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第20話 隣町のシーカーたち

 土曜日。


「佳奈子、ほんとに来ないんだ」


 駅のホームで、みつみはスマホを見ながら言った。


「昨日も言ってたでしょ」


 千尋が隣で答える。


「分かってるけど、三人って久しぶりじゃない?」


「久しぶりね」


 志帆がホームへ入ってくる電車を見る。


「佳奈子が来る前は三人だったけど」


「あー、そっか」


「忘れてたの?」


「忘れてないよ。なんか四人に慣れたなって」


 やがてホームへ入ってきた電車が停まり、三人で乗り込んだ。


 今日は、いつもの地元ダンジョンではない。向かうのは二つ隣の町。先日の文化祭が終わったあとに話していた、もう一つの初心者向けダンジョンだった。


 佳奈子は予定が合わず不参加。日を変える案も出たが、佳奈子本人から「三人で行ってくれば?」と言われ、そのまま今日になった。


「どんなとこなんだろ」


 座席へ座ったみつみが言う。


「初心者向けなのは同じでしょ?」


 千尋が答える。


「そうなんだけど、地元のと全然同じだったらつまんなくない?」


「同じではないわよ」


 向かいに座った志帆がスマホを見る。


「内部の地形も違うし、出現するモンスターにも多少違いがあるみたい」


「調べてる」


「行くんだから最低限は見るでしょ」


「どこまで見た?」


「施設情報と、初心者向けの注意事項と――」


「待って」


 みつみが手を上げた。


「中のこと全部言わないで」


「全部なんて調べてないわよ」


「初見で見たい」


「だったら聞かないで」


「どんなとこだろって言っただけ」


「面倒ね、あなた」


 千尋が笑った。


「まあ、今日はクリアしに行くわけじゃないしね」


「そうそう。見学」


「装備持って見学って言う?」


「ダンジョン見学」


「普通に探索でいいでしょ」


 電車が動き出す。


 いつものダンジョンなら、自転車で向かう。今日は電車。それだけで、少し遠出をしている感じがした。


◇


「おおー」


 駅から歩いて十五分ほど。見えてきた建物を前に、みつみが声を上げた。


「違う」


「そりゃ違うでしょ」


 千尋が言う。


「いや、そうなんだけど」


 みつみは入口を見上げた。


 地元のダンジョン施設とは建物の形から違い、入口付近には装備を背負ったシーカーたちが行き交っている。


「なんか、人多くない?」


「今日は土曜だからじゃない?」


「地元も土曜行ってるじゃん」


「時間帯もあるでしょ」


 三人で中へ入る。


 受付に休憩スペース、案内表示、売店。基本的に必要なものは同じだったが、配置が違うだけで、知らない施設に来た感じがする。


「あ、売店ちょっと広い」


「先に受付」


 千尋に言われる。


「見るだけ」


「帰りに見ればいいでしょ」


「限定品あるかもしれないじゃん」


「ダンジョンの売店に?」


「知らないけど」


 志帆が案内板を見ている。


「受付、あっちね」


「はい」


 三人で手続きを済ませ、準備を整えて装備を確認する。


 みつみの杖、千尋の剣、志帆が右手に持つ小型メイス。


「やっぱ三人だ」


「今さら?」


「見た目がちょっと寂しい」


「弓がないものね」


 千尋が剣を確かめながら言った。


「戦い方も少し変えないとね」


「そっか」


「今日は遠距離攻撃、みつみだけだから」


「任せて」


「全部任せるとは言ってない」


「どっち」


 志帆が笑う。


「いつものつもりで動かなければいいのよ」


 みつみは杖を握った。


「よし。三人用に切り替えた」


「何を?」


「気持ち」


「それだけ?」


「大事でしょ」


「まあ、大事か」


 三人で入口へ向かった。


◇


 ダンジョンへ入ってすぐ、みつみは足を止めた。


「違う」


「また?」


「だって違うじゃん」


 通路の広さも、地面の感触も、壁の形も、明るさも、知っているダンジョンとは少しずつ違っている。


「同じ初心者向けでも、こんな違うんだ」


「だから来てみたかったのよ」


 志帆も周囲を見ている。


「写真で見るのと、実際に歩くのは違うし」


「志帆、楽しそう」


「みつみほど顔に出してないわよ」


「出てるよ」


「出てない」


「前見て歩いて」


 千尋が二人を追い越した。


「はーい」


 探索を始める。


 今日は先を急がない。分岐があれば立ち止まり、周囲を見て、行きたいほうへ進む。


 地元なら、もう見慣れた景色も多い。ここでは曲がるたびに知らない場所が出てきた。


「あっち行こう」


「なんで?」


「なんとなく」


「またそれ?」


「初めてなんだから、どっちでも一緒じゃん」


「まあ、それはそうね」


 みつみの選んだ道へ入る。


 しばらく進むと、前方から三人組のシーカーが戻ってきた。軽く会釈を交わしてすれ違い、少し先では別のPTが休憩している。


「地元より人と会う気がする」


 みつみが小声で言った。


「たまたまかもしれないけどね」


 千尋が答える。


「知らない人ばっかり」


「ここでは私たちも知らない人よ」


 志帆が言う。


「あ、そっか」


 地元では受付やダンジョン内で見覚えのある顔も増えていたが、ここでは自分たちのほうがよそ者だ。


 知らないダンジョンへ来た三人組。それが少し面白かった。


◇


 最初の戦闘は、探索を始めてしばらくしてからだった。


「いる」


 先頭の千尋が止まる。


 前方にいるモンスターを、三人で数まで確認する。


「普通にやれそう」


 千尋が剣を抜いた。


「ただ、遠距離はみつみだけね」


「任せて」


「撃てるところお願い。私が前に出る」


「了解」


 志帆が周囲を見る。


「右が広いわ。千尋、そっちを使ったほうが動きやすい」


「分かった」


 三人が動き、千尋が前へ出る。


 みつみは杖を構えて魔法を放つ。魔法が当たると、千尋が一体を引きつけ、その間に別の一体が横へ動いた。


「みつみ、左!」


「はい!」


 杖を向け直して魔法を飛ばす。動きが止まったところへ千尋が入り、ほどなく戦闘が終わった。


「ふう」


 みつみが息を吐いた。


「普通にいけた」


「そりゃね」


 千尋が剣を確認する。


「四人じゃないと戦えないわけじゃないし」


「でも、ちょっと忙しい」


「みつみの担当が増えてるからね」


「魔法いっぱい使える」


「嬉しそうね」


「そりゃもう」


 志帆が呆れたように言う。


「MP配分まで忘れないでよ」


「分かってます」


「本当に?」


「たぶん」


「分かってないじゃない」


 三人で先へ進んだ。


◇


「ちょっと休も」


 広めの場所を見つけ、三人は壁際へ移動して荷物を下ろし、水を飲む。


「知らないダンジョン楽しい」


 みつみが言った。


「まだそんなに進んでないけどね」


「それがいいんじゃん」


 どこへ続いているのか分からず、次に何があるのかも分からない。地元ダンジョンだって、最初はそうだった。


「地元も最初こんな感じだったっけ」


「もっと緊張してたんじゃない?」


 千尋が言う。


「そうかな」


「みつみ、初めてのときすごかったよ」


「何が?」


「全部」


「分かんない」


 志帆が飲み物の蓋を閉めた。


「その頃、私はまだいなかったけどね」


「あ」


 みつみが志帆を見る。


「そうじゃん」


「何よ」


「最初、私と千尋だけだった」


「今さら思い出したの?」


「違うって。なんか、今は四人が普通だから」


 みつみは水を一口飲む。


「佳奈子も、もっとあとだし」


「そうね」


 今では四人で行くのが普通になっているが、最初からそうだったわけではない。


「今度、佳奈子も連れてこよ」


「まだ今日終わってないよ」


「それはそれ」


「気に入るの早いね」


「だって楽しいし」


 休憩を終え、再び歩き出した。


◇


 そのPTを見かけたのは、次の分岐を曲がった先だった。


「人いる」


 千尋が足を止める。


 少し先で、四人組がモンスターと戦っていた。三人は邪魔にならない場所へ寄る。


 全員、大人だった。男二人、女二人。派手な装備ではなく、見たところ、相手にしているモンスターも特別なものではなさそうだった。


 けれど。


「……なんか静か」


 みつみが小声で言った。


 声が少ない。まったく喋らないわけではなく、短い言葉は飛ぶ。それだけで動いている。


 一人が前へ出ると、別の一人がその後ろを抜ける。モンスターが向きを変えた先には、もう別のメンバーがいる。攻撃が入り、動きが止まったところへ次の攻撃が入る。


「うまい」


 千尋が呟いた。


 みつみも目を離せなかった。


 一体が横へ抜けても、前にいた男性は追わない。けれど、その先にいた女性が当たり前のように受ける。誰かが慌てて指示を出したわけでもないまま、戦闘はそのまま終わった。


「すご」


 みつみが言う。


「お互いの動きが分かってる感じ」


 志帆が言った。


「たぶん、誰が何をするかを毎回一から判断してない」


「そんなことできるの?」


「一緒にやってれば、ある程度はできるんじゃない?」


 千尋はまだ四人を見ていた。


「こっち行ったら、あの人がこうする、とか」


 戦闘を終えた四人のうち、一人の女性がこちらに気づいて軽く頭を下げる。三人も会釈を返した。


 四人がこちらへ歩いてくる。


 すれ違う直前、男性の一人が声をかけてきた。


「これから奥?」


「あ、はい」


 千尋が答える。


「ここ初めて?」


「はい」


「そっか。今日は人多いから気をつけて」


「ありがとうございます」


 そのまま通り過ぎようとする。


 みつみは振り返った。


「あの!」


 四人が止まる。


「何?」


「皆さん、ずっと一緒にやってるんですか?」


 相手が少しきょとんとした。


「ずっとってほどじゃないけど、長いかな」


「さっき戦ってるの見てて、すごい息合ってたから」


「ああ、見られてたのか」


 男性が笑う。


「今の四人になって二年くらい?」


「そのくらい」


 隣の女性が答えた。


「二年……」


「そっちは?」


「普段は四人です。今日は一人予定合わなくて」


「あるある」


 今度は別の男性が笑った。


「社会人になると、そっちのほうが大変だから」


「今日も四人揃うの久しぶりだよね」


「一か月くらい?」


「それくらいかな」


「一か月ぶり?」


 みつみは思わず聞き返した。


「はい」


「なのに、あんなに合うんですか?」


 四人が顔を見合わせる。


 女性が笑った。


「慣れかな」


「この人ならこうする、って分かってくるから」


「失敗するところもね」


「それは余計」


「でもこの前も突っ込みすぎてたじゃん」


「最近は抑えてるって」


「最近?」


 四人が言い合う。


 みつみは思わず笑った。戦っていたときとは全然違う。


「じゃ、俺らそろそろ戻るから」


「あ、ありがとうございました!」


「気をつけてね」


「はい!」


 四人が歩いていき、三人はその背中を見送った。


「一か月ぶりでも、あんな動けるんだ」


 みつみが言った。


「積み重ねなんでしょうね」


 志帆が答える。


「二年一緒にやってるって言ってたし」


 千尋も歩き出す。


「うちら、二年後どうなってるかな」


 みつみが二人を追いかけた。


「まだ高校三年にもなってないわよ」


「だから二年後」


「受験とかあるんじゃない?」


 千尋が言った。


 みつみが止まる。


「やめて」


「何が?」


「急に現実出さないで」


「高校生なんだから仕方ないでしょ」


「今ダンジョン!」


「さっきまで社会人の話してたじゃん」


「それはいいの」


「何が違うのよ」


 三人の声が通路に響いた。


◇


 その日は、深いところまで進まなかった。


 初めてのダンジョンを歩き、何度か戦い、知らない景色を見た。それだけで十分だった。


 施設へ戻って装備を片づけると、みつみは約束どおり売店も覗いた。


「限定品なかった」


「だから言ったでしょ」


「でも地元にないのあったよ」


「買うの?」


「今日は見ただけ」


「珍しい」


「私だって毎回買わないよ」


 三人で駅へ向かう。


 帰り道、みつみはスマホを取り出した。


「佳奈子に写真送ろ」


「何の?」


「入口」


「それだけ?」


「あと売店」


「売店いる?」


「いる」


 写真を送る。


「今度は四人で来たいね」


 千尋が言った。


「うん」


「今日とはまた違うでしょうね」


 志帆も答える。


「佳奈子いるから?」


「それもあるし」


 志帆が少し考える。


「一度三人で来た場所を、次は四人で歩くんだから」


「ああ」


 みつみは今日の戦闘を思い出した。一人いないだけで、いつもと少し違った。次に四人で来たら、その違いも分かるかもしれない。


 スマホが震えた。


 佳奈子から。


『どうだった?』


 みつみはすぐに打つ。


『楽しかった! 今度4人で行こ!』


 送信すると、少しして返事が来た。


『行く』


「佳奈子、行くって」


「早いね」


「決まり」


 みつみはスマホをしまった。


 駅が見えてくる。


「ねえ」


 みつみが二人を見る。


「何?」


「二年後もダンジョン行ってると思う?」


 千尋が少し考えた。


「行ってるんじゃない?」


「志帆は?」


「知らないわよ、二年後なんて」


「行ってそう」


「みつみは?」


 逆に聞かれた。


「行ってる」


「即答ね」


「だって楽しいし」


 志帆が少し笑った。


「でしょうね」


 三人で改札へ向かう。


 知らないダンジョンへ行き、知らないシーカーにも会った。いつもの四人ではなく、今日は三人だった。それだけで、同じダン活なのに少し違って見えた。


「次、いつ来る?」


 みつみが聞く。


「もう次の話?」


「だって佳奈子も行くって」


「まず四人の予定合わせてからね」


「今日グループに送ろ」


「帰ってからにしなよ」


「電車でいいじゃん」


 三人で改札を抜ける。


 みつみはもう一度スマホを取り出し、四人のグループを開く。


 次は、四人で。


 そう打とうとして――。


「電車来るよ」


「待って!」


 みつみはスマホをしまい、二人を追いかけた。

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