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第15話 この先、どこまで続いてるんだろ

 夕食を食べ終えたあとも、四人はすぐには寝なかった。


 焚き火のそばに座り、持ってきたお菓子を少しずつ開ける。


「結局それにしたんだ」


 佳奈子が、みつみの手にある小袋を見た。


「溶けないやつにした」


「チョコ諦めたもんね」


「夏じゃなかったらチョコだった」


「そこまで未練ある?」


 千尋が笑いながら、自分の袋から一つ取った。


 火の向こう側は暗い。


 ライトを置いている範囲までは岩の床も壁も見えるのに、その先は途中からすっぱり消えている。


 昼間にも同じような暗がりを見ていたはずなのに、ここで一晩過ごすと思うと印象が違った。


「なんか音しない?」


 佳奈子が急に声を落とした。


 みつみも動きを止める。


「どこ?」


「分かんない。今、カサって」


 三人の視線が千尋へ集まった。


「なんで私見るの」


「気配察知」


「こういうとき便利じゃん」


「こういうときだけね」


 千尋は少し黙った。


 焚き火が、ぱち、と鳴る。


「……近くにはいないと思う」


「ほんと?」


「気配察知で分かる範囲には」


 佳奈子が膝を抱えた。


「その言い方怖いんだけど。もっと遠くにはいるかもしれないってことでしょ」


「ダンジョンなんだから、そりゃいるでしょ」


「志帆、今それ言う?」


「事実だし」


 そう答えながら、志帆はライトの向きを少しだけ通路側へ変えた。


 みつみはそれを見逃さなかった。


「志帆も気にしてるじゃん」


「見えたほうがいいから」


「はいはい」


「ほんとに」


 四人でしばらく耳を澄ませていたが、さっきの音が何だったのかは分からなかった。


 モンスターだったのかもしれないし、違うのかもしれない。


 ただ、毛布から少し先には普通にダンジョンが続いている。


 寝るとなると、そのことを昼間よりずっと強く意識した。


「……見張りって、どうする?」


 みつみが聞く。


「やっぱ必要かな」


 佳奈子も暗い通路を見る。


「全員で寝るの、ちょっと怖くない?」


「じゃあ交代にしよっか」


 千尋が少し考えた。


「一人ずつだと暇だし、二人ずつにする?」


「それなら起きてられそう」


 志帆も時計を確認する。


「二人とも寝そうになったら困るけど」


「それは起こし合お」


「誰と誰?」


 佳奈子が言ったところから、組み合わせの話になった。


 結局、最初は千尋とみつみ。

 その次を志帆と佳奈子が担当することになった。


「なんか私たち、ちゃんと野営してるね」


 佳奈子が言う。


「してるんだよ」


「毛布敷いてるだけなのに」


「それで寝るんだから十分でしょ」


 志帆に返され、佳奈子は自分の毛布を見た。


「やっぱ薄いなあ」


「それ、明日の朝にも言うと思う」


「今も言う」


 笑いながら、四人は寝る準備を始めた。



◇



「寝られる?」


「寝られると思う?」


 千尋に聞かれ、みつみは即答した。


 二人の前では、焚き火が小さくなっている。


 佳奈子と志帆は毛布の上で横になっていた。


 少し離れて見ると、本当に岩の床に毛布を敷いただけだ。


「明日、絶対体痛いやつだよね」


「たぶんね」


「千尋、こういうのやったことある?」


「ダンジョンではないよ」


「そっか」


 みつみは火を見つめた。


 小さな炎が揺れるたび、岩壁に映る影も形を変える。


 学校も家も、駅もコンビニも普通にある町のすぐ近く。

 電車で来られる距離。


 なのに今いる場所には窓も空もなく、スマホの時計を見なければ夜だということさえ分からない。


「ねえ」


「ん?」


「千尋って、中学のときからダンジョン来てるじゃん。野営してみたいって思ったことあった?」


 千尋は少し考えた。


「あるよ。でも一人じゃやらないかな」


「危ないから?」


「それもあるけど、楽しくなさそうだし」


 みつみは一瞬黙って、それから笑った。


「そこなんだ」


「一人でここ座ってても暇でしょ」


「確かに」


「みつみは、やりたかったんでしょ」


「めっちゃ」


「知ってる」


 みつみは膝を抱えたまま、暗い通路へ目を向ける。


「ダンジョンって、最初に入ったときすごかったじゃん」


「みつみはね」


「そう。で、何回か来たら慣れてきて。でも今日はまた、ちょっと最初みたい」


「初めてのことばっかだから?」


「たぶん」


 重い荷物を背負って歩くことも。

 寝る場所を探すことも。

 ダンジョンの中で火を見ながら夜を過ごすことも。


 いつもの場所なのに、まだ知らない楽しみ方が残っていた。


「明日、もっと先行けるかな」


「行けるところまでね」


「分かってる」


「ほんとに?」


「ほんと」


 少しして、佳奈子が毛布の上で寝返りを打った。


「……うるさい」


 起きていたらしい。


「ごめん」


「あと硬い」


「それは私たちのせいじゃないよ」


「知ってる……」


 みつみと千尋は顔を見合わせ、声を落とした。



◇



 交代の時間になっても、みつみはすぐには眠れなかった。


 毛布の上で仰向けになる。


 背中には、岩の床の硬さがそのまま伝わってくる。


「硬っ……」


 小声で漏らすと、隣から佳奈子の声が返ってきた。


「でしょ」


「起きてたの?」


「今交代したとこじゃん。もう寝て」


「あ、そっか」


 目を閉じる。


 しばらくすると、焚き火の音と、志帆たちが小さな声で話しているのが聞こえた。


 何を話しているのかまでは分からない。


 誰かが起きている。


 それが分かるだけで、暗闇の中でも少し安心できた。


 いつの間にか、みつみは眠っていた。



◇



 目が覚めたとき、最初に見えたのは岩の天井だった。


「……どこ」


 一瞬だけ分からない。


 次に背中の痛みが来た。


「いたたた……」


「おはよ」


 千尋の声がする。


 みつみはゆっくり身体を起こした。


 隣では佳奈子が毛布に包まったまま動かない。


 志帆はすでに起きて、荷物を整理している。


「朝?」


「時計ではね」


 千尋がスマホを見せた。


 みつみも自分の画面を確認する。


 確かに朝だった。


 でも周囲は昨夜と何も変わっていない。


「変な感じ」


「朝なのに朝っぽくないね」


 みつみは佳奈子の毛布を軽く揺らした。


「朝だよ」


「……朝じゃない」


「朝だよ」


「暗い」


「ダンジョンだから」


「じゃあまだ夜」


「時計見て」


「見ない」


 志帆が荷物をまとめながら振り返る。


「起こさないと出発遅くなるよ」


「佳奈子、志帆が怒るよ」


「起きる」


 毛布の中から返事が来た。


「私じゃ起きないの?」


「志帆こわい」


「聞こえてるけど」


 佳奈子がようやく身体を起こす。


 次の瞬間、顔が歪んだ。


「痛っ!」


「でしょ?」


 みつみが嬉しそうに言う。


「何その顔」


「私だけじゃなかった」


 千尋も肩を回した。


「たぶん全員痛いよ。次やるなら、寝るところは何か考えたほうがいいね」


「次やる前提なんだ」


 佳奈子はまだ眠そうな顔で笑った。



◇



 朝食を済ませ、毛布を畳む。


 火の後始末も確認した。


 荷物を背負った佳奈子が、小さく唸る。


「身体が重い」


「寝不足じゃない?」


 志帆に言われ、佳奈子はすぐ納得した。


「それだ」


「私は背中痛い」


「それもある」


 みつみも肩を回してから、杖を持つ。


 野営場所を離れ、さらに奥へ進んだ。


 身体には疲れが残っている。


 けれど、荷物を背負って動くことには昨日より慣れていた。


 途中でモンスターと遭遇しても、最初ほど荷物に振り回されない。


 千尋が敵の位置を確認し、前へ出る。


 みつみと佳奈子が後ろから攻撃する。


 志帆は周囲を見ながら、必要なときにヒールを使った。


 戦闘が終わると、佳奈子が弓を下ろした。


「昨日よりやりやすい」


「慣れたんじゃない?」


「荷物に?」


「それも経験でしょ」


 千尋が答える。


 みつみは自分のリュックを軽く叩いた。


「成長した」


「そこ?」


「大事じゃん」


 四人は笑いながら歩き出した。



◇



 しばらく進むと、少しずつ周囲の様子が変わってきた。


 通路が広くなり、岩壁の高さも増している。


 やがて曲がり角の向こうから、かすかな音が聞こえてきた。


「水?」


 みつみが足を止めた。


「聞こえるね」


 千尋が先を確認する。


 少し進むと、通路が大きく開けた。


「うわ……」


 最初に声を漏らしたのは佳奈子だった。


 岩壁に囲まれた、広い空間。


 その端を細い水の流れが走っている。


 壁の一部には淡く光るものが点々とあり、その光が水面に映っていた。


 強い光ではない。


 けれど暗いダンジョンの中では、それだけで周囲の景色がまるで違って見える。


「なにここ」


 みつみはしばらく動けなかった。


「めっちゃ綺麗」


 佳奈子がすぐにスマホを取り出す。


「写真撮れるかな」


「暗いから手ぶれするかも」


 そう言った志帆も、もう自分のスマホを出していた。


「志帆も撮るんじゃん」


「これは撮るでしょ」


「分かる」


 千尋も笑っている。


 四人で水辺まで近づいた。


 流れは浅く、底の石まで見える。


 その向こうにも通路が続いていた。


 けれど、どこまで続いているのかは分からない。


「ちょっと休んでかない?」


 佳奈子の提案に、誰も反対しなかった。



◇



 荷物を下ろし、水の流れが見える場所に座った。


「昨日ここまで来てたら、ここで寝たかった」


 佳奈子が言う。


「昨日の時間じゃ、ここまでは来られなかったでしょ」


 千尋が飲み物を取り出す。


「分かってる。でもこっちのほうが綺麗」


「寝やすいかは別だけどね」


 志帆が床を見る。


「やっぱり石だし」


「そこはどこ行っても石じゃん」


 みつみは水を飲みながら、奥へ続く通路を眺めた。


「この先も行ってみたい」


 千尋が時計を見る。


「少しなら行けるかもしれないけど、戻る時間も考えないとね」


 みつみも自分のスマホを確認した。


 ここまで来るのに、かなり歩いている。


 帰りは、その道をもう一度戻ることになる。


 奥がどこまで続いているのかは分からない。


「……今日はやめとく」


 千尋が少し意外そうに笑った。


「お」


「何その反応」


「みつみが先に言ったから」


「私だって考えるよ」


「成長した」


「さっき私が言ったやつじゃん」


 佳奈子が笑う。


「私もここで折り返すのがいいと思う」


 志帆も時計を確認した。


「今なら帰りも余裕持てるし」


 みつみは少しだけ名残惜しく、奥へ続く通路を見る。


「この先、どこまで続いてるんだろ」


「さあ」


 千尋も同じ方向を見る。


「行ってみないと分かんないね」


 その言葉に、みつみは笑った。


「じゃあ今度だ」


「また来るの?」


 佳奈子が聞く。


「来るでしょ」


「野営?」


 みつみは背中の痛みを思い出した。


「それは……一回考える」


「そこは即答しないんだ」


 四人の笑い声が、広い空間に小さく響いた。



◇



 帰り道は長かった。


 行きに見た場所を、今度は逆向きに戻っていく。


 野営した場所にも、もう一度立ち寄った。


「ここ、昨日の家」


「家ではない」


 志帆が即座に否定する。


「でもなんか懐かしい」


「昨日だよ?」


「分かってる」


 佳奈子も、毛布のなくなった床を見る。


「でも分かる。昨日ここで寝たんだよね」


 毛布も火もない岩の窪みは、もうただのダンジョンに戻っていた。


 少し休んでから、また歩き出す。


 入口へ近づくにつれて、見覚えのある場所が増えていった。


「もうちょっと」


 千尋の声に、佳奈子が力なく返す。


「その『もうちょっと』信じていい?」


「今度はほんと」


「さっきも言った」


「さっきよりは近いよ」


「それずるい」


 みつみも疲れていた。


 足は重いし、肩も痛い。


 それでも入口が見えた瞬間には、自然に声が出た。


「あった!」


「帰ってきたー!」


 佳奈子も一気に元気になる。


 四人でダンジョンを出た。


 施設内の明るさが、妙に眩しかった。



◇



 武器を返し、必要な手続きを済ませる。


 ようやくリュックを下ろした佳奈子は、椅子に座ったまま動かなかった。


「もう無理」


「帰るまでまだあるよ」


「聞きたくない」


 みつみも隣へ座る。


「でも楽しかった」


「それはそう」


 佳奈子が顔だけこちらへ向けた。


「もう一回やる?」


「今聞く?」


「今の気持ち大事じゃん」


「今日は布団で寝たい」


「それは私も」


 千尋と志帆も戻ってきた。


 みつみは何気なく自分のステータスを開いた。


 次の瞬間、疲れていたことを忘れた。


「あ」


「どうした?」


「待って」


 みつみは表示を見直した。


「レベル上がってる!」


「え?」


 佳奈子が身体を起こす。


 志帆もすぐに自分のステータスを確認した。


「……私も上がってる」


「何レベル?」


「3」


「私も3!」


 みつみがもう一度自分の表示を見る。


 メイジ、LV3。


 そして、スキル欄には今までなかった名前が増えている。


「新しい魔法ある。マジックマイン」


「私も増えてる」


 志帆が自分の画面を見る。


「キュアポイズン」


「毒治すやつっぽい」


 佳奈子も慌ててステータスを開いた。


「待って、私も上がってる!」


「いくつ?」


「2!」


「おおー!」


 三人の声が重なった。


 千尋も自分のステータスを開く。


「私は4のまま」


「千尋だけ残念」


「まあ、そんな簡単には上がらないよ」


 佳奈子はみつみと志帆の画面を交互に見る。


「いいなー。二人だけ新しいの増えてる」


「佳奈子もLV3になったら何か増えるかもよ」


「早く3になりたい」


「じゃあ、また潜らないとね」


 みつみが言うと、佳奈子は呆れたように笑った。


「今帰ってきたばっかなんだけど」


「でもさ」


 みつみの頭には、さっき見つけた水辺が浮かんでいた。


 その先へ続いていた、まだ歩いていない通路。


「今日、今までよりずっと先まで行けたじゃん」


「うん」


「このダンジョン……クリアできるかな?」


 三人がみつみを見る。


 一瞬だけ間が空いた。


 千尋が少し考えてから笑う。


「やってみる?」


 佳奈子の顔が明るくなる。


「行きたい」


 志帆も小さく頷いた。


「私も」


「じゃあ決まり」


「その前に今日は帰ろ」


 千尋が笑う。


「それは帰る」


 初めての野営は終わった。


 荷物は重かった。

 床は硬かった。

 あまりぐっすり眠れなかった。


 それでも、昨日まで知らなかった場所へ行って、知らなかった景色を見た。


 そして今度は、その先が気になっている。


 ダン活部の次の目標が、ひとつ増えた。

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