第32話 MP管理?それ美味しいの?
「今日は寝ないからね」
虎ヶ崎ダンジョンへ入ってすぐ、佳奈子が念を押した。
「分かってるって」
「前も五分って言ってた人が言ってもなあ」
「今日は湖で横にならない」
「そこまで禁止しなくてもいいんじゃない?」
千尋が笑いながら、踏み固められた道を先へ進む。
前回とは違って、今日は湖でのんびりするだけではない。湖を越えて、その先まで行ってみるつもりだった。
「眠りの誘惑を退け、我らはついに森の深部へ――」
「志帆も寝てたじゃん」
「……今日は起きているわ」
志帆が小さなメイスを持ち直した。
森へ入ると、足元の草を踏む音に、葉の擦れる音が重なる。何度か歩いた道なので、最初に来たときほど周囲をきょろきょろ見ることもなくなった。
それでも千尋は、ときどき足を止める。
「《気配察知》」
少し待ってから首を振り、また歩き出す。
「いない?」
「近くにはね」
「それ、歩きながら結構使ってない?」
佳奈子に言われ、千尋が振り返った。
「ずっとじゃないよ。気になったときだけ」
「結構、気になってるけど」
「森だと見えないじゃん」
「便利だものね」
志帆が頷く。
みつみも特に気に留めなかった。使えるなら使う。それだけのことだった。
◇
湖までは、もう迷わない。
木々の向こうに水面が見え始めたところで、前方から硬いものがぶつかる音がした。
「戦ってる?」
四人は自然に足を緩めた。
音は本道から少し外れた、木々の隙間から聞こえてくる。
「見に行く?」
「邪魔にならないところからね」
千尋を先頭に、音のするほうへ近づいた。
いたのは四人組だった。
自分たちより少し年上に見える男女が二人ずつ。相手をしているのは、フォレストウルフが二匹とコボルトが一匹。
大きな剣を持った男の人が一番前に立っていた。
ウルフが飛び込んでくる。男の人は剣で受けるのではなく、一歩横へずれてかわし、そのまま胴へ斬りつけた。
「左、来るよ!」
後ろにいる女の人が声を飛ばす。手には杖がある。
もう一匹のウルフが回り込もうとしたところへ、メイスを持った女の人が前へ出た。
「ヒーラー?」
志帆が小さく呟く。
その女の人は、ウルフの突進を身体ごと受け止めるように踏ん張った。腕を引っかかれながらもメイスを振り、ウルフを押し返す。
「《ヒール》」
自分の傷を治すと、また前へ出た。
「前にいる……」
みつみは思わず志帆を見た。
志帆も戦いから目を離さない。
その間に、もう一人の男の人が木の陰からコボルトの横へ回っていた。武器を振るより先に、わざと近くの枝を蹴る。
音に反応したコボルトがそちらを向いた。
「今!」
杖を持った女の人の魔法が飛んだ。
コボルトが倒れる。
大剣の男の人がウルフへ踏み込み、そこで初めて声を上げた。
「《パワーストライク》!」
強い一撃がウルフを捉えた。
残った一匹も、前に出ていた女の人と男の人が位置をずらしながら追い込み、最後は杖から飛んだ魔法で倒れた。
戦闘が終わる。
「スキル、あんまり使わなかったね」
佳奈子が声を落とした。
「うん」
みつみも同じことを思っていた。
使えないようには見えなかった。必要なところでは使っていたのに、それ以外は武器と動きだけで戦っていた。
「ヒーラーが前にいた」
志帆の関心は、そちらにも向いているらしい。
「しかも普通に殴ってたね」
「……あれもありなのね」
「志帆もやる?」
「私はやらない」
返事は早かった。
四人で小さく笑ったところで、戦っていた人たちがこちらに気づいた。
「あ、見てた?」
杖を持った女の人が笑う。
「すみません。ちょっとだけ」
「全然いいよ。高校生?」
そのまま少し話し、四人とも大学生だと分かった。
「私たちも最近こっちに来るようになったんだ」
メイスを持った女の人が言う。
「初心者向けを二つ終わらせて、次どこ行こうってなって」
「あ、私たちもです」
みつみが答えると、相手の四人も少し嬉しそうに顔を見合わせた。
「じゃあ同じくらいだ」
「たぶん」
「この先行くなら、また会うかもね」
長く立ち話をするでもなく、大学生たちは先へ歩いていった。
みつみたちも湖へ向かう。
「戦い方、全然違ったね」
みつみが言う。
「スキル使わないで戦ってる時間が長かった」
「使わないっていうより、使うところを選んでた感じじゃない?」
佳奈子が弓を肩へ掛け直す。
「千尋も普通に斬ってるし、私も普通に射るから、できなくはないよね」
「そういう戦い方もあるんだね」
みつみはもう一度、大学生たちが消えた方向を見た。
「私はヒーラーのほうが気になるわ」
「前に出るやつ?」
「私は出ないけれど」
「そこは変わらないんだ」
「ええ」
話しているうちに湖へ着いた。
前回昼寝した場所を見て、四人とも一瞬だけ足を止める。
「座る?」
千尋が聞く。
「座るだけなら」
「寝ないよ」
「誰も寝るって言ってないから」
水を飲んで少し休み、今度はちゃんと立ち上がった。
◇
湖を離れてしばらく進むと、木々は少しずつ密になった。
日差しが減り、足元に落ちる影も濃くなる。
千尋が先を歩きながら、ふいに手を上げた。
「《気配察知》。いる。右の奥」
四人が止まる。
茂みが揺れ、コボルトが飛び出した。
「《マジックボール》!」
みつみの魔力弾が先に飛ぶ。
コボルトが横へ跳んでかわした。
「外した!」
「こっち来る!」
千尋が前へ出る。
コボルトが木の幹を回り込むように走った。
「《マーキング》」
千尋の目が相手を追う。
「そっち!」
木の裏へ消えたコボルトの進む先へ千尋が回り込む。
「《サイレントステップ》!」
一気に距離を詰め、黒い刃を振るった。
コボルトがよろめく。
「《ダブルショット》!」
佳奈子の矢が続けて二本飛び、戦闘が終わった。
「早っ」
みつみが杖を下ろす。
「志帆、出番なかったね」
「無傷で終わるなら、それが一番よ」
志帆はそう言ってから、少しだけ間を置いた。
「我が癒やしの奇跡を披露できないのは残念だけれど」
「そっちは残念なんだ」
消えたコボルトの跡に、《コボルトの爪》が残る。
千尋が拾ってバッグへ入れた。
「……今の、すごい使ったね」
佳奈子が言った。
「何が?」
「スキル。千尋だけで三つ使ってる」
「あ」
千尋が瞬いた。
「みつみも最初からマジックボールだったし、私もダブルショット使った」
「だって使えるし」
「うん。私もそう思って使った」
四人で顔を見合わせる。
さっき見た大学生たちの戦い方と比べると、確かに違う。
「私たち、使いすぎ?」
「別に困ってないけど」
千尋が自分のステータスを確認する。
「まだ全然動けるし」
「私も」
みつみも開いてみる。
MPは減っている。けれど、それを見てからスキルを使うか決めたことは、ほとんどなかった。
「今まで、残りどれくらいとか気にしてた?」
「してない」
佳奈子が即答した。
「私もあまり」
志帆が自分の表示を見ながら言う。
「なくなりそうになったことも、今のところないもの」
「じゃあいいんじゃない?」
みつみがスマホをしまう。
「いいのかな」
「使えるのに使わないほうがもったいなくない?」
「みつみは絶対そう言うと思った」
◇
もう少し奥まで歩いたところで、さっきの大学生四人とまた会った。
今度は木陰で休憩している。
「あ、さっきの子たち」
「また会った」
声をかけられ、少し立ち話をすることになった。
さっき倒したコボルトの話になる。
「マーキングして、サイレントステップで追ったの?」
「はい」
「結構スキル使うんだね」
スカウトの男の人が少し驚いた顔をした。
「そうですか?」
「俺だったら、見失わないうちは普通に追うかな。届かなそうならスキル使うけど」
「え」
千尋が目を丸くする。
杖を持った女の人も、みつみを見る。
「最初から魔法も使うんだね。MPとか大丈夫?」
「今のところは」
「ボスとか考えると、私たちはちょっと残すかな。途中でなくなるの嫌だし」
「ああ……」
言われて、みつみは虎ヶ崎のクリア条件を思い出した。
この森には、まだストームオウルがいる。
「ボスまで取っておくんだ」
「全部じゃないけどね。普通に倒せそうなら武器で済ませるし、早く倒したいとか危ないときは使う。そんな感じ」
メイスを持ったヒーラーの人が笑う。
「私なんて前にいるから、回復分は特に残したいし」
「前に出るの、怖くないんですか?」
志帆が聞いた。
「最初は怖かったよ。でも私、殴るのも好きだから。ヒールできるし、多少なら前にいてもいいかなって」
志帆が、相手のメイスと自分の小さなメイスを見比べる。
「私は後ろがいいわ」
「それも全然ありでしょ」
大学生の女の人はあっさり笑った。
「せっかくだし、湖まで戻って休まない?」
向こうの一人が言い、二組で湖畔のセーフゾーンへ戻ることになった。
近い場所へ腰を下ろし、飲み物を飲みながら話す。
ダンジョンへ来る頻度を聞いてみると、大学生たちも毎日のように潜っているわけではなかった。授業やバイトの都合を合わせて来ているらしい。
「高校生だと、もっと時間合わせるの大変じゃない?」
「同じクラスなんで、そこは楽です」
「いいな、それ」
「でもテスト前は無理だよね」
佳奈子が言う。
「それは大学生も同じ。単位落としたくないし」
「急に現実的」
みつみが笑うと、向こうの四人も笑った。
話題は自然にスキルへ移った。
「マーキングって、もう使えるんだよね?」
スカウトの男の人に聞かれ、千尋が頷く。
「はい。この前増えました」
「いいなあ。俺、まだそこまで増えてないんだよね」
「そうなんですか?」
千尋が少し意外そうな顔をする。
隣では、杖を持った女の人がみつみに聞いた。
「魔法はいくつ使えるの?」
「三つです。《マジックボール》と、《マジックマイン》と、《マジックシールド》」
「もう三つあるんだ」
「はい」
「私、まだ二つ」
みつみが瞬いた。
「ダンジョンって、どのくらい行ってるんですか?」
「週末が多いかな。授業とかバイトもあるし。みんなの予定が合えば平日もたまに」
「私たちもそんなに変わらないよね」
佳奈子が三人を見る。
「うん。毎日行ってるわけじゃないし」
初心者向けのダンジョンを二つ終えて、最近になって脱初心者へ進んだことも同じだった。
千尋には《マーキング》まであり、みつみにも三つのスキルがある。一方、向こうのスカウトにはまだ《マーキング》がなく、メイジのスキルも二つだという。
「……私たち、成長するのちょっと早い?」
みつみが言うと、大学生たちも顔を見合わせた。
「二人を見る限り、そうかも」
「でも、スキル増えるタイミングって人によって違うんでしょ?」
「じゃあ、たまたま?」
「それもあるかもね」
活動する頻度は大きく違わない。それでも、少なくとも今話した二人と比べれば、みつみと千尋のほうが少し先を行っているらしい。
結局、その場では理由までは分からなかった。
◇
大学生たちと別れ、四人で入口へ戻る道を歩く。
しばらくして、志帆が口を開いた。
「スキルを使うことでも、経験値は入るのよね」
「あ」
みつみが足を止めかける。
それは前から知っている。
「じゃあ、いっぱい使ってるから?」
「可能性はあるけれど、それだけとは限らないわ。戦った数も全部同じじゃないし、成長に個人差もあるでしょうし」
「でも、関係あるかもしれないってこと?」
佳奈子が聞く。
「そうね」
千尋が少し考える。
「私たち、今までMPとかSPを残すためにスキル使わないって考えたこと、あったっけ」
「ない」
「私もない」
佳奈子が答え、みつみも首を振った。
「なくなったら困る、くらいは分かるけど」
「なくなりそうになってないからね」
志帆が言う。
森の中を歩きながら、千尋が前方へ視線を向ける。
「《気配察知》」
「ほら、また使った」
「これは必要なの」
「さっきの大学生なら使わないかもよ」
「知らない。私は使う」
千尋はそのまま歩き出した。
みつみも杖を肩へ乗せて、その後を追う。
同じくらいダンジョンへ来ているのに、使えるスキルには少し差があった。
大学生たちはMPやSPを残しながら戦う。
自分たちは、そんなことをほとんど考えずに使ってきた。
その違いが成長の速さに関係しているのかは、まだ分からない。
ただ、今まで気にもしなかったことが、今日は少しだけ気になった。




