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第16話 夏休み、何してる?

 野営から帰った翌日。


 みつみは昼近くになって、ようやくベッドから起き上がった。


「……痛い」


 背中が痛い。


 肩も痛い。


 脚も少し重い。


 昨日、家に帰って風呂に入り、自分のベッドへ倒れ込んだところまでは覚えている。


 その先はない。


 スマホを見る。


 十一時四十八分。


「うわ」


 夏休みだから問題はない。


 問題はないけれど、一日の半分近くを寝て終わらせた感じがして、少しだけ損をした気分になる。


 通知がいくつか溜まっていた。


 四人のグループチャット。


『起きた』


 千尋。八時十二分。


『はや』


 佳奈子。十時三分。


 その三分後。


『今起きた』

『背中いたい』


 志帆からは九時台に、


『毛布だけはやっぱり無理』


 とだけ来ている。


 みつみは笑った。


『今起きた』

『私も背中痛い』


 送信。


 すぐに既読が一つついた。


『おそ』


 佳奈子だった。


『佳奈子も10時じゃん』


『私は10時』

『みつみは12時』


『まだ11時』


『ほぼ12時』


 そこへ千尋が入ってくる。


『今日どうする?』


 みつみはベッドの上で伸びをした。


 身体は痛い。


 でも、ずっと家にいるのももったいない。


『どっか行く?』


『ダンジョン以外で』


 佳奈子から即座に返ってきた。


『今日は無理』


『誰もダンジョンって言ってないじゃん』


『みつみだから先に言った』


 ひどい。


 そう思ったところで、志帆から通知が来た。


『お昼食べる?』


『食べる』


 みつみが送る。


 千尋、佳奈子と続けて同じ返事が並んだ。


 決まった。



◇



「歩くと背中痛い」


 駅前で会った佳奈子の第一声だった。


「私も」


「みつみ寝すぎ」


「関係なくない?」


「私より二時間近く寝てるのに、なんで同じくらい痛いの」


「寝たら治るものじゃないんじゃない?」


 千尋は二人の横で笑っている。


「私はそこまででもないけど」


「出た」


 佳奈子が睨む。


「何?」


「千尋だけ元気なやつ」


「普通に疲れてるよ」


 志帆は自分の肩を軽く押した。


「私は背中より肩。荷物だと思う」


「やっぱ次は減らそ」


「次?」


 佳奈子が聞き返す。


「次に野営するとき」


「またやるの?」


「やらないの?」


「いや……」


 佳奈子は少し考えた。


「やらないとは言ってない」


「じゃあ次じゃん」


「今すぐは嫌」


 それには、みつみも素直に頷いた。


「私も。今日は柔らかい椅子に座りたい」


「それ賛成」


 四人で駅前のファミレスへ入った。


 夏休みの昼時だけあって、店内には同じくらいの年齢の客も多い。


 案内された席へ座り、メニューを開く。


「めっちゃお腹すいた」


「昨日いっぱい食べてなかった?」


「昨日は昨日」


 佳奈子はすでにメニューをめくっている。


「普通のご飯すごい。何でもある」


「野営帰りみたいなこと言ってる」


「野営帰りだよ」


「昨日ね」


 みつみもメニューを開いた。


 写真を眺めているだけで楽しい。


「私これ。ハンバーグ」


「早っ」


 佳奈子も別のページを開く。


「じゃあ私パスタ。みんな違うの頼もうよ。一口ずつ交換しよ」


「それ私も参加することになってる?」


 志帆がメニュー越しに顔を上げた。


「嫌?」


「別にいいけど」


「じゃあ参加」


 千尋もメニューを見ながら笑った。


「被らないようにしよっか」


 結局、四人とも違うものを注文した。



◇



「見て」


 料理を待っている間に、佳奈子がスマホをテーブルの中央へ出した。


 昨日のダンジョンで撮った写真だった。


「あ、あそこ」


 みつみが身を乗り出す。


 水辺の休憩場所。


 岩壁の淡い光が水面に映っている。


 実際に見たときほどではないけれど、スマホの写真でも十分綺麗だった。


「これ一番よく撮れてない?」


「送って」


「もう送った」


 グループチャットを見ると、何枚かまとめて届いている。


 千尋が写真を拡大する。


「昨日帰ってから選んだの?」


「ベッドでずっと見てた」


「元気だったんだね」


「動く元気はなかった」


 志帆も自分のスマホを出した。


「私のもあるよ」


「見せて」


 今度は志帆が撮った写真を四人で見る。


 同じ場所なのに、佳奈子のものとは少し角度が違う。


「これいいじゃん」


「水がちゃんと光ってる」


「こっちも送って」


「あとでまとめて送る」


 みつみは自分の写真も開いた。


 何枚か見て、すぐ閉じる。


「私の微妙」


「どれ?」


「これ」


 見せる。


 少しぶれている。


 しかも画面の端に、佳奈子の腕が半分だけ写っていた。


「私いるじゃん」


「なんでそこにいたの」


「知らないよ」


「消せないかな」


「私を?」


「腕を」


「同じだから」


 千尋が笑う。


「それも残しとけばいいじゃん。あとで見たら面白いよ」


「じゃあ残す」


 みつみは写真を消さずに閉じた。


 昨日は景色を見つけたこと自体が楽しかった。


 今日こうして写真を見返していると、昨日の出来事がもう一つ増えたような気がする。


 佳奈子がスマホを置いた。


「そういえば、新しいスキル、今日も見た?」


「見た」


「起きてから?」


「昨日帰ってからも見た」


「好きすぎでしょ」


「だって新しい魔法だよ?」


 みつみは探索者向けの公式アプリを開く。


 LVやジョブ、取得したスキルなどは、ダンジョンの外でもこのアプリから確認できる。


 何度見ても、そこにはマジックマインの名前がある。


「設置型の小範囲攻撃なんだよね。どんな感じなんだろ」


「敵が来そうなところに置くとか?」


 佳奈子が指でテーブルを軽く叩く。


「たぶん。早く試したい」


「今日は行かないからね」


「分かってるって」


 みつみはアプリを閉じ、今度は志帆を見る。


「志帆のも見せて」


「キュアポイズン?」


「うん」


 志帆もアプリを開き、自分の画面をみつみに見せる。


「毒状態を回復、だね」


「分かりやすい」


 佳奈子が表示を覗き込む。


「でも試すの難しいよね。試すために毒になるのは嫌だし」


「それは絶対嫌」


 千尋が飲み物を一口飲む。


「必要になったときに使うしかないんじゃない?」


「初めてが本番かあ」


 志帆はもう一度、自分のスキル表示を見る。


「まあ、ヒールも最初はそんな感じだったし」


「そっか」


 みつみは今度は佳奈子を見る。


「佳奈子もLV3になったら何か増えるかもね」


「何覚えるんだろ。強いやつがいい」


「雑だなあ」


 そこで料理が運ばれてきた。



◇



「一口って言ったじゃん」


「一口だよ」


 佳奈子が、千尋のフォークを見る。


「それ一口じゃない。でかい」


「普通の一口じゃん。じゃあ返す?」


「食べたの返さないで」


 みつみは笑いながら、自分のハンバーグを切った。


「佳奈子も食べる?」


「食べる」


「志帆は?」


「少し」


「千尋はさっき食べたからなし」


「えー」


「パスタもらったでしょ」


「じゃあいい」


 四人の皿を少しずつ交換しているうちに、誰の料理が一番おいしいかという話になった。


「ハンバーグでしょ」


「自分のじゃん」


「だから選んだんだもん」


 佳奈子が自分のパスタを指す。


「私はこっち」


「佳奈子も自分のじゃん」


「みつみも同じことしたでしょ」


 志帆は少し考えてから、千尋の皿を指した。


「私はそれ」


「え、私の?」


「一番おいしかった」


 千尋が嬉しそうに笑う。


「じゃあ私の勝ち」


「何の勝負なの」


「注文」


「本人が作ったわけじゃないじゃん」


 佳奈子のツッコミに、全員で笑った。


 みつみはハンバーグをもう一口食べる。


「でも普通に座って食べるのいいね」


「それは分かる」


 佳奈子が椅子の背にもたれた。


「この椅子、柔らかい」


「昨日で基準おかしくなってない?」


「床より全部柔らかいから」


 それは否定できなかった。



◇



 昼食のあと、四人はそのまま駅前をぶらついた。


 特に目的はない。


 雑貨屋を覗いて、服を見て、佳奈子がアクセサリーの棚で止まる。


「これかわいくない?」


 小さなヘアクリップを二つ手にして、みつみに見せる。


「かわいい」


「どっち?」


「こっち」


 千尋も同じほうを指した。


「私も」


 志帆は二つを見比べる。


「服による」


「出た、正論」


「聞いたのそっちでしょ」


 佳奈子はしばらく迷って、結局みつみたちが選んだほうをかごへ入れた。


「買うんじゃん」


「だってかわいいし」


 店を出て、今度はゲームセンターへ入る。


 みつみがクレーンゲームの前で止まった。


「これ欲しい」


「取れる?」


「分かんない」


「いくらまで?」


「五百円」


 佳奈子が台の中を覗き込む。


「絶対超えるやつ」


「超えないし」


 十分後。


「……千円使った」


「倍じゃん」


 佳奈子が笑っている。


「もう一回」


「やめときなよ」


「次いける」


 千尋がみつみの手元を見る。


「その台詞、三回目」


「くやしい」


 財布をしまうと、志帆が景品の位置を覗き込んだ。


「今の位置だと、もう少しかかりそう」


「志帆まで分析しないで」


「見れば分かるから」


「じゃあ取って」


「私はいらない」


「冷たい」


 そのまま四人で別の台へ移る。


 結局、佳奈子が百円で小さなキーホルダーを取った。


「見て!」


「なんで!」


「才能」


「たまたまでしょ」


「負け惜しみ?」


「千円使った人に言わないで」


「自分で言ったじゃん」


 みつみは悔しかった。


 でも普通に笑った。



◇



 夕方。


 駅へ戻る途中で、四人はコンビニへ寄った。


 飲み物を買って、店の外で少し休む。


「今日、何もしてないね」


 佳奈子が言った。


「いっぱいしたじゃん」


「なんか、夏休みっぽいこと」


「ファミレス行って買い物してゲーセン行ったよ?」


「それは夏休みじゃなくてもする」


 千尋が飲み物の蓋を開ける。


「夏休みなんだから、何もしない日があってもいいでしょ」


「何もしないって言われた」


「みつみは千円使ったじゃん」


「それは言わないで」


 志帆がスマホで時間を確認する。


「そろそろ帰る?」


「うん」


 みつみも立ち上がりかけて、ふと思い出した。


「あ、待って。クリアしに行く日、決めてなくない?」


「今?」


「四人いるし」


 千尋もスマホを取り出した。


「それは今決めたほうが早いかも」


 それぞれ夏休みの予定を確認する。


 家族の用事。

 友達との約束。

 特に何もない日。


 四人の予定が合うところを探していく。


「ここは?」


 千尋が画面を見せる。


「空いてる」


 みつみが答え、志帆も頷いた。


「私も」


 三人の視線が佳奈子へ向く。


「……空いてる」


「じゃあ決まり」


「早いなあ」


 千尋が笑う。


「嫌?」


「嫌じゃない。行く」


 みつみは自分の予定にも入れた。


『ダン活 地元ダンジョン攻略』


 画面を覗いた佳奈子が笑う。


「攻略って書いた?」


「書いた」


「本気じゃん」


「クリアしに行くんだから本気でしょ」


 昨日、野営から帰ってきたばかり。


 今日はダンジョンへ行かず、昼まで寝て、ご飯を食べて、店を見て、ゲームセンターで千円負けた。


 そんな一日の終わりに、また次のダン活の予定が決まる。


「今度こそ、あの先行けるね」


「どこまで続いてるか分かんないけどね」


 千尋が返す。


「だから行くんじゃん」


 次は野営じゃない。


 いつもの地元ダンジョンを、今度はクリアするつもりで潜る。


 それに、まだ一度も使っていない新しい魔法もある。


「早く行きたい」


「昨日帰ってきたばっかだって」


 佳奈子が笑う。


「知ってる」


 みつみも笑った。


 それでも予定が決まってしまえば、もう楽しみなのは仕方がなかった。

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