第27話 我が癒やしに、距離という枷はない
「志帆、まだ?」
みつみが振り返ると、志帆は歩きながらスマホの画面を見ていた。
「まだって何が?」
「ヒールショット」
「使う機会がまだあるわけないでしょう。覚えてからモンスターにも会ってないんだから」
「じゃあ、次だね」
「怪我を待たないで」
佳奈子が笑う。
「さっきからみつみ、志帆の新スキル使わせることしか考えてないじゃん」
「だって見たいし」
「私も見たいけど」
「佳奈子もじゃん」
「怪我はしたくない」
「それは私も」
「だったら普通に進みなさい」
志帆がスマホをしまった。
蔵安ダンジョンの探索は続いている。
千尋の《マーキング》、みつみの《マジックシールド》。このダンジョンへ入ってから、二人の新しいスキルを実際に使ってきた。
そして今度は、志帆の《ヒールショット》。
離れた味方一人に《ヒール》を飛ばし、遠距離から回復できる。
「でもさ」
みつみが前へ向き直る。
「ヒールって、近くまで行かなきゃだったもんね」
「そうね。戦ってる途中だと、怪我した人のところまで移動する必要があったから」
「今度はここからでもできる?」
みつみが数歩先へ行く。
「その距離なら、わざわざ《ヒールショット》を使う意味がないでしょう」
「じゃあもっと離れる?」
「離れなくていい」
先頭の千尋が振り返った。
「新スキル試すために隊列崩さないでよ」
「はーい」
「返事だけはいいんだから」
四人はまた歩き出した。
通路は少しずつ狭くなり、二人並ぶと肩が近い。ライトに照らされた岩壁には細い亀裂が走り、足元には靴の裏で踏むと転がる小石が増えていた。
千尋が曲がり角の手前で速度を落とすと、三人もそれに合わせた。
「何かいる?」
「まだ分かんない。ちょっと待って」
千尋が角の向こうを覗き、すぐに身体を戻した。
「ホーンラビット。一匹」
「ウサギかあ」
佳奈子が弓を構える。
「来る?」
「こっち向いた」
角の向こうから、硬いものが岩を叩く音がした。
千尋がショートソードを抜く。
「来るよ!」
ホーンラビットが飛び出してきた。
額から伸びた角を前へ向け、低い位置を一気に駆けてくる。
千尋が正面から外れ、すれ違いざまにショートソードを振る。刃が胴をかすめた。
「外した!」
「まだ来る!」
ホーンラビットが狭い通路の中で向きを変える。
佳奈子が弓を引いたが、前には千尋がいる。
「千尋、ちょっと右!」
「無理!」
ホーンラビットが先に動いた。
千尋が身体をひねり、正面からの一撃を避ける。けれど、角の先端が袖をかすめた。
「いった!」
「千尋!」
「平気!」
千尋はそのまま距離を取り、ショートソードを構え直した。
袖が少し裂け、その下に赤い線が見える。深い傷ではない。
けれど、志帆は後ろからそれを見ていた。
「そのまま!」
「え?」
「《ヒールショット》!」
志帆が千尋へ手を向け、離れた位置にいる千尋へ《ヒール》を飛ばした。
腕にあった傷が塞がっていく。
千尋が一瞬、自分の腕へ目を落とした。
「おおっ」
「前!」
「分かってる!」
もう一度迫ったホーンラビットを、千尋が横へかわす。
「みつみ!」
「《マジックボール》!」
千尋が射線から外れたところへ、みつみの魔力弾が飛ぶ。ホーンラビットの身体が横へ転がった。
「佳奈子!」
「見えてる!」
起き上がろうとしたところへ矢が刺さる。
ホーンラビットはその場に倒れ、やがて姿を消した。
静かになった通路で、千尋が真っ先に左腕を持ち上げた。
「治ってる」
みつみが駆け寄る。
「見せて」
「ほら」
裂けた袖の下に、さっきまであった傷はもうない。
「おおー!」
「ほんとに離れたまま治したね」
佳奈子も弓を下ろして近づいてくる。
三人の視線が志帆へ集まった。
志帆は自分の手を見ていた。
「……できた」
「どうだった?」
志帆は少し考えてから、口元を緩めた。
「便利ね、これ」
「でしょ!」
「どうしてみつみが得意そうなのよ」
「新スキル仲間だから」
「何、その仲間」
千尋が笑いながら袖の裂けたところをつまむ。
「でも助かった。これくらいならそのまま戦えたけど、戦ってる途中で治してもらえるの、いいね」
「私もそっちまで行かなくてよかったし」
志帆は今度は千尋の腕を近くで確認した。
「痛くない?」
「もう平気」
「ならよし」
みつみが二人の間から顔を出す。
「もう一回やる?」
「何を?」
「ヒールショット」
「誰を治すのよ」
「……誰か怪我したら?」
「怪我しないほうがいいでしょう」
「それはそう」
みつみがあっさり引き下がると、佳奈子が吹き出した。
◇
「なんか、前より忙しくなった気がする」
少し広い場所まで進んだところで、佳奈子が壁際に腰を下ろした。
四人もそこで休憩にする。
みつみは水を飲んでから、佳奈子の言葉を考えた。
「忙しい?」
「戦ってるとき。前より見るもの増えてない?」
「あー」
千尋が隣で頷く。
「私はマーキング使えるし、みつみはシールド使えるし」
「志帆は離れてても治せる」
「そう。それ」
佳奈子が自分の弓を膝に載せる。
「できること増えたぶん、何使うかも考えるじゃん」
「全部使えばいいんじゃない?」
みつみが言うと、三人がそろってみつみを見た。
「え?」
「みつみらしい」
「何が?」
「全部使いたいだけでしょ」
「使えるなら使いたいじゃん」
「必要なときにね」
志帆がペットボトルの蓋を開ける。
「でも、佳奈子の言うことは分かるわ。選択肢が増えれば、その場で何をするか考える必要も増えるもの」
「ゲームっぽい」
みつみが言った。
「ゲームでも新しい技覚えたら、とりあえず使うでしょ」
「それでMPなくなるやつ」
佳奈子が返す。
「ある」
「ボスの前で気づくんだよね」
「あるある」
千尋まで頷いた。
「だから考えて使おうって話でしょう」
志帆が呆れたように言う。
「分かってるよ」
「本当に?」
「たぶん」
「あ、それ今日二回目」
佳奈子が指を差した。
「数えてたの?」
「今気づいた」
休憩場所に四人の笑い声が広がる。
少しして、千尋が立ち上がった。
「そろそろ行く?」
「行く」
みつみもすぐに立つ。
佳奈子はまだ座ったまま、自分のスマホを取り出していた。
「ちょっと待って」
「どうしたの?」
「ステータス見る」
「上がった?」
みつみが一気に寄っていく。
「いや、上がってない」
「なんだ」
「なんで残念そうなの」
「次、佳奈子かなって」
佳奈子が画面を見たまま笑う。
「そんな都合よく順番に来る?」
「来たら面白いじゃん」
「まあね」
佳奈子はスマホをしまい、立ち上がった。
「じゃあ上がるまで頑張りますか」
「おー!」
「レベル上げが目的になってない?」
志帆も荷物を持ち上げる。
「楽しみが増えただけ」
みつみは杖を手に、千尋の後ろへついた。
また四人で洞窟の奥へ進んでいく。
曲がり角の先に何がいるのかは、まだ見えない。それでも、さっきまでよりできることは一つ増えていた。
誰かが離れたところで傷ついても、志帆はそこまで走っていかなくていい。
いつもの探索で試せることが、また一つ増えた。
そして次に増えるのは誰なのか。
みつみは前を歩く千尋の背中を追いながら、少しだけ佳奈子のほうを振り返った。




