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第26話 攻撃だけじゃありません

「次に何か出たら、私が防ぐ」


 みつみはそう宣言してから、杖を両手で握り直した。


「いや、普通に避けられるなら避けてね」


 すぐ前を歩いていた千尋が振り返る。


「でも使いたい」


「それは分かるけど」


「せっかく覚えたんだよ?」


「それも分かる」


 蔵安ダンジョンの探索は、まだ続いていた。


 さっきの戦闘でレベル五になったみつみが覚えた、新しいスキル。


 《マジックシールド》。


 前方に短時間、魔力の障壁を展開して攻撃を防ぐ。


 説明を読んでからというもの、みつみは次のモンスターを待っていた。


「防御魔法……」


 後ろから、志帆の声が聞こえる。


「敵の一撃を魔力の障壁で受け止める。攻撃一辺倒だった魔法使いが、ついに守護の力を――」


「志帆も楽しそうじゃん」


 佳奈子に言われ、志帆が一度口を閉じた。


「新しいスキルなのだから、興味はあるわ」


「みつみと同じじゃん」


「私は冷静に性能を確認しようとしているの」


「守護の力って言ってたけど」


「……そこはいいでしょう」


 みつみは二人の会話を聞きながら、杖を持ったまま千尋の横へ寄った。


「まだ?」


「そんなすぐ出ないって」


「さっきまで出てたのに」


「出てきたら出てきたで、また多いって言うでしょ」


「今日は言わない」


「絶対?」


「たぶん」


 千尋が笑う。


「じゃ、ちゃんと前見てて」


「はーい」


 ライトの光が、洞窟の壁をなぞっていく。


 蔵安ダンジョンは曲がり角が多い。さっき《マーキング》を試したときにも通ったような細い分岐が何度も現れ、そのたびに千尋が少し先を確認してから進んだ。


 足元には大小の石が転がり、場所によっては岩肌の隙間から水が染み出している。


「ここ滑る」


 千尋が足元をライトで照らす。


 みつみは濡れた場所を大きく跨いだ。


「セーフ」


「そこで滑ったら、マジックシールド関係ないからね」


「転ぶのも防げないかな」


「前から飛んでくる床があれば」


「どんな床よ」


 佳奈子が笑った。


 そのとき、千尋が足を止めた。


 みつみも止まる。


「いる?」


「いる。前」


 千尋の声が少し低くなる。


 四人の空気が変わった。


 曲がり角の先を覗いた千尋が、すぐに顔を戻す。


「ゴブリン。一匹」


 みつみが杖を握る手に力を入れた。


「来る?」


「まだ気づいてない」


「じゃあ――」


「待って」


 千尋が小声で止める。


「使いたいのは分かるけど、わざと攻撃させるのはなしね」


「分かってるよ」


「ほんとに?」


「ほんとほんと」


 千尋がもう一度、角の向こうを確認する。


 その直後だった。


 岩を擦るような音がして、獣じみた顔が角から現れる。


 ゴブリンが四人を見た。


 低く身を沈める。


「来る!」


 千尋が横へ動いた。


 ゴブリンが地面を蹴り、先頭にいた千尋へ突っ込んでくる。


 千尋は正面から受けず、壁際へ身をかわした。


 その横を抜けたゴブリンが、後ろにいたみつみへ向く。


「あ、こっち来た!」


「みつみ!」


 佳奈子の声が飛ぶ。


 逃げるより先に、みつみは杖を前へ向けた。


「《マジックシールド》!」


 みつみの前に、魔力の障壁が展開する。


 次の瞬間、ゴブリンがそこへぶつかった。


「うわっ!」


 鈍い衝撃音と一緒に、障壁が揺れる。


 みつみは思わず一歩後ろへ下がった。


 けれど、ゴブリンの爪は届いていない。


「止まった!」


 みつみの声が弾む。


「千尋!」


「うん!」


 障壁の前で動きを止めたゴブリンの横へ、千尋が回り込む。


 ショートソードが脇腹を斬った。


 ゴブリンが千尋へ向き直る。


 その間に、みつみの前から障壁が消えた。


「消えた!」


「短時間って書いてあったでしょ!」


 志帆の声が飛ぶ。


「分かってる!」


 佳奈子が弓を引いた。


 ゴブリンが千尋を追って動いたところへ、矢が突き刺さる。


 体勢が崩れた。


「みつみ!」


「《マジックボール》!」


 青白い魔力弾が飛ぶ。


 ゴブリンの身体に当たり、そのまま地面へ転がった。


 しばらくして、動かなくなった身体が消えていく。


 四人の間に、短い静けさが落ちた。


 みつみは杖を持ったまま、自分の身体を見る。


 それから顔を上げた。


「防いだ!」


「防いだね」


 千尋がショートソードを下ろす。


「ほんとに止まった!」


「見てたから知ってる」


「全然当たってない!」


 みつみは自分の腕や服を確認してから、嬉しそうに杖を持ち上げた。


「すごくない?」


「すごいすごい」


 佳奈子が弓を下ろしながら笑う。


「でも、ちょっと下がってたじゃん」


「一歩だけ!」


「びっくりしてたよね」


「初めてだったから!」


 千尋も笑いながら戻ってきた。


「でも、あれいいね。今までだったら、みつみのところまで抜けられたら私が追いかけるしかなかったし」


「今は私が止められる」


「うん。ただし、避けられるときは避ける」


「それは分かったって」


「怪しいんだよなあ」


 みつみは杖を眺める。


「もう一回やりたい」


「次に来たときね」


「今でもできるよ?」


「相手いないじゃん」


「何もいなくても出せるけど」


「ダンジョンで何してるんだろ、私たち」


 佳奈子が笑う。


「新スキルの研究」


「実験よ」


 志帆が訂正する。


「昨日の千尋のマーキングと同じでしょう。実際に使わないと分からないこともあるもの」


「じゃあ次も使お」


「戦いながらね」


 千尋に言われ、みつみは少し考えてから頷いた。


「それがいいかも」


     ◇


 それからしばらく、四人は探索を続けた。


 今度は《マジックシールド》を使うことだけに夢中にならず、いつも通り千尋が先を見て、佳奈子とみつみが後ろから攻撃し、志帆が全体を見ながら声をかける。


 それでもモンスターがみつみの近くまで来るたび、みつみの反応は今までとは違った。


 避ける。


 距離を取る。


 それでも間に合わないなら、防ぐ。


 選べるものが一つ増えた。


「なんかさ」


 戦闘を終えたあと、みつみが歩きながら言った。


「レベル上がるの、楽しいね」


「今さら?」


 千尋が前を向いたまま返す。


「前から楽しかったけど、スキル増えるともっと楽しい」


「できなかったことができるようになるからじゃない?」


 佳奈子が矢筒を直しながら言った。


「それ」


 みつみがすぐに頷く。


「さっきまでできなかったことが、今はできる」


「シールド気に入ったね」


「うん」


 みつみは嬉しそうに杖を揺らした。


 志帆が後ろから二人を追い越し、みつみの横へ並ぶ。


「RPGにおける成長の醍醐味ね。数値が上がるだけではなく、新たな力を得ることで戦い方そのものが――」


 そこで志帆が止まった。


「どうしたの?」


 みつみも足を止める。


 志帆は返事をせず、何もない空中を見ていた。


「志帆?」


「……上がった」


「え?」


「レベル」


 今度は三人が一斉に志帆の周りへ集まった。


「五?」


 千尋が聞く。


「五」


「スキルは?」


「今見てる」


 志帆がステータスを確認する。


 数秒後、目が大きくなった。


「ある」


「何?」


「《ヒールショット》」


「ショット?」


 佳奈子が反応した。


「弓みたい」


「待って。説明を読むから」


 志帆の指が動く。


 みつみは横から覗き込みそうになって、ぐっと我慢した。


「離れた味方一人に《ヒール》を飛ばして、遠距離から回復できる……」


 志帆が読み終える。


 少しだけ間があった。


「遠距離回復……」


 その声が、いつもより低くなる。


 みつみと佳奈子が顔を見合わせた。


 千尋が先に笑う。


「あ、これ絶対好きなやつだ」


「好きというか、重要よ。離れた味方をその場から回復できるなら、戦っている最中の動き方も変わるかもしれない」


「使ってみる?」


 みつみが腕を差し出した。


「怪我してないでしょう」


「ちょっとくらいなら」


「ダメ」


「即答」


 志帆がみつみの腕を押し戻す。


「試すために怪我をするのは違うわ。必要になったときに使えばいい」


「じゃあ次、誰か怪我したら志帆の番ね」


 佳奈子が言う。


「怪我する前提で言わないで」


「でも使いたいでしょ?」


 志帆は一瞬黙った。


「……それは、まあ」


「使いたいんじゃん」


「新スキルなのだから当然でしょう」


 みつみが笑いながら杖を持ち上げる。


「次は志帆かー」


「次って何よ」


「千尋のマーキングやって、私のシールドやって、次は志帆」


「順番に増えてるね」


 佳奈子が自分のステータスを開いた。


「じゃあ、その次は私だったりして」


「あるかも!」


「分からないでしょう」


 志帆が言う。


「次のレベルまでどのくらいかも分からないんだから」


「でも、なったらいいじゃん」


 みつみはそう言って歩き出した。


 少し進んでから振り返る。


「行こ。志帆の新しいやつも使いたい」


「だから怪我しに行くみたいに言わないで」


「普通に進むだけだよ」


「本当に?」


「たぶん」


「さっきも聞いたわね、それ」


 四人はまた歩き出す。


 前では千尋がライトで次の曲がり角を照らし、その後ろをみつみが杖を揺らしながらついていく。


 できることが、また一つ増えた。


 志帆の新しい力を実際に使う機会も、この先のどこかでやってくる。


 四人は次の曲がり角へ向かって、洞窟の奥へ進んでいった。


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