第22話 一人でダンジョン行くの?
昼休み、みつみが弁当箱の蓋を開けたところで、千尋が何でもないことのように言った。
「そういえば、この前のダンジョン、一人で行ってきた」
向かいでパンの袋を開けていた佳奈子の手が止まり、みつみは箸を持ったまま顔を上げる。
志帆だけは一拍遅れて千尋を見た。
「どこ?」
「二つ隣の町のとこ。この前、三人で行ったダンジョン」
「え、一人で?」
みつみの声が少し大きくなり、近くの席にいたクラスメイトがこちらをちらりと見る。
みつみは反射的に声を落とした。
「一人で行ったの?」
「うん」
「なんで誘わなかったの」
責める調子ではなく、純粋に理由が分からないという顔だった。
「朝、暇だったから行こうかなって思って。そのまま」
「そのままダンジョン行く?」
「千尋なら行きそう」
佳奈子がパンを一口かじりながら言う。
「私、一人だったら絶対行かない」
「絶対?」
「絶対は言いすぎた。たぶん行かない。だって一人で電車乗って、装備準備して、ダンジョン入るんでしょ? そこまでして一人で行きたいってならない」
「私はなるんだよね」
千尋が笑うと、佳奈子は「知ってる」と返してまたパンを食べ始めた。
みつみはまだ納得しきっていないようで、箸を持ったまま身を乗り出している。
「一人って、どうだった? 怖くない?」
「別に。危なそうなら戻ればいいし、戦いたくなければ避けるし。自分で決めることが多いぶん、私はあれ結構好きだよ」
「それが普通にできるのが、もう私と違う気がする」
みつみは少し考えてから、弁当の卵焼きを口へ入れた。
「私だったら、せっかく来たしもうちょっと行こう、ってなりそう」
「それはなりそう」
佳奈子が即座に同意する。
「何で二人ともそんな自信あるの」
「みつみだから」
「雑」
志帆は三人のやり取りを聞きながら、スマホを机の端へ置いた。
「でも、ソロなら引き際はかなり大事でしょうね。誰かが止めてくれるわけじゃないし」
「うん。だから、まだ行けそうなところで帰ってきた」
「そこが千尋なんだよ」
みつみが言う。
「私だったら、その『まだ行けそう』に負ける」
「自覚あるなら大丈夫じゃない?」
「その場に行ったら忘れるかもしれない」
「じゃあ駄目じゃん」
佳奈子が笑った。
話はそこで一度途切れ、みつみは弁当に戻り、志帆も飲み物へ手を伸ばす。
教室のあちこちから別のグループの話し声が重なっている。窓際では誰かがスマホの写真を見せ合っていた。
千尋も箸を進めていると、しばらくして佳奈子が思い出したように顔を上げた。
「で、どこまで行ったの?」
「前に三人で行ったとき、最初の分岐を右に行ったでしょ。今回は左」
「あ、そっち見てきたんだ」
みつみがすぐに反応する。
「何あった?」
「道」
「それはあるでしょ」
「あとゴブリンとダンジョンラットとホーンラビット」
「結構いるじゃん」
「二体まとめて相手にしたのもあるし、三体いたところは避けた」
「三体はやらなかったんだ」
「やれそうではあったけど、別にやる必要なかったから」
みつみがまた箸を止める。
「そこなんだよなあ」
「何が?」
「やれそうならやりたくない?」
「毎回?」
「……毎回ではない」
「今ちょっと考えたでしょ」
「考えた」
千尋は笑いながら、机の端に置いていた飲み物へ手を伸ばした。
「一人だと、戦ったあとも自分で周り見ないといけないしね。二体倒して終わり、じゃなくて、まだ近くにいないか確認して、帰る分の余裕も残して。そういうのも含めて楽しいよ」
「私はやっぱいいや」
佳奈子があっさり言った。
「何で?」
「一人でそこまで考えて遊ぶより、誰かと行ったほうが楽しい。戦闘も、終わったあと『今の危なかった』とか言いたいし」
「佳奈子っぽい」
「でしょ」
みつみは少し迷ってから、自分の箸を弁当箱へ置いた。
「私は一回やってみたいかも」
「ソロ?」
「うん。どんな感じか気になる」
「じゃあ地元でやってみれば?」
千尋が言うと、みつみは一瞬だけ目を丸くした。
「止めないんだ」
「なんで止めるの?」
「危ないから駄目、とか言うかと思った」
「無茶するなら止めるけど、一人で行くこと自体は別に悪いことじゃないし。浅いところで、自分で帰る時間決めて行けば?」
「おお」
「ただし、『せっかくだからもうちょっと』を三回くらいやるのは禁止ね」
「三回もやらないよ」
「一回はやるんだ」
佳奈子の指摘に、みつみが黙る。
志帆は笑いをこらえるように口元へ手を当てた。
「志帆は?」
みつみが話を振る。
「私は……今のところ、わざわざ一人で行こうとは思わないわね」
「怖い?」
「それも少しはあるけど、私の場合は一人で潜るより、準備や装備を考えて誰かと行くほうが楽しいと思う」
「志帆、一人でも準備だけは永遠にできそうだけど」
「できるけど、それはダンジョンへ行ってないでしょう」
「確かに」
佳奈子が笑いながらパンの袋を畳みかけ、途中で手を止めた。
「ていうか、そのダンジョンさ」
「うん?」
「私だけまだ行ってないじゃん」
「そうだよ」
みつみが嬉しそうに反応する。
「だから次、佳奈子も行こうって言ってたじゃん」
「それは覚えてる。写真も送られてきたし」
「入口と売店」
「なんで売店まで送ってきたの」
「必要だから」
「何に?」
「雰囲気」
「入口だけでよくない?」
「売店も施設の一部じゃん」
佳奈子は返事をする代わりに、みつみをしばらく見たあと「まあいいけど」と肩をすくめた。
「で、結局どんな感じだったの? この前の話、写真しか聞いてない」
「え、話してなかったっけ?」
「『違うダンジョン楽しかった』しか聞いてない」
「十分じゃない?」
「全然分かんないよ」
千尋が笑いながら、みつみの代わりに口を挟む。
「地元より人が多くて、通路とか地面の感じも違ったよ。あと、向こうで長く一緒にやってるシーカーの人たちを見た」
「あ、それ話したい」
みつみがすぐ食いついた。
「めっちゃ上手かったんだよ。戦ってるとき、ほとんど喋ってないのに動き合ってて。一人がこっち行ったら、別の人がもうそっちいる、みたいな」
「何それ、すご」
「二年くらい一緒にやってるって」
「二年?」
佳奈子が今度は千尋を見る。
「そんな続くんだ」
「趣味なんだから、続く人は続くでしょ」
「いや、ダンジョンを二年じゃなくて、同じメンバーで二年」
「そっちね」
志帆が少し身を乗り出した。
「一か月くらい全員揃っていなかったらしいのに、戦闘ではかなり動きが合ってたの。毎回細かく相談するというより、相手が次に何をするかをある程度分かってる感じ」
「へえ……」
佳奈子は感心したように言ってから、少し笑った。
「うちらも、いつかそうなるのかな」
「喋らなくても分かる、みたいな?」
みつみが聞き返す。
「そうそう」
「無理じゃない?」
「みつみ、即答する側なの?」
「だって私、たぶん喋るもん」
「そこは分かる」
千尋が笑う。
「戦闘中は今より減るかもしれないけどね」
「じゃあ、私が黙ってても何考えてるか分かるようになる?」
「今もだいたい分かるときあるよ」
「ほんと?」
「面白そうなもの見つけたときとか」
「あ、それは分かる」
佳奈子も頷く。
「顔で分かる」
「顔?」
「目がそっち行ってる」
「志帆は?」
突然振られた志帆が少し考える。
「私?」
「何考えてるか分かる?」
「志帆は、ダンジョン用品の前で立ち止まったらだいたい分かる」
千尋の答えに、佳奈子が吹き出した。
「それ考えてることじゃなくて、欲しい物見てるだけじゃん」
「違うわよ。比較してるの」
「買うの?」
「買うとは限らない」
「でも見るんだ」
「見るでしょう」
志帆が当然のように答え、みつみが笑う。
さっきまでソロ探索の話をしていたはずなのに、いつの間にか話題は志帆の買い物へずれていた。
予鈴が鳴った。
教室のあちこちで、机を戻す音や椅子を引く音が重なる。佳奈子が食べ終わった袋をまとめ、みつみも急いで弁当箱を片づけ始めた。
「で、あっちのダンジョン、いつ行く?」
みつみが蓋を閉めながら言う。
「今その話する?」
「佳奈子まだ行ってないじゃん」
「それは行くって言ったけど」
佳奈子もスマホを取り出す。
「今週は無理。土曜予定ある」
「じゃあ日曜?」
「日曜ならたぶん大丈夫」
千尋も画面を確認した。
「私は空いてる」
「私も問題ないわ」
志帆が答える。
みつみは自分の予定を見る前に、三人の顔を見た。
「じゃあ日曜、みんなで行こ」
「みつみの予定は?」
「あ」
千尋に言われて、慌ててスマホを開く。
「……空いてる。大丈夫」
「先に見なよ」
「結果オーライ」
佳奈子が立ち上がりながら笑った。
「じゃ、今度は私も行く。売店以外の写真も見せてもらうから」
「写真じゃなくて実物見に行くんでしょ」
「そうだった」
みつみも立ち上がる。
チャイムが鳴り、四人はそれぞれ昼食を片づけて授業の準備を始めた。
次の日曜は、佳奈子も一緒に二つ隣の町へ行くことになった。




