第19話 リアルステータス・オープン!
十月。
「伸びた!」
身長計から降りたみつみが、記録用紙を見て声を上げた。
「何センチ?」
後ろに並んでいた佳奈子に聞かれ、みつみは紙を胸元へ隠す。
「言わない」
「なんで?」
「なんとなく」
「自分から伸びたって言ったじゃん」
「伸びたことは言っていいの」
「めんどくさ」
佳奈子が笑う。
今日は朝から身体測定と体力測定だった。体育館や校庭、いくつかの教室を使い、クラスごとに決められた順番で回ることになっている。
少し前では千尋が身長を測っていて、その向こうには志帆がいる。全員同じ制服で、手には同じ記録用紙を持っていた。
千尋が身長計から降りる。
「千尋、何センチ?」
「普通に言うけど」
千尋が答える。
「ほら!」
みつみが佳奈子を見る。
「千尋は言った!」
「だから何」
「佳奈子も」
「みつみが言ったらね」
「じゃあいいや」
「何を争ってるの、二人とも」
千尋が笑った。
次は体重だった。
列へ並ぶと、前にいた志帆が振り返る。
「これだけは絶対覗かないでよ」
「覗かないよ」
「本当に?」
「覗かないって」
「みつみだから言ってるの」
「信用ないなあ」
志帆が体重計に乗る。
みつみはちゃんと後ろを向いた。
「終わった?」
「まだ」
「終わった?」
「まだ」
「終わった?」
「うるさい」
「じゃあまだか」
「終わったわよ」
交代して、今度はみつみが体重計へ乗った。
表示された数字を見る。
「……あ」
「何?」
志帆が振り返りかける。
「見ないで!」
「見てないわよ!」
みつみは記録用紙へ書かれた数字を確認し、少し考えてから紙を伏せた。
「まあ、いっか」
「何が?」
「秘密」
「誰も聞いてないわよ」
◇
身体測定が終わると、次は体力測定だった。
体育館へ移動し、最初の種目へ並ぶ。
「これ、千尋強そう」
佳奈子が測定器具を見ながら言った。
「分かる」
みつみも千尋の腕を見る。
「なんで?」
「なんとなく」
「剣振ってるし」
佳奈子が付け足した。
志帆が横から言う。
「でも、ダンジョンのLVとは別でしょ」
「そうなんだけどさ。千尋、普通に強そうじゃん」
「見ないでよ」
千尋が自分の腕を隠す。
「筋肉チェック」
「そんなにないって」
順番が来る。
千尋が測り、数字が出た。
「おー」
みつみが声を上げる。
「それが高いのか、まだ分かんないでしょ」
「なんとなくすごそう」
「またそれ?」
続いてみつみ。
器具を握る。
「ふんっ」
「声いる?」
佳奈子が笑う。
「力入れるから」
数字が出た。
みつみは自分の記録と千尋の記録を見比べる。
「負けた」
「勝負だったの?」
「今なった」
佳奈子と志帆も測る。
四人の数字が揃うと、結局みんなで見せ合うことになった。
「志帆、結構あるじゃん」
「そう?」
「もっと弱そうだと思ってた」
「どういう意味よ」
「細いから」
「みつみよりはあるわね」
「そこ比較する?」
次は長座体前屈。
「これ得意かも」
佳奈子が床へ座った。
「マジ?」
「たぶん」
「やってみないと分かんないじゃん」
そう言いながら身体を倒していく。
記録が出た。
「おお。佳奈子柔らかい!」
「ほら」
「私もいける気がする」
「その自信どこから来るの?」
みつみも座り、脚を伸ばして身体を前へ倒した。
「ぐ……」
「硬っ」
「待って。まだ」
「止まってるよ」
「まだいける」
「顔だけ前に出しても伸びないからね」
「分かってる!」
さらに身体を倒そうとする。
しかし、ほとんど動かない。
「……限界」
起き上がって記録を見る。
それから佳奈子の記録を見る。
「なんでそんな行くの?」
「知らないよ」
「ずるい」
「何がずるいの」
その後も、反復横跳び、立ち幅跳び、上体起こしと、場所を変えながら測定は続いた。
得意なものも違えば、苦手なものも違う。記録が出るたびに四人で比べているうちに、みつみの中ではいつの間にか勝負になっていた。
「まだ逆転できる」
「何に?」
佳奈子が聞く。
「総合」
「そんな順位ないから」
「私の中ではある」
「今何位?」
「聞かないで」
「最下位じゃん」
「まだ終わってない!」
最後のほうに残った五十メートル走。
スタート位置へ行くと、隣は千尋だった。
「なんで千尋と一緒なの」
「順番だから」
「絶対負けるじゃん」
「勝たなくていいでしょ」
「でも隣走ってたら勝ちたいじゃん」
「じゃあ頑張って」
スタートの合図。
みつみは地面を蹴った。
最初の数歩は隣に千尋がいた。
いける。
そう思った次の瞬間、千尋が少し前へ出る。そこからは縮まらない。
千尋が先にゴールし、少し遅れてみつみも駆け抜けた。
「はあ……速……」
「お疲れ」
千尋はもう普通に立っている。
「なんでそんな平気なの」
「五十メートルだし」
「私も五十メートル走ったんだけど」
佳奈子と志帆も戻ってきた。
「みつみ、どうだった?」
佳奈子が記録を覗こうとする。
みつみは紙を隠した。
「五十メートルは非公開です」
「今日は非公開多いね」
「いいの」
みつみは記録用紙を広げる。
朝は身長と体重だけだった紙に、いろいろな数字が増えていた。
「なんかステータスみたい」
「またダンジョンに持ってく」
佳奈子が言う。
「違うよ。こっちのステータス」
「じゃあ、みつみは柔軟性低め」
「そこだけ拾わないで!」
みつみは紙を奪い返した。
◇
翌日。
教室の入口には、大きな紙が貼られていた。
『ミニゲームチャレンジ2026~秋の陣~』
みつみはその文字を見上げる。
「改めて見ると、タイトル強いね」
「秋の陣がね」
佳奈子も看板を見る。
「昨日まで普通の教室だったのにね」
机の配置が変わり、簡単な飾りつけがされ、教室の中にはいくつかのゲームが用意されている。大がかりなものではない。それでも完成した教室へ入ってみると、ちゃんと文化祭の出し物に見えた。
今日は校内向け。
客は同じ学校の生徒と先生だけだった。
四人にも担当時間がある。みつみと佳奈子は同じゲームを任され、千尋と志帆は別の場所へ入った。
「はい、次どうぞー」
みつみが声をかける。
やってきた二人組へ佳奈子がルールを説明し、ゲームが始まった。
「あ、惜しい!」
みつみが思わず声を上げる。
もう一度。
「おおっ!」
「みつみ、どっち側なの」
佳奈子が笑う。
「だって惜しかったじゃん」
ゲームが終わると、使ったものを元へ戻す。次の客を入れ、また説明して、またゲーム。
思っていたより人は来た。それでも列が長くなるほどではない。少し途切れれば、クラスメイトと話す余裕もある。
「これくらいなら楽しいね」
客がいなくなったところで、みつみが言った。
「ずっとこれならね」
「明日も同じじゃない?」
「外からも来るよ」
「そんな変わるかな」
「どうだろ」
佳奈子が入口を見る。
そこへ次の客が来た。
「あ、来た」
「はい、どうぞー!」
担当時間が終わると、交代のクラスメイトがやってきた。
「よし、自由!」
みつみが教室を出る。
千尋と志帆も合流した。
「どこ行く?」
「食べ物」
佳奈子が即答する。
「まだ午前中だよ」
「文化祭に時間は関係ない」
「食べたいだけでしょ」
「うん」
四人で廊下を歩く。
途中で千尋が別の友達に呼ばれた。
「先行ってて。あとで追いつく」
「了解」
少し先では、佳奈子も知り合いを見つけて足を止める。
気づけば、みつみと志帆だけになっていた。
「二人になった」
「そうね」
「何見る?」
「展示」
「食べ物は?」
「さっき買ったでしょ」
志帆がみつみの手を見る。
みつみも見る。
「あった」
「忘れるの早すぎ」
「じゃあ食べながら行こ」
「こぼさないでよ」
教室をいくつか回っていると千尋が戻ってきて、そのあと佳奈子も追いついた。
四人になったり、二人になったり、誰かが別の友達のところへ行ったり。それでも、気づけばまた一緒になっていた。
◇
三日目。
「……何これ」
みつみは教室の入口で止まった。
廊下に人が並んでいる。
昨日とは明らかに違った。
制服姿だけではない。保護者らしい大人、小さな子供、他校の制服。開場してまだそれほど経っていないのに、列ができていた。
「うち?」
佳奈子も立ち止まる。
「うちだよね」
「なんで?」
「知らない」
教室の中では、すでにクラスメイトたちが忙しそうに動いていた。
「本多! 涼木! 来たならちょっと入って!」
「はい!」
みつみが反射的に返事をする。
昨日とは全然違った。
「次どうぞ!」
「こっち空きました!」
「待って、まだ戻してない!」
「景品そっち!」
「これどこ!?」
「そこ! 机の下!」
客が途切れない。
一人終わると、すぐ次が来る。
みつみは自分の担当で説明し、ゲームを見届け、使ったものを戻す。
次。
その次。
また次。
「お姉ちゃん、これどうやるの?」
小さな女の子に聞かれ、みつみがしゃがむ。
「これはね――」
説明している横を、クラスメイトが道具を抱えて走っていく。教室の反対側でも声が飛び交っている。
千尋はいつの間にか列の整理を手伝っていた。
「最後尾こっちです! 通路空けてくださーい!」
志帆は自分の持ち場をこなしながら、足りなくなったものを補充している。
佳奈子も次々に客を入れていた。
「なんでこんな人気なの!」
みつみが一瞬空いた隙に言う。
「知らない!」
佳奈子が答える。
「秋の陣だから?」
「タイトルの力!?」
「そんなわけないでしょ!」
志帆の声が飛んできた。
昼が近づいても列はなくならなかった。むしろ、さっきより人が増えている気さえする。
「昨日と違いすぎる!」
「喋ってないで次!」
「はい!」
みつみはまた前を向いた。
交代時間になり、次の担当が来る。
それでも忙しそうな教室を見ていると、すぐには抜けにくかった。
「……これ、帰っていいの?」
みつみが聞く。
「交代なんだからいいでしょ」
佳奈子が言いながらも、まだ手を動かしている。
「佳奈子も帰ってないじゃん」
「今の人終わったら」
千尋が戻ってきた。
「次の人来てるし、そろそろ抜けよ。ずっとやってたら回れなくなるよ」
「そうね」
志帆も時計を見る。
「ここからは任せましょ」
みつみは最後に使ったものを元へ戻した。
「お願いします!」
「はい、お疲れ!」
交代したクラスメイトに送り出され、四人で廊下へ出る。
教室の扉が閉まった。
「つっかれたー!」
みつみが壁にもたれた。
「昨日と違いすぎ」
佳奈子も大きく息を吐く。
「でも結構楽しかった」
千尋が笑う。
「楽しかったけど、忙しすぎ!」
「何か食べよ」
「賛成」
四人で人混みへ入っていった。
◇
食べ物を買って少し回る。
昨日より、どこへ行っても人が多い。
佳奈子は他校から来たらしい知り合いに呼び止められ、そのまま少し別行動になった。千尋も知り合いを見つけて話している。
みつみと志帆は、校舎の端にあるベンチへ座った。
「疲れた」
「さっきも言ってたわよ」
「何回でも言える」
袋を開け、一口食べる。
「うま」
「それもさっき聞いた気がする」
「お腹空いてると何でもうまい」
「それは分かるけど」
少し休む。
廊下を人が行き交っている。
みつみは隣の志帆を見た。
「ねえ」
「何?」
「志帆って学校だと全然言わないよね」
「何を?」
「ほら。『我らのなんとか』とか」
志帆の動きが止まった。
「……言うわけないでしょ」
「なんで?」
「なんでって……学校よ?」
「ダンジョンでは言うじゃん」
「ダンジョンはいいの」
「何が違うの?」
志帆は一度周囲を見てから、声を落とした。
「……恥ずかしいでしょ」
みつみが吹き出した。
「自分でも恥ずかしいんだ」
「笑わないでよ!」
「だって」
「ダンジョンなら雰囲気あるからいいの!」
「雰囲気なんだ」
「もうこの話終わり!」
ちょうどそこへ千尋が戻ってきた。
「何の話?」
「志帆が学校では――」
「みつみ!」
「分かった分かった」
千尋は二人を見て、なんとなく察したらしい。
「ああ」
「千尋、その顔やめて」
「何も言ってないよ」
「顔が言ってる」
少しして佳奈子も戻ってきた。
「何してんの?」
「何でもない!」
志帆が先に答えた。
「なんで志帆が怒ってるの?」
「みつみのせい」
「何したの?」
「何もしてない」
「したでしょ!」
また四人で歩き出した。
◇
文化祭が終わる頃には、四人ともかなり疲れていた。
片づけを終え、机も元の位置へ戻っている。朝まで『ミニゲームチャレンジ2026~秋の陣~』だった教室は、もういつもの教室に近かった。
みつみは自分の席へ座り、そのまま机に突っ伏した。
「終わったー」
「明日普通に授業だけどね」
佳奈子が言う。
みつみは顔だけ上げる。
「休みじゃないの?」
「違うよ」
「うそ」
「予定表見なよ」
「見たくない」
「現実逃避しても学校はあるよ」
千尋が笑う。
「じゃあダンジョン行きたい」
「明日?」
「明日は学校」
「分かってるじゃん」
みつみは再び机へ頬をつけた。
「そういえば、二つ隣の町にも初心者向けのダンジョンあるよね」
千尋が鞄へ荷物を入れながら答える。
「あるね」
「今度そっち行ってみない?」
「急だね」
「今思い出した」
佳奈子も椅子へ座った。
「地元のと違うの?」
「違うんじゃない?」
「そこ知らないんだ」
志帆が鞄を閉める。
「同じではないみたいよ」
「行ったことある?」
「ない」
「じゃあ行こうよ」
みつみが起き上がった。
「予定合えばね」
千尋が言う。
「佳奈子は?」
「先に日を言って。予定あるかもしれないから」
「じゃあグループで決めよ」
「まだ今日の文化祭終わったばっかりだよ」
「予定は早いほうがいいじゃん」
「その勢いで明日の準備もしたら?」
みつみは黙った。
佳奈子が笑う。
「しないんだ」
「……明日の朝やる」
「絶対バタバタするやつ」
四人で教室を出る。
廊下を歩いていると、佳奈子が別のクラスの友達を見つけて手を振った。千尋も声をかけられて足を止める。志帆はその横で普通に話している。
みつみは少し先まで行ってから振り返った。
「早くー」
「今行くって」
佳奈子が返す。
学校では、四人だけで一日中固まっているわけではない。それぞれに話す相手がいて、それぞれの時間がある。それでも、気づけばまた四人で歩いている。
三人が追いつく。
「で、いつ行く?」
みつみが聞いた。
「だから予定見てから」
「今日グループで決めよう」
「その前に明日の準備」
「千尋、それもういいって」
「よくないでしょ」
四人で階段を下りる。
剣も杖も弓も持たなかった三日間。
身長を測って、走って、笑って、文化祭では思った以上に働いた。
ダンジョンへ行かない日にも、四人には四人の時間がある。
みつみは最後の数段を少し速足で下りた。
「みつみ、走らない」
「走ってないよ」
「今ちょっと走った」
「速足!」
「同じようなもんでしょ」
言いながら、四人で昇降口へ向かった。




