第24話 四人で潜るダンジョン
次の日曜日。
二つ隣の町の駅へ降りたみつみは、改札を出るなり周囲を見回した。
「今日は祭りない」
「確認するとこそこ?」
佳奈子が笑う。
「大事でしょ。またあったらダンジョン行けないじゃん」
「行けないんじゃなくて、行かなかったのよ」
志帆の指摘に、みつみは少し考えた。
「でも花火あったら見るでしょ?」
「それは見る」
「ほら」
「何がほらなの」
千尋が先に歩き出し、三人もそのあとを追う。
先週は途中の秋祭りで一日を使い切った道を、今日はそのままダンジョン施設へ向かった。
「なんか変な感じ」
みつみが言う。
「何が?」
「この道、先週めっちゃ歩いたのに、ダンジョンまで着いてない」
「途中で曲がったからね」
「今日は真っ直ぐ行くよ」
千尋が念を押す。
「分かってるって」
答えた直後、みつみの視線が道の反対側へ動く。
「今そっち何見た?」
「何も」
「見てたじゃん」
「お店」
「寄らないよ」
「分かってるってば」
佳奈子が横で笑った。
「先週と同じ会話してる」
それでも今日は誰も足を止めず、十五分ほど歩いたところでダンジョン施設が見えてきた。
◇
「ここかー」
建物を見上げた佳奈子が声を上げる。
「写真より普通」
「入口しか送ってないもん」
「だからだよ」
三人にとっては二度目、千尋にとっては三度目になる施設だが、佳奈子が一緒だと前に来たときとは少し違って見える。
中へ入ると、佳奈子は受付や休憩スペースを眺めながら歩き、売店の前でみつみを見た。
「これ?」
「何が?」
「送ってきた売店」
「そう!」
「ほんとにただの売店じゃん」
「だから雰囲気だって言ったでしょ」
「写真いる?」
「いる」
千尋が二人を追い越す。
「帰りにして。先に受付」
「はーい」
前に三人で来たときと同じように手続きを済ませ、それぞれ装備を整える。
佳奈子が弓を手にすると、みつみは少し離れたところから四人を見渡した。
「やっぱ四人だ」
「今さら?」
「ここに四人で来るの初めてじゃん」
千尋のショートソード。志帆の小型メイス。佳奈子の弓。そして自分の杖。
前にここへ来たときは、弓だけがなかった。
「やっぱこれだよ」
「見た目の話?」
「それもある」
佳奈子が弓の状態を確かめながら笑う。
「私がいないと寂しかった?」
「ちょっと」
「そこはすごくって言ってよ」
「戦闘は忙しかった」
「そっち?」
志帆が装備を整え終えて立ち上がった。
「今日は四人揃っているんだから、存分に未知なる迷宮を――」
「志帆、ここ三人はもう来てるよ」
みつみが言う。
「佳奈子にとっては未知でしょう」
「確かに」
佳奈子が頷く。
「じゃあ案内よろしく」
「任せなさい」
「志帆も一回来ただけだけどね」
千尋の一言で、志帆が黙った。
「……道順くらいは覚えてるわよ」
「全部?」
「全部とは言ってない」
四人で笑いながら、ダンジョンの入口へ向かった。
◇
中へ入ると、佳奈子が最初に足元を見た。
「ほんとだ。地元と違う」
「でしょ?」
なぜかみつみが得意そうに言う。
「みつみが作ったわけじゃないじゃん」
「でも私、先に知ってるし」
「一回来ただけで先輩風吹かせないで」
前回ほど立ち止まらず、そのまま探索を始める。
三人は一度歩いているダンジョンだが、すべての道を知っているわけではない。千尋だけはソロでも来ているものの、そのときも別の道を途中まで見ただけだ。
最初の分岐へ着くと、みつみが左右を見る。
「どうする?」
「前に三人で右に行った」
千尋が答える。
「私はこの前、一人で左」
「じゃあどっちも行ったことあるんだ」
佳奈子が言う。
「入口から少しだけね。先は全然知らないよ」
「だったら今日は右行かない?」
志帆が右側を見る。
「前に三人で歩いた道を、四人でもう一度歩いてみたいわ」
「私もそれがいい」
みつみがすぐに乗った。
佳奈子は二人を見てから肩をすくめる。
「私はどっちでも初めてだから、任せる」
「じゃ、右」
千尋が先頭へ出た。
前に歩いた道でも、三人だったときとは感覚が違った。
千尋が先を見ながら進み、その少し後ろをみつみと志帆が歩く。佳奈子は周囲を眺め、ときどき三人へ「あれ何?」と聞いた。
「前もあった?」
「それはあった」
「こっちは?」
「覚えてない」
「先輩、全然役に立たないじゃん」
「一回しか来てないもん」
「自分で言った」
しばらく歩いたところで、千尋が片手を上げた。
三人の声が止まる。
千尋は前方を見たまま《気配察知》を使った。
「いる。近い」
「何体?」
「四……たぶん。ちょっとばらけてる」
それだけ聞いて、四人は自然に装備へ手をかけた。
◇
通路の先は少し広くなっていた。
中央から右側にかけて大きな岩がいくつか突き出し、左には比較的まっすぐ進める空間がある。
岩の手前にゴブリンが一体。
その後ろを、ダンジョンラットが二体動いている。
「もう一体、右の奥」
千尋が短く告げた。
姿は見えない。
みつみは左側へ視線を走らせた。
「ここ置くね」
《マジックマイン》
通路の左寄り、こちらへ抜けてくるなら避けにくい位置へ淡い光が広がる。
千尋はもう前へ出ていた。
ゴブリンが気づき、前傾した身体で走り出す。
千尋は正面から迎えながら、そのまま少し右へ寄った。
左側が空く。
ダンジョンラットの一体がそこへ抜けようとした。
魔力が弾ける。
甲高い音とともにラットの身体が跳ね、後ろにいたもう一体まで巻き込まれた。
同時に佳奈子が弓を引く。
一射。
まだ動いていたラットへ矢が刺さった。
みつみはそこへ杖を向けようとして、やめる。
前では千尋がゴブリンの爪をかわし、横から斬りつけている。ラットは佳奈子が見ている。
なら、自分が見るのは別だ。
「右、まだいる?」
「いる。動いた!」
千尋の声とほぼ同時に、岩陰からホーンラビットが飛び出した。
角を前へ向け、千尋の横を抜けて後方へ走ってくる。
「そっち行った!」
志帆がすでに動いていた。
ホーンラビットは千尋を抜け、みつみたちのところまで迫っている。
志帆はみつみとの間へ身体を入れ、小型メイスを構えた。
真正面から受けるのではなく、ぶつかる直前に横へずれる。
ホーンラビットもそれを追うように進路を変えた。
その先には大きな岩がある。
佳奈子からは見えにくい。
けれど弓は下がらなかった。
《曲射》
放たれた矢が上へ抜け、岩を越えて落ちる。
ホーンラビットの背へ刺さった。
「当たった!」
佳奈子の声。
ホーンラビットの突進が鈍る。
すでに目の前まで来ている。
志帆は身体をかわしながらメイスを振り、横から胴を打った。
「みつみ!」
「うん!」
もう杖は向いている。
《マジックボール》
魔力弾を受けたホーンラビットが消えた。
すぐ左で、矢を受けたラットがこちらへ走り出す。
みつみが振り向いたときには、佳奈子が二本目の矢をつがえていた。
放つ。
ラットが消える。
もう一体。
マジックマインを受けながらも残っていたラットが、岩の脇を回って千尋の後ろへ向かう。
「千尋、後ろ!」
志帆の声が飛ぶ。
千尋は振り返らない。
目の前のゴブリンへ踏み込み、剣を振る。
ゴブリンが消えた。
そのまま一歩前へ抜ける。
入れ替わるように、みつみの横を矢が通った。
佳奈子の射撃がラットへ当たり、動きが止まる。
「みつみ!」
今度は佳奈子。
「見えてる!」
《マジックボール》
最後のラットが消えた。
急に静かになる。
千尋は剣を下げるより先に《気配察知》を使い、周囲へ視線を巡らせた。
「……もういない」
その言葉で、三人もようやく構えを解いた。
みつみは杖を下ろし、今までモンスターがいた場所を見回した。
「終わった?」
「終わったね」
佳奈子も弓を下げる。
「なんか早かった」
「四体いたのにね」
志帆がメイスを確認しながら言った。
千尋はショートソードの状態を見てから鞘へ戻す。
「みつみ、マイン置くの早かったね」
「左、来そうだったから」
「ちょうどよかった」
「佳奈子も曲射、普通に当ててた」
「普通って言わないでよ。ちょっと嬉しかったのに」
「じゃあ、すごい」
「今言われると雑」
佳奈子が笑う。
志帆はその横で千尋の腕を見た。
「ちょっと待って。そこ」
「ん?」
袖の近くに浅い爪痕が残っている。
「いつやったの?」
「最初のゴブリンかな。全然気づかなかった」
「本人が気づかなくても傷は傷よ」
志帆が手を向ける。
《ヒール》
淡い光が傷を覆い、跡が消えていく。
「はい。これでよし」
「ありがと」
志帆は満足そうに頷いた。
「後衛を守り、傷を癒やす。我が務めは今日も――」
「水飲も」
みつみが荷物へ手を伸ばす。
「ちょっと、まだ途中なんだけど」
「長そうだったから」
「さっきもそれやったでしょ!」
佳奈子が吹き出した。
戦闘中はほとんど必要なことしか言っていなかったのに、終わった途端、いつもの四人に戻っていた。
◇
少し休んでから、さらに先へ進んだ。
前に三人で来たときは、初めて見るものに出会うたびに足を止めていた。
今日は違う。
知らない道を楽しんでいるのは同じなのに、歩きながら周囲を見る余裕がある。
「前ここ通った?」
佳奈子が聞く。
「ここは通った気がする」
みつみが答える。
「気がする?」
「たぶん」
「じゃあ千尋」
「通ったよ」
「ほら」
「なんでみつみが得意そうなの」
やがて前回三人で休憩した場所へ着いた。
「あ、ここ覚えてる」
みつみが壁際を指す。
「ここで休んだ」
「やっと確信持って言えたね」
佳奈子が笑う。
「じゃあ今日もここ?」
「いいんじゃない?」
四人で荷物を下ろした。
飲み物を出し、それぞれ持ってきたものを食べる。
「今日、ちゃんとダンジョン来たね」
佳奈子が言った。
「先週も入口の近くまでは来た」
「町まででしょ」
「今日はモンスターも倒した」
「それが普通なんだって」
みつみは飲み物を一口飲み、さっきの戦闘を思い返す。
「でも四人だと楽」
「三人のとき大変だった?」
「大変ってほどじゃないけど、私が撃つとこ多かった」
「遠距離がみつみだけだったからね」
千尋が答える。
「今日は佳奈子いるから、私が全部見なくてもいい」
「私も働いてるんですよ」
「知ってるよ」
「もっと感謝して」
「ありがとう佳奈子」
「急に素直だとそれはそれで変」
志帆が小さく笑った。
「面倒ね」
「志帆に言われたくない」
「どういう意味?」
「そのままの意味」
休憩を終える頃には、さっきの戦闘の話も別の話題へ移っていた。
◇
午後も探索を続けたが、今日はゴールを目指しているわけではなかった。
まだ知らない分岐を一つ選び、しばらく進む。
途中でモンスターを避け、別の場所では二体だけ相手にした。立ち止まって景色を見たり、行き止まりを引き返したりもした。
それだけで時間は過ぎていく。
ある分岐へ着いたところで、千尋が時計を確認した。
「そろそろ戻る?」
みつみも時間を見る。
「もう?」
「帰りもあるから」
「まだ行けそうだけど」
口にしてから、みつみは少しだけ先の道を見た。
「……まあ、また来ればいいか」
千尋がみつみを見る。
「何?」
「いや、別に」
「何その顔」
「前なら、もうちょっと行くって言いそうだったなと思って」
「子ども扱いしないでよ」
「そこまでは言ってない」
佳奈子が荷物を持ち直した。
「私も今日は十分。最初からずっと知らない場所だし」
「では帰還しましょう」
志帆が振り返る。
「未知なる深部は、次なる探索へ残しておくのもまた――」
「それはちょっと分かる」
みつみが言った。
志帆が止まる。
「……今日は最後まで言っていいの?」
「うん」
「そう言われると急に言いづらいんだけど」
「じゃあ帰ろ」
「待って。今から言う」
「どっち?」
四人は笑いながら来た道へ戻った。
◇
施設へ帰還し、装備を片づけたあと。
約束どおり売店へ寄ると、佳奈子は棚を一通り見回してからみつみへ言った。
「やっぱ写真いらなかったと思う」
「いるって」
「実物見たけど、やっぱ普通の売店だよ」
「でも地元にないのあるよ」
「それはそうだけど」
少し離れたところでは、志帆が用品を見ながらスマホを操作していた。
千尋が覗き込む。
「何見てるの?」
「この辺のダンジョン」
「もう次?」
みつみがすぐ寄ってきた。
「何かある?」
「近場だけでも、まだ行ったことのない初心者向けはいくつかあるわよ」
「行きたい」
「全部?」
「見てから決める」
「珍しく順番が正しい」
「何それ」
佳奈子も買うものはなかったらしく、三人のところへ戻ってくる。
「また遠いとこ?」
「まだ決めてない」
志帆が画面をスクロールする。
「ただ、ちょっと気になるところはある」
「どこ?」
「五つ隣の町」
佳奈子の顔がすぐに変わった。
「遠くない?」
「二つ隣よりは遠いわね」
「朝早くなるやつじゃん」
「まだ行くなんて言ってないでしょう」
志帆がスマホの画面を三人へ向けた。
「それに、そこは初心者向けじゃないの」
みつみの目が画面へ寄る。
「じゃあ何?」
「脱初心者ダンジョン」
一瞬、四人の会話が止まった。
「脱初心者」
みつみがその言葉を繰り返す。
「何それ。行ってみたい」
「早い」
千尋が笑った。
「名前聞いただけじゃん」
「だって次っぽい」
「何が次なの?」
「初心者の次」
「そのまんまじゃん」
佳奈子は志帆のスマホを覗いたまま少し考える。
「でも私たち、初心者向けしか行ってないんでしょ?」
「今のところはね」
千尋が答える。
「じゃあ、まだ初心者なんじゃないの?」
「だから脱初心者なんじゃん」
「みつみは行く前提になってない?」
「行ってみたくない?」
「興味はあるけど、五つ隣でしょ?」
「そこ?」
「そこも大事」
佳奈子は即答した。
志帆はもう画面を自分へ戻し、何かを読み始めている。
「少なくとも、今ここで決める必要はないわ。どんなところなのか調べてからでしょうね」
「志帆もう調べてるじゃん」
「気になるもの」
「じゃああとでグループに送って」
「分かった」
千尋も自分のスマホを出した。
「他にも候補あるなら、それも見ようよ。初心者向けにまだ行くのも全然ありだし」
「うん」
みつみはもう一度、志帆の画面に表示された言葉を見た。
脱初心者ダンジョン。
今日の朝までは、次に行く場所として考えたこともなかった。
けれど、そういう場所があると知っただけで、その先にまだ知らないダンジョンが続いているような気がした。
「五つ隣かあ」
佳奈子がもう一度言う。
「やっぱそこなんだ」
「だって遠いじゃん」
「電車で行けるでしょ」
「朝何時?」
「まだ調べてない」
「そこ調べてから誘って」
千尋が笑う。
「じゃあ今日は帰ろっか」
「賛成」
四人で施設を出る。
駅までの道を歩きながらも、話は初心者向けの別のダンジョンへ移ったり、さっきの戦闘へ戻ったり、途中で全然関係のない話へ変わったりした。
今日もダンジョンをクリアしたわけではない。
新しいスキルを覚えたわけでもない。
四人で知らない道を歩いて、戦って、休んで、帰ってきただけだった。
それでも、前に三人で歩いたときとは少し違う。
みつみは前を歩く三人を見てから、すぐに追いついた。
「ねえ、帰りなんか食べてく?」
「今その話?」
「お腹空いた」
「さっきまで脱初心者とか言ってたじゃん」
「それはそれ」
「ほんと切り替え早いね」
「何食べる?」
「もう食べるの確定なの?」
四人の声が、駅へ続く道に重なった。
第2部、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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