第18話 地元ダンジョン攻略 後編
さっきまでより、四人の歩く速度は少し遅くなっていた。
疲れたから、というだけではない。曲がり角の手前で千尋が止まれば、みつみたちも足を止める。少し広い場所へ出れば、みつみは床を確認し、佳奈子は矢をつがえる前にどこまで射線が通るかを見る。志帆も、三人から離れすぎない位置を保って歩いていた。
「なんかさ」
みつみが小声で言う。
「さっきから私、床ばっか見てる」
「罠師みたいになってるじゃん」
「メイジです」
「知ってる」
佳奈子が笑う。
前を歩いていた千尋が振り返った。
「喋っていいけど、もうちょい小さめでね」
「今、小さかったよ?」
「みつみ基準ではね」
「失礼な」
志帆が岩壁へ視線を這わせる。
「未知なる領域では、沈黙もまた身を守る術よ」
「志帆も今まあまあ喋ったけど」
「これは警告よ」
「便利だな、それ」
声を落としながら、四人は先へ進んだ。
見覚えのない道が続いている。地元のダンジョンなのに、ここから先は四人全員が初めてだった。
曲がった先に何があるのか分からず、どれだけ進めばゴールなのかも分からない。それは最初にダンジョンへ来たときと同じはずなのに、みつみが感じているものは少し違っていた。
怖いというより、その先を見たい。
千尋が足を止めた。
「いる」
みつみも止まる。
今度は慌てて杖を上げなかった。
「どこ?」
「前。たぶん一体」
通路の先、岩陰からダンジョンバットが飛び出した。
「あ、バット」
天井近くを一度旋回する。
佳奈子が弓を構えた。
「私やる」
飛ぶ相手は佳奈子の仕事だ。みつみは杖を下げる。
矢が放たれた。
ダンジョンバットが急に高度を落とし、矢はその頭上を抜けていった。
「あっ」
「外した」
「見れば分かる!」
バットがそのまま佳奈子へ向かってくる。
佳奈子が横へ避け、すれ違ったところへ千尋が剣を振るが届かない。バットは再び上昇した。
「もう一回」
佳奈子が矢をつがえる。
今度はすぐには撃たず、上空を旋回するバットの動きを追う。こちらへ向きを変えた、その瞬間に放った。
矢が翼の付け根へ刺さり、バットの身体が傾いた。
「今!」
みつみが杖を向ける。
《マジックボール》
魔力弾が当たり、バットが消えた。
「よし」
佳奈子が息を吐く。
その直後だった。
「あれ?」
「どうした?」
佳奈子が自分の前を見ている。
みつみには何も見えない。けれど、佳奈子の顔がだんだん驚いたものに変わっていく。
「……上がった」
「え?」
「レベル」
三人が佳奈子を見る。
「マジ?」
「うん。三」
「おお!」
みつみの声が一段大きくなった。
「佳奈子もLV3!」
「待って待って、スキル」
佳奈子が自分のステータスを確認する。
数秒。
「あった」
「何?」
「《曲射》」
「来た!」
みつみが寄っていき、志帆も覗き込む。
「新しいスキルね」
「障害物を避けて狙える、だって」
佳奈子が眉を寄せる。
「これ、どうやるんだろ」
「曲がる?」
「名前はそうだけど」
「矢がこう、ぐいーんって」
みつみが手で大きな弧を描いた。
「それは曲がりすぎじゃない?」
「じゃあ、こう?」
「何が変わったの」
千尋が先を確認してから戻ってくる。
「使える場面が来たら試せばいいじゃん」
「そうする」
「私のマインのときと同じだ」
「みつみほど敵待ちしないからね」
「絶対ちょっと使いたくなるって」
「ならない」
佳奈子は即答した。
そのまま数歩進む。
「……ちょっとはなるけど」
「ほら!」
「ちょっとだから!」
また四人で歩き出す。
今度は佳奈子が、ときどき自分の弓へ目を向けていた。
◇
昼を少し過ぎた頃、四人は通路脇の広くなった場所で昼食を取った。
座って食べられる平らな岩を見つけ、リュックを下ろす。
「座れるって最高」
佳奈子が岩へ腰を下ろした。
「昨日地面だったから?」
「昨日もマットあったけど、なんか違う」
みつみも隣へ座る。
今日はコンビニのおにぎりだった。袋を開けて一口かじる。
「うま」
「普通のおにぎりじゃん」
「ダンジョンで食べるとうまい」
「それはちょっと分かる」
千尋はパンを食べながら、自分たちがここまで歩いてきた道を頭の中で確認しているらしい。
「結構来たよね」
みつみが聞く。
「朝からだとね」
「ゴールまだ?」
「だから私に聞いても分かんないって」
「でも雰囲気的に」
「ダンジョンの雰囲気でゴール分かったら苦労しないでしょ」
志帆が飲み物の蓋を閉める。
「まだ先なんじゃない?」
佳奈子が顔を上げた。
「志帆まで普通のこと言い出した」
「何よ」
「いや、なんとなく」
「私だって普通のことくらい言うわよ」
「くらいって」
食べ終わってからも、そのまま少し休んだ。
昨日の野営ほどではないが、朝からかなり歩いている。足には疲れが溜まり、背中も少し汗ばんでいた。それでも、帰ろうと言い出す人はいない。
「ねえ」
みつみが岩の上で脚をぶらつかせる。
「今日クリアできなかったらどうする?」
「また来る」
千尋はすぐ答えた。
「今日絶対じゃないの?」
「絶対にして無理する必要ないじゃん」
「まあね」
佳奈子が空になった袋を丸める。
「でも、ここまで来て帰るのはちょっと悔しい」
「それは分かる」
志帆も頷く。
「私も、できれば今日クリアしたいわね」
「じゃ、行こっか」
千尋が立ち上がり、四人で荷物を片づけた。
誰かが「絶対クリアする」と言い切るわけでもない。無理なら戻る。でも、行けるなら先へ進む。
それくらいが、今の四人にはちょうどよかった。
◇
午後になると、道は少しずつ複雑になっていった。
細い通路の途中に岩の柱が立ち、左右に分かれる道もある。行き止まりにも一度ぶつかった。
「こっちじゃなかったー」
みつみが先頭から戻ってくる。
「みつみ、勝手に先行かない」
「見えるところまでだよ」
「見えなくなってた」
「二秒くらい」
「秒数の問題じゃないから」
千尋に言われ、みつみは大人しく後ろへ戻る。
次の分岐では四人で右を選び、しばらく進んだ。
やがて通路の先に、天井近くまで伸びた大きな岩が見えてきた。道の中央を塞ぐように立っていて、その左右へ細い道が分かれている。
「どっち?」
佳奈子が覗く。
千尋が少し進み、立ち止まった。
「左にいる」
「何?」
「ラット。たぶん二」
「右は?」
「……分かんない」
四人で右側を覗く。
中央の岩が邪魔をしていて、その先は途中までしか見えない。
「右行く?」
みつみが聞く。
「左にいるって分かってるなら、右でもいいけど」
千尋が考える。
そのとき、右側の奥から石を引っかくような音がした。
「いるじゃん」
佳奈子が弓を手にする。
低い影が一瞬、岩の向こう側を横切った。
ダンジョンラットだったが、すぐに姿が隠れる。
「見えなくなった」
佳奈子が位置を変えるものの、中央の大岩が邪魔だった。
「私、回る?」
「待って」
千尋が左を見る。
「左も動いた。来る」
「じゃあ私そっち!」
みつみが杖を構える。
「マイン置く?」
「左の細いとこなら使えるかも」
「了解」
《マジックマイン》
左側の通路へ淡い光が広がる。
佳奈子は右側の岩を見た。
奥で、もう一度ラットが姿を見せる。正面から射れば、大岩に遮られる位置だ。
「あ」
「何?」
佳奈子が少し離れ、弓を上へ向けた。
「これなら、使えるかも」
「曲射?」
「たぶん」
ラットがもう一度、岩の向こうを動く。
佳奈子が弓を引いた。
「……やってみる」
《曲射》
矢を放った。
普通なら大岩に遮られるはずの矢が、高い弧を描いて岩の上を越えていく。
「おお!」
向こう側で、何かに当たる音がした。
直後、ラットが岩陰から飛び出してくる。身体には矢が刺さっていた。
「当たった!」
「ほんとに避けた!」
「私も今びっくりしてる!」
ラットがこちらへ向かってくる。
千尋が踏み込み、一撃。
ラットが消える。
「もう一匹いる?」
「さっきもう一つ動いた気がする」
佳奈子が右奥を見ながら位置を探す。
そのとき、左から二体のラットが走ってきた。
「来た!」
一体目がマインの範囲へ入る。
魔力が弾け、二体がまとめて崩れた。
「今!」
みつみのマジックボールと、千尋のショートソード。
二体が続けて消える。
「右!」
佳奈子が声を上げた。
もう一体のラットが岩の向こうから一瞬だけ姿を見せ、すぐにまた隠れる。
佳奈子が一歩ずれ、弓を高く構えた。
「もう一回」
《曲射》
矢が弧を描き、岩の上を越える。
直後、ラットが飛び出してきた。
「外した!」
矢は刺さっていない。
「分かってる!」
佳奈子が後ろへ下がり、千尋が前へ出る。
だがラットは、千尋の横を抜けるように方向を変えた。
「みつみ!」
「はい!」
杖を向ける。
《マジックボール》
魔力弾が正面から当たり、ラットが転がる。
そこへ千尋が追いつき、剣を振った。
消滅。
辺りが静かになる。
佳奈子は弓を持ったまま、中央の岩を見た。
「……これ、面白い」
みつみが笑った。
「言った」
「何が?」
「新スキル使ったら絶対そうなるって」
「みつみほどじゃないから」
「もう一回やりたいでしょ?」
「ちょっと」
「ほら!」
「だからちょっと!」
千尋が笑いながら剣を戻した。
「でも便利だね。正面から矢を通せないときに使えるなら」
「うん。でも普通に外す」
佳奈子は二射目の方向を見る。
「スキル使ったら絶対当たるわけじゃないんだ」
「そりゃそうじゃない?」
「分かってたけど、実際外すとちょっと悔しい」
志帆が中央の岩を見る。
「でも、射てる場所が増えるだけでもかなり違うんじゃない?」
「そうだね」
佳奈子が頷く。
「これ、ちゃんと使えるようになりたいかも」
四人は休まず、そのまま先へ進んだ。
◇
それからさらに一時間ほど進むと、道はまた一つにまとまり、少しずつ上りになっていった。
「まだ?」
みつみが言う。
「何回目?」
「今日は初めて」
「嘘」
「ゴールについては三回目くらい?」
「もっと聞いてる」
「じゃあ五回」
佳奈子がため息をつく。
「近かったらどうするの?」
「テンション上がる」
「遠かったら?」
「テンション下がる」
「聞く意味ある?」
「心の準備」
「だから誰も知らないんだって」
前を歩く千尋が突然止まった。
「何?」
みつみも足を止める。
千尋は答えず、その先を見ていた。
通路が、そこで終わっている。
その向こうには広い空間が広がり、天井も高い。そして中央には、人工物とも岩ともつかない大きな構造物が立っていた。
ダンジョンの中でこれまで見てきたものとは違う。説明されなくても、それだけは分かった。
「あれ……」
佳奈子も横へ来る。
「ゴールじゃない?」
誰もすぐには答えなかった。
答える必要がないくらい、そこだけが明らかに違っていた。
みつみは思わず走り出しかけ、二歩目で止まる。
「敵いない?」
「待って」
千尋が周囲を確認する。
空間は静かで、気配もないらしい。
「……大丈夫そう」
「行っていい?」
「走らなくていいから」
「分かった」
そう言いながら、みつみの足は早歩きになる。
「走ってるじゃん」
「走ってない!」
「それほぼ走ってる!」
佳奈子も後ろからついてくる。
志帆は少し遅れて歩きながら、中央の構造物を見上げていた。
「ついに辿り着いたのね。我らが最初の終着点へ」
「志帆、早く!」
「今行くわよ」
四人が、その場所へ足を踏み入れる。
みつみの視界の端に表示が浮かんだ。
――ダンジョンクリア。
「……出た」
みつみが固まる。
「クリア!」
佳奈子の声。
「出た出た!」
「私も!」
その下に、もう一つ表示が続く。
経験値ボーナス獲得。
さらに、実績へ地元ダンジョンのクリア記録が追加される。
「経験値ボーナス!」
「量は?」
「出てない!」
「やっぱ出ないんだ」
「でももらった!」
みつみは何度も表示を見る。
クリア。
その文字が消えても、なんとなくまだそこにあるような気がした。
「やった」
小さく言ってから、もう一度。
「やった!」
今度は大きい。
佳奈子と手を合わせる。
ぱん、と音がした。
「クリアした!」
「した!」
千尋も笑っている。
「お疲れ」
「千尋も!」
「うん。お疲れ」
みつみは千尋とも手を合わせ、そのまま志帆の前にも手を出した。
志帆は一瞬、その手を見る。
「何?」
「やるの?」
「何を?」
「これ」
手を上げる。
「……仕方ないわね」
志帆も手を上げた。
ぱん。
音が響く。
「我ら四人、最初の迷宮踏破――」
「いえーい!」
「みつみ、今いいところ!」
「長そうだったから」
「まだ一行目よ!」
「一行目あったんだ」
佳奈子が笑い出し、志帆が少し不満そうに口を閉じる。
その顔を見て、みつみも笑った。
最初にここへ来たときは、ダンジョンへ入るだけで、ものすごいことをしている気がした。
千尋がゴブリンと戦うのを見た。自分も戦い、魔法を使いたくなった。志帆が加わり、佳奈子が加わった。四人で野営までした。
そして今日、四人で最初から最後まで歩いた。
「写真撮れないのかな」
佳奈子が言う。
「スマホあるけど」
「撮ろ!」
「ここで?」
「ゴールなんだから撮るでしょ」
四人で構造物の前へ並ぶ。
スマホを置ける場所を探し、タイマーを使う。
「入ってる?」
「たぶん」
「たぶん多いな今日」
「早く早く」
みつみが走って戻り、三人の間へ入ったところでシャッター音が鳴った。
「もう一枚!」
「今度は普通に撮れた?」
「見る」
四人でスマホを覗く。
一枚目には、みつみだけが走っている姿で写っていた。
「まだ入ってないじゃん!」
「これはこれで面白い」
「消して!」
「残す」
「佳奈子!」
二枚目には、今度こそ四人がいる。
「これいいじゃん」
「送って」
「あとでグループに入れる」
みつみはもう一度ゴールを見る。
「クリアしたんだ」
千尋が隣へ立つ。
「したね」
「なんか、もっとこう……すごい感じすると思ってた」
「すごくない?」
「すごいけど」
みつみは少し考える。
「普通に歩いてたら着いた」
「そりゃそうでしょ」
「途中めっちゃ大変だったけど」
「うん」
「でも、着いたら普通なんだね」
「そんなもんじゃない?」
「そっか」
少しだけ不思議だった。
大げさな何かが起きるわけではなく、世界が変わるわけでもない。それでも、自分の実績にはちゃんと残っている。
地元ダンジョン、クリア。
「次来たら、もうクリア済みなんだ」
「そうなるね」
「なんかそれ、いい」
みつみは笑った。
◇
ゴール地点には、入口へ戻るためのゲートがあった。
四人でその前に立つ。
「これ入れば戻れるんだよね」
「うん」
「一瞬かな」
「行けば分かるでしょ」
「じゃあ佳奈子先行って」
「なんで私なの」
「曲射使えるから」
「関係ない!」
結局、千尋が先に入った。
その姿がゲートの中へ消える。
「……行った」
「じゃあ、私たちも行きましょう」
志帆が一歩進み、そのままゲートの中へ消えた。
「普通に行った」
佳奈子が言う。
「何が?」
「いや、なんでもない」
みつみも続く。
一歩踏み込んだ瞬間、視界が切り替わった。
「うわ」
次の瞬間には、見慣れた入口側の空間に立っていた。
「戻った!」
さっきまで何時間もかけて歩いていた距離が、一瞬だった。
みつみが後ろを振り返ると、佳奈子も現れる。
「早っ」
「帰り楽すぎる」
四人で施設へ戻った。
受付でクリア記録を確認してもらうと、スタッフが笑顔で言った。
「初クリア、おめでとうございます」
そして、それぞれに小さなメダルが渡された。
「こちら、クリア記念です」
「おお……」
みつみは両手で受け取った。
ダンジョンそのものから出た報酬ではなく、施設から渡される記念品のメダル。
それでも、嬉しい。
「ちゃんとしてる」
「何が?」
「メダル」
「そりゃメダルだからね」
佳奈子も自分のものを裏返して見ている。
「これどこ置こう」
「部室に飾る?」
みつみが言う。
「自分のじゃないの?」
「四個並べたらよくない?」
「それはちょっといい」
千尋も自分のメダルを見る。
「じゃあ今度持ってく?」
「持ってく!」
「なくさないでよ」
「なくさないって」
三人がみつみを見る。
「何その目」
「いや」
「別に」
「前科がありそうだなと思っただけよ」
「ないから!」
施設を出る。
外はまだ明るかったが、朝よりも日が傾いている。
「疲れたー」
佳奈子が伸びをする。
「なんか食べて帰らない?」
「食べる!」
みつみが即答する。
「さっきまでゴールで感動してたのに」
「感動するとお腹減る」
「初めて聞いた」
「私もお腹空いた」
志帆が言った。
「どこ行く?」
「ファミレス?」
「昨日も行ったじゃん」
「ラーメン」
「暑い」
「じゃあ何?」
四人で歩きながら話す。
地元ダンジョンを初めてクリアした日の帰り道に話しているのは、夕飯をどこで食べるかだった。
みつみはポケットの中のメダルへ一度だけ触れる。
ちゃんとある。
今日のダン活は終わった。
佳奈子がLV3になり、新しい《曲射》も試した。そして、四人で地元ダンジョンをクリアした。
「ねえ、メダル写真撮ろうよ」
「ご飯来てからでよくない?」
「四個並べて」
「だから店着いてから」
「忘れそう」
「みつみがね」
「忘れないって!」
四人の声が、夕方の道に混ざっていく。
明日になれば、また普通の夏休みだ。
けれど今日から、四人のステータスには一つ、同じ実績が増えていた。




