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第29話 野外活動・・じゃなくてダン活

「森だ」


 みつみは、それしか言えなかった。


 虎ヶ崎ダンジョンへ入った先は、これまで見慣れてきた洞窟ではなかった。


 足元には草が生え、少し先から木々が並んでいる。頭上には空があり、枝葉の隙間から日差しが落ちていた。


 初心者ダンジョンを二つクリアして、初めて来た脱初心者ダンジョン。その最初の景色がこれだった。


 振り返れば、さっきくぐった入口がある。


 その向こうには、受付や売店のある普通のダンジョン施設。


 なのに一歩こちらへ入っただけで、目の前には森が広がっている。


「森だね」


 佳奈子も同じことを言った。


「すご。ほんとに外みたい」


 千尋が草の上を何度か踏んでから、森のほうを見る。


「でもダンジョンなんだよね」


「森という姿を与えられし迷宮……」


 志帆が静かに言った。


 みつみが振り返る。


「始まった」


「何が?」


「ダンジョン入ったから」


「何のことかしら」


 志帆は何事もなかったように歩き出した。


 その腰には小型メイス。佳奈子は弓を背負い、みつみもいつもの杖を持っている。


 千尋の腰だけは少し違った。


「黒月も森デビューだね」


「その名前やめて」


 千尋が黒い刃のショートソードを押さえる。


「ちゃんとこっちでも受け取れたね」


「共通保管庫なんだから当たり前でしょ」


「場所が変わっても召喚される魔剣」


「召喚じゃない」


 志帆が小さく笑った。


「《黒月》は主の求めに応じ――」


「志帆までやめて」


 これまでなら、洞窟の壁に声が返っていた。


 今日は笑い声が木々の間へ抜けていく。


 それだけでも、みつみには妙に新鮮だった。


     ◇


 森へ入ってすぐの辺りは、思っていたより歩きやすかった。


 道として整備されているわけではない。それでも多くの探索者が通っているらしく、草が薄くなり、土が踏み固められた場所が奥へ続いている。


「これが道?」


「たぶん」


 千尋が少し先を歩きながら答える。


「みんな通るところが、勝手に道っぽくなってる感じじゃない?」


「なんか山歩きっぽい」


 佳奈子はスマホを出して、前方の森を一枚撮った。


「写真撮ると普通にハイキングなんだけど」


「武器持ってるけどね」


「そこが台無し」


「むしろ完成では?」


 志帆が言ったところで、千尋が足を止めた。


「あ、いる」


 三人も止まる。


 千尋が少し先の木の根元を指した。


 半透明の緑がかった塊が、草の間でもぞりと動いている。


「スライム?」


「森スライムじゃない?」


 志帆が答える。


「色ちがう」


 みつみは杖を構えた。


「行く?」


「行こ」


 千尋がショートソードを抜く。


 森スライムが四人に気づいたのか、柔らかな身体を縮ませた。


 跳ねる。


 千尋が横へ避け、そのまま刃を振った。


 斬られた森スライムの身体が大きく歪む。


「《マジックボール》!」


 みつみの魔力弾が、その中心へ飛び込んだ。


 森スライムが地面を転がり、もう一度身体を起こそうとしたところへ、佳奈子の矢が刺さる。


 それで動きが止まった。


 少しして身体が消え、草の上に小さなものが残る。


「あ、落ちた」


 みつみが近寄った。


「何これ?」


 佳奈子も覗き込む。


「ゼリー?」


「《スライムゼリー》」


 志帆がスマホで確認してから答えた。


「森スライムのドロップみたいね」


「ゼリーって食べるやつ?」


「たぶんそのゼリーではないと思う」


「食べないでよ」


 千尋が剣を収めながら笑った。


「食べないよ。たぶん」


「たぶん付けないで」


 みつみは《スライムゼリー》を袋へ入れた。


 洞窟のスライムなら、もう何度も戦っている。


 けれど草の上を跳ねてくるだけで、同じような相手なのに少し違って見えた。


「森だと戦う場所も違うね」


「足元、気をつけたほうがいいかも」


 千尋が地面を見た。


 土の上には細い根が出ている。少し脇へ寄れば草も伸びていて、洞窟の床より足を取られそうだった。


「転んだら恥ずかしい」


「怪我より先にそっち?」


「だって転んでも志帆が治してくれるし」


 佳奈子が言う。


「転倒を前提に私を使わないで」


「離れてても治せるよ」


 みつみが笑うと、志帆は一瞬だけ得意そうな顔をした。


「まあ、《ヒールショット》の射程内なら――」


「転ばないように歩こうね」


 千尋が先へ進み始めた。


「まだ何も言ってないのだけれど」


     ◇


「待って」


 今度は志帆が止まった。


「これ、薬草じゃない?」


 道の端にしゃがみ込む。


 三人も集まった。


 志帆はスマホと足元を何度か見比べている。


「たぶんこれ。採取できるやつ」


「どれ?」


 みつみもしゃがむ。


「この葉っぱの」


「普通の草にしか見えない」


「私も画面を見てなかったら分からないわよ」


 四人でスマホと実物を見比べる。


 みつみには、周りに生えている草との違いがほとんど分からない。


 それでも一つ見つけると、少し離れた場所にも同じものがあることに気づいた。


「あっちにもない?」


 千尋が指した。


「あ、ほんとだ」


 みつみは立ち上がって、そちらへ移動する。


「宝探しみたい」


「地味な宝探しだね」


「でも見つけたらちょっと嬉しくない?」


「それは分かる」


 佳奈子も弓を背中へ回し、採取に混ざった。


 四人でいくつか集めて袋へ入れる。


 さっきまで森スライムを探していたのに、今度は全員が足元ばかり見ていた。


「これ、ずっとやってられる」


 みつみが次の草を探しながら言う。


「それだと奥に進めないけどね」


「進みながらやればいいじゃん」


「絶対遅くなるやつ」


 少し先まで歩いたところで、今度は佳奈子が倒木のそばにしゃがんだ。


「キノコある」


 みつみたちも戻ってくる。


「採れるやつ?」


「今見てる」


 佳奈子がスマホの画面を見ながら、キノコと交互に視線を動かす。


「これっぽい」


「私にも見せて」


 志帆も隣から確認した。


 二人で見比べてから、採取できるものだと確かめる。


「じゃあキノコ一個目」


 佳奈子が採って、袋へ入れた。


「薬草より見つけた感ある」


 みつみが言う。


「大きいから?」


「たぶん」


「私たち、さっきから地面しか見てなくない?」


 千尋に言われ、みつみは顔を上げた。


 木の幹が何本も並び、その先にはまだ森が続いている。


 洞窟では、曲がり角の先や岩陰に何がいるかが気になった。


 森では足元にも、木の根元にも、枝の向こうにも見るものがある。


「忙しい」


「何が?」


「見るとこいっぱい」


「分かる」


 佳奈子がスマホをしまう。


「敵もいるし、採るものもあるし」


「上も見たほうがいいわね。森林なら視界を遮るものが多いし――」


 志帆の言葉の途中で、千尋が手を上げた。


「いる」


 空気が変わった。


「どこ?」


「近い。でも見えない」


 千尋が辺りを見回す。


 木の幹。茂み。倒木。


 みつみも杖を構えたが、何も見つけられない。


「《気配察知》?」


「うん。あっち」


 千尋が右前の茂みを指す。


 佳奈子が弓を構え、みつみも少し距離を取った。


 志帆は二人よりさらに後ろから、千尋と茂みの両方を見る。


 数秒後、葉が揺れた。


 低い影が茂みを突き破る。


「来た!」


 獣じみた小型のモンスターだった。


「コボルト!」


 千尋が正面を避けながら剣を抜く。


 コボルトがそのまま千尋を追おうとする。


 佳奈子は矢をつがえているが、千尋との距離が近いままでは撃たない。


「千尋、右!」


 後ろから志帆の声が飛ぶ。


 コボルトが千尋へ飛びかかる。


 千尋は相手の動きを見て一歩引いた。


 前へ出たコボルトとの間に、わずかに距離ができる。


 次の瞬間、千尋の姿が滑るように横へ動いた。


 《サイレントステップ》。


 黒い刃がコボルトの脇腹を斬る。


 千尋が離れた。


「《ダブルショット》!」


 空いたところへ、佳奈子の二本の矢が続けて飛んだ。


 一射目が肩に当たり、二射目は木の幹に刺さる。


 体勢を崩したコボルトへ、みつみが杖を向けた。


「《マジックボール》!」


 魔力弾が直撃し、コボルトが地面へ倒れる。


 そのまま身体が消えた。


「ふう」


 千尋が周囲を見てから剣を下ろした。


「いきなり茂みから来るんだ」


「全然見えなかった」


 佳奈子が弓を下ろす。


「洞窟だと曲がり角とか岩の陰だったけど、森は隠れる場所だらけじゃん」


「《気配察知》、森だとかなり便利かも」


 みつみが千尋を見る。


「見えなくても分かるもんね」


「私も今ちょっと思った」


 千尋は嬉しそうに笑ってから、黒い剣を鞘へ戻した。


 志帆がその手元を見る。


「そして《黒月》は森に潜む獣を――」


「はい次行くよ」


「最後まで言わせなさいよ」


     ◇


 奥へ進むにつれて、木は少しずつ増えていった。


 まだ昼なのに、枝葉が重なる場所では足元の色が少し暗い。


 風が吹けば葉の擦れる音がして、どこかで枝が揺れる。


 みつみは何度も上を見た。


「さっき志帆が上も見ろって言ったから?」


 佳奈子に聞かれる。


「なんかいるかもしれないじゃん」


「首疲れそう」


「でも――」


 言いかけたところで、頭上から大きな羽音がした。


「え?」


 見上げる。


 枝の間から、茶色い影が落ちてきた。


「避けて!」


 千尋の声に、四人が散る。


 大きな鳥型のモンスターが、さっきまでみつみがいた場所すれすれを通り抜けた。


 鉤爪が空を切る。


「うわっ!」


 みつみが振り返ったときには、もう上昇していた。


 翼を広げると、想像していたよりずっと大きい。


「フォレストホーク!」


 志帆が叫ぶ。


「飛んでる!」


「見れば分かる!」


 佳奈子はすでに弓を構えていた。


 フォレストホークが木々の間を旋回する。


 千尋は剣を持ったまま見上げている。


「届かないんだけど」


「撃てる?」


 みつみに聞かれ、佳奈子が矢をつがえた。


「やってみる!」


 佳奈子の矢が飛ぶ。


 しかし相手が翼を傾け、矢はその横を抜けた。


「速っ」


 みつみも杖を向ける。


「《マジックボール》!」


 魔力弾が上空へ飛ぶ。


 フォレストホークが羽ばたいて軌道を変えた。


 魔力弾は翼の端をかすめ、その向こうへ抜ける。


「当たった?」


「ちょっとだけ!」


「また来る!」


 後ろへ下がっていた志帆が声を上げる。


 フォレストホークが木々の間を回り、そのまま向きを変えた。


 今度は佳奈子へ頭を向ける。


 翼をすぼめ、一気に高度を下げてきた。


「佳奈子!」


 佳奈子が横へ走る。


 千尋も動いた。


 黒いショートソードを抜いたまま、《サイレントステップ》で一気に距離を詰める。


 空にいる間は届かない。


 けれど、向こうから降りてくるなら別だった。


「今!」


 千尋が踏み込む。


 すれ違う瞬間、黒い刃がフォレストホークの脚の近くを斬った。


 鳥が大きく羽ばたき、軌道が乱れる。


 千尋はそのまま駆け抜け、佳奈子との間から外れた。


「《ダブルショット》!」


 佳奈子が振り向きざまに二射を放った。


 一射は外れた。


 もう一射が胴に刺さる。


 フォレストホークが高度を上げきれず、低い枝へぶつかった。


「みつみ!」


「《マジックボール》!」


 魔力弾が身体を捉える。


 フォレストホークは地面へ落ち、そのまま数度羽ばたいたあと動かなくなった。


 やがて身体が消える。


 四人はしばらく、その場所を見ていた。


「……飛ぶやつ、めっちゃ戦いにくい」


 千尋が最初に言った。


「千尋、届かないもんね」


「そう。ずっと上にいられたら何もできない」


「でも降りてきたら斬れたじゃん」


 みつみが興奮したまま言う。


「今のかっこよかった」


「向こうから来てくれたからね」


「黒月が空を斬った」


「やめろ」


 佳奈子が笑いながら弓を下ろした。


「私も当てるの大変だった。普通に撃つのと全然違う」


「動く方向が上下にもあるものね」


 志帆はまだ頭上を気にしている。


「森は地上だけ見ていればいいわけじゃない。なるほど……これが天空より襲来せし――」


「それ、さっきの続き?」


「違うわ」


 みつみは笑いながら、フォレストホークが消えた場所へ近づいた。


「あ、何かある」


 草の上に、細長い羽が一本残っていた。


 拾って確認する。


「《風切羽》だって」


「名前かっこいい」


 千尋がすぐ反応した。


「黒月とセットにする?」


「しない」


「《黒月》と《風切羽》」


「並べるとちょっとそれっぽい」


 佳奈子まで乗ってきた。


「でしょ?」


「だから私の剣に名前はない!」


 森の中に千尋の声が響く。


 みつみは《風切羽》を袋へしまった。


 初めての森スライム。


 初めての採取。


 見えない場所から出てきたコボルト。


 そして、頭の上から襲ってきたフォレストホーク。


 まだ虎ヶ崎へ来て、それほど奥まで進んでいない。


 それなのに、洞窟とは違うものが次々に出てくる。


「森、楽しい」


 みつみが言うと、千尋が笑った。


「まだ全然奥行ってないけどね」


「だからじゃん。まだあるってことじゃん」


「その理屈だと一生帰れないよ」


 佳奈子が肩をすくめた。


「ちゃんと帰るって」


「何時に?」


「……それは千尋に任せる」


「急に丸投げされた」


     ◇


 さらにしばらく進んだところで、四人は足を止めた。


 踏み固められた道のような場所は、そのまま前へ続いている。


 けれど千尋が見ていたのは、その横だった。


「ねえ、あれ何だと思う?」


 木々の間へ、細い踏み跡が伸びていた。


 今まで歩いてきた場所よりずっと狭い。


 草の間を何かが通ったように途切れ途切れに土が見え、少し先で木の陰へ消えている。


「道?」


 みつみがすぐ近づこうとする。


「今日は行かないよ」


 千尋に肩をつかまれた。


「まだ何も言ってない」


「顔が言ってる」


「ちょっと見るだけ」


「それで入るやつ」


 佳奈子も細い踏み跡を覗く。


「でも気になるね」


 志帆は腕を組んだまま、その先を見ていた。


「本道から外れし、名もなき獣道……」


「行きたい?」


 みつみが聞く。


 志帆は少しだけ黙った。


「……行きたいわね」


「だよね!」


「今日は行かないけどね」


 千尋が念を押す。


 みつみはもう一度、細い踏み跡の先を見た。


 木の向こうに何があるのかは、ここからでは分からない。


 宝箱があるとも、近道だとも限らない。


 ただ、今まで歩いてきた道とは違う。


 それだけで十分だった。


「じゃあ次、こっち」


「決定?」


「嫌?」


 みつみが三人を見る。


 佳奈子が笑う。


「別に。面白そうだし」


「私も異論はないわ」


「私は最初から止めても無駄だと思ってる」


 千尋がため息混じりに笑った。


「よし」


 みつみは満足して、本道へ戻る。


 森のダンジョンは、足元にも、茂みの向こうにも、頭の上にも何かがいた。


 そして今度は、道の横にまで気になるものがある。


 次に来たら、あの細い道へ。


 みつみは振り返って場所を覚えながら、三人と一緒に入口へ向かって歩き出した。


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