えた。
「佳奈子、反対!」
「分かった!」
佳奈子が回り込み、弓を引く。
木の陰からウルフが姿を現した。
「《ダブルショット》!」
二本の矢が続けて飛び、ウルフの身体がよろめく。
そこへ千尋が踏み込み、ショートソードを振り抜いた。
フォレストウルフが倒れ、ほどなく消える。
「……普通に戦うって言ってなかった?」
みつみが杖を下ろした。
「途中から普通じゃなくなった」
千尋も息を整えながら剣を下ろす。
「めっちゃ使ったね」
佳奈子が自分の腕を見る。傷はもう消えていた。
「最初から使ってたほうが楽だったんじゃない?」
「それは思った」
千尋が即答した。
「私も」
佳奈子も頷く。
「敵が一匹ならともかく、二匹いるのに使わないようにするの、やりづらい」
「私も最初、何もできなかったし」
みつみが杖を持ち上げる。
「魔法使わないメイジ、ただの杖持ってる人だよ」
「言い方」
志帆が笑った。
地面には、《コボルトの爪》と《フォレストウルフの毛皮》が残っている。
二つを回収すると、千尋がスマホを取り出した。
「ちょっと見よ」
「何を?」
「SP。今日、一応それ試してるんだし」
「あ、そうだった」
みつみたちも自分のステータスを開いた。
「……思ったより残ってる」
千尋が画面を見る。
「私も」
「私もMP、まだあるよ」
志帆も自分の表示を確認した。
「節約した分は確かに残っているけれど、さっき普通にスキルを使っても、すぐ尽きるような状態ではないわね」
「じゃあ、いつも通りでよくない?」
佳奈子がスマホをしまった。
「私もそう思う」
千尋も頷く。
「終了?」
「終了」
「スキル節約生活、短かったね」
「だってやりづらいんだもん」
「今度こそ《気配察知》使い放題だね」
「別に使い放題とは言ってない」
そう返しながら、千尋がもう一度スマホへ目を落とした。
「あれ」
「何?」
「レベル上がってる」
みつみがすぐ横へ寄る。
「七?」
「うん」
「スキルは?」
千尋が表示を開く。
「あった。《ウィークポイント》」
「何それ」
「ちょっと待って」
三人も画面を覗き込んだ。
敵の動きや状態を見極め、攻撃が通りやすい箇所や瞬間を狙って、通常より威力の高い一撃を放つ。
「強そう」
佳奈子が言った。
「使ってみたい」
千尋の返事は早かった。
みつみが笑う。
「さっきまでスキル残そうとしてたのに」
「もう終わったからいいの」
「新しいの見た瞬間それ?」
「新しいんだから使いたいじゃん」
「あ、それは分かる」
みつみもすぐに頷いた。
「私も新しい魔法増えたら絶対使いたい」
「でしょ?」
佳奈子が二人を見る。
「結局、そういうことなんじゃない?」
「どういうこと?」
「スキル使うの好きなんでしょ」
みつみは少し考えた。
さっき《マジックボール》を撃てたとき、確かにちょっと嬉しかった。敵を倒せたからだけではない。
「……魔法使うの、楽しいし」
「ああ」
千尋も納得したように笑う。
「それ言ったら、私もサイレントステップ好き」
「知ってる。戦ってないときも使ってるじゃん」
「便利だから」
「斜面で使うのは?」
「楽だから」
「同じじゃん」
佳奈子が笑った。
「私もダブルショット使えるなら使いたいかな。二本飛ぶの普通に気持ちいいし」
三人の視線が志帆へ向く。
「何?」
「志帆は?」
「回復が必要なら使うわよ」
「そうじゃなくて、楽しいかどうか」
志帆は少し考えた。
「……離れたところから《ヒールショット》を飛ばすのは、少し楽しいわ」
「あるんじゃん」
「少しよ」
「絶対もっとある顔してる」
「ないわ」
四人で笑う。
MPやSPを残しておく戦い方も分かったし、必要になる場面もあるのだろう。
でも今のところ、自分たちは今までのほうがいい。
千尋がスマホをしまい、森の奥へ顔を向けた。
「次、何かいないかな」
「もう《ウィークポイント》使う気じゃん」
「もちろん」
「じゃあ探さないとね」
「《気配察知》」
「早いって」
佳奈子の笑い声が森の中に響く。
スキル節約生活は終わった。
いつものダン活に戻っただけだった。




