第25話 逃走中を追跡中
ここを第3部開始地点とする!
涼木みつみ
川咲千尋
山花志帆
本多佳奈子
4人のダン活を応援してください。
「ねえ千尋、それ使ってみようよ」
学校から二つ隣の町にある、蔵安ダンジョン。
四人でここへ来るのは、これで二度目だった。
中へ入って、まだ十分も経っていない。
前を歩いていた千尋が振り返った。
「何を?」
「マーキング」
「あー」
千尋が、思い出したように自分のステータスを開く。
前にダンジョンへ来たとき、千尋のレベルは五になっていた。
増えていたスキルは《マーキング》。
見えている相手に印をつければ、その相手が見えなくなっても、だいたいの方向と距離が分かるらしい。
「使える相手いないじゃん」
「これから出るでしょ」
「出たら普通に倒すんじゃないの?」
佳奈子が弓を肩にかけ直した。
「それでは検証にならないわ」
志帆が当然のように口を挟む。
「マーキングの真価は、対象を視認できなくなったあとにこそあるのよ。見えている相手の位置が分かるだけなら、目で見ればいいもの」
「だから逃がすの?」
「逃がす必要はないけど、隠れたら試せるじゃん」
千尋はそう言って前を向いた。
「ちょうどいいのがいたらね」
「よし」
「なんでみつみがやる気なの」
「新スキルだよ?」
「私のだけど」
洞窟の奥へ、四人の笑い声が少しだけ響いた。
骨橋ダンジョンと同じ洞窟系でも、蔵安は歩いていると違いが分かる。
道幅が急に狭くなったり、反対に小さな部屋のように広がったりする。岩肌には細い亀裂が多く、曲がり角の先が見えない場所も多かった。
少し進んだところで、千尋が片手を上げる。
三人の足が止まった。
「いる。近い」
千尋が壁際へ寄り、曲がり角の向こうを覗く。
「ダンジョンラット。一匹」
「ちょうどよくない?」
みつみも横から覗こうとして、千尋に額を押し戻された。
「近い近い」
「見たい」
「見えるから待って」
千尋がもう一度、角の向こうを見る。
低い位置を、大きなネズミが走っていた。
「やってみる。《マーキング》」
一瞬、千尋の目が細くなる。
「……ついた」
「どんな感じ?」
「待って。まだ見えてるから分かんない」
ダンジョンラットが四人に気づいた。
岩を蹴るように向きを変え、そのまま通路の奥へ走っていく。
「あ、逃げた」
「追う?」
みつみがもう身体を前へ向けている。
「ちょっと待って」
千尋は動かなかった。
ダンジョンラットの姿が曲がり角へ消える。
三人が千尋を見る。
「……あ」
「分かる?」
「分かる」
千尋が曲がり角の向こうを指した。
「右。そんな遠くない。今、ちょっと離れた」
「おお」
みつみがすぐに千尋の横へ並ぶ。
「まだ動いてる?」
「動いてる。……止まった」
「行こう」
「行くんだ」
「行くでしょ」
千尋も笑って走り出した。
四人で角を曲がる。
その先で通路が二つに分かれていた。
「どっち?」
佳奈子が左右を見比べる。
千尋はほとんど迷わず右を指した。
「こっち」
「おおー」
「それちょっと楽しいね」
「でしょ?」
「なんでみつみが得意げなの」
右の通路を進み、さらに曲がる。
そこで千尋が急に速度を落とした。
「近い」
前方の岩陰から、ダンジョンラットが飛び出してきた。
「うわっ」
みつみが横へ避ける。
低く走る影の前へ千尋が回り込み、ショートソードを振った。
一撃で仕留めきれず、ダンジョンラットが反転する。
その先へ矢が飛んだ。
佳奈子の一射が胴を捉え、ダンジョンラットが床へ転がる。
ほどなく、その身体が消えた。
「ナイス」
「どーも」
佳奈子が弓を下ろす。
みつみは戦闘が終わったことより、千尋のほうが気になっていた。
「マーキング、消えた?」
「うん。もう分かんない」
「倒したから?」
「たぶん」
「もう一回やろう」
「早いって」
千尋が笑う。
「まだ一回しか使ってないけど、これ結構便利かも」
「逃げるやつ追えるじゃん」
「それもあるし、見えなくなっても場所が分かるなら、戦ってる途中でも使えるかもしれない」
志帆が小さく頷いた。
「曲がり角や障害物が多い場所とは相性がよさそうね。相手が遮蔽物の裏へ回っても――」
「志帆、歩きながらでいい?」
「……いいわ」
「長くなると思ったでしょ」
「思った」
「まだ二行くらいしか喋ってないのだけれど」
四人はそのまま奥へ進んだ。
◇
「休憩しよ。お腹すいた」
佳奈子の一言で、少し広くなった場所に腰を下ろした。
壁際へ荷物を置き、それぞれ飲み物と軽食を取り出す。
「佳奈子、それ何?」
「グミ」
「一個ちょうだい」
「いいよ」
みつみが差し出された袋へ手を伸ばす。
「二個取った」
「見てた?」
「見える位置で取ってんじゃん」
隣では、千尋がペットボトルを飲みながらスマホを見ていた。
「マーキング、どのくらい持つんだろ」
「時間測ればよかった」
「次やる?」
みつみがグミを噛みながら身を乗り出す。
「やる。今度は倒さないで、どのくらい追えるか試したい」
「じゃあ次のモンスターは実験台ね」
志帆が言うと、佳奈子がグミの袋を閉じた。
「なんか急に悪の研究者っぽい」
「実験台という言葉がよくなかったわね」
「そこだけ?」
千尋が笑いながらスマホをしまう。
「まあ、危なそうなら普通に倒そう。マーキング試すために追いかけ回すのも変だし」
「それはそう」
みつみは立ち上がり、膝についた砂を払った。
「でも次も使お」
「使う使う。私も試したいし」
さっきまで、千尋が使えるスキルは《気配察知》と《サイレントステップ》だった。
そこへ《マーキング》が増えただけで、同じ洞窟の見え方が少し変わった。
曲がり角の向こうや岩の陰、枝分かれした道。見えなくなったものを追えるなら、今までならそのまま終わっていたことの続きを見られる。
「新しいスキルっていいね」
みつみが言う。
「みつみもそのうち増えるでしょ」
「早く増えないかな」
「そういうのって自分で分かるの?」
佳奈子に聞かれ、みつみは首を振った。
「全然」
「じゃあ待つしかないじゃん」
「だからいっぱい使う」
みつみは杖を持ち上げた。
「魔法」
「結局それね」
◇
次に現れたのは、一匹のゴブリンだった。
獣じみた顔をこちらへ向け、四つ足に近い前傾姿勢から一気に駆けてくる。
「千尋!」
「つけた!」
千尋が《マーキング》を使う。
ゴブリンはそのまま千尋へ飛びかかった。
千尋が横へ避ける。
「《マジックボール》!」
青白い魔力弾がゴブリンの肩へ当たり、身体が岩壁へぶつかった。
倒れない。
「まだ!」
志帆の声に、みつみは杖を向けたまま距離を取る。
ゴブリンが起き上がり、今度はみつみへ向かう。
その横から千尋がショートソードで斬りつけた。
ゴブリンが千尋へ向き直る。
「そっち行った!」
「見えてる!」
「言いたかった!」
「はいはい!」
佳奈子の矢が飛ぶ。
ゴブリンが大きくよろめいた。
みつみは杖を構え直す。
「《マジックボール》!」
二発目が胸元へ直撃する。
ゴブリンの身体が床へ倒れ、そのまま動かなくなった。
少しして、姿が消える。
「よし」
みつみが杖を下ろした、そのときだった。
視界の端に、見慣れた表示が浮かんだ。
「あ」
三人が振り返る。
「どうした?」
みつみは目の前の表示を見たまま、瞬きをした。
「上がった」
「レベル?」
「うん」
千尋がすぐ近くまで来る。
「五?」
「五」
「スキルは?」
「待って、今見る」
みつみがステータスを開く。
増えている。
見覚えのない名前が一つ。
「……マジックシールド」
「盾?」
佳奈子がみつみの横から画面を覗く。
志帆も反対側へ寄った。
「魔力障壁……!」
声が少しだけ速くなる。
「前方へ短時間展開して攻撃を防ぐスキルね。つまりメイジが自前で防御手段を持てるということになるわ。これなら――」
「使おう」
「待って。まだ説明の途中」
「使ったほうが早くない?」
「それはそうだけれど!」
みつみは杖を持ち直しかけて、通路の奥を見る。
「でも、今いないか」
「次に何か出たら試そっか」
「うん!」
みつみは新しく増えたスキル名をもう一度見た。
マジックシールド。
攻撃する魔法ではない。
今までとは違う魔法。
それだけで、次に何か出てくるのが少し楽しみになる。
「行こ」
みつみが千尋の横へ並ぶ。
「次、何出るかな」
「出てほしいのか、出てほしくないのか分かんないな」
千尋が笑って歩き出し、その後ろから志帆と佳奈子も続いた。
四人のライトが、蔵安ダンジョンの先を照らしていく。




