第13話 ダンジョン野営って荷物多くない?
夏休みに入って間もない午後。
「とりあえず、必要そうなの全部入れてみた」
みつみがスマホをテーブルの中央へ滑らせると、三人が同時に画面を覗き込んだ。
場所は駅前のファストフード店。
四人分の飲み物とポテトが並ぶテーブルの上で、みつみのスマホだけが妙に重要そうな存在感を放っている。
画面には、昨夜みつみが作ったらしい『野営もちもの』というメモ。
水。
食料。
毛布。
着替え。
タオル。
ライト。
モバイルバッテリー。
救急用品。
ゴミ袋。
歯ブラシ。
ウェットティッシュ。
「……多くない?」
最後まで目を通した佳奈子が、少し眉を寄せる。
「まだ増えると思う」
「増えるの?」
みつみが不安そうに志帆を見る。
「予備の電池。着火用具。火を扱うなら耐熱手袋もあったほうがいい。あと、毛布だけで寝るなら下からの冷えも考えたほうがいいかも」
「夏だよ?」
「地上が夏だからって、ダンジョンの中まで暑いとは限らないでしょ」
「あー」
みつみは素直にメモへ追加した。
その横から、千尋がポテトをつまみながら画面を覗く。
「食料も何食分持つか決めないとね。昼から入るなら、その日の昼と夜、次の日の朝くらい?」
「おやつは?」
「必要」
「自分で聞いて自分で答えた」
佳奈子に突っ込まれても、みつみは真顔だった。
「だって一泊だよ。夜にちょっと食べたいじゃん」
「それは分かる」
そこだけは佳奈子もすぐに頷いた。
話し始めて十分も経たないうちに、みつみのメモは最初よりだいぶ長くなっていた。
ダンジョンの中で一晩過ごす。
言葉にしたときは、もう少し単純なものだと思っていた。
いつもの探索を長くして、途中で寝て、次の日も探索する。
けれど、夕方になっても帰らないというだけで、必要なものが一気に増える。
「これ全部持ってくの?」
佳奈子に言われ、みつみも改めて画面を眺めた。
「……持てるかな」
「四人で分けられるものは分ければいいよ。ただ、個人で必要なのもあるしね」
千尋の言葉を受けて、志帆が一覧を指でなぞる。
「重量だけじゃなくて容積もある。特に毛布。四人分だとかなり嵩張ると思う」
「圧縮袋!」
みつみがぱっと顔を上げた。
「それはあり」
「百均にあるよね」
「あるある。あとで行こ」
佳奈子がスマホを取り出したところで、みつみも別のページを開いた。
「その前にここ行ってみない?」
「どこ?」
「ダンジョン用品店」
地元のダンジョンから駅へ向かう途中にある、探索用品を専門に扱う店だった。
「野営向けのものもあるっぽい」
みつみからスマホを受け取った志帆が、店舗ページを何度かスクロールする。
「……行こう」
「食いついた」
「普通だけど」
「今ちょっと速かったよ」
「必要なものを確認するだけ」
志帆は何事もなかったようにスマホを返した。
その五分後には、四人とも店を出る準備をしていた。
◇
ダンジョン用品専門店は、外から見るとごく普通の店だった。
ガラス張りの入口。
明るい店内。
壁際にはバックパックやライト、手袋、靴が並び、中央の棚には探索中に使う細かな用品が所狭しと置かれている。
ただ、どの商品も用途がダンジョン探索を前提にまとめられていた。
「おおー。これ楽しい」
「まだ何も見てないじゃん」
佳奈子がみつみの横を抜けていく。
志帆は店内へ入るなり、棚の配置を見回した。
「ライト、あっち」
「先に毛布見ようよ」
「あとで全部見るから」
「やっぱり一番楽しんでるじゃん」
「必要なものを確認してるだけ」
そのやり取りを聞きながら、千尋が買い物かごを一つ取った。
「とりあえず毛布から見よ。便利そうだからって全部買ってたら、持ってけなくなるよ」
「了解」
最初に足を止めたのは、長時間探索向けの商品がまとまった棚だった。
小型ライト、予備電池、携帯用の衛生用品。
薄く畳まれた毛布も何種類かある。
みつみはその一つを手に取った。
「ちっちゃ」
「広げると一人分あるみたい」
千尋がパッケージを裏返す。
「これなら四つでも、そこまで場所取らないかも」
「でも薄い」
志帆が指先で押してみる。
「下が岩だったら普通に痛そう」
「え、私、硬いとこで寝られる気しない」
佳奈子が急に真顔になった。
「私も無理かも」
「野営するって言い出した人たちがもう弱音吐いてる」
「まだ寝てないからセーフ」
「何がセーフなの」
四人でしばらく棚の前にしゃがみ込み、厚みと畳んだときの大きさを見比べる。
その隣には地面に敷く用品もあった。
みつみが一つ持ち上げ、毛布と重ねてみる。
「これも持ってく?」
「四人分だと結構な量になるよ」
千尋に言われ、みつみは二つを抱えたまま考え込んだ。
「じゃあ、どうしよ」
「一回毛布だけでやってみれば?」
佳奈子が敷物を棚へ戻す。
「ダメだったら次から考えればいいじゃん」
「それでいこ」
初めてなのだから、最初から完璧に揃える必要はない。
実際に一晩過ごしてみれば、必要だったものも、いらなかったものも分かるはずだ。
◇
「これは?」
少し先の棚で、みつみが小さな折り畳み式の道具を持ち上げた。
志帆が一瞥する。
「いらない」
「まだ何も言ってない」
「携帯スコップでしょ」
「何かに使えるかも」
「何に?」
みつみは手の中のスコップを見つめた。
「……穴掘る?」
「何の穴」
無言で棚へ戻す。
その様子を見ていた佳奈子が笑った。
「みつみ、こういう店来るとダメなタイプじゃん」
「便利そうなのいっぱいあるんだもん」
「便利そうと必要は違うからね」
千尋がみつみの買い物かごを覗き込み、今度は細長い棒を見つけた。
「じゃあ、これは?」
「光る棒」
「ライトあるじゃん」
「でもこれ、折ったら光る。しかも電池いらない」
「予備としてはあり」
志帆の援護に、みつみが勢いよく振り返る。
「ほら!」
「一本でいいけど」
「はい」
素直に三本入りを棚へ戻した。
そのまま千尋と佳奈子が先へ進んでいると、少し遅れていた志帆がライトの棚で止まった。
二つの商品を手に取り、パッケージを見比べている。
「志帆、ライト持ってるじゃん」
佳奈子が戻ってくる。
「予備」
「電池じゃなくて?」
「本体が壊れることもあるでしょ」
「二個持ってくの?」
「だから予備」
「それは聞いた」
横から千尋が値札を覗いた。
「高くない?」
「こっちは防水だから」
「ダンジョンで水かぶる予定ある?」
「予定してかぶるものじゃないでしょ」
「それはそうだけど」
しばらく迷った末、志帆は安いほうをかごへ入れた。
佳奈子がにやっとする。
「そっちなんだ」
「今回はこれでいい」
「値段に負けた」
「負けてない」
少し眉を寄せた志帆を残して、佳奈子は笑いながら先へ進んだ。
みつみもその後を追いかけ――また別の棚で止まる。
「ねえ、これ」
「今度は何?」
「ダンジョン用の非常食」
今度は三人とも戻ってきた。
パッケージを囲んで表示を確認する。
「普通の非常食と違うの?」
「分かんない」
「分かんないのに呼んだの?」
「だってダンジョン用って書いてある」
結局、四人で見ても自分たちに必要なのかよく分からなかった。
佳奈子が商品を棚へ戻す。
「普通に食べ物買って持ってけばよくない?」
「問題は何持ってくかだよね」
千尋が言うと、みつみが少し考えた。
「パンとか?」
「潰れそう」
「じゃあカップ麺」
「お湯いるけど」
「火は使うよ?」
みつみが志帆を見る。
「水もその分持っていくことになる」
「あー、そっか」
「食べ物はスーパー見てから決めよ」
千尋の一言で、いったん話はまとまった。
◇
会計を終えて店を出た時点で、全員の荷物は来たときより明らかに増えていた。
それでも、買ったものは思ったほど多くない。
毛布。
予備ライト。
電池。
着火用具。
耐熱手袋。
細かな衛生用品。
家から持ってこられるものは買わずに済ませた。
武器類については、いつも通りダンジョン施設で受け取ればいい。
「次、百均?」
佳奈子が袋を持ち直す。
「その前に一回整理しよ」
千尋が近くのベンチを指した。
四人で座り、それぞれの袋を足元へ置く。
みつみはスマホのメモを開いた。
「水、どうする? 一人何本?」
「水が一番重いんだよね」
千尋が自分のリュックを軽く持ち上げる。
みつみはそこへ、今まで挙げた荷物を全部詰めたところを想像した。
毛布。
着替え。
食料。
水。
ライト。
その他いろいろ。
「……これ背負って戦うの?」
「そうなるね。毎回荷物置いてから戦えるとは限らないし」
みつみの顔が少し引きつる。
「ゴブリン出ても?」
「出ても」
「これで走るの?」
「走れないほど詰めたらダメってことじゃない?」
佳奈子が自分の肩を回した。
「私、弓あるし。荷物で動きにくいの嫌だな」
「私も魔法使うとき邪魔かも」
それまで自分のバッグを見ていた志帆も顔を上げる。
「ヒールも同じ。持っていける量から逆算したほうがいいかも」
「なるほど。じゃあ減らそ」
みつみは増やし続けた持ち物一覧を、今度は削るつもりで見直した。
「着替えは一泊分。タオルも大きいのはいらないよね」
「そのへんは減らせそう」
千尋も一緒に画面を覗き込む。
佳奈子が横から口を挟んだ。
「お菓子は?」
「いる」
「そこは即答なんだ」
「でも量は減らしたほうがいい」
志帆に言われ、佳奈子が不満そうな声を出した。
「えー」
「どれくらい持ってくつもりだったの?」
「ポテチとグミとチョコ」
「多い」
「四人で食べるんだよ?」
「じゃあ一人一個、何か持ってくる?」
みつみの提案に、佳奈子がすぐにスマホを取り出した。
「それでいこ。被らないようにグループに書いとく」
数秒後、四人のグループチャットにメッセージが飛ぶ。
『野営おやつ担当』
『みつみ ???』
『千尋 ???』
『志帆 ???』
『佳奈子 グミ』
「もう自分決めてるじゃん」
「早い者勝ち」
「じゃあ私チョコ」
みつみは書き込みかけて、指を止めた。
「……溶けるかな」
「夏だからね」
「じゃあ考え直す」
書き込んだ文字を消す。
野営の準備をしているはずなのに、荷物の重さからお菓子の種類まで、決めることはいくらでも出てくる。
しかも、どれも実際に自分たちがダンジョンの中で使うものだと思うと、店で商品を見る目までいつもと違っていた。
◇
最後にスーパーへ寄った。
夕食をどうするかは、売り場を一周してもなかなか決まらなかった。
「これ良くない?」
佳奈子が常温で持ち運べるパウチ食品を手に取った。
「温めなくても食べられるって」
みつみが受け取り、裏を見る。
「でも温めたほうがおいしいって書いてある」
「火あるし、温めれば?」
「鍋がいる」
志帆の一言で、みつみの動きが止まる。
「家にある小さいの持ってく?」
「誰が持つの」
千尋に聞かれ、四人とも一瞬黙った。
「……また荷物だ」
佳奈子が笑った。
結局、夕食は四人分をまとめて考えることになった。
飲み物も同じ。
必要な量は確保するが、余計なものは増やさない。
店を出るころには、外の日差しも少し傾いていた。
「買い物だけで疲れた」
「まだダンジョン入ってないよ」
「知ってる」
佳奈子が笑う。
みつみは買い物袋を持ち直した。
「でも楽しかった。こういうのもダン活なんだね」
「ダン活部だし」
千尋が何でもないことのように返した。
みつみは少しだけ笑った。
ついこの前まで、ただ友達とダンジョンへ行っていただけだった。
今もやっていること自体は大して変わっていない。
それでも名前がついたせいか、四人でこうして準備している時間まで、ちゃんと活動の一部になったような気がする。
「で、いつ行く?」
佳奈子の問いに、千尋が手にした袋を持ち上げる。
「明日は無理かな。荷物まとめて、一回背負ってみたい」
「じゃあ明後日?」
志帆がスマホで予定を確認した。
「私は大丈夫」
「私も」
佳奈子もすぐに頷く。
「じゃあ明後日で」
誰も反対しなかった。
みつみはグループチャットを開いた。
『明後日 野営』
送信。
すぐに佳奈子からスタンプが返ってくる。
その下に志帆が、
『忘れ物しないように』
と書き込んだ。
さらに千尋から、
『荷物は前日に一回背負って確認』
みつみはそれを見て、自分の部屋にあるリュックを思い浮かべる。
毛布。
水。
食料。
着替え。
ライト。
その他。
『入るかな』
送ると、佳奈子から即座に返事が来た。
『それな』
みつみは笑いながらスマホをしまった。
楽しみなのは変わらない。
ただ、ダンジョンで一晩を過ごすということが、朝に出かけて夕方には帰ってくるこれまでのダン活とは少し違うものだという実感も、買い物袋と一緒にずっしり増えていた。
初めての野営まで、あと二日。




